騎士団長のお抱え薬師

衣更月

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冒険者ギルド①

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 長期の治療士派遣。
 それが私がハノンで取り交わした契約書の内容だ。
 本当は薬師を希望したかったらしいけど、聖属性は保守的で故郷を出たがらない。派遣先が獣人国となれば猶更だ。その為、妥協点となったのが私になる。
 そもそも「隣国で薬師を探している」という話は、メリンダの貴族友達の世間話程度の情報だったらしい。それをメリンダがわざわざ確認し、私の意思を訊き、便宜上、冒険者ギルド経由の依頼にしたのだ。ギルド経由にした理由は単純明快。冒険者というのは自由業ながらに規約が多く、中でも気を付けなければならないのが、半年に1度は依頼を受けなければ登録が抹消されるというものだ。
 銀貨5枚で再登録できるものの、2ランクダウンの降格処分という厳しい罰則がある。
 降格処分なんて死活問題だ。
 そんなうっかりミスを犯さないように、メリンダが相手側…つまり、クロムウェル公爵家に話をつけ、指名依頼として冒険者ギルドを介してくれたのだ。
 感謝しかない。
 契約書にサインを走らせた際、メリンダからは「報酬はひと月毎よ。必ずギルドで確認すること」と口酸っぱく言いつけられた。
 来れなかったけど…。
 ちなみに報酬の受け取りは依頼によって異なり、即金を求むなら討伐依頼だ。討伐の成功報酬とは別に、素材を売ることもできるので、大金を稼ぎたい人にはうってつけとなる。
 あまり人気がないのが護衛で、これは冒険者が移動の際、「ついでに」こなす任務なことが多い。
 護衛の基本報酬は出発地から到着地のルートの危険度で割り出され、盗賊や魔物と遭遇した場合は手当てが加算される。討伐した盗賊の賞金ならびに魔物の報酬は、当然冒険者のものとなる。
 但し、護衛任務は国を跨ぐことも多く、日数がかかる任務となることから即金を希望する人には向かない。
 それ以外の薬草採取や害獣討伐、溝浚い、ご用聞きに草むしりなどのCランク以下の依頼は、原則当日受付当日払いだ。
 私のランクでは当日払いに当たるけど、通常、Cランク以下が国を跨ぐことはない。
 ギルドは国を介さず独自の連合会になるとはいえ、国内同士のギルドと国を跨いだギルドでは手続きに時間を要す。
 さらに長期契約なので、私の場合はひと月毎の支払いと決まった。
 これが住むところと食事を自己負担だったら、せめて1週間毎で!と言っていたと思う。でも、ありがたいことに私は寝床にも食事にも困ることなく過ごせている。
 結果、言い訳になるけど冒険者ギルドから足が遠退いてしまった…。
 今回は冬支度の買い物なので散財必須。
 ということで、冒険者ギルドに報酬の確認に向かうことにしたのだ。
 カスティーロの冒険者ギルドに赴く私のお目付け役はジャレッド団長だ。休日ということで黒い隊服から、白いシャツに焦げ茶色のトラウザーという領民に紛れ込もうとするラフな装いをしている。
 ラフではあるけど、凡庸とは程遠い容姿なので溶け込めてはいない。
 帯剣しているし、金色の双眸は一分の隙もないので、どう足掻いても平民には見えない。しかも、歩く姿は貴族である。
 平民の貴族を見極める嗅覚は抜きん出ているので、多くの平民は貴族と思しき人を見ると問題が起こる前に距離をとる。
 例外は、玉の輿を狙う肉食系女子だ。
 今も妙齢の女性たちはジャレッド団長に秋波を送り、ついでとばかりに私に睨みを利かせている。ジャレッド団長が僅かでも隙を見せれば、私を押しのけ突進してくる女子は数え切れないほどいるはずだ。
 そわそわと浮足立っていると、不意にジャレッド団長が足を止めた。
「ここがカスティーロの冒険者ギルドだ」
 町の中心部から外れているとはいえ、賑やかな場所に冒険者ギルドはあった。
 木造2階建てで、隣には石壁造りの魔物の解体施設が横付けで建てられている。解体施設は窓はあるけど入口はないので、造りは違うけどこれで1軒なのだろう。
