騎士団長のお抱え薬師

衣更月

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告白①

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 さすが公爵家。
 案内されたジャレッド団長の私室は、意味が分からないくらい広い。
 シンプルなシャンデリアに少し小ぶりの暖炉。
 背の高い書架には分厚い本がぎっしり詰まり、その横には、木目の美しい重厚なマホガニー材のデスクが置かれている。
 ベッドは私が5人並んで寝ても余裕がありそうなくらい大きい。
 色々と驚きが尽きないのに、もっとも驚いたのは廊下に面したドアとは別のドアの存在だ。1つはウォークインクローゼットで、もう1つはトイレと浴室なのだという。
 調理場が足りないけど、この部屋だけで生活の基盤が整う。
 だからだろうか。男性の部屋にお邪魔してます感がない。それ故の緊張感もなく、無遠慮な視線で部屋の隅々を見渡す余裕すらある。
 暖炉の手前に置かれたソファに行儀よく座っているものの、視線だけは忙しない。
 むしろ、正面に座したジャレッド団長の方が緊張気味だ。
 と、男性使用人がカートを押して部屋へ入って来た。
 未婚の男女ということで、ドアは開きっぱなし。少し離れたところには別の使用人が控えているけど、ちゃんとドアを叩いてのノックは忘れない。
 ちなみに、彼は従僕とのこと。
 で、壁と一体化するように控えている使用人は副執事の1人で、ジャレッド団長やグレン団長が帰ると付くそうだ。
 カートを押して来た従僕は、洗練された手つきで紅茶を淹れ、私の前にだけ粉雪のような粉糖を散らしたマフィンを配膳してくれた。
 マフィンは、私でもふた口で完食できそうなほど小さい。
 勧められるがままにデザート用のフォークで割ると、とろりといちごジャムが零れた。
 マフィンの甘さと、いちごの仄かな酸味が美味しい!
 自覚はなかったけど、お腹が空いていたらしい。ぺろりとマフィンを平らげてしまった。
 甘いものを食べると頬も緩む。
 ティーカップを手に紅茶を一口。
 高級な茶葉なのか、淹れ方が上手いのか、はちみつを垂らしてないのに、まろやかな甘みがある。なのに、後味がスッキリする。香り高いのも気持ちを落ち着かせてくれる。
 砂糖たっぷりのマフィンといい、紅茶といい。考えられない贅沢なひと時だ。
 ジャレッド団長の重苦しい雰囲気さえなければ…だけど。
「あの…ジャレッド団長?公爵様と何かありました?褒賞の件はジャレッド団長が済ませてくれたって聞いたんですけど」
「いや…問題ない。褒賞については目録の通りだ。ネックレスとイヤリングは、ケースに入れて帰りに渡される。褒賞金はイヴの冒険者ギルドの口座に振り込むように伝えてある」
「……大金貨30枚ですか?」
「ああ。もう少し追加で貰うか?」
「いえ!十分です。というか、貰いすぎです…」
 貰いすぎて逆に怖い。
 これが大金貨5枚とかだったら、すごい!と実感が湧くのに。
 まぁ、庶民が大金貨を出して買い物など出来ないのだけど…。ハノンというか、キャトラル王国で庶民が大金貨で買い物しようものなら、速攻で憲兵に連行される。そして尋問されるのだ。「どこで盗んできた!」と。
 こっちでも捕まらないまでも、簡単な聴取くらいはされると思う。
 大金貨を出しても捕まらない平民は、羽振りの良い商人とAランク以上の冒険者くらいだ。
 そういうこともあり、冒険者ギルドの口座に入れてくれるのはありがたい。
 使う時は銀貨や銅貨で出すことができる。
「あの…カナリーイエローダイヤモンドってなんですか?ダイヤモンドっていうくらいだから高価なのは分かりますが…」
「ダイヤモンドには色付きがあるんだ。その色付きの中でレモン色のダイヤモンドをイエローダイヤモンドと言い、中でもカナリアの羽のような鮮烈な発色をした、より黄金色に近いダイヤモンドをカナリーイエローダイヤモンドと言う。それもあって、皇族を含めた一部の貴族はカナリーイエローダイヤモンドを好む」
 ジャレッド団長は言いながら、自身の目を指さす。
 そういえば、貴族は自分の色を好むと聞いたことがある。瞳の色だったり、髪の色だったり。
 クロムウェル公爵家は黄金色の瞳を大切にしてるみたいだ。
 とりあえず、高貴な人たちが好むカナリーイエローダイヤモンドが恐ろしく高価なのは察した。
「アクセサリーの保管に困りそうです」
「保管する必要はないだろ?そのまま部屋に置いておけばいい」
