27 / 83
第二章 縁結びの、ミニドーナツ
5.河川敷の少女
しおりを挟む
「やっぱり、あの子だよな」
厚手のカーディガンを羽織った、ボブカットの少女。今日ドーナツをふたつ買っていってくれた客だ。まだあどけなさの残る姿は中学生くらいだろうな、と昼間思ったことを覚えている。
こんな暗い河川敷にひとり、なにをしているのだろう。
ふいに、ひなたが快の手を離して、ぱたぱたと走っていった。なにをするのかと思えば少女のとなりに立ち、声をあげる。
「かいのどーなつ」
「え?」
「あ、こら、ひなた。すみません、急に」
快も少女に駆け寄る。
他人を警戒してばかりのひなただが、今日は好奇心旺盛らしい。ひと馴れの特訓成果が出ているのだろうか。それとも、ドーナツにつられたのか。
少女は怪訝そうな顔を快に向けたけれど、月明かりに照らされた快の顔を確認すると、気恥ずかしそうにうつむいた。快の色素の薄い髪や彫りの深い顔立ちは、月に照らされると神秘的な魅力が増す――としばしば言われるくらいだから、少女の反応はめずらしくない。
少女は生真面目そうな、つんとした目もとをしていた。やがて快とひなたをちらりと見て、自分の脇に置いてある紙袋を見ると、ああ、と思い出したように言う。
「もしかして、ドーナツ屋の」
「はい。『魔女のドーナツ』の店主です。今日、ドーナツを買ってくれましたよね。ありがとうございます」
「いえ……。あそこのドーナツおいしいので、ときどき買わせてもらっています」
言われてみれば、少女は何度か店に来てくれていたような気がしてくる。
だが、おいしいと言うわりに、ドーナツは手つかずで脇に置いているようだ。快の視線に気づいたのか、少女は紙袋を手に取る。胸の内でなにかを耐えるような顔をしてから、なにを思ったのか、視線は伏せたまま快に紙袋を差し出した。
「……よかったら、食べますか」
「え」
「すみません、お店の方に渡すのもどうかと思うんですけど」
一字一句区切るような聞き取りやすい口調でそう言いながらも、差し出す手を引っ込めることはしない。これはいったい、どういうことだろうか。快は困って、受け取ることも拒否もできずに視線をさまよわせる。
「あー、えっと……、今日のドーナツ、お口に合いませんでしたか?」
「いえ。まだ食べていないので、わかりませんけど。たぶんいつもと同じようにおいしいと思います」
ではなぜ、他人に渡そうとしているのだろうか。快は、すこし考えた。相手を責めるような口調にはならないようにして訊く。
「ドーナツを食べられない理由、なにかあるんですか?」
その問いに、少女はうつむいた。
「お客さまが買った商品を、俺がもらうわけにはいきません」
「……すみません、ご迷惑でしたよね」
「迷惑ではないですけど。なにか事情があるなら、聞きますよ」
もとより、夜の河川敷にひとりで座っている少女が気になっていたのだ。そこに自分の店の商品も関わっているとなると、つい首を突っ込んでしまう。
少女は硬い表情で口を引き結び、自分の手にあるドーナツ入りの紙袋を見つめる。無言の快たちの間に、桂川のせせらぎが流れていった。少女はずいぶんと迷っていたが、やがて、観念したようにつぶやいた。
「友だちが、いなくなったんです」
ぎゅっと手に力がこもって、紙袋が音を立てる。快は目をまたたいた。
「いなくなった……?」
「はい。いっしょにドーナツを食べていた友だちが、二週間前から、消えてしまって」
少女はぎゅっとくちびるをかんだ。
厚手のカーディガンを羽織った、ボブカットの少女。今日ドーナツをふたつ買っていってくれた客だ。まだあどけなさの残る姿は中学生くらいだろうな、と昼間思ったことを覚えている。
こんな暗い河川敷にひとり、なにをしているのだろう。
ふいに、ひなたが快の手を離して、ぱたぱたと走っていった。なにをするのかと思えば少女のとなりに立ち、声をあげる。
「かいのどーなつ」
「え?」
「あ、こら、ひなた。すみません、急に」
快も少女に駆け寄る。
他人を警戒してばかりのひなただが、今日は好奇心旺盛らしい。ひと馴れの特訓成果が出ているのだろうか。それとも、ドーナツにつられたのか。
少女は怪訝そうな顔を快に向けたけれど、月明かりに照らされた快の顔を確認すると、気恥ずかしそうにうつむいた。快の色素の薄い髪や彫りの深い顔立ちは、月に照らされると神秘的な魅力が増す――としばしば言われるくらいだから、少女の反応はめずらしくない。
少女は生真面目そうな、つんとした目もとをしていた。やがて快とひなたをちらりと見て、自分の脇に置いてある紙袋を見ると、ああ、と思い出したように言う。
「もしかして、ドーナツ屋の」
「はい。『魔女のドーナツ』の店主です。今日、ドーナツを買ってくれましたよね。ありがとうございます」
「いえ……。あそこのドーナツおいしいので、ときどき買わせてもらっています」
言われてみれば、少女は何度か店に来てくれていたような気がしてくる。
だが、おいしいと言うわりに、ドーナツは手つかずで脇に置いているようだ。快の視線に気づいたのか、少女は紙袋を手に取る。胸の内でなにかを耐えるような顔をしてから、なにを思ったのか、視線は伏せたまま快に紙袋を差し出した。
「……よかったら、食べますか」
「え」
「すみません、お店の方に渡すのもどうかと思うんですけど」
一字一句区切るような聞き取りやすい口調でそう言いながらも、差し出す手を引っ込めることはしない。これはいったい、どういうことだろうか。快は困って、受け取ることも拒否もできずに視線をさまよわせる。
「あー、えっと……、今日のドーナツ、お口に合いませんでしたか?」
「いえ。まだ食べていないので、わかりませんけど。たぶんいつもと同じようにおいしいと思います」
ではなぜ、他人に渡そうとしているのだろうか。快は、すこし考えた。相手を責めるような口調にはならないようにして訊く。
「ドーナツを食べられない理由、なにかあるんですか?」
その問いに、少女はうつむいた。
「お客さまが買った商品を、俺がもらうわけにはいきません」
「……すみません、ご迷惑でしたよね」
「迷惑ではないですけど。なにか事情があるなら、聞きますよ」
もとより、夜の河川敷にひとりで座っている少女が気になっていたのだ。そこに自分の店の商品も関わっているとなると、つい首を突っ込んでしまう。
少女は硬い表情で口を引き結び、自分の手にあるドーナツ入りの紙袋を見つめる。無言の快たちの間に、桂川のせせらぎが流れていった。少女はずいぶんと迷っていたが、やがて、観念したようにつぶやいた。
「友だちが、いなくなったんです」
ぎゅっと手に力がこもって、紙袋が音を立てる。快は目をまたたいた。
「いなくなった……?」
「はい。いっしょにドーナツを食べていた友だちが、二週間前から、消えてしまって」
少女はぎゅっとくちびるをかんだ。
2
あなたにおすすめの小説
使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。
ふとした事でスキルが発動。
使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。
⭐︎注意⭐︎
女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます
黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる