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冒険者ギルド②
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ギルド内の居心地が非常に悪い。
雑然としていた雰囲気が、ぴたりと息を潜め、気配を消して嵐が去るのを待っている。
いや、嵐というか…魔王かも。
強面冒険者たちが、揃ってジャレッド団長の顔色を窺い口を噤んでいるから異様な光景だ。なんなら顔面蒼白でギルドから逃げ出した冒険者もいる。
なんだか、とても申し訳ない。
「終わりか?」
「いえ…少しいいですか?」
ちょん、と依頼書が貼られたボードを指さす。
別に依頼を受けようとは思わないけど、どんな依頼があるのか興味がある。
ジャレッド団長も不機嫌オーラを引っ込め、私の後ろをついて来る。一緒に依頼書を見るらしい。
「討伐依頼が多いですね」
「時期が時期だから仕方ないのかもしれないが、確かに他の依頼が少ないな」
8割近くが討伐依頼で、あとは子供たち向けの溝浚いや草むしり、配達などだ。
採取依頼はゼロ件。
討伐も魔物が9割、残りが田畑を荒らす害獣指定の小型の獣ばかりが目立つ。
それ以外は、捕獲依頼が2件ある。
捕獲対象はスライムで、溝に棲息しているクリーンスライムだ。
このクリーンスライムは地域によって呼び名が変わる。ハノンではそのまま。ドブスライムと言われているほど、溝に行けば良く見られる。
森に棲息するスライムの多くは楕円型や雫型だけど、クリーンスライムは棲息地に合わせてか、不定形に崩れて平べったい。さらに動きが鈍く、捕食するのはゴミや汚物だ。体内に保有する酸でゆっくり溶解させる性質から、ゴミ捨て場やトイレに欠かせない存在となっている。
このクリーンスライムの捕獲は子供の役割で、酸を有しているといっても強い酸ではないので、危険性はない。捕獲にはコツがあるし、擬態能力のあるスライムなので這い蹲って溝の中を探さないといけないしで大変だけど、魔物との接し方の第一歩としては良い練習相手になる。
それは、こっちでも変わりないらしい。
「どうだ?ハノンとは違いはあるのか?」
「はい。かなり違って面白いです。ハノンは討伐と薬草採取が半々なんです。討伐もCランク以下が請け負える獣が多いですよ。護衛に関しては、ギルド側が選別して個々に依頼を頼むで、こういう場所には貼りません。それはこっちでも同じなんだと思います」
「なるほどな。それを聞くと、こちらは魔物討伐に偏っているな」
ジャレッド団長は眉宇を顰めて、「採取か」と独りごつ。
公爵家としては、薬草の取り扱い種類を増やして薬師を育てたいのだろうけど、薬草採取依頼が1枚もない現状を見ると前途多難な気がする。
薬草採取は初級レベルの依頼になるけど、座学が苦手な人には高難易度なレベルに代わるほど薬草と毒草の見分けは難しいらしい。その為、ギルドの買い取り部門には専門職員を置き、採取された薬草を見分けて安全を確保している。
ここには、そういう人がいそうにない。
私は改めて依頼書を見上げた。
依頼書にはレベルがあって、左上に金、銀、銅の押印で選別できる。
押印はギルド紋で、各地にあるギルドはそれぞれ地域の特色を生かした紋を持っている。
ここの冒険者ギルドのギルド紋は狼と剣だ。狼を使うのは、このギルドの創設に公爵家が関わったからだと思う。
ハノンのギルド紋は、ゴールドスタイン領固有のノーシュクルという青い八重咲の有毒植物だ。
そして、印色によって分けられるレベルは、銅はCランク以下の依頼書、銀がBランクに向けた依頼書、金がAランクとSランクに向けた依頼書になる。
要はギルドカードの色で受けられる依頼を選別しているのだ。
とは言え、Aランカーが銀や銅の依頼書を受けても問題はない。ただ、実績に加算されないのでランクアップは望めない。
「金が多いですね」
「金?」
「左上の押印の色です。金、銀、銅で依頼の難易度が一目で分かるんです」
「なるほど」
ジャレッド団長は依頼書を確認して苦い表情だ。
金の押印依頼書の多くが、【シンリントード討伐ならびに素材回収依頼】だからだ。
「シンリントードが多いですね…」
「オークションにトードブルーが出ると告知されたからだろうな」
「告知?」
「オークションは開催される10日前に、出品される商品、その商品がオークションにかけられる日時が告知される。出品される商品は前日まで受け付けされるから、オークションのスケジュールには余裕をもっているのだが、高額落札が確実な目玉商品は、なるべく告知前に受付を済ませる。そうでなければ、金の用意が間に合わず落札できなくなるからな。ちなみに、トードブルーの開始価格は大金貨50枚からだ」
大金貨50枚!
「あの…オークションは1日で終わらないんですか?」
「ああ。3日かけて行う。トードブルーは最終日の最後だと発表されたから、遠方の領地から護衛を引き連れた馬車が幾つも出発していると聞く」
もしかして、あちこちの街道で大金を積んだ馬車が疾走しているのだろうか…。
「オークションは即金だからな。10日前告知というのも、遠方の貴族に気遣っているためだ。とはいえ、真偽不明ながらに商品に関する噂は出回るものだ。そういう耳聡い貴族は、早々に大金を用意して移動しているがな」
トードブルー目当てだけに大金を抱えて移動しているとは思わないけど、貴族の価値観はすごい。
確かに綺麗な石だったけど、大金貨1枚で買うか?と言われても買おうとは思わない。それが大金貨50枚からスタートなんて、公爵家に献上したのは正解だ。
「それから、商品を出品する者の名も公表される。トードブルーの出品者は公爵家だから、欲をかいた貴族や裕福な商人あたりが、この近隣でシンリントードの討伐依頼を出しているんだろう」
「シンリントードを討伐しても、必ずトードブルーが出るわけじゃないのに…」
「そんな依頼、誰も受けんさ。報酬も大金貨20枚だ。割りに合わんだろ」
がははは、と野太い笑い声に驚いて振り向けば、黒髪の壮年の男性が大きな手で「久しぶりだな」とジャレッド団長の肩を叩いている。
「ギルド長室にいたら、下で受付がバカやらかしたって聞いて様子を見に来たんだが、相手はお前だったのか」
「このギルドの質は随分と落ちたな」
「あの受付はクビだ」
「え?クビ!?」
びっくりして、声が裏返ってしまった。
男性はレモン色の猫目を弓なりに細めて、にやりと笑って私を見下ろす。
「当然だ。契約金は鉄貨1枚の違いもあってはならない。振込額が増えていようが減っていようが、後々に大きな問題になる可能性があるからな。それを”振込額が多く入ってて良かったな”で済ませる奴は、受付に不要だ。ギルドは信用で成り立つ商売なんだよ」
ああ、そうか。
私は驚いて意見することはできなかったけど、大事なことだったんだ。
「ジャレッドがキレ散らかしたっていうのには笑ったけどな。何しろ、うちの冒険者が、みんな良い子ちゃんだ」
そう言って、男性は大口を開けて笑う。
ジャレッド団長を見れば、うんざりとした顔をしている。
ジャレッド団長を呼び捨てにして、しかも馴れ馴れしく肩を叩いているのを見ると、この男性も貴族なのかもしれない。
少しだけ姿勢を正せば、ジャレッド団長の手が私の頭を優しく叩いた。
「こいつはマイルズ・ボー。副ギルド長だ。Aランカーで、稀に第2の仕事を手伝ってくれている。今後、イヴとも顔を合わすことがあるかも知れないな。ちなみに、貴族ではなく酒屋の息子…だったか?」
「花屋だ。花屋」
花屋の息子…?
