魔法使いと子猫の京ドーナツ~謎解き風味でめしあがれ~

橘花やよい

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第一章 迷える月夜に、クリームドーナツ

3.烏天狗の宴会1

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 すっとおりていくと、気づいた八尋が手を挙げた。

「やっと来たあ、快さん。って言っても、宴はまだまだ序の口やから、ドーナツはあとになりそうですけど」
「うわ、八尋。おまえ、酒くさいぞ」
「えええ~?」

 幼なじみの八尋は本来の姿で酒を飲んでいた。天狗らしい山伏の衣装に、漆黒の翼が生えた姿だ。

 ほかの烏天狗たちも同様の姿だった。老若男女問わず酒を交わす彼らは、広場にご馳走の入った重箱を広げて、秋で肌寒いというのに頬を赤らめている。大の字になって寝ている者もいた。ただの鳥の姿をした化け烏もたくさんいるが、こちらも伸びている者が多い。

「これで序の口……?」

 疑問に思ったが、たしかに酒やご馳走はたっぷりと残っている。まだ宴ははじまったばかりらしい。

 辺りを見渡し、置かれた酒瓶を見て納得した。

 なるほど。烏天狗殺しか。

 妖怪の酒婆(酒が大好きな鬼で、好きが高じて酒造を営んでいる)がつくる、きつい酒だ。酒豪の多い烏天狗もべろべろにさせる代物だった。

 快はひなたを背中に隠す。酔いどれは教育に悪い。わっと言ったものの、ひなたも烏天狗たちが恐ろしいのか、大人しくしがみついてくる。

「おお。快さんや、よう来たな。よっ、西洋の色男!」
「『魔女のドーナツ』か。異国の者がつくった甘味は特別だからうれしいなぁ」
「まいどです。魔力込めておいたので、珍味としてどうぞ」

 絡んできた年かさの烏天狗にドーナツの入った手提げ袋を渡す。八尋が笑い声を上げながら、快の肩に腕を回してばんばんたたいた。

「魔力とか関係なしに、快さんのドーナツがぼくは大好き。謙遜したらあかんよ」
「おまえはそうでも、ほかの烏天狗たちは魔力目当てだろ。そして離れろ。うっとうしい」
「そんなことあらへんよ。みぃんな、快さんのドーナツが好きやもん。ねえ?」

 快を無視した八尋が呼びかけると、ほろ酔いの烏天狗たちは「おお、好き好き~」と機嫌よく応える。まったく調子のいい妖怪たちだ。

 料理には、つくり手の力が多少ならずこもる。魔法使いや魔女であれば、魔力が。妖怪であれば、妖力が。巫女であれば、霊力が。

 日本にいる妖怪たちは、すっかり妖力や霊力に舌が慣れてしまったようで、イギリスの魔法使いの魔力が癖になったらしい。日本食ばかりではあきるから、たまには異国の料理でも食べようか、という具合だ。

 こうした妖怪たちが、祖母が亡くなったあと「店を継いでくれ」と快に泣きついてきたのも、いまとなっては愉快な想い出だった。彼らは珍味を奪われたくなかったらしく、それはもうしつこかった。

「おー、快さん、ほんまに子連れやないか」

 ひとりの烏天狗が、ひなたに気づいた。

「……おさけくさい。やっ」

 ひなたは鼻をつまんで拒否の姿勢を取ったが、烏天狗たちは「かわいいなぁ」と相好を崩し近づいてくる。あちこちで、「うちの子どもも、むかしはな」「いやうちの孫だって」と話題に花が咲く。

 ひなたは酒の匂いをまとう烏天狗から逃れるように、快の足に顔を押しつけた。

「かい、このてんぐたち、はなしきかない」
「酔っ払いはそういうもんだ」
「かいも、のんだらこうなる?」
「俺はそもそも酒を呑まない」
「快さんは真面目やもんねえ。あ、そうそう。これ持って帰ってええよ。約束の品」

 よいしょ、と八尋が紙袋を持ってきた。ずいぶん重そうだ。酔いどれの八尋が持つとふらふらして頼りないから、すぐに手を差し伸べた。

 しかし約束の品というものに心当たりがない。
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