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4、カミルとの一日
しおりを挟むクリス様の後ろで、モジモジしているカミル。少し人見知りなのか、目が合うと恥ずかしそうに目を逸らす。
「カミルは美しい女性に弱いんだ。セシルがあまりにも美しいから、照れているようだな。私は仕事があるから、カミルと遊んでやってくれ」
そんな風には見えない。初めて会った時は、全く私に興味を示さなかったのだから。見れば見るほど、クリス様に良く似ている。クリス様の子なのだと、思い知らされる。
ライラさんは、承知しているのだろうか? 私のことが『大嫌い』だと、顔に書いてあった。それも、仕方がない。ライラさんは、少なくとも五年以上前からクリス様とお付き合いをしていた。二人……三人の邪魔をしているのは、私の方だ。どんな気持ちでカミルを育てて来たのか、どんな気持ちでこの邸に来たのか……。
「ライラさんは、ご存知なのですか?」
「ライラに許可をとる必要などないが、セシルと一日過ごさせることは話している」
当たり前のように、許可をとる必要はないと言ったクリス様に、また失望した。ライラさんは、母親だ。その母親に許可をとる必要はないなどと、この人はどんな思考をしているのか。
「……そうですか。では、お預かりしますので、お仕事にお戻りください」
拒否などしたところで、クリス様が諦めてカミルを連れて行くとは思えない。それならば、波風立てないように素直に受け入れた方が、今後動きやすい。
ごめんね、カミル。混乱させてしまうことになるけれど、許して。
私の返答に気を良くしたクリス様は、嬉しそうに部屋から出て行った後、しっかりと鍵を閉めた。部屋の前に見張りを付ければ済むのに、カミルまで閉じ込めるなんて……。不安そうに怯えるカミル。知らない人と二人きりで閉じ込められたのだから、無理もない。
「カミルくんは、お母さんが好き?」
『お母さん』と言ったら、初めて私の顔をまともに見た。
「うん! 大好き!」
ライラさんは、良い母親なのだと分かる。
「じゃあ、お父さんのことは?」
『お父さん』という言葉を出したら、急に顔が曇った。
「あ、えっと……」
嘘でも、大好きとは言えないようだ。
困らせるつもりなんかない。
「もういいよ。カミルくんは、何してる時が楽しい?」
先程クリス様は、『セシルと一日過ごさせる』と言っていた。つまり、夕方までは一緒に居ることになる。どうせなら、楽しく過ごしてもらいたい。
「うんとね、絵をかくのが楽しい!」
外で遊ぶのが楽しいと言われなくて良かった。今日は、ここから出してあげられないのだから。
嬉しそうに話すカミルを見ていると、自然に笑顔になっていた。
「確か、お父様にいただいた絵の具が……」
幼い頃に、お父様がくれた絵の具。残念ながら、私の絵は壊滅的に下手だった。それ以来、ずっとしまったままだったけれど、お父様からいただいた初めての贈り物だったから、使わなくても大切に持っていた。
「あった! カミルくん、座ってて」
「うん!」
カミルは素直に言うことを聞いて、ソファーに座った。
鍵のかかったドアから、廊下で見張りをしているであろう使用人に話しかける。
「誰かそこに居るの? 絵の具に使う水が欲しいのだけれど、持って来てくださる?」
「……はい」
ドアの反対側から、すぐに返事が返ってきた。やっぱり、見張りが居たようだ。
しばらくして、使用人が水を持って部屋へと入って来たけれど、すぐに出て行ってしまった。アンナに話を聞いたからか、怯えているように見えた。カミルの飲み物を頼もうと思ったけれど、声をかけられる雰囲気じゃなかった。
「道具も揃ったし、お絵描きしようか」
カミルは嬉しそうに頷き、渡した紙に絵を描きだした。
顔に絵の具を付けながら、楽しそうに描いているところを見ていると、絵を描くのが本当に好きなのだと分かる。久しぶりに、私も描いてみることにした。
「カミルくんは、上手いね! それは、お母さん……かな?」
描く手を止めてカミルの方を見ると、髪が長い優しそうな女の人の絵を描いていた。五歳なのに、私より上手く描けている。
「うん! お母さんは、せかいいちキレイなんだ!」
目を輝かせながらそう言うカミル。ライラさんの隣には、真っ黒な人影のような物が描かれている。もしかしてこれは……
「その黒いのは、クリス様?」
そう聞くと、急にカミルの顔が曇った。昨日はあんなに楽しそうに庭で遊んでいたのに、今はクリス様を嫌っているように見える。
真っ黒な人影のような物に、さらに黒の絵の具を重ねている。これがカミルにとっての、クリス様の印象なのだろう。
「お姉ちゃん……」
絵を描く手を止めて、私の顔をクリクリとした大きな目で見つめてくる。
「どうしたの?」
「それは、ぶたさん?」
何を言うのかと思ったら、私の絵のことだった。笑わないでいてくれる辺り、優しい子だ。
「これはね、ウサギさんよ。お耳が長いでしょ? 僕はウサギだひょん」
手を頭の上にやり、両手でウサギの耳を作りながらそう言うと、笑顔を見せてくれた。
「ウサギさんかわいい! ぼくとお友達になってください!」
絵の方ではなく、ウサギになりきった私に言っているようだ。目をキラキラさせて、私のことを真っ直ぐ見つめている。そんな無邪気な顔でお願いされたら、断ることなんて出来ない!
「僕で良かったら、お友達になろうぴょん!」
カミルは、眩しいほどの笑顔を見せてくれた。
何で男の子キャラにしてしまったのか……
カミルと楽しい時間を過ごしていたら、あっという間に時間が過ぎていた。
夕食の時間になり、食事が運ばれて来た。食事を運んで来た使用人と一緒に、クリス様も姿を現した。
クリス様が部屋に入って来ると、カミルの顔から笑顔が消えた。二人の間に、いったい何があったのだろうか。
「カミル、離れに戻る時間だ。来なさい」
カミルはソファーから立ち上がり、ゆっくりクリス様の方へと歩き出す。その表情は、暗い。
「カミルくん、今日は楽しかった。ありがとうだひょん」
最後にウサギのキャラでお礼を言うと、にっこり笑って手を振ってくれた。
カミルを使用人に任せ、クリス様はそのまま残っていた。
お腹が空いたから、早く出て行って欲しい……。
「今日一日で、カミルと随分仲良くなったんだな。これで、次に進みやすくなったよ」
彼は、何を言っているの?
次って、何?
わけが分からなくて首を傾げた私に、
「カミルを、私とセシルの養子にしよう」
当たり前のようにそう言った。
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