似合わない。
顔に出ていたのか、ジャレッド団長に代わってボー副ギルド長の手が私の頭に伸びてきた。その手もジャレッド団長の「触るな」という声とともに叩き落とされたけど。
バチン!と結構な音がしたけど、ボー副ギルド長は「いてぇ」と笑っている。
人族なら折れてそうな音なのに…。
「で、ジャレッドがギルドにいるなんてどうした?冒険者に鞍替えか?」
「付き添いだ」
ジャレッド団長は言って、私の背中に手を添える。
「Cランクのイヴ・ゴゼットです」
ぺこり、と頭を下げれば、ボー副ギルド長が「ちぃせえのにCなのか!」と驚いた。
「イヴは人族だ。これでも平均らしい」
「マジか人族!?いやいや、鵜呑みにするところだった…。俺が知ってる人族の冒険者は俺より少し小さいくらいだぞ?阿呆みたいな膂力で戦斧を振り回すんだ」
確かに冒険者にしては小さいけど、女性としては平均だ。ボー副ギルド長の知る人族はAランカーだと思う。もしくは、Sランカーだ。
「男女差はあるだろ?」
「いや…そうだが。なら、もしかして年も子供じゃないのか?」
「15だ」
「15か…。飯は食ってるのか?嬢ちゃんは知ってるかもしれんが、こいつは金持ちだ。栄養あるものをたらふく食わせてもらえ」
そんなに私の体形は貧相なのだろうか。
しんみりと自分の体を見下ろすと、バシン!と重い打撃音が聞こえた。
見れば、ボー副ギルド長が頭を押さえて「いってぇ!」と呻いている。
「いや、悪い。悪かった。だが、こうも性差や種族による違いがあるとなぁ…。確かに俺は人族の子供や一般人との接触ほぼないが…嬢ちゃんは冒険者だろ?心配になる細さだ」
「私は冒険者ですけど、別に戦闘特化ではないです」
遠くからボーガンを放つくらいなので、前衛の人たちとは違う。
「私は薬師希望なんです。なので、頑張ってBランクまでいけたらいいかなって」
「薬師?」
ボー副ギルド長は言って、依頼書に目を走らせる。
「もしかして、人族の依頼は薬草採取とかが多いのか?」
「はい。討伐と採取で半々くらいです。Cランク以下は採取が多いですよ。中にはAランカーに依頼が入る高難度の採取もありますが」
「そういえば、公爵閣下が薬師を育てたいと言っているんだったな」
「ああ。よく知ってるな」
「1年くらい前か。閣下本人に聞いたんだよ。森の深くに行った際は、珍しい薬草を採って来てくれって。んでも、こっちの冒険者は座学を受けてるって言っても最低限だ。覚えこませるのは薬草じゃなくて毒草だからな。この草や実は食うなって。だから、珍しい薬草とか言われてもなぁ…て感じなんだよ」
同じ冒険者ギルドでも、国が違うと座学も違うのかと驚いてしまう。
確かに、座学は毒草被害を避ける為なので間違いではないけど…。
「それじゃあ、帝国内で取り扱っている薬草はどうしているんですか?」
「薬草やポーションの類は、パルムコート王国、ヴァーディック公国、ロンバルデ共和国、コンセプシオン王国から仕入れている」
この4ヵ国はヴォレアナズ帝国の属国だ。4ヵ国とも人族の国で、パルムコート王国、ヴァーディック公国、ロンバルデ共和国の3ヵ国は天災や害虫被害による不作が数年に渡って続き、肥沃な土地を持つヴォレアナズ帝国に戦争を仕掛けた国になる。
よほど獣人に支援をお願いするのが嫌だったのだろう。
結果、戦争に負けた3ヵ国は、トップの首が挿げ変わり、多額の賠償額を支払って属国に下った。
コンセプシオン王国は普通に侵略戦争を仕掛けて敗退。王様や取り巻きを処刑して、属国にした。
帝国に取り込まなかったのは、旨味がなかったかららしい。どうやら地理的な問題で、4ヵ国とも天候不順による災害が起きやすく、農地に適さない土地が多いのだとか。
「4ヵ国に薬草栽培をさせて、それを輸入しているんだ」
ジャレッド団長の説明に、なるほどと頷く。
その結果、薬草に疎い獣人の出来上がりというわけだ。
多種多様な薬草を流通させて薬師を育てるのは、なかなか骨が折れそうな気がした。
雑然としていた雰囲気が、ぴたりと息を潜め、気配を消して嵐が去るのを待っている。
いや、嵐というか…魔王かも。
強面冒険者たちが、揃ってジャレッド団長の顔色を窺い口を噤んでいるから異様な光景だ。なんなら顔面蒼白でギルドから逃げ出した冒険者もいる。
