34 / 96
はなよめの傷
おちこんでる「しんそ」
しおりを挟むしょげた表情をしている主を前に、アルジェントはどう言うべきかわからなかった。
「あの……私を罰しないのですか」
「罰を与えたらルリが私を嫌うだろう」
しょげた表情のまま主は答えた。
「……」
「ルリに嫌われるのは堪える」
「……」
「その上私はまだ怖がられている」
「それは……」
「私はグリースとお前がうらやましい」
普段の圧も威厳も全くない、はっきり言って情けない状態になってる主をどうはげませばいいのかアルジェントは全く思いつかなかった。
自分の件本当偶然の産物なのだ、言ってしまえば運が良かったのだある意味。
あの声に苦しめられて、立っていられず膝をついて頭を抱えていなければあの状況にはなっていなかったのだ。
グリースは――言いたくはないが、奴は今までの行いと中身が幼児退行したルリに一人だけ行為に及んでいないというのもあり、精神に直に接触したというのもあって信頼度は段違いだ。
主は――何故か怖がられたままだ。
言ってはいけないが、威厳がある、圧があるというのはつまり――幼子にとって「怖い」という要素になりかねない。
容姿にいたっては、吸血鬼の王としてふさわしい――が、幼子の相手をする人物となると少々難易度が上がる。
言ってはいけない事ばかりがアルジェントの頭をぐるぐるとめぐる。
「……最終手段だ、姿を変えるか、不本意だが」
「いえ!! それをやってしまえば配下の者たちに示しがつきませんし、奥方様への悪評へと繋がります!!」
アルジェントは主の言葉に待ったをかけた。
主は姿を変えられる、だが、奥方に好かれたいがために容姿を変えたというのは確実にバレる、誰に口止めしようとも。
そうすれば未だ見ぬ奥方であるルリへの悪評が流れかねない。
それに主の威厳も損なわれかねない、それだけは避けねばならない。
「……ならばどうすればいい」
「それは……その……」
主に問われる、アルジェントは代案など持っていない。
冷や汗が止まらない。
「ううん……」
ルリの声が聞こえた。
主が姿を消した。
「し、真祖様?!」
主が姿を消した理由がわからず、アルジェントは混乱する。
ルリが目を覚ましたのか、体を起こした。
顔を動かし、アルジェントを見るとふにゃりと笑みを浮かべた。
「あるじぇんとおにいちゃんあたまいたいのなくなった?」
「え、ええ。ルリ様のおかげですありがとうございます」
「またいたくなったらしてあげるね」
「えっとその……」
「どうしたの?」
「……あの……よろしければ真祖様にもそういうのをしてさしあげてくださるとありがたいのですが……」
アルジェントは言っていいのかと思いながらも、ルリに進言する。
「……しんそさま?」
ルリは首を傾げた、アルジェントは幼児退行している彼女は主を「こわいひと」としか認識してないから呼び名とか知らない状態のままだと理解させられた。
「その……夜になると、ルリ様のところにいらっしゃる御方です」
ルリの表情が曇る、怯えているようだ。
「……『とてもこわいひと』?」
アルジェントは頭を抱えたくなった、どうやら主は「こわいひと」より上の「とてもこわいひと」扱いだと知らされたからだ。
「大丈夫です、真祖様はお優しい方です」
アルジェントは何とか説得しようと試みる。
「……わたしのことかんだりしたよ」
どうやら本来のルリの時やった体中に噛みつき後を残したことを覚えているようだ。
ついでに、記憶からは消えているが薄汚い連中に噛みつかれたことも合わさって、噛みつく人イコール怖いことする人と認識が出来ているようだ。
「真祖様はもうそのようなことは致しません、怖いことも致しません」
何とかルリを説得しようとするが、ルリは怖がっている。
アルジェントは窓の外を見る、もう暗い、これ以上此処に居ては主とルリの時間が減ってしまう。
「……申し訳ございません、そろそろ真祖様がいらっしゃるお時間なので私は下がります」
「え……やだ……こわい……」
「大丈夫ですから……では」
アルジェントは部屋から出て行った。
アルジェントは自分の部屋に戻り深いため息をつく。
また頭の中でざわつき出すが、なんとか我慢ができる。
「……真祖様、どうか、どうかルリ様を怖がらせるような方向にだけは進みませぬよう……!!」
祈るように呟いた。
アルジェントがいなくなった部屋でルリはぽつんとベッドの上で途方に暮れた。
ルリにとって「とてもこわいひと」――「しんそ」がくるらしい。
ルリの何かがぶわっとよみがえる、首に牙が食い込む感触、血の味のするキス。
