5 / 37
10歳 その3
しおりを挟む
「ああ、あまりにも急な話だったかな。ごめんね」
ベッド脇の椅子に腰掛け直しながら、リチャード様――殿下は緩く頭を下げた。
「ただ、婚約の話は既に進んでしまっているから……今から撤回するのは難しいんだ」
「え?」
そんな言葉に私は再びぽかんと口を開けてしまう。はしたないとはわかっていても、あまりの展開にどうしてもそんな表情を取らざるを得ない。
つまりは私が意識を失っている間に、勝手に婚約話が進められていたという事なんだろう。貴族として生まれた以上、嫁ぎ先を自分で決めるのが難しい事はわかっていたが、これはあまりに性急すぎやしないだろうか。
王家としては旨味のない婚約の上、殿下は12歳、私は10歳。本来であれば両家とも利益や相性などを考えた上で、時間をかけて色々な縁談を吟味してから婚約となるのが通常であるはず。
「先ほども告げたと思うが、母上とシュタットフェルト伯爵夫人は私達を結婚させたがっているからね。その傷は君にとっては辛い事だというのに……良い口実が出来たとばかりに根回しを進めているみたいなんだ」
「は、はぁ……」
苦笑しながら事情を説明してくれる殿下に、私は大層間抜けな返事を返すことしかできなかった。
王妃様もお母様も年頃の娘の顔の傷を自分達の望む結婚の口実にしてしまうのって、ちょっとひどいと思うんだけど。
でも、顔に傷跡が残ることにより嫁の貰い手が明らかに減ってしまうのは事実だし、その中で最良の相手――というか傷があってもなくても王子妃というのは最高の立場だろう。を用意してくれているのは、お母様の親心から来るものなのかもしれない。
まあ、どちらかといえば私の子供と幼馴染の子供が結婚したら素敵! という夢に向けて奔走している気がしないでもないけれど。
ただ、どんな思惑があろうとも王妃様とお母様が結託して進めている上に、もっともらしい理由があるとなればこの婚約は無事に成るのだろう。
私と殿下の気持ちが少々置いてけぼりな気もするが、関係性は兄妹のようであれ、仲良くしていることは事実であるし、結婚するにあたって二人の相性には問題がないと取られているに違いない。
つまり、リチャード様への恋心によってぐちゃぐちゃと色々な事を考えた挙句、結局ずるい逃げの手を取ろうとした私の抵抗は全くもって意味をなさなかったという事だ。
これって所謂ゲームの強制力ってやつなのかなぁ……。なんて、そんな取り留めのない事すら考えてしまう。
もしかすると、ライバルキャラの存在が無いとリチャード様とヒロインの関係は上手くいかないのかもしれない。
確かに一度ヒロインを突き放したからこそ、どれだけ深い愛情を持っているかに気が付いた。みたいなエピソードもあったはずだ。
結局のところ、私はリチャード様の婚約者でライバルキャラというポジションに収まる運命なんだろう。
「でも、殿下のせいではありませんのに……」
それでも、本当にこの立場に収まってしまっていいのだろうか。という葛藤は消えない。
私はいい。現世の私も前世の私も殿下の事が大好きだ。
前世の記憶から婚約に関してぐだぐだ悩んでしまっていたけれど、結局は推しの婚約者になれるなんて飛び跳ねたいくらいに嬉しい出来事である事は否定しない。
でも、殿下の好意は私とは違う。あくまで妹のように慈しんでくれているだけなのだ。今までもこれから先も。
それを知っているからこそ、責任を取るようなこの婚約が殿下の幸せに繋がるとはどうしても思えない。
「言っただろう? 傷の事は関係なしに私は君の事を好いているよ。エイミー嬢。だからこの婚約も嬉しく思っている」
互いの視線が合うようにそっと私の頬に手のひらを添えた殿下の瞳は、真っ直ぐにこちらを捉えている。
見つめ合ったまま真摯な表情で告げられたその言葉に、私の顔はあっという間に真っ赤になっていった。
推しに! 推しに好きだって言われた。
しかもゲーム中では見ることの出来ないやや幼い姿で。私だけに向けてそんな事を言われたものだから破壊力は抜群だ。少年時代も素敵ですリチャード様! ああ、もう。尊すぎて泣きそう。
駄目だ。推しからこんな甘いシチュエーションを与えられたら、どうしたって前世の私としての感情が抑えきれなくなるに決まってる。
その上、未だに頬にはリチャード様の手が添えられたままなのだ。これだけだって刺激が強すぎる。あまりのドキドキに心臓が持ちそうにない。
落ち着け、落ち着くのよ私。これはあくまで妹のように好いてくれているという意味だ。そう、妹のように。間違えるな。
「……わかりましたわ、殿下。婚約のお話お受けいたします」
それでも動悸は収まらないし、未だに私の顔は真っ赤なままに違いない。
あまりにも恥ずかしくて、目を合わせ続ける事なんてできなくて。うつむきがちにそんな言葉を返すのが今の私の精一杯だった。
どんな意図であれ、殿下が私と婚約することを嬉しいと思ってくれるなら。私はそれに対して首を横に振る事なんてしたくはない。
大丈夫。いざというときに身を引く覚悟はできている。リチャード様がヒロインと結ばれる事を望むのなら精一杯応援してみせる。
私の願いはあくまでも殿下が幸せになってくれる事。それさえ忘れなければきっと大丈夫だ。
ベッド脇の椅子に腰掛け直しながら、リチャード様――殿下は緩く頭を下げた。
「ただ、婚約の話は既に進んでしまっているから……今から撤回するのは難しいんだ」
「え?」
そんな言葉に私は再びぽかんと口を開けてしまう。はしたないとはわかっていても、あまりの展開にどうしてもそんな表情を取らざるを得ない。
つまりは私が意識を失っている間に、勝手に婚約話が進められていたという事なんだろう。貴族として生まれた以上、嫁ぎ先を自分で決めるのが難しい事はわかっていたが、これはあまりに性急すぎやしないだろうか。
王家としては旨味のない婚約の上、殿下は12歳、私は10歳。本来であれば両家とも利益や相性などを考えた上で、時間をかけて色々な縁談を吟味してから婚約となるのが通常であるはず。
「先ほども告げたと思うが、母上とシュタットフェルト伯爵夫人は私達を結婚させたがっているからね。その傷は君にとっては辛い事だというのに……良い口実が出来たとばかりに根回しを進めているみたいなんだ」
「は、はぁ……」
苦笑しながら事情を説明してくれる殿下に、私は大層間抜けな返事を返すことしかできなかった。
王妃様もお母様も年頃の娘の顔の傷を自分達の望む結婚の口実にしてしまうのって、ちょっとひどいと思うんだけど。
でも、顔に傷跡が残ることにより嫁の貰い手が明らかに減ってしまうのは事実だし、その中で最良の相手――というか傷があってもなくても王子妃というのは最高の立場だろう。を用意してくれているのは、お母様の親心から来るものなのかもしれない。
まあ、どちらかといえば私の子供と幼馴染の子供が結婚したら素敵! という夢に向けて奔走している気がしないでもないけれど。
ただ、どんな思惑があろうとも王妃様とお母様が結託して進めている上に、もっともらしい理由があるとなればこの婚約は無事に成るのだろう。
私と殿下の気持ちが少々置いてけぼりな気もするが、関係性は兄妹のようであれ、仲良くしていることは事実であるし、結婚するにあたって二人の相性には問題がないと取られているに違いない。
つまり、リチャード様への恋心によってぐちゃぐちゃと色々な事を考えた挙句、結局ずるい逃げの手を取ろうとした私の抵抗は全くもって意味をなさなかったという事だ。
これって所謂ゲームの強制力ってやつなのかなぁ……。なんて、そんな取り留めのない事すら考えてしまう。
もしかすると、ライバルキャラの存在が無いとリチャード様とヒロインの関係は上手くいかないのかもしれない。
確かに一度ヒロインを突き放したからこそ、どれだけ深い愛情を持っているかに気が付いた。みたいなエピソードもあったはずだ。
