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第一章 迷える月夜に、クリームドーナツ
11.もういいかい
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四〇〇メートルつづく竹林を、快とひなたと真央で歩く。夜道を照らすのは、快と真央のスマホのライトだ。
真央はスマホを強くにぎりしめたまま、快と並んでいた。決心したいまとなっては、いち早く警察に連絡して息子を見つけたいのだろう。その想いは歩みを進めるごとに強くなるらしく、スマホを持つ指がふるえるほどだった。
「やっぱり、ここにはいないんじゃないでしょうか」
真央はまた泣きそうな顔で、快を見上げた。幽霊のように白い顔だった。
「だってわたし、ずっと捜してるんですよ。なのに、いないなんて。ほかの場所とか、もしかしたら誘拐の可能性だって……」
声がしぼんでいき、最後のほうは空気に溶けて消えた。竹林の暗闇が、真央の心も不安に染めているらしい。息子がこの小径にいてくれるだろうという幻想は砕けて、不吉な考えに支配されてしまっているようだ。それでも快は、歩みを止めなかった。
「真央さん、もうすこし捜してみましょう」
快はひなたと手をつないで歩き、真央もなにか言いたげな顔をしながらついてくる。だが、そう長くはつづかなかった。真央が立ち止まる気配がして、快とひなたは振り返る。
「真央さん」
「どうしよう。もし奏太がここにいなかったら、帰ってこなかったら……」
かき消えそうな声でつぶやき、ついには、うずくまってしまった。
「警察に連絡していれば見つけられたかもしれないのに、わたしが迷っていたせいで、そんなことになったら、どうしよう」
快にへばりついていたひなたも、さすがに心配な顔になって、真央に歩み寄る。真央のひとみから、涙があふれて止まらない。
「奏太がいなくなったら、わたし……」
嗚咽が竹林の葉を揺らす。
なにも説明せずに真央を連れまわしていることに、快の心も痛む。警察に連絡させてあげたほうが、真央の気持ちも楽だろうに。しかしそうしないのは、快にも考えがあるからだった。
いま、警察に連絡したところで奏太は見つからない。真央自身が見つけなければ、意味がない。
大人が泣いたことに驚いたらしいひなたは、ぎょっとして快の足もとにもどってくる。
「かい。このままは、かわいそう」
ひなたの頭をなでる。そうして泣いている真央を見つめて、うなずいた。
「そうだな。俺も、もうそろそろ頃合いなんじゃないかと思うよ」
「ころあい?」
「ああ。真央さんの心は、たぶん、奏太くんに届いたから、心配するな」
しかしまだ奏太が現れないということは、出てきてもらうために、なにかきっかけが必要なのだと思う。さて、どうすればいいのだろう。快は頭をかいた。
――あいつ、なんて言ってたっけ。
「ああ、そうだ。隠れんぼだ」
思い出して、頭上を見上げる。竹に囲まれて細く切り取られた夜空に、星が輝くのが見えた。そこに一枚――、黒い羽根が落ちてくる。遊びはそろそろ終わろうか、と向こうも言ってきているのかもしれない。こんな悪趣味な遊びは、最初からしないでほしいのだけど。
快は呆れてため息をつき、空に声を投げた。
「もういいかい?」
ひなたも真央も、驚いたように快を見る。快も真央を見つめた。
「真央さんも、言ってください」
「え?」
「奏太くん、たぶん隠れんぼしてるんですよ。見つけてあげてください」
真央は困惑をひとみに映した。それでも快が大真面目に言っていると悟ったのか、快が見上げていたのと同じ空をおずおずと仰ぎ見て、そっと声を上げる。
「もう、いいかい……?」
それが合図だった。頭上で、愉快そうに微笑む気配があった。突然、風が吹いた。
「わ……っ」
「ひなた、こっちこい!」
思わず目を閉じてしまうほどの強風が夜空に向けて吹き上げて、快は荷物をおろし、ひなたを庇いながら耐える。真央の悲鳴も聞こえた。快とひなた、そして真央だけを翻弄するように吹く風だった。
それは、唐突にはじまり、唐突に終わった。
すんっと落ち着いた世界にもどったものの、さきほどの風の名残りなのか、竹の葉が足もとを過ぎていく。中には、どこから飛んできたものか、紅葉もちらほらと混ざっていた。それらは闇夜へと流れて消えていく。
「な、なんなの、これ。なにが起きて……」
真央がおびえたような顔でつぶやくと、背後でひとの動く音がした。はっとして、真央が振り向く。夜道をスマホのライトで照らすと、その顔に驚愕が広がった。くちびるがふるえて、なかなか声が出せずにいたが、ついに弾ける。