なんだか、とても申し訳ない。
「終わりか?」
「いえ…少しいいですか?」
ちょん、と依頼書が貼られたボードを指さす。
別に依頼を受けようとは思わないけど、どんな依頼があるのか興味がある。
ジャレッド団長も不機嫌オーラを引っ込め、私の後ろをついて来る。一緒に依頼書を見るらしい。
「討伐依頼が多いですね」
「時期が時期だから仕方ないのかもしれないが、確かに他の依頼が少ないな」
8割近くが討伐依頼で、あとは子供たち向けの溝浚いや草むしり、配達などだ。
採取依頼はゼロ件。
討伐も魔物が9割、残りが田畑を荒らす害獣指定の小型の獣ばかりが目立つ。
それ以外は、捕獲依頼が2件ある。
捕獲対象はスライムで、溝に棲息しているクリーンスライムだ。
このクリーンスライムは地域によって呼び名が変わる。ハノンではそのまま。ドブスライムと言われているほど、溝に行けば良く見られる。
森に棲息するスライムの多くは楕円型や雫型だけど、クリーンスライムは棲息地に合わせてか、不定形に崩れて平べったい。さらに動きが鈍く、捕食するのはゴミや汚物だ。体内に保有する酸でゆっくり溶解させる性質から、ゴミ捨て場やトイレに欠かせない存在となっている。
このクリーンスライムの捕獲は子供の役割で、酸を有しているといっても強い酸ではないので、危険性はない。捕獲にはコツがあるし、擬態能力のあるスライムなので這い蹲って溝の中を探さないといけないしで大変だけど、魔物との接し方の第一歩としては良い練習相手になる。
それは、こっちでも変わりないらしい。
「どうだ?ハノンとは違いはあるのか?」
「はい。かなり違って面白いです。ハノンは討伐と薬草採取が半々なんです。討伐もCランク以下が請け負える獣が多いですよ。護衛に関しては、ギルド側が選別して個々に依頼を頼むで、こういう場所には貼りません。それはこっちでも同じなんだと思います」
「なるほどな。それを聞くと、こちらは魔物討伐に偏っているな」
ジャレッド団長は眉宇を顰めて、「採取か」と独りごつ。
公爵家としては、薬草の取り扱い種類を増やして薬師を育てたいのだろうけど、薬草採取依頼が1枚もない現状を見ると前途多難な気がする。
薬草採取は初級レベルの依頼になるけど、座学が苦手な人には高難易度なレベルに代わるほど薬草と毒草の見分けは難しいらしい。その為、ギルドの買い取り部門には専門職員を置き、採取された薬草を見分けて安全を確保している。
ここには、そういう人がいそうにない。
私は改めて依頼書を見上げた。
依頼書にはレベルがあって、左上に金、銀、銅の押印で選別できる。
押印はギルド紋で、各地にあるギルドはそれぞれ地域の特色を生かした紋を持っている。
ここの冒険者ギルドのギルド紋は狼と剣だ。狼を使うのは、このギルドの創設に公爵家が関わったからだと思う。
ハノンのギルド紋は、ゴールドスタイン領固有のノーシュクルという青い八重咲の有毒植物だ。
そして、印色によって分けられるレベルは、銅はCランク以下の依頼書、銀がBランクに向けた依頼書、金がAランクとSランクに向けた依頼書になる。
要はギルドカードの色で受けられる依頼を選別しているのだ。
とは言え、Aランカーが銀や銅の依頼書を受けても問題はない。ただ、実績に加算されないのでランクアップは望めない。
「金が多いですね」
「金?」
「左上の押印の色です。金、銀、銅で依頼の難易度が一目で分かるんです」
「なるほど」
ジャレッド団長は依頼書を確認して苦い表情だ。
金の押印依頼書の多くが、【シンリントード討伐ならびに素材回収依頼】だからだ。
「シンリントードが多いですね…」
「オークションにトードブルーが出ると告知されたからだろうな」
「告知?」
「オークションは開催される10日前に、出品される商品、その商品がオークションにかけられる日時が告知される。出品される商品は前日まで受け付けされるから、オークションのスケジュールには余裕をもっているのだが、高額落札が確実な目玉商品は、なるべく告知前に受付を済ませる。そうでなければ、金の用意が間に合わず落札できなくなるからな。ちなみに、トードブルーの開始価格は大金貨50枚からだ」
大金貨50枚!
