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5、傷痕が……
しおりを挟む「失礼するわ」
言い返すことなく、部屋のドアを開けて中に入る。
「つまらない女ね!!」
ドアの外から、シンシアさんの声が聞こえた。
言い返したい気持ちはあるけど、ジュラン様にもシンシアさんにも、大人しく言いなりになっていると思わせなくてはならない。私が何をするか気付かれてしまったら、対策されてしまうかもしれないからだ。
幸い、カーラ以外の使用人は、私の味方とまではいわないけれど、少なくともシンシアさんの味方ではない。何人かは、私とジュラン様が白い結婚であることを証言してくれるだろう。
「ローレン様を侮辱するなんて……許せません!」
シンシアさんが去って行く足音を聞き、ずっと黙っていたベロニカが怒りをあらわにした。邸の玄関から、波風を立てないように空気のように振舞ってくれていた。
「ベロニカは、感情を抑えるのが苦手だものね。それでも、私の為に我慢してくれてありがとう」
「ローレン様が耐えていらっしゃるのに、私が台無しにするなんてことは絶対に出来ません!」
ベロニカが来てくれて、本当に良かった。1人だったら、逃げ出していたかもしれない。
私は逃げたくない。何も反省しないで、ジュラン様がノーグル侯爵家の当主になることを阻止しなければならない。彼が領民の為を思っているとは、とても思えないからだ。
「レイバンに、手紙を渡して来て欲しいの」
レイバンは、私の1つ歳下の弟だ。
私の行動は全て見張られているので、レイバンにジュラン様のことを調べてもらっている。
あの事件が起こるきっかけになった、平民女性の自殺が気になっていた。 一方的に好意を持っていた男性が結婚したくらいで、自殺するほど追いつめられるとは思えなかったからだ。
もちろん、そういう人も中にはいるかもしれない。 だけど、彼女の父親はジュラン様を殺そうとした。一方的に好意を持っていただけならば、そこまでするだろうか……。彼は1度、私を殺すことを躊躇った。そんな人が、一方的な理由であんなことをするとは思えなかった。
レイバンへの手紙には、ロード侯爵にこれ以上私に関わらないように伝えて欲しいと書いた。
ロード侯爵は、陛下からも信頼されている近衛騎士団長で、とても優秀な方だ。私のせいで、彼に迷惑をかけたくなかった。
ロード侯爵が邸を訪れてから数日が経ったある日、珍しくジュラン様が私の部屋を訪れた。
「お前にドレスを用意した。今日の夜会に、共に出席するから準備しろ」
淡い水色のドレスを無造作にベッドに放り投げ、表情一つ変えることなく、ジュラン様はそう言った。
今まで1度も社交の場に私を連れて行かなかったのに、どういうつもりなのだろうか。
「私が、ご一緒してもよろしいのですか?」
正直いって、行きたくない。
「2度言わせるな。さっさと着替えろ。俺は、玄関で待っている」
どうやら、行かなければならないようだ。
ジュラン様が置いて行ったドレスに着替え、ベロニカにメイクをしてもらう。
「ローレン様……傷痕が……」
メイクをする為にガーゼを外したベロニカが、驚いた様子で手を止めた。
「どうしたの?」
「見てください! 傷痕が、消えています!」
ベロニカに言われ、急いで鏡を覗き込む。すると、傷痕はどこにもなかった。
傷痕を見られたくなかった私は、いつも自分でメイクをしていた。自分でも傷痕を見たくなかったからか、ガーゼを外した時、よく見てはいなかった。
いつから、傷痕が消えていたのだろうか……
傷痕が消えて、嬉しいという感情はある。だが、消えたことをジュラン様に知られるわけにはいかない。
今更、前のジュラン様に戻ったところで、愛せるはずがない。彼の本性を知ってしまったのだから、元には戻れない。計画通り、進んでくれなくては困る。
「もう一度、ガーゼを貼って」
ベロニカは、悲しそうな表情を見せた。
「傷痕が消えても、ガーゼを貼らなくてはならないのですね。こんなにも美しいのに、隠さなくてはならないなんて……」
「傷が残ったことで、今まで信じて来た人達の本性を知ることが出来た。見た目は、私にとってそんなに重要じゃない。私自身を、ちゃんと見てくれている人がいればそれでいい」
「本当に、お強くなられましたね。ローレン様の美しさは、容姿だけではありません。それが分からない方々に、ローレン様の美しいお顔を見せて差しあげる必要はありませんね!」
ロード侯爵と、同じことを言ってくれたベロニカ。こんな風に思ってくれる人がそばに居てくれて、私は幸せ者だ。
支度を終えて玄関に行くと、待ちくたびれてイライラしているジュラン様が立っていた。
「どれだけ待たせるんだ!? 行くぞ!」
ドレスを持って来た時も、今も、私の顔を見ようとしないジュラン様。こんな人を愛していたなんて、見る目がなさすぎだ。
「申し訳ありません」
心にも思っていないことを、口にするのにも慣れてきた。この人は、まさか私が裏切るとは思っていないだろう。
ジュラン様は、溜息をつきながら先に馬車に乗り込む。分かってはいたけど、私に手を貸してくれる気はないようだ。
ドレスの裾を持ち上げ、何とか1人で馬車に乗り込み、ジュラン様の正面に腰を下ろす。
気まずい空気が流れる中、夜会が行われる会場へと馬車が走り出した。
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