ルリはかたかたと震えた、いつかはわからないが「しんそ」は自分にそれをしたというのだというのが頭に浮かんだのだ。
――こわい――
ルリは部屋の扉を見る。
頭が警告を鳴らす、「外はもっと危険」だと。
逃げ場が見つからず、途方に暮れる。
――どうしよう――
ルリが怯えていると、周囲が暗くなった。
顔が青ざめる、ぎこちなく顔を上げると――
ルリにとって「とてもこわいひと」――「しんそ」が姿を現したのだ。
怖いという感情が湧き出たが、違和感に気づき、感情が膨れ上がるのが止まった。
彼の表情が、非常にしょげているのだ。
酷く落ち込んでいる。
見たことがない表情だったのだ。
「……しんそおじちゃん、どうしたの?」
「おじ……」
恐る恐る呼んでみると、「しんそ」はますます落ち込んだ、しょぼくれている。
「……そうだな、見た目はお前から見ればそうなるな……」
落ち込んだ声で、深いため息をついている。
「……ルリ」
名前を呼ばれてルリは再び体をこわばらせた。
「……お前は私が怖いか?」
落ち込んだ声のまま問いかけられた。
「……うん……でも……」
「……なんだ」
落ち込んだ声のまま再び尋ねられた。
「……いまのしんそおじちゃんはちょっとだけこわくない」
「そうか……」
少しだけ安心したような声をしていた。
「……いたいこととか、こわいことしない?」
「……せぬ」
「……くびにかみついたりしない?」
「それは……」
質問すると、「しんそ」は答えをくれなかった。
――噛まれるのは痛いこと――
ルリは後ずさりし、怯える。
「……すまぬ、私は吸血鬼、どうしても我慢ができぬのだ」
「……きゅうけつき?」
「血を吸わなければ生きていけない生き物のことだよ」
「……むしさん?」
「いや、虫の蚊とは違う」
ルリの言葉を「しんそ」は違うといった、どうやら虫の蚊の親戚ではないらしい。
「……人間の血を吸って生きる人よりも強い生き物だ」
「……なんでわたしのちをすうの?」
ルリは怯えたまま尋ねる。
「……お前の血は特別でな、そう、だな、もしお前の好物が目の前に置かれているとする、どうする?」
「……たべちゃう」
「だろうな、お前の血はその好物と一緒で私達吸血鬼からすると目の前に好物を置かれているのと一緒なのだ」
「……わたしのことたべるの?」
ルリは自分を食べるのじゃないかと怖くなった。
「食べはしない、ただ血を少しもらうだけだ」
「……いたいことだよね?」
「私がお前の血を吸うとしたら痛くしない」
「……ほんとう?」
「本当だ」
ヴァイスが答えると、ルリは少し考える仕草をしてから、ヴァイスに近づいてきた。
服を掴んだままヴァイスを見上げて口を開いた。
「じゃあすって?」
「!!」
ヴァイスは気づいた、本当かどうか確かめているのだ。
ここで痛みを伴う吸血行為をしたら「嘘をつく怖い人」とより信頼度が下がる。
だが、ここで「快感」を与えてしまったら「怖いこと」を思い出しかねない。
だから、「快感」も「痛み」も与えない吸血を行わねばならないのだ。
ヴァイスは自分が真祖で良かったと心から思った、他のほとんどの吸血鬼は「快感」か「痛み」の二つの吸血方法しか知らないのだ。
かつて人間と共存していた吸血鬼達は吸血鬼化もさせず、痛みも快感もない特殊な吸血方法でパートナーから血をもらって生活していた。
二千年前の話だ、それらの吸血鬼のほとんどは殺されたが、今も少数生きてると聞くが自分の支配下にないのでよくわからない話だ。
ヴァイスは自分の指を傷つけ血を出した、ルリの首筋にその血を塗る。
「⁇」
困惑しているルリの肩を掴む。
「少しの間、動かぬよう」
そう言ってその部分に牙を立てた。
牙は沈むが血は出ていない、そのまま少しの間ヴァイスはルリの甘美な血を吸った。
牙を抜き、濡れたハンカチで血を付けた箇所を拭う。
傷一つない。
ルリは首を撫でている。
「……いたくない」
「……気持ちよいのもあるが、それはお前は怖いだろう」
「……いたくないならいい、きもちいいのは、こわい」
ヴァイスの想像通りだった、痛くもなく、快感もない方法を覚えておいてよかったと安堵する。
「……私以外の吸血鬼には血を吸わせるな、お前の血は特別だからな」
「……うん」
「いい子だ」
ヴァイスは優しくルリの頭を撫でた、少しこわばったルリの体の緊張が解けているように見えた。
ヴァイスはこれからどうやって接していくべきかと、彼女の頭を撫でながら思案した。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる