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第一章 迷える月夜に、クリームドーナツ
13.たっぷりクリームドーナツ2
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クリームが少ないドーナツが、快は許せなかった。祖母も同じだったようで、出し惜しみはしない主義を貫き、レシピにも「たっぷり詰めること」と書かれているくらいだ。
ただ、クリームの量が増えるということは、くどくなるわけで。最後までおいしく食べられるように、クリーム自体の甘さは控えめにする工夫も欠かさない。
むかしから、快は極度に甘いものが苦手だった。「甘い」ものなら好きだが、「甘ったるい」ものは苦手。その匙加減がわからないと両親には呆れられたが、祖母は境界を心得てくれていた。
祖母のレシピは、孫の快が喜ぶようにつくられている。
「コツは、クリームを吸いながら食べることですね。でもクリームまみれになって食べるのも、醍醐味みたいなところがありますけど」
食べるのに苦労している親子に、快は笑いながらアドバイスする。真央は快から隠れるようにして背を向けて、クリームと格闘した。
「すごいクリーム……。でも、おいしいです。甘すぎなくて、いくらでも食べられそう」
「ありがとうございます」
「ママも、こぼれてるね」
頬にチョコクリームをつけながら、奏太がおかしそうに笑った。ドーナツに専念したことで、泣き止んでくれたらしい。真央は苦笑したけれど、「そうね」とドーナツを見下ろす。
「本当においしい。……お義母さんには、いっしょに怒られようか。お行儀が悪くなっても食べたいくらいに、すてきなドーナツだもんね」
もうひと口食べると、真央の頬にもクリームがつく。それでも彼女は笑っていた。奏太もうなずき、親子ふたりはクリームドーナツを食べ進めていく。
先に完食したのは、奏太だった。顔や指についたクリームをなめる奏太に、快はお手拭きシートを差し出す。ひなたと一緒に過ごすようになって、持ち歩くようになった。満足した様子の奏太は、真央を見上げた。
「ごめんなさい、ひとりでいなくなって……」
おずおずと、そう切り出す。
「でも、ママにさがしてほしかったから。ママ、いつもおばあちゃんのはなしばっかりだし、ぼくのこと、どうでもいいのかなっておもって」
遅れて食べ終えた真央は、くしゃりと泣きそうな顔になる。快が渡したシートで彼女も指を拭き、しゃがんで奏太と目を合わせる。
「そんなこと、あるわけないでしょう。ママは奏太のことが大好きよ」
「ほんとう?」
「うん。ごめんね、不安にさせて」
「ぼくのこと、だいじ?」
すがるような奏太に、真央は自分のふがいなさを感じたのか一瞬眉を下げたけれど、やがて深くうなずいた。
「とっても大事。とっても、とっても」
「……そっか」
「うん。ごめんね奏太」
真央が腕を広げると、奏太はためらわずにその胸に飛び込んだ。真央も奏太も泣きそうだったが、目もとをこすって笑顔を浮かべる。ふたりは、ぎゅっと抱きしめあった。これまでのすれちがいを埋めるように。
きっともう、この親子は大丈夫だろう。
――誘拐犯には、あとでお灸を据えないといけないけど。
「かい」
「どうした、ひなた」
自分を見上げるひなたに気づく。ん、と両手を伸ばされるのは、親子がうらやましくなったからだろうか。はいはいと抱き上げてやれば、ひなたも満足そうな顔になる。
「かいけつ、した?」
「ああ。もう心配ないよ」
天狗にさらわれた子どもは、親のもとに帰ってきたのだ。
……とはいえ、竹林の小径は暗いのが難点だった。
笑い合う親子は仲睦まじいが、灯りがあればもっとお互いの顔をしっかりと見ることができただろう。ふたりともいい笑顔をしていそうなだけに、もったいない気がした。
ひなたもそう思ったのか、快にささやく。
「かいなら、あかるくできる」
「え?」
「まほう、ある……、よね?」
ただ、クリームの量が増えるということは、くどくなるわけで。最後までおいしく食べられるように、クリーム自体の甘さは控えめにする工夫も欠かさない。
むかしから、快は極度に甘いものが苦手だった。「甘い」ものなら好きだが、「甘ったるい」ものは苦手。その匙加減がわからないと両親には呆れられたが、祖母は境界を心得てくれていた。
祖母のレシピは、孫の快が喜ぶようにつくられている。
「コツは、クリームを吸いながら食べることですね。でもクリームまみれになって食べるのも、醍醐味みたいなところがありますけど」
食べるのに苦労している親子に、快は笑いながらアドバイスする。真央は快から隠れるようにして背を向けて、クリームと格闘した。
「すごいクリーム……。でも、おいしいです。甘すぎなくて、いくらでも食べられそう」
「ありがとうございます」
「ママも、こぼれてるね」
頬にチョコクリームをつけながら、奏太がおかしそうに笑った。ドーナツに専念したことで、泣き止んでくれたらしい。真央は苦笑したけれど、「そうね」とドーナツを見下ろす。
「本当においしい。……お義母さんには、いっしょに怒られようか。お行儀が悪くなっても食べたいくらいに、すてきなドーナツだもんね」
もうひと口食べると、真央の頬にもクリームがつく。それでも彼女は笑っていた。奏太もうなずき、親子ふたりはクリームドーナツを食べ進めていく。
先に完食したのは、奏太だった。顔や指についたクリームをなめる奏太に、快はお手拭きシートを差し出す。ひなたと一緒に過ごすようになって、持ち歩くようになった。満足した様子の奏太は、真央を見上げた。
「ごめんなさい、ひとりでいなくなって……」
おずおずと、そう切り出す。
「でも、ママにさがしてほしかったから。ママ、いつもおばあちゃんのはなしばっかりだし、ぼくのこと、どうでもいいのかなっておもって」
遅れて食べ終えた真央は、くしゃりと泣きそうな顔になる。快が渡したシートで彼女も指を拭き、しゃがんで奏太と目を合わせる。
「そんなこと、あるわけないでしょう。ママは奏太のことが大好きよ」
「ほんとう?」
「うん。ごめんね、不安にさせて」
「ぼくのこと、だいじ?」
すがるような奏太に、真央は自分のふがいなさを感じたのか一瞬眉を下げたけれど、やがて深くうなずいた。
「とっても大事。とっても、とっても」
「……そっか」
「うん。ごめんね奏太」
真央が腕を広げると、奏太はためらわずにその胸に飛び込んだ。真央も奏太も泣きそうだったが、目もとをこすって笑顔を浮かべる。ふたりは、ぎゅっと抱きしめあった。これまでのすれちがいを埋めるように。
きっともう、この親子は大丈夫だろう。
――誘拐犯には、あとでお灸を据えないといけないけど。
「かい」
「どうした、ひなた」
自分を見上げるひなたに気づく。ん、と両手を伸ばされるのは、親子がうらやましくなったからだろうか。はいはいと抱き上げてやれば、ひなたも満足そうな顔になる。
「かいけつ、した?」
「ああ。もう心配ないよ」
天狗にさらわれた子どもは、親のもとに帰ってきたのだ。
……とはいえ、竹林の小径は暗いのが難点だった。
笑い合う親子は仲睦まじいが、灯りがあればもっとお互いの顔をしっかりと見ることができただろう。ふたりともいい笑顔をしていそうなだけに、もったいない気がした。
ひなたもそう思ったのか、快にささやく。
「かいなら、あかるくできる」
「え?」
「まほう、ある……、よね?」
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