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はなよめの傷
おはようそしておひるね
しおりを挟むグリースは目を開け、ルリの唇から唇を離した。
「……結果はどうだ」
「――起きるのは、まだ子どものルリちゃんだ。傷が深すぎる大人のルリちゃんが目を覚ますと精神崩壊が起きかねない」
ヴァイスの言葉にグリースはそう答えた。
「俺らが散々傷つけてきたんだ、そこは受け止めないとだめだ」
「……」
ヴァイスは無言になった。
「……誰も愛せないし、愛さないだってよ」
「そんな……!?」
グリースの言葉にアルジェントの表情が悲嘆の色の染まる。
「みんな怖いんだとよ、中身が子どものルリちゃんが幸せになるまで、本来のルリちゃんは戻らない」
グリースは二人にそう伝えた。
「ん……」
ルリの唇が声を発する、しばらくして、まつげを震わせながら目を開けた。
瑠璃色の目に生気が戻っている。
「……」
ルリの目は周囲を見渡している。
グリースがルリの顔を覗き込む。
「ルリちゃん、おはよう」
「……ぐりーすおにいちゃんおはよう」
ルリは体を起こし、グリースを見た。
そして部屋にいた二人を見て怯えた顔をしてグリースにしがみつく。
「大丈夫、あの二人はルリちゃんに『こわいこと』はもうしない、だろ?」
グリースはルリの頭を優しく撫でながら、二人を睨みつけて、語尾を強めて言う。
「……勿論だ」
「勿論です」
「あと――」
「愛することを強要しない、だろ?」
「――ああ」
ヴァイスの言葉にアルジェントは耳を疑ったような顔をしたが、アルジェントも何とか言葉を絞り出した。
「……はい、勿論です」
「――だってさ、大丈夫。約束破ったら俺がちゃんと叱るから」
「ほんとう?」
「本当。後、ルリちゃん、お外は危険だからもう勝手にでちゃだめだよ」
「うん」
ルリは頷いた、怯えた表情ではない、きっと本来のルリが外に出たときの凌辱の記憶を消したのだろう、ただ外は危険だという認識だけ残して。
「じゃあ、俺はいったん帰るわ」
「もうかえっちゃうの?」
「ちょっとおにいちゃんも疲れたから休みたいんだよー。何かあったら来るから心配しないで」
「……うん」
「じゃあ、お前ら、言動と行動には本当気をつけろよ」
グリースはヴァイスとアルジェントに睨みつけてくぎを刺す。
そして姿を消した。
「……私は休む、アルジェント後は任せる」
主はアルジェントにそう言って姿を消した。
ルリとアルジェント二人きりの空間になる。
ルリは不安そうな、怯えているような、そんな表情を浮かべている。
「……ルリ様」
アルジェントはルリの名前を呼ぶ。
ルリは怯えた表情のままアルジェントを見つめている。
幼児退行状態のルリにとって自分は恐怖対象なのだと何度も認識させられる。
この間、酷く怯えさせてしまったのもある。
それに――
自分の頭にこびりついた醜い欲望が自分でもどうにもできないという状態になっているのもアルジェントを酷く悩ませた。
今も頭の中で囁いてる、自分のものにしてしまえ、と。
一人の時もこの声は酷いが、ルリと二人っきりの時の今は更に酷く感じられた。
頭痛と吐き気が出てきて気分が悪くなり、平静を保っていられず、その場に膝をつき、頭を押さえる。
――一目見たときから愛してしまったんだろう、じゃあ愛されたいよな?――
――うるさい黙れ!――
――華奢な体を、抱きしめて自分だけのものにしたいだろう?――
――黙れと言っている!!――
頭のこの声をどうにかしたい、醜い欲望を消してしまいたい。
自分は主に使える身、そしてルリはその奥方、そのルリの寵愛をもらうなんてあってはならぬ、愛は主に向くべきもの、だがそれは今は強要できない。
だから――
愛を自分に向けさせろとどす黒い欲望が声を上げる。
頭が痛む、その欲望に支配されそうで気分が悪い。
ぽん、と頭に手を置かれる感触に顔を上げると、まだ少し怯えたでも心配そうな顔をしているルリが自分の頭を撫でていた。
「……あるじぇんとおにいちゃんあたまいたいの、きぶんわるいの?」
ルリは不安そうに、心配そうにアルジェントの頭をなでてる。
ルリはそのままアルジェントを抱き寄せ、頬を当てながら優しく銀灰色の髪を撫でた。「いたいのよくなりますように、きぶんがわるいのよくなりますように」
怖いはずであるのにも関わらず、心配し、近寄って行動してきたルリに、アルジェントはされるがままだった。
頭で鳴り響く、うるさい声が消えた。
アルジェントは混乱していた。
ルリに抱きしめられた後、彼女に「もう大丈夫です」といったところ「かおのいろわるい」と言われてベッドまで連れていかれ、寝かせられたのはなんとなく納得できた。
何故かルリに膝枕をされ、頭をなでられているのが納得できない、基混乱の原因だった。
「ねんね、ねんね」
ルリは相変わらず幼い口調で、休むように繰り返して言っている。
心臓の音がうるさい、休めと言われても休まらない。
――真祖様を差し置いてルリ様に私が膝枕をしていただくなんて不敬すぎる!!――
――ああ、でもこれは確実に真祖様に伝わっているはず、懲罰確定だ!!――
――そして何故これを拒否できないんだ!!――
――いや、考えろ、拒否してみろ、ルリ様が悲しむというかしょげる!!――
――それも懲罰ものではないか!!――
ぐるぐるとアルジェントの様々な考えが頭の中で口論を始める。
現状を脱するにはどうすればいいか、無理なく脱する方法はないか、等頭の中で問う論を続けるが答えが出ない。
汚らわしいうるさい声が聞こえなくなった代わりに、脳内は別の意味で騒がしくなっていた。
「あるじぇんとおにいちゃんねんね、ねんね」
ルリは優しく、アルジェントの頭を撫でながら似たような言葉を繰り返している。
体は大人なのかアルジェントの頭をそこまで重く感じていないような雰囲気だ。
いや、実際身体能力はかなり高いだろう、術で強化しなければ追い付けないし逃亡も防げなかったのだ、アルジェントの頭部位の重さでは重くも感じないだろう。
足がしびれたとかいってやめてくれるのを待つしかない、と思いアルジェントは寝たふりをすることにした。
「あるじぇんとおにいちゃんねんね?」
ルリは頭を撫でるのを止めた。
――よし、このまま移動してもらうのを――
「おやすみなさい」
アルジェントの頬に柔らかな唇の感触が伝わった。
ルリは再び、アルジェントの髪を撫で、今度は鼻歌を歌い出した。
アルジェントは心の中で大量に冷や汗をかいていた。
――待て待て待て!!――
――今のは、ルリ様の唇?!――
――他に人はいない、となるとルリ様の唇で確定、ルリ様から頬に接吻された?――
――ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!――
――真祖様になんと言えばよいのだ!!――
――真祖様を差し置いてなんてことを、あああああああああああああああああああ!!!!――
アルジェントは頭を抱えたくなっていた。
しかし、寝たふりをしているため、できなかった。
日が傾きかけた頃、アルジェントの意識は覚醒した。
考えすぎて意識が飛んだようだ。
そして何故か頭が重い。
もしやと視線をやると、自分の頭の上に乗っかるようにルリがすやすやと眠っていた。
――ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!――
絶叫しそうになった、が心の中で何とかとどめた。
今の状況はこうだ、アルジェントの頭はルリの膝の上にある、そしてアルジェントの頭の上にはルリの手と胸と顔が乗っかっている。
アルジェントは主へなんと言えばいいのかわからない状態に陥った。
深呼吸する、そして意を決して現状から脱出することにした。
手でルリの体を支えたまま、するっと頭を抜くそして眠っているルリをベッドの上に横に寝かせる。
ルリは起きない、幸せそうな顔をしながらすやすやと眠っている。
額の汗を手で拭いながら息を吐く。
――……問題は真祖様にどういうべきか……この完全懲罰ものを――
――秘密にしてしまいたい!!――
「アルジェント」
アルジェントの顔が一瞬で青ざめ、冷や汗が流れ出す。
いつもなら礼儀正しく振り向けるが今回は状況が違った。
ギギギギと音がなりそうなぎこちなさで声の主を振り向き、言葉を絞り出す。
「し、真祖様……」
「……」
沈黙が非常に恐ろしい。
「これは、その」
「……うらやましい」
「……え」
「……アルジェントお前がうらやましい」
しょげたような声で言う今まで見たことのない主の姿にアルジェントはなんと答えたらいいのかわからなかった。
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