結局のところ、私はリチャード様の婚約者でライバルキャラというポジションに収まる運命なんだろう。
「でも、殿下のせいではありませんのに……」
それでも、本当にこの立場に収まってしまっていいのだろうか。という葛藤は消えない。
私はいい。現世の私も前世の私も殿下の事が大好きだ。
前世の記憶から婚約に関してぐだぐだ悩んでしまっていたけれど、結局は推しの婚約者になれるなんて飛び跳ねたいくらいに嬉しい出来事である事は否定しない。
でも、殿下の好意は私とは違う。あくまで妹のように慈しんでくれているだけなのだ。今までもこれから先も。
それを知っているからこそ、責任を取るようなこの婚約が殿下の幸せに繋がるとはどうしても思えない。
「言っただろう? 傷の事は関係なしに私は君の事を好いているよ。エイミー嬢。だからこの婚約も嬉しく思っている」
互いの視線が合うようにそっと私の頬に手のひらを添えた殿下の瞳は、真っ直ぐにこちらを捉えている。
見つめ合ったまま真摯な表情で告げられたその言葉に、私の顔はあっという間に真っ赤になっていった。
推しに! 推しに好きだって言われた。
しかもゲーム中では見ることの出来ないやや幼い姿で。私だけに向けてそんな事を言われたものだから破壊力は抜群だ。少年時代も素敵ですリチャード様! ああ、もう。尊すぎて泣きそう。
駄目だ。推しからこんな甘いシチュエーションを与えられたら、どうしたって前世の私としての感情が抑えきれなくなるに決まってる。
その上、未だに頬にはリチャード様の手が添えられたままなのだ。これだけだって刺激が強すぎる。あまりのドキドキに心臓が持ちそうにない。
落ち着け、落ち着くのよ私。これはあくまで妹のように好いてくれているという意味だ。そう、妹のように。間違えるな。
「……わかりましたわ、殿下。婚約のお話お受けいたします」
それでも動悸は収まらないし、未だに私の顔は真っ赤なままに違いない。
あまりにも恥ずかしくて、目を合わせ続ける事なんてできなくて。うつむきがちにそんな言葉を返すのが今の私の精一杯だった。
どんな意図であれ、殿下が私と婚約することを嬉しいと思ってくれるなら。私はそれに対して首を横に振る事なんてしたくはない。
大丈夫。いざというときに身を引く覚悟はできている。リチャード様がヒロインと結ばれる事を望むのなら精一杯応援してみせる。
私の願いはあくまでも殿下が幸せになってくれる事。それさえ忘れなければきっと大丈夫だ。
99
あなたにおすすめの小説
推しの悪役令嬢を幸せにします!
みかん桜
恋愛
ある日前世を思い出したエレナは、自分が大好きだった漫画の世界に転生していることに気付いた。
推しキャラは悪役令嬢!
近くで拝みたい!せっかくなら仲良くなりたい!
そう思ったエレナは行動を開始する。
それに悪役令嬢の婚約者はお兄様。
主人公より絶対推しと義姉妹になりたい!
自分の幸せより推しの幸せが大事。
そんなエレナだったはずが、気付けば兄に溺愛され、推しに溺愛され……知らない間にお兄様の親友と婚約していた。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
❲完結❳乙女ゲームの世界に憑依しました! ~死ぬ運命の悪女はゲーム開始前から逆ハールートに突入しました~
四つ葉菫
恋愛
橘花蓮は、乙女ゲーム『煌めきのレイマリート学園物語』の悪役令嬢カレン・ドロノアに憑依してしまった。カレン・ドロノアは他のライバル令嬢を操って、ヒロインを貶める悪役中の悪役!
「婚約者のイリアスから殺されないように頑張ってるだけなのに、なんでみんな、次々と告白してくるのよ!?」
これはそんな頭を抱えるカレンの学園物語。
おまけに他のライバル令嬢から命を狙われる始末ときた。
ヒロインはどこいった!?
私、無事、学園を卒業できるの?!