「え!?」
 そんな物騒な。
 窃盗を危惧してるわけじゃない。精神面で落ち着かないという話だ。
「イヴ。ひとつ言っておくが、あれは褒美だ。公爵家から、イヴが貢献した働きに応じた分の価値を装身具に換算したにすぎない。貴族でなければ披露目する機会もないだろう?だから俺は、日常的に使えるようなものを贈りたい。いや、贈らせてくれ」
 馬車で言ってたやつだ。
 褒賞の豪華なアクセサリーで立ち消えになったかと思ったけど違った。
 しおしおと眉尻を下げた表情で哀願されたら断れない。
「……はい」と小さく頷けば、途端にジャレッド団長はにこやかになる。
「あの…本当に安い、日常使いできるものでお願いします。ダイヤモンドとか高価な宝石お断りですよ」
「ああ、心得ている」
 なんて言うけど、私とジャレッド団長との金銭感覚は天と地ほど離れていると思う。
 願わくば、露天で売っているようなアクセサリーでありますようにと心で祈りつつ、ジャレッド団長を観察する。
 どうやらアクセサリーが本題ではないようだ。
 挙動不審というか、視線の泳ぎが治まっていない。
 ジャレッド団長は「ふぅ」とひと息吐くと、徐にがしがしと頭を掻いた。
 きれいに整ったオールバックが、鳥の巣みたいにぐしゃぐしゃだ。
「ジャ、ジャレッド団長?」
「ああ、悪い。大丈夫だ。それから別邸についてだ。その件で俺からも話があった」
 なんとも重苦しい空気を背負い、ぺしり、と額から頬、顎へと手を滑らせる。
 とても厄介な問題が発生したのだろうか?
 この別邸の件が、ジャレッド団長の精神を不安定にさせている源のような気がする。
 私にまで緊張が移る。
 乾いた口を潤すため、ティーカップを両手で包み込み、ちょびちょびと紅茶に口をつける。
 じっと観察するジャレッド団長は、手櫛で適当に髪を整え、まだ熱い紅茶を一気に飲み干した。
 さすが獣人。
 熱さに強いのかと感心したけど、顔を顰めたのでそうでもないらしい。げほ、と咳払いを1つして、畏まるように私に向き直った。
 思わず、私もティーカップをソーサーに戻し、居住まいを正す。
「あ~…イヴ。その…だな。別邸について話す前に、獣人について…いや、その中でも極一部。古代種について知ってもらいたいことがある」
「古代種…。ジャレッド団長たちですよね?」
「ああ。前にも話したと思うが、古代種は皇族を含め4家しか残っていない。さきほどのカナリーイエローダイヤモンドを好む家門が、古代種に当たる。黄金色の瞳は、古代種の証になるんだ」
 どおりで珍しい色だと思った。
「で、その古代種の、さらに極僅か。大伯母様がそれに当たるのだが………そのな、先祖返りというのがある」
 先祖返り?
 以前、グレン団長がジャレッド団長に言っていたような気がする。何の話をしていた時に出た言葉かは覚えていないけど、深刻な内容ではなかったと思う。むしろ、茶化すような口調だったはずだ。
「獣人の先祖は、今の我々から見ても獣に近い性質だったという。それが、今もなお続く獣人差別の元だ」
「獣の性質?でも、大伯母さんは普通の人でしたよ?」
「そうだな。古代種といえども血は薄れているからな。昔の獣人は、大人でも耳と尻尾は生えたままで、時として理性より本能を優先させ、月夜には完全に獣に還った…獣化したという真偽不明の話すら伝わる」
 ジャレッド団長が狼に変化したら、とても怖そうだ。
 対峙した瞬間、人生終了を悟って地面に突っ伏す気がする。
「大伯母さんは耳も尻尾もなかったですが、月夜に狼になるんですか?」
「いや。獣化は真偽不明の俗説にすぎない。大伯母様が子供の頃は、年寄りたちの幾人かに耳や尻尾が残る者がいたそうだが、それが最後の世代だ。その最後の世代ですら、性格は今の獣人と変わらず温厚だったそうだ。獣の性質が強かったのは、もっと昔の獣人だ。小国家群時代の獣人はとても好戦的で、常に小競り合いが絶えなかったとも聞く。そんな獣人を人族が”獣のようだ”と恐れたことが歪曲して伝わったのが、獣化の真相ではないかと見られている」
 ありえそうだ。
 うんうん、と頷いていると、ジャレッド団長は眉尻を落とした。そろりと探るように私を見る目つきは、ここのところよく見かける卑屈なジャレッド団長だ。
「そもそも先祖返りは稀なんだ。とても珍しい現象で、現時点で判明している先祖返りは3名。皇族に1名。それから大伯母様と……」
 言葉を切り、再び視線を泳がせると、意を決したように「俺だ」と弱々しい声を落とした。
 ジャレッド団長が先祖返り?