「あの…オークションは1日で終わらないんですか?」
「ああ。3日かけて行う。トードブルーは最終日の最後だと発表されたから、遠方の領地から護衛を引き連れた馬車が幾つも出発していると聞く」
もしかして、あちこちの街道で大金を積んだ馬車が疾走しているのだろうか…。
「オークションは即金だからな。10日前告知というのも、遠方の貴族に気遣っているためだ。とはいえ、真偽不明ながらに商品に関する噂は出回るものだ。そういう耳聡い貴族は、早々に大金を用意して移動しているがな」
トードブルー目当てだけに大金を抱えて移動しているとは思わないけど、貴族の価値観はすごい。
確かに綺麗な石だったけど、大金貨1枚で買うか?と言われても買おうとは思わない。それが大金貨50枚からスタートなんて、公爵家に献上したのは正解だ。
「それから、商品を出品する者の名も公表される。トードブルーの出品者は公爵家だから、欲をかいた貴族や裕福な商人あたりが、この近隣でシンリントードの討伐依頼を出しているんだろう」
「シンリントードを討伐しても、必ずトードブルーが出るわけじゃないのに…」
「そんな依頼、誰も受けんさ。報酬も大金貨20枚だ。割りに合わんだろ」
がははは、と野太い笑い声に驚いて振り向けば、黒髪の壮年の男性が大きな手で「久しぶりだな」とジャレッド団長の肩を叩いている。
「ギルド長室にいたら、下で受付がバカやらかしたって聞いて様子を見に来たんだが、相手はお前だったのか」
「このギルドの質は随分と落ちたな」
「あの受付はクビだ」
「え?クビ!?」
びっくりして、声が裏返ってしまった。
男性はレモン色の猫目を弓なりに細めて、にやりと笑って私を見下ろす。
「当然だ。契約金は鉄貨1枚の違いもあってはならない。振込額が増えていようが減っていようが、後々に大きな問題になる可能性があるからな。それを”振込額が多く入ってて良かったな”で済ませる奴は、受付に不要だ。ギルドは信用で成り立つ商売なんだよ」
ああ、そうか。
私は驚いて意見することはできなかったけど、大事なことだったんだ。
「ジャレッドがキレ散らかしたっていうのには笑ったけどな。何しろ、うちの冒険者が、みんな良い子ちゃんだ」
そう言って、男性は大口を開けて笑う。
ジャレッド団長を見れば、うんざりとした顔をしている。
ジャレッド団長を呼び捨てにして、しかも馴れ馴れしく肩を叩いているのを見ると、この男性も貴族なのかもしれない。
少しだけ姿勢を正せば、ジャレッド団長の手が私の頭を優しく叩いた。
「こいつはマイルズ・ボー。副ギルド長だ。Aランカーで、稀に第2の仕事を手伝ってくれている。今後、イヴとも顔を合わすことがあるかも知れないな。ちなみに、貴族ではなく酒屋の息子…だったか?」
「花屋だ。花屋」
花屋の息子…?
似合わない。
顔に出ていたのか、ジャレッド団長に代わってボー副ギルド長の手が私の頭に伸びてきた。その手もジャレッド団長の「触るな」という声とともに叩き落とされたけど。
バチン!と結構な音がしたけど、ボー副ギルド長は「いてぇ」と笑っている。
人族なら折れてそうな音なのに…。
「で、ジャレッドがギルドにいるなんてどうした?冒険者に鞍替えか?」
「付き添いだ」
ジャレッド団長は言って、私の背中に手を添える。
「Cランクのイヴ・ゴゼットです」
ぺこり、と頭を下げれば、ボー副ギルド長が「ちぃせえのにCなのか!」と驚いた。
「イヴは人族だ。これでも平均らしい」
「マジか人族!?いやいや、鵜呑みにするところだった…。俺が知ってる人族の冒険者は俺より少し小さいくらいだぞ?阿呆みたいな膂力で戦斧を振り回すんだ」
確かに冒険者にしては小さいけど、女性としては平均だ。ボー副ギルド長の知る人族はAランカーだと思う。もしくは、Sランカーだ。
「男女差はあるだろ?」
「いや…そうだが。なら、もしかして年も子供じゃないのか?」
「15だ」
「15か…。飯は食ってるのか?嬢ちゃんは知ってるかもしれんが、こいつは金持ちだ。栄養あるものをたらふく食わせてもらえ」
そんなに私の体形は貧相なのだろうか。
しんみりと自分の体を見下ろすと、バシン!と重い打撃音が聞こえた。
見れば、ボー副ギルド長が頭を押さえて「いってぇ!」と呻いている。
「いや、悪い。悪かった。だが、こうも性差や種族による違いがあるとなぁ…。確かに俺は人族の子供や一般人との接触ほぼないが…嬢ちゃんは冒険者だろ?心配になる細さだ」
「私は冒険者ですけど、別に戦闘特化ではないです」
遠くからボーガンを放つくらいなので、前衛の人たちとは違う。
「私は薬師希望なんです。なので、頑張ってBランクまでいけたらいいかなって」
「薬師?」
ボー副ギルド長は言って、依頼書に目を走らせる。
「もしかして、人族の依頼は薬草採取とかが多いのか?」
「はい。討伐と採取で半々くらいです。Cランク以下は採取が多いですよ。中にはAランカーに依頼が入る高難度の採取もありますが」
「そういえば、公爵閣下が薬師を育てたいと言っているんだったな」
「ああ。よく知ってるな」
「1年くらい前か。閣下本人に聞いたんだよ。森の深くに行った際は、珍しい薬草を採って来てくれって。んでも、こっちの冒険者は座学を受けてるって言っても最低限だ。覚えこませるのは薬草じゃなくて毒草だからな。この草や実は食うなって。だから、珍しい薬草とか言われてもなぁ…て感じなんだよ」
同じ冒険者ギルドでも、国が違うと座学も違うのかと驚いてしまう。
確かに、座学は毒草被害を避ける為なので間違いではないけど…。
「それじゃあ、帝国内で取り扱っている薬草はどうしているんですか?」
「薬草やポーションの類は、パルムコート王国、ヴァーディック公国、ロンバルデ共和国、コンセプシオン王国から仕入れている」
この4ヵ国はヴォレアナズ帝国の属国だ。4ヵ国とも人族の国で、パルムコート王国、ヴァーディック公国、ロンバルデ共和国の3ヵ国は天災や害虫被害による不作が数年に渡って続き、肥沃な土地を持つヴォレアナズ帝国に戦争を仕掛けた国になる。
よほど獣人に支援をお願いするのが嫌だったのだろう。
結果、戦争に負けた3ヵ国は、トップの首が挿げ変わり、多額の賠償額を支払って属国に下った。
コンセプシオン王国は普通に侵略戦争を仕掛けて敗退。王様や取り巻きを処刑して、属国にした。
帝国に取り込まなかったのは、旨味がなかったかららしい。どうやら地理的な問題で、4ヵ国とも天候不順による災害が起きやすく、農地に適さない土地が多いのだとか。
「4ヵ国に薬草栽培をさせて、それを輸入しているんだ」
ジャレッド団長の説明に、なるほどと頷く。
その結果、薬草に疎い獣人の出来上がりというわけだ。
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