恋愛と命の危険にハラハラドキドキするカレンをお楽しみください。
乙女ゲームの世界がもとなので、恋愛が軸になってます。ストーリー性より恋愛重視です! バトル一部あります。ついでに魔法も最後にちょっと出てきます。
裏の副題は「当て馬(♂)にも愛を!!」です。
2023年2月11日バレンタイン特別企画番外編アップしました。
2024年3月21日番外編アップしました。
***************
この小説はハーレム系です。
ゲームの世界に入り込んだように楽しく読んでもらえたら幸いです。
お好きな攻略対象者を見つけてください(^^)
*****************
キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる
藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。
将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。
入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。
セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。
家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。
得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。
【完結】溺愛?執着?転生悪役令嬢は皇太子から逃げ出したい~絶世の美女の悪役令嬢はオカメを被るが、独占しやすくて皇太子にとって好都合な模様~
うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
平安のお姫様が悪役令嬢イザベルへと転生した。平安の記憶を思い出したとき、彼女は絶望することになる。
絶世の美女と言われた切れ長の細い目、ふっくらとした頬、豊かな黒髪……いわゆるオカメ顔ではなくなり、目鼻立ちがハッキリとし、ふくよかな頬はなくなり、金の髪がうねるというオニのような見た目(西洋美女)になっていたからだ。
今世での絶世の美女でも、美意識は平安。どうにか、この顔を見られない方法をイザベルは考え……、それは『オカメ』を装備することだった。
オカメ狂の悪役令嬢イザベルと、
婚約解消をしたくない溺愛・執着・イザベル至上主義の皇太子ルイスのオカメラブコメディー。
※執着溺愛皇太子と平安乙女のオカメな悪役令嬢とのラブコメです。
※主人公のイザベルの思考と話す言葉の口調が違います。分かりにくかったら、すみません。
※途中からダブルヒロインになります。
イラストはMasquer様に描いて頂きました。
モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します
みゅー
恋愛
乙女ゲームに、転生してしまった瑛子は自分の前世を思い出し、前世で培った処世術をフル活用しながら過ごしているうちに何故か、全く興味のない攻略対象に好かれてしまい、全力で逃げようとするが……
余談ですが、小説家になろうの方で題名が既に国語力無さすぎて読むきにもなれない、教師相手だと淫行と言う意見あり。
皆さんも、作者の国語力のなさや教師と生徒カップル無理な人はプラウザバック宜しくです。
作者に国語力ないのは周知の事実ですので、指摘なくても大丈夫です✨
あと『追われてしまった』と言う言葉がおかしいとの指摘も既にいただいております。
やらかしちゃったと言うニュアンスで使用していますので、ご了承下さいませ。
この説明書いていて、海外の商品は訴えられるから、説明書が長くなるって話を思いだしました。
転生侍女は完全無欠のばあやを目指す
ロゼーナ
恋愛
十歳のターニャは、前の「私」の記憶を思い出した。そして自分が乙女ゲーム『月と太陽のリリー』に登場する、ヒロインでも悪役令嬢でもなく、サポートキャラであることに気付く。侍女として生涯仕えることになるヒロインにも、ゲームでは悪役令嬢となってしまう少女にも、この世界では不幸になってほしくない。ゲームには存在しなかった大団円エンドを目指しつつ、自分の夢である「完全無欠のばあやになること」だって、絶対に叶えてみせる!
*三十話前後で完結予定、最終話まで毎日二話ずつ更新します。
(本作は『小説家になろう』『カクヨム』にも投稿しています)
転生した世界のイケメンが怖い
祐月
恋愛
わたしの通う学院では、近頃毎日のように喜劇が繰り広げられている。
第二皇子殿下を含む学院で人気の美形子息達がこぞって一人の子爵令嬢に愛を囁き、殿下の婚約者の公爵令嬢が諌めては返り討ちにあうという、わたしにはどこかで見覚えのある光景だ。
わたし以外の皆が口を揃えて言う。彼らはものすごい美形だと。
でもわたしは彼らが怖い。
わたしの目には彼らは同じ人間には見えない。
彼らはどこからどう見ても、女児向けアニメキャラクターショーの着ぐるみだった。
2024/10/06 IF追加
小説を読もう!にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる