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第一章 迷える月夜に、クリームドーナツ
15.犯人の笑み1
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「わっ、おにいさん、ゆうめいじん?」
「いや、ただの一般人だけど」
魔法の灯りに照らされた竹林の小径を抜けると、改めて快を見た奏太が言った。
幻想的な灯りのもとにいる快は、イギリス人の血を引くその容姿をことさら目立たせていた。イギリスのみならず魔法使いの血も引いているためか、快の姿は夜の淡い光に照らされるときにこそ真価を発揮する――などと八尋に言われたことがあるが、からかいも交ざっていただろうから、適当に聞き流した経験がある。
が、自分がそこそこ目立つ容姿であることを、快は理解していた。
真央も、あら、と口に手を当てていたが、はっとすると何度も快に頭を下げた。
「本当にありがとうございました。奏太を見つけられたのは、あなたのおかげです」
「いやいや、たいしたことはしてないので。お礼はいいから、ホテルにもどって休んでください。真央さんも奏太くんも、今日は疲れたでしょうから」
「ええ、そうですね。帰ろうか、奏太」
「うん」
真央はもう一度深く頭を下げてから、息子と手をつないで去っていった。もう奏太がひとりでいなくなることはないだろう。親子でうまくやっていくはずだ。そう思える、親子の後ろ姿だった。
――そうなると残る問題は、あいつだ。
「あーあ。もうすこしで、ひとさらいできたんやけどなあ。ていうか快さんが魔法使うん、めずらしいね。いいもん見せてもろたわ」
そんな声がして、背後で羽ばたきの音が鳴る。
振り返れば、口を三日月の形にした八尋がいた。
快の口もとが、ひくひくと引きつるのも仕方ないだろう。自分で思うよりも、重低音の声が出る。それこそ、ひなたがびくつくほどの。
「おい八尋。ひとさらいしてないって言ったの、どこのどいつだ」
「さあて、どいつでしょう」
今回の事件の犯人は、さも愉快そうに笑う。ぷちっと快の平静をつなぎとめていた糸が切れる音がした。
「――おまえだろうが! なに堂々と奏太くんをさらってるんだ、ばか八尋!」
「わ、快さんの雷が落ちるー、怖いわあ」
「真面目に聞け!」
「だって仕方あらへんやん。烏天狗にとって、ひとをさらうことは本能みたいなもんやし。妖怪は自分の特性から逃れられへんからね」
「それは知ってるけど、おまえは理性で制御できるだろ」
「まあね」
「おい」
八尋は決して、悪党ではない……はずだ。しかし、ひとを手のひらの上で転がして楽しむ悪い癖がある。
今回は奏太をさらって、自分の甥っ子などと嘘を突き、その他いろいろな根回しをして快を惑わせてくれたのだ。快の顔が歪むのは当然だった。しかし八尋は一切気にせず、ぬけぬけと言う。
「あの親子見てたら、ぼくもドーナツ食べたくなってきたわ。ね、快さん。いまからつくって? つくりたてのドーナツ食べたい」
「はあ?」
快は盛大に嫌そうな顔をする。しかし、ひなたがくいっと快の服を引っ張ったから、八尋から意識がそれる。
「ひなも。おなかすいた。あのどーなつ、ひなのだった」
「えっ」
そういえば、真央たちにあげたドーナツは、ひなたのために八尋が持ち帰らせてくれたものだったか。それを親子に渡してしまったのだから、ひなたは口をとがらせているらしい。
「……わかった。ひなたにはつくってやる。でも八尋は駄目だ」
「えええ、快さんひどい」
「ひなた、帰るぞ」
快は荷物を持って、さっさと家に向かって歩き出す。だが、なぜだか八尋も後ろをついてきた。
「奏太くんのこと、よう気づきましたね。いつからぼくの甥っ子じゃないってわかったんです?」
「いや、ただの一般人だけど」
魔法の灯りに照らされた竹林の小径を抜けると、改めて快を見た奏太が言った。
幻想的な灯りのもとにいる快は、イギリス人の血を引くその容姿をことさら目立たせていた。イギリスのみならず魔法使いの血も引いているためか、快の姿は夜の淡い光に照らされるときにこそ真価を発揮する――などと八尋に言われたことがあるが、からかいも交ざっていただろうから、適当に聞き流した経験がある。
が、自分がそこそこ目立つ容姿であることを、快は理解していた。
真央も、あら、と口に手を当てていたが、はっとすると何度も快に頭を下げた。
「本当にありがとうございました。奏太を見つけられたのは、あなたのおかげです」
「いやいや、たいしたことはしてないので。お礼はいいから、ホテルにもどって休んでください。真央さんも奏太くんも、今日は疲れたでしょうから」
「ええ、そうですね。帰ろうか、奏太」
「うん」
真央はもう一度深く頭を下げてから、息子と手をつないで去っていった。もう奏太がひとりでいなくなることはないだろう。親子でうまくやっていくはずだ。そう思える、親子の後ろ姿だった。
――そうなると残る問題は、あいつだ。
「あーあ。もうすこしで、ひとさらいできたんやけどなあ。ていうか快さんが魔法使うん、めずらしいね。いいもん見せてもろたわ」
そんな声がして、背後で羽ばたきの音が鳴る。
振り返れば、口を三日月の形にした八尋がいた。
快の口もとが、ひくひくと引きつるのも仕方ないだろう。自分で思うよりも、重低音の声が出る。それこそ、ひなたがびくつくほどの。
「おい八尋。ひとさらいしてないって言ったの、どこのどいつだ」
「さあて、どいつでしょう」
今回の事件の犯人は、さも愉快そうに笑う。ぷちっと快の平静をつなぎとめていた糸が切れる音がした。
「――おまえだろうが! なに堂々と奏太くんをさらってるんだ、ばか八尋!」
「わ、快さんの雷が落ちるー、怖いわあ」
「真面目に聞け!」
「だって仕方あらへんやん。烏天狗にとって、ひとをさらうことは本能みたいなもんやし。妖怪は自分の特性から逃れられへんからね」
「それは知ってるけど、おまえは理性で制御できるだろ」
「まあね」
「おい」
八尋は決して、悪党ではない……はずだ。しかし、ひとを手のひらの上で転がして楽しむ悪い癖がある。
今回は奏太をさらって、自分の甥っ子などと嘘を突き、その他いろいろな根回しをして快を惑わせてくれたのだ。快の顔が歪むのは当然だった。しかし八尋は一切気にせず、ぬけぬけと言う。
「あの親子見てたら、ぼくもドーナツ食べたくなってきたわ。ね、快さん。いまからつくって? つくりたてのドーナツ食べたい」
「はあ?」
快は盛大に嫌そうな顔をする。しかし、ひなたがくいっと快の服を引っ張ったから、八尋から意識がそれる。
「ひなも。おなかすいた。あのどーなつ、ひなのだった」
「えっ」
そういえば、真央たちにあげたドーナツは、ひなたのために八尋が持ち帰らせてくれたものだったか。それを親子に渡してしまったのだから、ひなたは口をとがらせているらしい。
「……わかった。ひなたにはつくってやる。でも八尋は駄目だ」
「えええ、快さんひどい」
「ひなた、帰るぞ」
快は荷物を持って、さっさと家に向かって歩き出す。だが、なぜだか八尋も後ろをついてきた。
「奏太くんのこと、よう気づきましたね。いつからぼくの甥っ子じゃないってわかったんです?」
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