 ギルドの入り口には、木製看板にクロスした剣と盾の紋が下がる。その隣の解体施設の窓の上には、クロスした包丁と角のある魔物の紋だ。
 入り口をギルド側1つにしているのは、魔物の解体は冒険者登録した者限定にしているためかもしれない。もしくは、貴重な素材の盗難を避けるために、入り口を1つにしているのか、単に解体場を増築しただけなのか。
 ちなみにハノンの冒険者ギルドは、木造2階建てで、2階はギルド長の部屋と応接室があると聞く。1階は通常受付と買い取り専用受付で、奥に解体場があった。横づけで隣接する施設は酒場で、外に出ることなく繋がっていた。
 そもそもハノンは辺境の村で、酒場自体が少ない。
 冒険者のポテンシャルを維持するため、苦肉の策でギルド横に酒場を設置していると聞いたことがある。
 メリンダが、「酔っ払い冒険者の喧嘩が絶えないから嫌なんだけどね」と嘆息していたのを思い出す。
 私は夕刻以降はギルドに行かなかったので知らないけど、憲兵に連行され、2、3日牢屋で過ごすはめになるほど酷い喧嘩もあるらしい。
 ちょっと怖いけど、これぞ冒険者って感じだ。
 こっちのギルドは、周囲に酒場や宿が点在している。屋台も多く、活気がある通りには香ばしい匂いと、ジュウジュウと食欲をそそる肉の焼ける音が耳を楽しませる。
 ただ、活気がある分、夜はハノン以上に治安が悪くなりそうだ。
 そんなことを思っていると、ジャレッド団長が私の不安を払拭するように説明してくれた。
 曰く、治安を維持するために第1騎士団が巡回し、憲兵が一軒一軒に顔を出して困ったことがないか聞いて回るそうだ。
 暴力沙汰が起きると、問答無用で牢屋行きなので、ここの冒険者は比較的お行儀が良いらしい。
 まぁ、大貴族のお膝元だから分からなくもない。
 一応、お行儀が良いと評価される冒険者たちだけど、やっぱり一般人に比べて体格に恵まれ、どこか粗暴な雰囲気がある。大剣や戦斧を持っているからかもしれない。
「行くぞ」
「はい」
 知らないギルドは緊張感がすごい。
 キィ、と蝶番を鳴らして両開きの扉を開けば、あちらこちらから無粋な視線が飛んでくる。
 これはハノンのギルドも同じで、見知らぬ冒険者が来れば品定めの視線を送るし、FランクやEランクの子供が来れば気遣わしげな目を向ける。
 品定めの視線には、相手の力量を見極める意味がある。
 俺の方が強そうだとか、あいつならチームに勧誘できそうだとか。中にはかつあげ目的の視線もあるので注意が必要となる。
 ジャレッド団長は全身に突き刺さる視線をものともせず、受付の列に並ぶと眉宇を顰めた。
 すんすん、と鼻を動かしているので、ギルド特有のニオイに辟易しているのだと思う。
 何しろ汗だく泥だらけ、または魔物の返り血を浴びた冒険者が依頼達成報告に来るのだ。奥の解体場からも臭いが漏れてくるので、この臭気に慣れるまでは辛いかもしれない。
 ハノンのギルドでは、子供たちが大量の薬草を買い取りに出す為、薬草が消臭の役を担って不快度は低い。
 こっちは薬草を抱えた子供がいないので、汗や血の臭いがキツくて私も驚いている。
 ギルドの受付は女性が3人だ。
 揃いの紺色の制服を着て、淡々と業務をこなしている。
 私たちの順番が来ると、受付の女性が目を丸めてジャレッド団長を見上げた。さっきまでは無表情だったのに、薄っすらと頬を染めている。
 驚くことに、「はじめまして。エイデン・モンローです」と自己紹介から始めた。
「要件をお伺いします」との猫撫で声は、終始ジャレッド団長に向いている。どうやら、正面にいる私は視界に入っていないらしい。
 美人なだけに勿体ない。
「あの!口座の確認をお願いしたいのですが!」
 こちらに意識を向けてもらうために声を張り上げると、「は?」と不機嫌な目つきを向けられた。
 怖い…。
 斜め掛けのバッグから、いそいそとギルドカードを取り出す。
 ギルドカードはランクによって色が異なり、SランクとAランクは金、Bランクは銀、Cランク以下が銅となる。
 私は銅のカードを受付カウンターに置くと、思いっきりため息を吐かれた。小さな舌打ちが聞こえた気もするけど、幻聴だと思いたい。
