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7、あなたの愛、お断りします
しおりを挟むお客様……その言葉を聞いて、アレクシス様だと直感した。来てくれたことに、心が温かくなる。
「分かっていると思うが、余計なことは言うな!」
ええ、もちろん分かっています。今逆らえば、アレクシス様に会わせてもらえないことを。
「クリス様を裏切るはずが、ないではありませんか」
そう言って、笑顔を見せた。
これが最後の嘘。あなたには、何も望んでいない。
応接室へと向かう足取りが軽い。少し前を歩くクリス様の後ろ姿を見ながら、彼への気持ちがなくなっていると確信する。部屋の外に出たのは、久しぶりだ。そんなに長い間閉じ込められていたわけではないのに、この邸で幸せに過ごした一年よりも長く感じた。そして、その幸せな記憶は悪夢に変わっていた。
応接室の前に来ると、クリス様が振り返った。
「セシル、愛している」
先程は命令して来たのに、今度は耳元で甘く囁いた。飴と鞭のつもりなのだろうか。
残念ながら、飴の方が鞭のように感じる。彼の『愛してる』という言葉を聞いて、全身に鳥肌が立ってしまった。少し前までは、あんなにも愛していたのに……
ゆっくりと、クリス様は応接室のドアを開け、部屋の中に入っていった。まさか、クリス様まで同席するとは思わなかった。気を取り直して、彼の後に続いて応接室へと足を踏み入れる。
そこで待っていたのは、思った通り、アレクシス様だった。
アレクシス様の姿を見た瞬間、沢山の感情が一気に押し寄せて来た。自分がどれほど愚かだったか、心配してくれた人の言葉を無視して遠ざけてしまった。それなのに、私を救い出しに来てくれた……
「久しぶりだな、セシル」
昔と変わらない、意地悪そうな笑顔。
兄のように慕ってはいたけれど、アレクシス様はいつも意地悪だった。
「その笑顔、お変わりありませんね。もう少し可愛く笑えないのですか?」
せっかく来てくださったのに、憎まれ口を叩いてしまう私も可愛げがない。
「言ってくれるね。俺は元々、こういう顔だ」
「私の妻と、イチャつくのはやめてもらいたい」
アレクシス様と話していると、不機嫌な顔をしたクリス様が間に入って来た。
「ああ、居たのかクリス。セシルと二人にしてくれないか?」
アレクシス様のバカにした物言いに、クリス様の顔が余計に不機嫌になり、ドカッと音を立ててソファーに腰を下ろした。
「二人きりにするつもりはない! 私はお前を、信用していないからな!」
少し心を落ち着けたかったけれど、そんな時間を与えてはくれなかった。すぐにでも出て行くつもりなのだから、それでも構わない。そう思い、口を開こうとすると、アレクシス様がソファーから立ち上がった。
「信用などしなくていい。ここに居るつもりなら、ちょうどいいか。セシルを連れて行くから、荷物を使用人にまとめさせてくれ」
アレクシス様はクリス様を上から見下ろしながら、少し怒りのこもった声でそう言った。
「なっ!?」
私が余計なことを言わないか見張るつもりだったクリス様は、まさかアレクシス様からそんなことを言われるとは思っていなかったようだ。正直、私も思っていなかった。私の為に、怒ってくれているのが分かる。アレクシス様の拳が震え、今にも殴りかかってしまいそうな勢いだ。
「お前っ!! 何を言っているんだ!? セシルは私の妻だ!! 連れて行く? 冗談じゃない!! セシル、部屋に戻れ」
ソファーから立ち上がったクリス様は、私の腕を掴もうと手を伸ばして来た……その時、ノックの音が聞こえ、応接室のドアが開いた。
入って来たのは、アンナだった。その後ろに、ライラさんとカミルの姿がある。
「お前達……なぜここに居る? 誰が入っていいと言った?」
ライラさんとカミルが来たことに、かなり動揺している。私の腕を掴もうとしていた手はそのまま下ろされ、何から対応すればいいのか分からなくなっていた。
応接室に来てから、私はクリス様に対して何も言っていないのだけれど、私の出番はいつ来るのだろう……。
「クリス様、もうおやめ下さい! 奥様……セシル様を、自由にさせてあげてください! 私とカミルが、おそばにいるではありませんか!」
ライラさんの言葉からは、私を追い出したいという思いではなく、私を自由にさせたいという気持ちが伝わって来た。
「黙れ!! お前など必要ないのが、分からないのか!? 少し優しくしたくらいで、平民が調子に乗るな!! ガキが居たから、仕方なく邸に呼んでやったというのに、恩を仇で返す気か!?」
どうして私は、こんな人に騙されてしまったのだろうか。あまりにも酷い言い方に、怒りが込み上げてきて爆発寸前だ……いや、我慢の限界だった。
「黙るのは、クリス様の方です。カミルくんが怯えているのが、分からないのですか? あなたには、親になる資格なんてありません! 愛してる? 冗談じゃない! あなたのその愛、お断りします!」
言い返されたクリス様は、目を見開いて驚いた顔のまま固まっていた。
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