「奏太っ!」
「……ママ」
視線の先には、真央の息子――八尋が甥っ子だと言っていた子どもが立っていた。
真央はスマホを強くにぎりしめたまま、快と並んでいた。決心したいまとなっては、いち早く警察に連絡して息子を見つけたいのだろう。その想いは歩みを進めるごとに強くなるらしく、スマホを持つ指がふるえるほどだった。
「やっぱり、ここにはいないんじゃないでしょうか」
真央はまた泣きそうな顔で、快を見上げた。幽霊のように白い顔だった。
「だってわたし、ずっと捜してるんですよ。なのに、いないなんて。ほかの場所とか、もしかしたら誘拐の可能性だって……」
声がしぼんでいき、最後のほうは空気に溶けて消えた。竹林の暗闇が、真央の心も不安に染めているらしい。息子がこの小径にいてくれるだろうという幻想は砕けて、不吉な考えに支配されてしまっているようだ。それでも快は、歩みを止めなかった。
「真央さん、もうすこし捜してみましょう」
快はひなたと手をつないで歩き、真央もなにか言いたげな顔をしながらついてくる。だが、そう長くはつづかなかった。真央が立ち止まる気配がして、快とひなたは振り返る。
「真央さん」
「どうしよう。もし奏太がここにいなかったら、帰ってこなかったら……」
かき消えそうな声でつぶやき、ついには、うずくまってしまった。
「警察に連絡していれば見つけられたかもしれないのに、わたしが迷っていたせいで、そんなことになったら、どうしよう」
快にへばりついていたひなたも、さすがに心配な顔になって、真央に歩み寄る。真央のひとみから、涙があふれて止まらない。
「奏太がいなくなったら、わたし……」
嗚咽が竹林の葉を揺らす。
なにも説明せずに真央を連れまわしていることに、快の心も痛む。警察に連絡させてあげたほうが、真央の気持ちも楽だろうに。しかしそうしないのは、快にも考えがあるからだった。
いま、警察に連絡したところで奏太は見つからない。真央自身が見つけなければ、意味がない。
大人が泣いたことに驚いたらしいひなたは、ぎょっとして快の足もとにもどってくる。
「かい。このままは、かわいそう」
ひなたの頭をなでる。そうして泣いている真央を見つめて、うなずいた。
「そうだな。俺も、もうそろそろ頃合いなんじゃないかと思うよ」
「ころあい?」
「ああ。真央さんの心は、たぶん、奏太くんに届いたから、心配するな」
しかしまだ奏太が現れないということは、出てきてもらうために、なにかきっかけが必要なのだと思う。さて、どうすればいいのだろう。快は頭をかいた。
――あいつ、なんて言ってたっけ。
「ああ、そうだ。隠れんぼだ」
思い出して、頭上を見上げる。竹に囲まれて細く切り取られた夜空に、星が輝くのが見えた。そこに一枚――、黒い羽根が落ちてくる。遊びはそろそろ終わろうか、と向こうも言ってきているのかもしれない。こんな悪趣味な遊びは、最初からしないでほしいのだけど。
快は呆れてため息をつき、空に声を投げた。
「もういいかい?」
ひなたも真央も、驚いたように快を見る。快も真央を見つめた。
「真央さんも、言ってください」
「え?」
「奏太くん、たぶん隠れんぼしてるんですよ。見つけてあげてください」
真央は困惑をひとみに映した。それでも快が大真面目に言っていると悟ったのか、快が見上げていたのと同じ空をおずおずと仰ぎ見て、そっと声を上げる。
「もう、いいかい……?」
それが合図だった。頭上で、愉快そうに微笑む気配があった。突然、風が吹いた。
「わ……っ」
「ひなた、こっちこい!」
思わず目を閉じてしまうほどの強風が夜空に向けて吹き上げて、快は荷物をおろし、ひなたを庇いながら耐える。真央の悲鳴も聞こえた。快とひなた、そして真央だけを翻弄するように吹く風だった。
それは、唐突にはじまり、唐突に終わった。
すんっと落ち着いた世界にもどったものの、さきほどの風の名残りなのか、竹の葉が足もとを過ぎていく。中には、どこから飛んできたものか、紅葉もちらほらと混ざっていた。それらは闇夜へと流れて消えていく。
「な、なんなの、これ。なにが起きて……」
真央がおびえたような顔でつぶやくと、背後でひとの動く音がした。はっとして、真央が振り向く。夜道をスマホのライトで照らすと、その顔に驚愕が広がった。くちびるがふるえて、なかなか声が出せずにいたが、ついに弾ける。
「奏太っ!」
「……ママ」
視線の先には、真央の息子――八尋が甥っ子だと言っていた子どもが立っていた。
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