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はなよめの傷
「しんそ」とおさんぽ
しおりを挟むヴァイスは大人しく頭を撫でられているルリを見ながらこれからどうするべきか悩む。
――部屋に連れていくか?――
――否、自分の部屋で散々幼児退行のルリにとって「こわいこと」をしてきたのだ、連れて行ったらまた怯えた状態に戻ってしまう――ではどうする?
――ではどうするべきか、城の外は危険と認識している、だが、このまま部屋に幽閉状態なのも精神的によくない――
――そうか――
――自分しか行けぬ場所に連れて行けばいい――
「ルリ、月を見に行くか」
「おつきさまならここからもみえるよ」
ヴァイスの言葉にルリは窓を指さした。
「もっと近くでだ」
「……ちかくで?」
「そう、近くで」
「……みにいきたい」
ルリが肯定の言葉を出したので、ヴァイスはルリを抱きかかえた。
普段なら使う闇を使わず転移する。
ルリは少し眩しくて目をつぶった。
目をあけたら、みたことのないきらきらと輝く花畑と、夜空に輝く大きな月が自分の頭上に見えた。
ヴァイスはルリを地面に下ろした。
ルリは輝く花――月光花を見て目を輝かせている。
人間界にはない花だ。
否、今はここにしか咲かない花だ。
二千年前、まだ前の妻と幼い息子のために作った月光花の空中庭園。
自分の転移魔法が鍵であり、それ以外の方法では入れぬ場所。
グリースなら場所が分かれば無理やり入ってきそうだが、意外と他人の思い出を大事にする種類の存在だ、何もしなければ入ってこようともしないだろう。
「ねぇねぇ、このお花なあに?」
ルリは月光花を見ながら訪ねてきた。
「月光花だ」
「げっこうか?」
「月の光を浴びねば咲かぬ花だ、常に咲かせるために雲の上に庭園を造ったのだ」
「ここ、おそらのうえなの?」
「そうだ」
「……おっこちちゃわない?」
「落ちぬ」
ヴァイスは再びルリを抱きかかえ、庭園の端まで歩いた。
庭園を包むガラス状の物体に触り、ルリにも触らせる。
「包まれているから落下することはない」
「……どうやってういてるの?」
再び歩いて中央に戻りつつ、ヴァイスは抱きかかえているルリと会話を交わす。
「浮遊石という、物を浮かせる石に術をかけて強化して浮かせているのだ」
「じゅつ?」
「……魔法、の方が分かりやすいか?」
「まほう!」
人間側では、魔法基魔術を使える者はかなり稀少になってしまったと聞く。
二千年まえの戦争で、人間側が吸血鬼とつながりがあると言いがかりをつけて迫害し殺した結果だったとヴァイスの記憶にはあった。
結果、人間政府は焦って魔術を使える人間を増やそうとしているようだが、大部分が吸血鬼の国に亡命してしまうという状態が現状も続いている。
アルジェントもその一人だ。
アルジェントの話では、今も魔術を使える人間の扱いはあまりよくないそうだ、無理やり子どもを作らせようとしたり、扱いが人道的ではないとのことだ。
アルジェントは魔力が非常に高く、そこから複数の女達と無理やり子どもをつくらせようとさせられたりした結果、家畜じみた扱いに嫌気がさし吸血鬼の国に亡命してきたところを、ヴァイスが拾ったのだ。
当時のみなりもあまりよいものではなかった。
粗末な服、逃亡を防ぐようにつけられたと思わる枷の痕。
これでは魔術は発展せぬし、衰退するわけだとヴァイスはあきれ果てた。
アルジェントの魔力の高さは、ヴァイスも信頼している。
あのグリースの術に抵抗できるという時点で規格外なのが分かった。
可能ならば、誰かと子を成してほしい、今のアルジェントに命じれば奴は従う程自分に忠実だ。
しかし、そう言う命令をするのは嫌だった、だが――
――アレが愛しているのは私の妻だ――
花を眺めて無邪気に笑っているルリを見てヴァイスは悩んだ。
アルジェントは隠しているつもりだろうが、ヴァイスは彼の本心を見抜いていた。
アルジェントも、ルリの愛がほしくてたまらない存在なのだ。
ルリが子を成す行為に怯えなくなった時、アルジェントに「ルリを身ごもらせよ」と命じれば表情は戸惑いを見せながら内心歓喜に震えて、命令に従うだろう。
ルリが嫌でなかったら、それをさせるのもありかもしれぬと思った。
別に妻が才能も能力もある配下の子どもを宿すのには抵抗はなかった、でなければ最初の頃アルジェントにあのような命令はだしていない。
ルリが嫌だったら、命じることはないが。
「ルリ、お前は大きくなったら何になりたい」
中身が幼子のルリの髪を撫でながらヴァイスはふと尋ねた。
「おかーさんみたいになりたい!」
ルリの母親の情報を思い出す、ルリの父の家に嫁に入り、男一人、女二人を産み、専業主婦で家族を支えてきた、ルリの父とは違う意味での大黒柱でもある女性。
現在は、まともに動けなくなった義母の世話をしつつ、家事手伝いの長男と暮らしている、はずだ。
人間政府に送っている内通者からの情報では政府は遠巻きに監視しつつ、それ以外の援助を行っているそうだ、裕福な暮らしはやろうと思えばできるようだがせず、ルリが居なくなったことに未だショックを受けている状態らしい。
末子のルリはたいそう可愛がられて育ったという情報もあった。
このルリを見たらショックを受けて二度と帰さないとまで言われそうだ、だから会わせられない。
「母親のようにどうなりたいのだ?」
「うーんとねうーんとね、おかーさんみたく、すてきなおんなのひとになってかぞくをつくりたい」
「子どもは欲しいのか?」
「うん! あかちゃんかわいいもん!」
本来のルリはどうなっているかは分からないが、この時期のルリは純粋に自分より小さい者がかわいいという認識のようだ。
本来のルリのプライベートな情報を項目を思い出す。
確か――
『結婚したい、子どもも欲しい、だができる気がしない』
だったはず。
最初の項目がルリにとって非常に不本意な形で叶った結果今はどうなっているか分からない、本来のルリはまだ戻らないのだ。
本来のルリは今はどう思っているか、これが重要だ。
不死人の生殖能力は、人間政府側の実験で男しか検証結果はないが、問題ないというのも内通者から来ている。
おそらく、ルリの生殖能力も問題ないだろう。
だが、ルリが子どもを身ごもるのを拒絶したら、それはこちらが我慢しなければならない。
何せ不死人の女が妊娠したらどうなるかなど記録がないのだ。
十月十日で済むものなのか、それとももっと短いのか、あるいはもっと長いのか、それすらも分からない。
そんなことをルリの体に負担をかけることになるのだ、色々考えねばならない。
ヴァイスは思考をそこで遮った。
今はそんなことを考える状況じゃない、それは本来のルリがこちらに心を寄せるようになってからだと。
「……ここいがいのおそとにルリとあそんでくれるこいないの?」
「……すまんがその当てはない」
吸血鬼の子どもの中にルリを放りこむということはできない。
先ほどいったように、ルリは特別な血なのだ。
本能的に吸血鬼は分かってしまう「この血は極上だ」、「この血は美味しい」と。
大人なら自制が効くかもしれないが、子どもは自制が効かない、群がられて血を吸われるだろう。
「……ここは吸血鬼の国、吸血鬼はお前の血を吸おうとしてくる、お前は四歳だろう? その位の年の吸血鬼は我慢ができないし、可能性として『痛い』吸い方をするのが多い」
「……わかったがまんする」
ルリは納得してくれたようだ。
吸血鬼にトラウマを持たれては困る、ヴァイスも吸血鬼なのだから。
「しんそおじちゃんはがまんしてるの?」
「さきほど吸ったからとうぶん我慢ができる」
「……おなかすかないの?」
「先ほどの血で十分だ」
「……そういえば、わたし、おなかぜんぜんすかない……」
ルリは自分の体に違和感を再び覚えたようだった、不死人は食事が不要だ。
食べても全て消化吸収され、排泄もしない。
四歳児のルリはまだ人間だった頃のルリだ、物を全く食べていないのに普通にしてられる現状に違和感を覚え始めたようだ。
「……食べたいものはあるか?」
食べていないと、精神に異常がきたしやすいという報告を思い出したヴァイスは、幼児退行したルリがこれ以上精神に異常をきたすのは困ると思い尋ねた。
「……ほっとけーき」
「……わかった」
人間の料理はさっぱりだったが、菓子類なのはヴァイスには分った。
最近裏方ばかりに回っているヴィオレに命令を送る、ルリのために人間の食す料理の大抵を作れるようになった彼女なら作れるだろうと。
「……ではそろそろ戻るか」
「うん」
ヴァイスはルリを抱きかかえて、再び転移した。
転移した後、ルリをベッドに座らせ、ヴァイスも隣に座り、ルリの遊びを見守った。
しばらくすると、アルジェントがトレーにおそらく「ホットケーキ」らしきものを乗せて入ってきた。
ルリはそれを見て目を輝かせた、どうやら正解のもののようだ。
アルジェントがテーブルとイスを用意し、ソレをテーブルの上に置き、何か瓶のようなものを並べた。
ルリはそこで「メープルシロップ」を選んで「ホットケーキ」にかけて、美味しそうに無邪気に食べていた。
その様子を見て、本来のルリに戻るのが少しだけ近くなったような気がした。
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