 う~ん…嬉々として魔物を狩る姿は本能なのか、単に戦闘狂なのか判断に迷うけど、獣のようであるとは言えない。あれで野蛮だと言うのなら、騎士団のみならず人族の冒険者まで獣になる。
 大伯母さんは戦闘狂には見えなかったけど、度胸は据わっていた。
「先祖返りが何か問題なんですか?聞いてる限り、先祖返りといっても大した不都合はないように思えます」
「ああ、そうだな。大した不都合はないのだが…」
 奥歯に物が挟まったような調子で、ジャレッド団長はそわそわと視線を彷徨わせた後、パシンと両手で頬を打った。
「先祖返りとはいえ、本能の赴くままに、獣のような行動を起こすわけではない。ただ、他より血の気は多いかもしれないが、それは然して問題ではない。一番の問題は………」
 ふーっ、ふーっ、とジャレッド団長は深呼吸を繰り返した後、「番だっ!」と声を荒げた。
 途端、その顔が真っ赤に染まる。
 ツガイとは?
「ツガイってなんですか?」
「つ、番というのは伴侶のことだ。”神に祝福された魂の結びつき”として番を神聖視する祖先は多かった。人族で例えるなら”一目惚れ”に相当するが、番というのはもっと歪で、一生ものだ。番を認識すれば、他に目がいかなくなる。婚約している者や既婚者などが、番と出会うパターンもあった。その際、残された者からは、”獣人の呪い”と忌み嫌われていたので、獣人であれば誰もが番を神聖視するわけではない。場合によっては決闘で命を落とす者もいたし、子がいる母が、ある日、番と出会って駆け落ちすることもあったのだからな」
「うひぃ…ツガイ同士で結婚すればいいのに」
「誰もが番に会えるわけではない。確率としてはあまり高くはないからこそ、神聖視されていたのだろうな」
 ジャレッド団長は言って、深い呼吸を繰り返し、顔の赤みを引かせていく。
「その番の感覚は、今の獣人にはない。失われた本能だ。だが、先祖返りには発症する」
 発症…。
 まるで病気みたい。
 ……ん?
「ジャレッド団長は先祖返りだから、ツガイがいるんですか?これからツガイを求めて旅に出るとか?」
「出るかっ!!」
 急な激高に、びくりと肩が跳ね上がる。
「言っただろ!血は薄れていると!」
 かくかく頷くと、ジャレッド団長は両手で顔を覆って体をくの字に折った。
「先祖たちの番が”呪い”だとされている一番の要因は、番と結ばれなければ発狂するからだと言われている。番と出会った獣人は理性を失い、本能で突き進む。獣人同士であれば互いが番と認識するが、厄介なことに、番の相手は必ずしも獣人とは限らない。獣人以外には番など理解できないから、この組み合わせに悲劇は多かったと伝記に記されているほどだ。さらに伴侶が死ねば、番った獣人も死ぬと言われる。自死するのか、衰弱死するのかは分からないが、”魂の結びつき”であり”呪い”なのだ。半身が死ねば長くは生きられない」
 まさに呪いだ。
「とはいえ、それはあくまで昔の獣人の話だ。今は理性を失うような変化はない。大伯母様もそうだが、血が薄れた先祖返りは、番を見つけても一目で番とは認識しない。徐々に結びついていく。結びつけば、もう解けないが、昔のような”呪い”ではなく、どちらかといえば”一途”や”執着”、”依存”に近いと思う。大伯母様は番を認識し、公爵家を出奔した。それで…………お、俺にも番がいる」
 ほぅほぅ。
 公爵令息なので婚約者とかいるのだろうか?
 そう思って記憶を探っても、ジャレッド団長に女性の影はない。
 第2騎士団にも女性騎士はいるけど、彼女たちは自分自身が強いので、一般的な獣人女性のタイプとされる強さは求めていない。自分の身は自分で守るし、なんなら彼氏も自分で守る。彼氏は強くなくてもいいので、キース副団長タイプの目を楽しませてくれる系か、貢いでくれる系が良いらしい。
 夢も希望もない生々しい話を知っているので、第2騎士団にツガイがいたら大変だ。
「私は恋愛経験とか乏しいので、橋渡し役は不向きですよ?」
「…………………だ」
「は?」
「だから!相手は………だ」
 もにょもにょと尻すぼみする声に眉根を寄せる。
「すみません。もっと大きな声でお願いします。聞こえません」
「だから!相手はお前だと言ったんだ!」
 え?
 相手はお前だ?
 つまり………。
「俺の番は、イヴ・ゴゼットだ!」
「はいぃぃぃーーーー!!!?」 
 私の絶叫に、ジャレッド団長は真っ赤な顔で「言ってしまった…」と顔を覆った。
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