騎士団長のお抱え薬師

衣更月

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スカーレン子爵令嬢

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 トムの体を毛布で覆うと、他の子供たちが毛布を引き摺りながらトムに寄り添った。
 怪我は治せても、心の傷や栄養状態はどうにもできない。
「今、スープを用意していますからね」と、柔らかな表情の修道女シスターが子供たちに声をかけるけど、反応は薄い。何かに反応して一喜一憂できるほど、子供たちの心身は健やかではないのだ。
 本当はたっぷりとご馳走を用意してやりたいけど、空っぽの胃には優しくはない。
 スープからゆっくり、ゆっくりと胃を慣らす必要がある。
 修道女シスターが穏やかに子供たちへ話しかける一方で、兵士たちは口の周りをタオルでガードし、孤児院もどきのあばら屋へと入って行く。
 荒ら屋の傍らで話し合う司祭様たちは、今後の子供たちの行き先を相談しているんだと思う。
 孤児院だからと言って、全ての子を引き取れるわけではない。
 私も短期間だけど孤児院でお世話になった経験がある。だからこそ分かる。
 各々の孤児院には引き受けられる人数が決まっているのだ。部屋数やベッド数の他に、子供たちの世話をする修道女シスターの人数、予算と、「可哀想」で片づけられない問題が山積している。
 運の良い子は、裕福な人たちの養子になることができるが、それは一握りで、容姿が突出して良いとか、貴族の落胤の可能性が高いとかの理由が必要だ。キャトラル王国では、それにプラスして魔力量のある孤児が、率先して引き取られて行く。
 ひと塊になっている子供たちを見ると、離れ離れは不憫に思う。でも、全員一緒には無理だろう。
「イヴ」
 アーロンに手招かれるようにして、馬車の傍らに行く。
「あまり子供たちの傍にいるな。情が移りそうな顔をしている」
「そんな顔してました?」
「めちゃくちゃしてたっすね」
 ジョアンが肩を竦め、私の手から竹籠を取り上げた。
 馭者台に竹籠を置いて、代わりに私の手に飴玉が落とされる。子供たちに配ったのと同じ飴玉を、苦笑しながら口の中に放り込んだ。
 ハチミツの甘く優しい味に癒される。
「疲れてる時には甘い物っすよ」
「中で少し休んでいるといい」
 アーロンが言って、客車コーチのドアを開いた。
「必要なら毛布を借りて来るっすよ」
「もう2人とも子供扱いしないで下さい。これでも体力には自信があるんですよ。それに、魔力だってまだ大丈夫です」
 からころと飴玉を転がしながら言ったところで、力強い蹄と車輪の回る音が聞こえて来た。
 振り返れば、2頭立ての馬車がこちらに向かって来ている。立派な箱馬車は、見るからに貴族専用といった感じだ。
 ただ、この道は狭い。
 道沿いには司祭様たちを乗せてきた幌馬車や荷馬車が列をなして止まっているので、大型の馬車は最後尾に停車するしかない。
 案の定、馭者が困惑顔で手綱を引く。
 どうするんだろうと見守っていると、馭者は額に手を当てて苦い顔をした後、重い足取りで馭者台を降りた。客車のドアをノックしてドアを開けば、きゃんきゃんと甲高い声が吼えた。
 馭者は低頭平身に説明している。
 その説明を遮るように聞こえる甲高い声は、少なくともこの場に相応しくない。
 ちらりとアーロンとジョアンを見上げれば、2人とも苦虫を噛み潰した顔つきだ。特にアーロンはネコ科獣人との混血で、獣人ほどではないにしろ人族よりは耳が良いらしい。きゃんきゃん声が気に障るのだろう。
 哀れな馭者はぺこぺこ頭を下げつつも、言われるがままに客車に手を差し伸べた。
 どんな女性が出て来るのかと注視していれば、キラキラと煌めく金髪に翡翠色の双眸をした白皙の美少女が登場した。獣人らしく長身ながらに、線が細いせいか儚い美少女感がある。なのに、出ているところは出ている。
 貴族の生活はよく知らないけど、パステルブルーのドレスは、今からパーティーでも行くのか?というくらいに平民の目には華美だ。オフショルダーの首回りには控え目なレースがあしらわれ、むっちり、くっきりと谷間をアピールしている。その谷間に流れ落ちるように、ダイヤのネックレスが煌めいているから、計算された小悪魔感がある。
 なにより場違い感がすごい!
 令嬢は馭者の手を借りて客車から降り、きょろきょろと周囲に視線を走らせている。
 そんな令嬢に注意するのは、続いて降りて来た侍女らしき女性だ。何事か小声で苦言を呈しながらも、ドレスに合わせた鍔広の帽子を差し出した。
 令嬢が花や羽を飾り立てた帽子を頭に乗せるとあら不思議。パーティーを抜け出した訳アリ令嬢の出来上がりだ。
 そんな挿絵のついた大衆小説を読んだことがある。
 ビビッと感じるのは、あの手合いは目を合わせれば噛みつかれかねないということ。
 そっと視線を伏せたのが不敬だったのか、令嬢が手にした扇子をこっちに向けた。
「そこの小さな・・・貴女」
 小さな、に嫌味なアクセントを感じる。
 間違いなく私なのだろう。
「はい」
 令嬢に目を向ければ、儚げに見えた美少女は、全くもって儚げじゃなかった。花に例えるなら、棘が満載のバラだ。それも年月を経て、茎も棘も頑丈になってるバラ。
「貴女、どこかで見たことがあるわね」
 細められた目が怖い。
 なんの落ち度がなくても、貴族を前に畏縮してしまうのは平民の性だ。
 私がビクつきすぎているからか、アーロンとジョアンがすっと私の前に立った。
 紳士!
「申し遅れました。クロムウェル第2騎士団所属のサンドと申します。こっちはペトリ。そして、治癒士のゴゼットです」
 アーロンが僅かに腰を折って礼をする。ジョアンもアーロンに見習って礼をした。
 私も2人の影に隠れながら、ぺこりと頭を下げる。
 貴族の目には、この頭を下げる礼が品がないと不評だ。下手をすると罵詈雑言の的になるけど、私には貴族の作法が分からない。
 どうか令嬢の虫の居所が悪くありませんように!
 祈る気持ちが通じたのか、令嬢が目を輝かせた。
「やっぱり!お父様が第2騎士団に協力を要請したと言っていたのは嘘ではなかったのね」
 今にも飛び上がり、踊り出しそうな雰囲気だ。
 それは貴族令嬢としてはダメなのだろう。静かに控えてる侍女が、「トレイシーお嬢様」と窘めた。
 令嬢は不満を顔にしながら、すごすごと落ち着きを取り戻す。
 彼女は侍女に見えて、教育係か何かなのかもしれない。
「ジャレッド・クロムウェル団長はいらっしゃいます?御挨拶をと思いまして」
 なるほど。
 ジャレッド団長のファンだ。
「申し訳ございません。クロムウェル団長は現在、奴隷商人の追跡の指揮を執っています」
 普段はジャレッド団長呼びなのに、なぜかクロムウェル団長にチェンジしている。対外的にはクロムウェル団長が正解なのだろう。
 私も気を付けなければならない。
 令嬢は扇子で口元を隠し、「任務なら仕方ありませんね…」としおらしくなった。と思ったら、元気に扇子を畳むと、「戻られるまでここで待機しますわ」と宣った。
 今にも鼻歌が飛び出しそうな上機嫌さで、令嬢が周囲をきょろきょろし始めた。
 まぁ、ボランティア精神は皆無なのは分かる。
 保護された子供たちに一瞥もくれないし、忙しく走り回る兵士に労いの言葉をかけることもない。
「他の騎士の方たちはいませんの?」
 これが本音。
「私たち3人が留守を預かっています」
「まぁ…。では、モリソン副団長も不在なのね」
「モリソン副団長は駐屯地です」
 アーロンの声が素っ気ない。
 この令嬢も、目当てがジャレッド団長なのかキース副団長なのか分かり辛い。
 そっとアーロンとジョアンの顔を見れば、ごっそりと表情が抜け落ちている。無だ。
 令嬢をちらっと見れば、ばっちり目が合った。
 睨まれたわけじゃないのに、気分はヘビに睨まれたネズミ状態。びしっと硬直した私の前で、令嬢の目が丸々と見開かれた。
 そして、「あんた!!」と絶叫だ。
 腰が抜けそうなほど驚いたのは私だけじゃない。周囲を慌ただしく行き交っていた兵士や、話し合いをしていた司祭様たちまでがこっちに目を向けている。
「あんた!思い出したわ!あの時、ジャレッド様とキース様の間に図々しく座っていたメス猫ね!!」
 金切り声が吼える。
 乱暴に扇子を振り回す令嬢に、侍女が目を回している。
 てか、胸の前で手を組んで神様に祈る前に、令嬢を止めるのが侍女の役目じゃないの?
 ご乱心の令嬢に、私は恐怖のどん底だ。
 貴族に目をつけられるなんて……。
 絶望に震え上がる私を隠すように、アーロンとジョアンの壁が強固になる。
「退きなさい。これは命令よ。わたくしは、そこのメス猫と話がしたいわ」
 高飛車な口調は、メリンダが真似ていた茶会に登場する意地悪な令嬢そのもので、”理不尽の権化”とメリンダが毛嫌いしていた。
「メス猫というのは、差別用語とされています。御令嬢が口になさる言葉ではございません」
「あら?売女の方がメス猫という呼び方よりも品がなくてよ?それとも発情期のメス猫かしら?淫乱小娘?」
 ほほ、と令嬢が意地の悪い笑みを零す。
「さぁ、退きなさい。わたしくしはスカーレン子爵が長女、トレイシーですわ。従いなさい」
「それが?」
 と、ジョアンが嘆息混じりの言葉を投げた。顔は見えないけど、背中が”面倒くせぇ”と語っている。
「俺たちは、スカーレン子爵の嘆願でやって来てんの。虎の威を借る狐ならぬ、親の威を借る娘に用はないんすよ」
 毒舌!!
 あの弟属性のジョアンとは思えない毒に、私のみならず令嬢も面食らったらしい。さっきまではアーロンが防波堤になっていたのに、突然ジョアンが喋り出したから予想外だったのもあるのだろう。
 愕然としたのも束の間、令嬢はヒステリックに「なんですって!!」と金切り声を張り上げた。
「一騎士ごときが!不敬ですわ!」
「一騎士ごときっすけど、あんたが子爵家令嬢なら、俺はペトリ伯爵家子息で、こっちはサンド子爵家子息っすよ」
 うそ!?
「個々の前に、私たちがクロムウェル騎士団に所属しているということを良く考えた方が良い。子爵家の名を出したということは、クロムウェル公爵家の後ろ盾のある騎士団に、スカーレン子爵家が喧嘩を売ったということになる。それが意味することを、努々忘れずに頂きたい」
 アーロンの声のトーンが下がり、ふわり、と冷たい風が足元から吹き上げた。
 風属性の魔力が漏れてるのだ…。
 ヒステリックな令嬢も分が悪いと、歯噛みしながら口を閉ざしている。怒りを湛えた鋭い眼光は、壁となった2人の間隙を縫って私を捉えているから恐ろしい。
 令嬢から逃げるように視線を逸らすと、顔面蒼白の侍女がいた。今にも後ろにひっくり返りそうなほど血の気が失せ、小刻みに震えている。
 冒険者ギルドの暴力的な喧嘩も怖かったけど、それ以上に怖い喧嘩があるのだと知った。
 貴族の喧嘩…めちゃくちゃ怖い!
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