神様の許嫁

衣更月

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まれびとの社(二部)

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 視界は不明瞭。
 言葉も上手く発せられず、歩けもせず。
 形すら定まらない。
 三貴子さんきしが成長する間も尚、体はひるのごとく支えられず。”正しき神”から除外され、元よりいない子として捨てられた。
 葦で編まれた小舟は横波に折れ、四肢が波に攫われ、叫喚も泡となり消えた。
 憎しみが積もる。
 怨めしい、怨めしい、怨めしい――――。
 
 ゴボゴボ…ゴボゴボ…、と怨嗟の悲鳴が深淵に堕ちて消えた。

 ふっと目が覚めると、枕元に正座して私の顔を覗き込んでいた須久奈様と目があった。
 それも至近距離だ。
 ひぅ、と悲鳴が喉に張り付き、心臓がバクバクと早鐘を打つ。
 いくら顔の造形が優れてても、寝起きにお化けみたいなシチュエーションで覗き込まれると怖い。
「い…一花。そ、その夢は駄目だ」
「夢…?あ。そうだ…とても悲しくて…怖い……」
「…忘れろ」
 とん、と須久奈様の指が私の額に添えられた。
 瞬間、頭にあった夢の残滓が消えた。
 須久奈様の指が離れると、何の夢を見ていたのかすら覚えていない。それどころか、ここが何処なのか、なぜ私は寝ているのかも分からなくなった。
 須久奈様から目を逸らして周囲を探れば、何のことはない。久瀬家うちだ。それも離れではなく、母屋の2階の私の部屋。生活の基盤は離れになったけど、ここには私物が多く残っているので、さしずめ私専用の物置部屋みたいになっている。
「えっと…どうしてこの部屋に?」
「お、覚えてないのか?」
「ん~…」
 少し目を閉じて記憶を探ると、が脳裏を掠めた。
 はっ、と目を開けば、須久奈様の手が私の髪を撫でる。
「い、一花は…気を失ったんだ…。は離れだと…さ、早百合が一花を看れないだろう?だ…だから、こっちの部屋に運んだんだ」
 看れない?
 その言葉に、勢いよく体を起こす。
 頭は汗と皮脂でベタついているけど、体は拭かれているのか頭ほど不快感はない。着ているのものパジャマだ。
 ぐぅ、とお腹が鳴ったのは不可抗力だけど、恥ずかしくて顔が熱くなる。
「は腹が減ってるのも仕方ない…。い、1日経ってるからな」
「え!?」
 驚きに須久奈様に振り返る。
 よくよく見れば、須久奈様の着物の色が違う。
「つ、疲れてたんだろ。卒倒して…そ、そのまま寝入ったからな…」
 緊張感がなさすぎる。
「お起きるか?」
「はい」
 シャワーを浴びたいし、ごはんも食べたい。
 その前に確認すべきことがある。
「大神さんたちは大丈夫でした?」
「あ…ああ」
 須久奈様はこくりと頷く。
「ま、まずは…食事をしろ…。下に百花がいる」
 ぐぅ~ぐぎゅぎゅ、と忙しなく鳴く腹の虫に、須久奈様の口角が僅かに上がっている。
 恥ずかしい…。
 お腹を押さえて、すくっと立ち上がる。
「先にシャワー浴びてきます」
 神様に対する礼儀なんてかなぐり捨てて、ドタバタと部屋を飛び出し、階段を駆け下りる。「一花!?」と台所から顔を出した百花に、シャワーの後にごはんを食べると言葉を投げて離れへと駆け込んだ。
 
 手早くシャワーを済ませて、雑にドライヤーをかけた生乾きの頭にタオルを乗っけたまま母屋の台所に入れば、そのまま座敷へと放り込まれた。
 母屋は窓という窓を開けているから、家の中心に位置する座敷はエアコンいらずの涼しさがある。神様パワーの気もしなくもないけど、離れは通年エアコンを入れて室温を調整しているらしいので、単に母屋の風の通りが良いのだろう。
 そんな座敷には、微かに匂う蚊取り線香を打ち消すほど、美味しそうな料理の香りが広がっている。
 湯気の立つ汁物から酒の肴まで、ありとあらゆる料理の並ぶ座卓を囲うのは、須久奈様と年神様。
 鬼頭さんと日向さんもいる。
 頭にタオルを乗っけたままは恥ずかしいので、そろりと肩に下す。
 ぐしゃぐしゃな髪は手櫛で整える。
 日向さんは私を見ると、向日葵みたいな元気の出る笑顔を浮かべた。
「一花ちゃん!良かった。真っ青な顔で運ばれてきた時はどうしようかと思ったもの」
「ご心配おかけしました。気絶して、そのまま爆睡しちゃったみたいです」
 ぺこり、と頭を下げれば、須久奈様が隣を叩く。
 日向さんには須久奈様は見えていないようだけど、年神様は姿を見せているらしい。苦笑し、グラスに注いだ日本酒に口をつける年神様をチラチラ見ている。
 やっぱり神様の存在は気になるよね!
 私だって、未だにチラチラと神様を見てしまうことがある。主に行動観察。神様は意外と人間ぽくて面白いのだ。
「神直日神様と大神さんはどうしたんすか?いないみたいですけど」
「ほら、死体が出ただろう?」と、年神様が肩を竦める。
「幸輝くんの運転でね。直日が浄化しなければならないところは多いから、順に巡ってもらってるんだよ。まずは川守村の浄化、件の烏の死骸のあった山林、最後に昨日行った山。浄化が済めば、死体を発見したと警察に通報。大神くんは民俗学研究家で祖霊信仰を調べている途中、偶然に死体を発見したということになってる。実際、大神くんは寺社を巡っているから調べられても齟齬は出ないしね。大丈夫だろう」
 確かに、死体をあのまま放置しておけない。
「鬼頭さんじゃなくてお父さんが行ったんですね」
「警察に身分証の呈示を求めれると厄介だろう?帽子を脱ぐわけにはいかないから」
 年神様の苦笑に、鬼頭さんが眉尻下げて箸先を唇に挟む。
 しょんぼりとした絵面だけど、頭にはしっかりと角が見える。
「面目次第もございません…」
 しょんぼりしつつも、ちゃっかりと茄子の煮浸しに手を伸ばしているあたり、鬼頭さんも神様に慣れてきたのかも。
 私もかしわおにぎりを小皿に取る。
 おにぎりのサイズは、明らかに鬼頭さんを意識した特大サイズだ。
 ずしりと重いおにぎりを両手で持って、はぐはぐと食べる。
 鶏肉と牛蒡、人参、油揚げの旨味と、醬油ベースの甘辛い味付けが、口いっぱいに広がる。空っぽの胃袋に染み渡る美味しさに、「ほっ」と息が出た。
「それで…私は途中で気絶いちゃいましたけど、日向さんたちの方は大丈夫でした?」
 訊けば、日向さんが困惑顔で頭を振った。
「鬼頭さんが飛んで来て、びっくりしすぎて心臓が止まりかけたの…」
「それは此方の台詞だよ。まさか弾かれるなんて思わなかったから…」
「やっぱり透明な壁みたいなものに行く手を遮られとかじゃなかったんですね」
「違うよ。ど~ん!と弾かれたんだ。何本かの枝を破損させちゃったけど、最後は杉の幹あたりにぶつかって転がり落ちてね」
 おお…。
 神直日神が言っていた通り、大型ダンプに跳ね飛ばされたかの如く飛んだみたいだ。
 人なら即死案件だけど、鬼頭さんを見る限り大きな怪我はない。
 神直日神曰く、妖怪でも弱い奴だと消滅。そこそこ強くても瀕死。鬼なら打撲くらいじゃないかと言っていたけど、さすが神様。大正解だ。
「ああ、だから襤褸切れのような有様だったんだね」
 年神様は朗らかに言うけど、それを目の当たりにした父や日向さんは恐怖だっただろう。
 鬼頭さんが甚平姿なのも合点がいく。
「でも、一番怖かったのは霧?煙のような…一面が白く霞んだ時。木々の奥からぞろぞろ人影が出て…。みんな腰が曲がったお年寄りで、手を合わせて跪いたまま動かなくなって、呻き声なのかな?泣き声なのかも。そういう声がずっと聞こえて。私たちは久瀬家の車に避難させてもらってたから、私と、一花ちゃんのお父さん。おじさんと2人で怯えっぱなし。鬼頭さんが一緒で心強かったんですよ」
「あの手のものは怖くないからね」
 鬼頭さんが鯖の竜田揚げを頬張りながら肩を竦める。
 鬼頭さん曰く、神様絡みと鬼絡みの案件がとてつもなく怖いそうだ。自分も鬼なのに鬼が怖いとはこれ如何に。
 私はおにぎりと、小葱の卵焼きを2切れ食べ終わると、ちょうど良くお腹が落ち着いた。
 お腹を撫でて「ほぅ」と息を漏らす。
 と、玄関戸の開閉音が聞こえた。遅れて、百花の「おかえりなさい」という声も聞こえる。
 誰が帰って来たのかと思えば、母の「ただいま」という声が続いた。
「外は暑いわ。日傘がないと歩けないわね」
「お父さんから連絡は来た?」
「来たわよ。でも、帰るに帰れない状況みたいね。町外れからサイレンが凄いのよ。空にもヘリコプターが飛んでいるし、野次馬なのか、交通量もちょっと多くなってたわね」
 なかなか凄いことになっているらしい。
 人が亡くなったのは大変だけど、言い方は悪いが死者は1人。殺人ではない。恐らく自殺か、心筋梗塞のような突然死として扱われる案件だ。ヘリコプターが旋回するほど大事件とは思えない。
 日向さんもそう思ったのか、お互いに目を合わせて首を傾げた。
「さっ…早百合。ちょっと来い」
 須久奈様がちびちびと飲んでいたお酒を卓上に置いて、小さな、けれど私たち久瀬家の女性の耳には届く声で母を呼んだ。
 神様直々の呼び出しを受けた母としては堪ったものではない。
 走らないように。けれど須久奈様を待たせないように、早歩きでやって来ると、廊下に膝をついて須久奈様に頭を下げた。
「ただいま参りました」
「は…話が聞こえた。こ、幸輝からは何と連絡がきた…?」
「はい。それが、大神さんの案内した場所にご遺体はあったそうなのですが、警察が周囲を確認すると、他にも数体のご遺体が見つかったようで、向こうも混乱していると。帰りが遅くなると連絡がありました」
 母も忌避感を抱いた表情だ。
 車で行かなければならないような場所とはいえ、近場で複数の遺体が発見されたのだ。心理的に嫌厭しても無理はない。
「墓の可能性はないかい?」
 年神様が口を挟み、母が首を傾げた。
「お墓…ですか?個人墓地ということでしょうか?」
「私にはそういう人間の定めた決まり事は分からないけど。あそこは少々、須久奈が無茶をしたから埋葬していた遺体が出てきたのかもしれない、とね」
 心当たりがありすぎる私の顔からは表情が抜け落ちた。
「もし年神様の言うような墓だったら、それは無許可の墓で、土葬していたってことになりますね」
 鬼頭さんの言葉に、「土葬?」と私はあんぐり口を開けてしまった。
「日本って火葬じゃないんですか?」
「一部地域は土葬もできるよ。別に法律違反じゃないしね。ただ、無許可の墓は法律違反だね。確か、戦後に墓に関する法が出来たと思うよ。勝手に埋葬なんてしたら、死体遺棄とかで逮捕されるんじゃないかな?」
 確かに、そこら辺に埋められたら近所は堪ったものではない。
「あそこは無許可の墓地で、土葬していたとするなら、複数の遺体が転がっていても不思議ではないね」
「でも…事件性があるかも」
「自殺も含め、それはないよ」
 年神様はゆるりと頭を振って、鶏のから揚げをぱくりと食べる。
「そ…そういう類の死は…特有の、け穢れを纏うんだ」
 須久奈様が教えてくれる。
「俺たちには…すぐに分かる」
「それがなかったんですか?」
「ああ」と、須久奈様は頷いてお酒を口にする。
「旧川守村の人たちのお墓ですか?」
「そ、そこまでは知らない」
「私はそうだと思うんだけどね。信仰心が篤いというより、呪いじみた執着だよ。村を離れても信仰心を忘れられずに、新たに社を作り崇拝している。死んだ後は、その傍で眠ることを選ぶなんて異常じゃないか。時を経て神体が戻ってきて、亡霊も喜んだことだろうね。まぁ、の彼のように、村の異常性に距離を置いた者もいるだろうけど。誰の墓にしろ、発見された複数の遺体はどれも古いんじゃないかな?」
「主人はその場所にいて大丈夫でしょうか?」
 母が不安げな顔で須久奈様と年神様を交互に見ている。
「な…直日がいる。問題ない」
「幸輝くんが倒れれば、そこに来ている警察官や野次馬も軒並み倒れて穢れた忌み地と化してしまうよ。まさに直日の怠慢となるからね。直日も手抜きせずに仕事を熟してると思うよ」
 とはいえ、精神的にキツイと思う。
 同行者が人外なんだから、父を慮ることはないだろうし。
「お父さんが帰ったら、一番良いお酒を開けたら?」
 嫌なことがあると飲んで忘れに限る、とは父の言葉だ。
 ただし、蟒蛇みたいな神様を見慣れていると、父は酒に強くないと感じる。他人と比べたことなんてないから。
 それでも、テレビで野球を見ながらちびちび飲んでいる印象は強い。
 母も私と同じ、お酒は薬と思ったのだろう。
「そうね。何か見繕って冷やしておきましょう。須久奈様方の分も用意させて頂きます」
 母が伏して言うと、須久奈様は満足気に「ああ」と頷いた。
 口元が薄っすら綻び、ぺろ、と舌なめずりをしている。
 年神様も「楽しみだね~」と言いながらお酒を飲んでいるし、神様というのは本当に酒好きだ。
 母が下がったのを確認してから、私は最たる疑問を鬼頭さんに投げた。
「例の忌み物は鬼頭さんが持っているんですか?それとも高木神様が回収しちゃったとか?」
「あぁ~思い出したくもないけど」と、鬼頭さんが目いっぱい眉尻を下げる。
 日向さんも肩を落とし、「車の中」と教えてくれた。
 高木神様の目当ては、一貫して須久奈様を働かせることだったみたい。
「封印布で包んで、封じ札を貼って、クーラーボックスに押し込んでるんだよ」
「クーラーボックスですか?」
 イメージとしては年季の入った木箱かと思った、と訊けば、鬼頭さんが苦笑する。
「木箱よりクーラーボックスの方が密閉されてるよ。様式美で木箱を選ぶより、私は精神衛生上、クーラーボックスを選ぶかな。木箱があれば、木箱に入れた上でクーラーボックスだね」
「確かに。そっちの方が気持ち的に安心ですね」
「それでも、ものがものだけに緊張するし、滅入るよね…」
 これまた同意せざるを得ない。
 ちらっと視界に入っただけで卒倒してしまうトラウマ級のブツが、封印を施されたとはいえ車の後ろにあるのだ。同乗はしたくない。
「でも、アレ…小さかったですね。ちらっとしか見てないんですけど。アレが神様なんですか?」
「あ…あれは右腕だ」
 え? 
 右腕…?
「手足が千々に裂けてね。頭と胴体が無事だから生きてはいるけど、それも封印布に巻かれているんだ。方々に散った四肢は禍を齎したり、福の神として崇められたりしてね。福の神と持てはやされても、いつ禍に転じるか分からないから危険なんだよ」
「崇められても禍に転じるんですか?」
「あの右腕じゃないかな。瓜生島を沈めたの」
 え?
 島を沈めた?
 恐る恐ると日向さんと目を合わせる。
「450年くらい昔の話だよ。蛭子を祀る島があったんだけどね。不心得者が蛭子の像を朱色に塗りたくった。今でいう落書きだね。それに蛭子が憤慨してね。島ごと沈めてしまったんだ」
 怖い!
「それが、あの枯れ木みたいな腕ですか?」
「確証はないよ。単に場所が近いだけかも。ただ、島を沈めたものは見つかっていないんだ」
 年神様のセリフに、オクラの味噌汁に伸びた鬼頭さんの手が止まった。
 日向さんもお箸を置いている。
 食欲が失せるには十分のホラー話なので仕方ない。
「だから、蛭子は危険性が高いので回収するんだ。扱いは忌み物としてね。確か、左足は回収済みだったかな。今回は右腕だから、残すは左腕で右足だね」 
「あと2つもあるんですね…」
「そんなに身構えなくても、一花ちゃんが関わることはないよ。近場にはないだろうしね。大神くんたちは、依頼が入ったら回収に行かなくちゃいけないみたいだから分からないけど」
 無情だ。
 鬼頭さんの手から、ぽろりとお箸が落ちた。顔色は悪い。
 一方の日向さんは、さほど動揺が見られない。なぜかと疑問に思っていれば、基本的に回収は大神さんと鬼頭さんの仕事なのだとか。日向さんの本業は学生。大学に通いつつ、大神家で住み込みのお手伝いさんをしているらしい。そこだけ聞くと、すわ同棲か!?となりそうだけど、大神家というのは武家屋敷のように大きいという。鬼頭さんも住んでいるし、たくさんの妖怪も住んでいるそうだ。
 たくさんの妖怪。
 想像すると、ちょっとワクワクする。
「今は夏季休暇だから…」
 と、日向さんは歯切れ悪く視線を彷徨わせる。
「当初は探し出す苦労はあるけど、比較的簡単な依頼だと思っていたから、望海ちゃんに旅行感覚で手伝いを頼んだんだよ。稀に、望海ちゃんに手伝ってもらうこともあるから。なのに…」
 申し訳なさすぎる、と鬼頭さんは両手で顔を覆い、しくしくと泣き出した。
 日向さんは「2人だって知らなかったんだから仕方ないですよ」と宥め、「依頼人が悪かったね」と年神様はのほほんとお酒を嗜む。
 ”ついてない”で終わらせるほど、今回の件は軽くはない。
 それを主張するように、バラバラバラ…、と上空をヘリコプターが通過する音が聞こえてくる。
 父の方が大事になっているのが分かる。何しろ、ここは空港からも遠く、上空にヘリコプターが飛ぶことなんて殆どない。前回は豪雨災害で自衛隊やマスコミのヘリコプターが往来したくらいで、普段は静かなものだ。
 神籟町の上空をヘリコプターが通過するというのは、大事件が起きた証拠でもある。
 向こうも混乱しているだろうし、帰るにも警察車両で道が塞がって立ち往生してそうだ。
 そんないつ帰るとも知れない父たちが帰って来たのは、陽が傾ぎ、コオロギがコロコロと鳴き出した時分だ。
 朝から留守にしていたけど、神直日神の浄化作業を終えてからの通報。事情聴取を受けている間に、他にも遺体が発見され、案の定、狭い林道に続々と入ってくる警察車両が入って来たらしい。
 年神様の言っていたように土葬無許可墓地で、須久奈様の一撃で出てきちゃったっぽい。事件性は無さそうだが、真新しい荒れ模様に捜査が入ったそうだ。
 ハイテクな技術を使っても原因なんて分からないだろうけど。
 お疲れ様です。
 超特選純米大吟醸の一升瓶を抱えながらくだを巻く神直日神を見ながら、しみじみと終わったのだと感じることができた。
「い、い一花、どうした?」
「あ、いえ。終わったなぁって。今年の夏は怖いことばかりだったから、明日からのんびりしたいなって思ってたんです」
「一花ちゃん。何を言ってるの」
 お盆に酒の肴であるカツオのたたき、しいたけのホイル焼き、イカの塩辛を乗せた百花が口を挟んだ。
 酒の肴を配膳しつつ、ため息を一つ。
「一花ちゃん、夏休みの宿題は終わったの?」
「はぅ…」と珍妙な声が出てしまった。流れ弾が当たったのか、日向さんも胸を押さえている。
「舞のお稽古もあるから、明日からは休む間もないわよ」
 ぴしゃり、としたお小言に、私は盛大な溜息をついた。
 世知辛い…。




===== 注釈 =====
■三貴子
 伊邪那岐が黄泉の穢れを落とした際に生まれた三柱
 天照大神、月読命、須佐之男命
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