魔法使いと子猫の京ドーナツ~謎解き風味でめしあがれ~

橘花やよい

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第一章 迷える月夜に、クリームドーナツ

5.烏天狗の宴会3

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 快の視線を追って、八尋は形のいいくちびるをにこりと持ち上げた。

「ぼくの甥っ子。かわいいでしょ?」
「七緒さん、また子ども生んでたのか」
「そうそう。七緒姉さんのとこはラブラブやから。でも、この子は同い年の烏天狗がいないんで、ちょっと人見知りなんよ。ひなたくん、仲ようしたってな」
「……ん、わかった」

 ひなたは、年の近い子どもに興味を持ったらしい。すこし考えた後、ドーナツをひとつ持ってきて、その子どもに差し出した。

「かいのどーなつ、おいしい。あげる」
「あ、ありがとう……?」

 八尋に頼まれたからか、仲よくなろうとしているらしい。いや、もしかしたら快のドーナツを自慢したかっただけかもしれないが。なぜだか、とてもドヤ顔で手渡している。

 だが少年はドーナツを紙皿の上に載せ、おずおずと言った。

「えっと、ぼく、おなかいっぱいだから……、あとでたべるよ」
「えっ」

 ひなたが目をぱちくりと見開く。それから頬を膨らませた。

「……おいしいのに、なんで」

 そんなひなたに、少年もおびえてしまった。人見知りというのは本当らしい。見ていて不憫になるくらい、あわて出す。

「あ、でも、えっと、ほんとうにおなかいっぱいで……えっと、えっと……!」

 ついには涙目になってしまった少年とひなたの間に、快があわてて割って入ろうとした、そのときだ。

「うわっ」

 突如、まわりに突風が吹いて、紙皿たちが舞い上がった。目を見開く快の前で、烏天狗たちが悲鳴を上げる。

「おい八尋、止めろ!」
「はいはーい。よしよし、甥っ子よ。ストップストップ」

 八尋はぽんぽんと甥っ子の頭をなでた。

 天狗は風を操る力に長けている。ひなたが驚いたときやおびえたときに猫の姿にもどってしまうのと同じで、この少年も力の制御ができなくなるのだろう。困惑して八尋を見上げていた甥っ子だったが、次第に風は落ち着いていく。

「ひなた、大丈夫か?」
「びっくりした」
「そうだな。でも、ひとに自分の意見を押しつけるのはよくないぞ」
「……ん」
「ほら、この子に言うことは?」
「……ごめんなさい」
「あはは。ひなたくんはええ子やなぁ。はい、ひなたくんにお詫びのドーナツ。こっちこそ驚かせてごめんな?」

 八尋はおさつゴマドーナツをひなたの口につっこみ、あとふたつドーナツを取り分けて、小さな紙袋に入れた。ついでとばかりに、ご馳走もいくつかタッパーに詰めて、快の持つ子育てセットの紙袋に放り込む。

「子どもはたくさん食べるとええよ。持って帰って、快さんといっしょに食べてや」
「いいのか。こんなにもらって」
「どうぞどうぞ。その代わり、ひなたくん連れてまた遊びに来て。この子の遊び相手は妖怪でも人間でも大募集中」

 八尋が甥っ子の頭をなでる。お役御免の空気を察して、快も帰る準備をした。まだ弱り切った顔をしている少年に申し訳なく思いつつ手をふって、広場を後にする。しんとした道まで進んで、息をついた。

「疲れる宴会だったな。酔っぱらいは面倒くさい」
「ん。おさけくさかった」
「そうだな。さっさと帰ろう。帰りは飛ぶ……のは、やめとくか」

 すごい勢いでぶんぶんと首をふるひなたに苦笑して、徒歩で帰ることにした。左肩に重たい紙袋をかけて手にはほうきを持ち、右手でひなたと手をつなぐ。紙袋の中身が重すぎるため、破けそうで怖い。

 ひなたにスマホのライトで照らしてもらいながら、夜道を進む。

 ――そういえば、あのひと、大丈夫だったかな。

 来るときに見かけた女性を思い出した。もし遭遇したら、落としもの(なのかわからないが)を手伝ってあげよう。快がそう思った、まさにそのときだ。

「あの!」

 女性の声がして足を止めた。快は、あ、と口を開ける。いままさに思い出した女性の姿が、そこにあった。さらにその女性は真っ青な顔で言う。

「うちの子を、見かけていませんか!」

 落としものどころの話ではなさそうだった。
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