 まるでひったくる様にカードを手にすると、「確認します」と手元の魔道具に挿し込む。
「イヴ・ゴゼット、Cランカーで間違いないですか?」
「はい」
「預金情報を印刷するには50ミナの紙か、500ミナの紙を選べますけど?」
「50ミナでお願いします」
 と言えば、返答代わりのため息が落ちる。
 比べちゃダメなんだろうけど、メリンダと比べてしまう。態度が悪すぎて怖いし、後ろに立つジャレッド団長の機嫌が静かに降下しているのが分かって倍怖い。
 財布から、50ミナを取り出してカウンターに置く。
 ミナは世界共通の通貨単位で、鉄貨1枚が10ミナとなる。
 50ミナの紙は公的手続きには使用不可な粗悪品だ。黄ばんだ色をしていて、植物の繊維が見えるために表面が僅かに凸凹している。
 こういう紙は使い捨てのメモや口座確認の時に用いられる。
 500ミナのものは高品質で、よほどのことがなければギルドでは使われない。使う人がいるとすれば、貴族関連の依頼を請けた人だろう。
「カードをお返しします。こちらが口座記録です」
 おざなりに、カードと印字を裏返した用紙をカウンターに置く。
 これでお前の番は終わっただろとばかりに、彼女の視線はジャレッド団長に狙いを定める。
 いろんな意味ですごい女性だ。
 そんな受付女性を横目で見つつ、口座記録を確認する。
「…っ!」
 ひと月分の報酬が大金貨1枚100,000ミナ
 通貨は鉄貨、銅貨、銀貨、小金貨、大金貨、白金貨があり、白金貨は一千万ミナで国家間での取引でしか使われないという幻の通貨になる。
 ちなみに、ハノンでは1日1食ないし2食で、破れた服を繕いながら…という慎ましやかな生活ならば月小金貨3枚。小金貨4枚あればゆとりある生活が送れる。
 契約書には、寮住まい食事つきで小金貨5枚だったはずだ。小金貨5枚でも貰いすぎなのに、メリンダは「聖属性が不慣れな土地に行くのだから妥当よ」と言っていた。
「あの…振込額が契約時よりも多いんですけど?」
 正直に申告すれば、受付女性は顔を顰めて特大のため息を吐き出した。
「契約不履行や契約金が少なければ問題だけど、多かったのよね?で?良かったじゃないですか。他に質問は?なければ退いてくれる?こっちも暇ではないの」
 この台詞にぎょっとしたのは私だけではなかった。
 横並びの受付女性たちも、「え?」と目を丸めて同僚を見、次いで私の後ろに視線を向けて蒼褪めた。
「おい。このギルドの受付は、男漁りしか頭にないのか?不愉快だな」
 険のある言い方に恐る恐るに後ろを振り向けば、堪忍袋の緒が切れたジャレッド団長が犬歯を剥いて「ガルル」と唸っている。
 これには流石の受付女性も色目を忘れて硬直している。真正面からジャレッド団長の怒りに触れて、平気な人はそういない。
「も!申し訳ございません!」
 慌てて立ち上がって頭を下げたのは、横に並んでいた2人の受付女性だ。
 顔面蒼白で、微かに震えている。
 手続していた冒険者も、その後ろに並ぶ冒険者も、必死に虚勢を張りながらも半歩後退した。
 みんなの視線は、ジャレッド団長のチョコレート色の髪や珍しい金色の瞳に向けられている。
 どうやらジャレッド団長の血統に気が付いたようだ。
 これではどんな荒くれ者でも、太刀打ちできない。古代種大狼には本能的な恐怖で相手を屈服させる圧がある。特に獣人は、その本能が優れているように思う。
 そして、極め付きは公爵家令息という身分だ。
「イヴ。振込額が増えているのは、契約後にハノンのギルド側に契約金増額を打診し、勝手に上げさせてもらったからだ。間違いではないから安心しろ」
 ジャレッド団長は言って、頭を下げ続ける2人の受付女性を見ながら私の肩を叩いた。
「金を幾らかおろすのだろ?」
「あ…はい」
 私は頷いて、「お金をおろしたいのですが…」と受付女性に向き直った。
 対応したのは、私たちに頭を下げていた年嵩の女性だったのは仕方がない。
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