あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~

相田 彩太

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第六章 対決する物語とハッピーエンド

珠子と七王子と今大江山酒呑童子一味(その3) ※全6部

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 「いようっ! 青少年たちっ! 青春してるかっ!」

 ちょっと千鳥足であたしは次のテーブルに向かう。
 このテーブルが油断ならないことを、あたしは知っている。
 だから、あたしは対策を取っていて、これはその対策なの。
 けっして、お酒が飲みたかったってわけじゃないから、ないですから。

 ここはあやをかし学園中等部分室みたいな、橙依とーい君とそのおともだちのテーブル。

 「酔っているでござるな」

 質実剛健をムネ肉とするストイック侍、雷獣の渡雷わたらい 十兵衛じゅうべえくん。

 「この女は『あらし、よってませーん』て考えてるぞ」
 「そうでーす、あらしよってませーん」

 人の心ののぞきーま、さとりこと佐藤さとう りーくん。

 「あら、今は”はらだし踊り”は避けた方が良さそうですね。珠子さんが吐いちゃいそうですから」

 素敵な”はらだし踊り”でみんなを笑顔にしてくれる、はらだしの原田はらだ しいちゃん。

 「おい原田、俺の彼女なら、その麗しい姿を衆目に……」
 「みたーいみたーい、椎ちゃんのセクシーショット」
 「さらすなよ! 絶対にな!」

 そして、目下のあたしのはるばるライバル、天邪鬼あまのじゃく天野あまの 孔雀くじゃくくん。
 何度な難儀なメニューを要望してくるけど、あたしの腕にかかればお茶の子さいさいさいばし。
 どんなメニューだって作ってみせてるの。
 みーんな、橙依とーいくんのドッキドッキの同級生。

 「……はずかしい」
 
 でも、この友情の輪の中心的存在の橙依とーいくんはちょっと下を向いている。

 「あーら、橙依とーいくん、お酒を飲んでハメを外すのはぜーんぜん、はずかしくないのよ」
 「そうだぜ、橙依とーい。この女は『酒で心の羞恥心を消せば何も恥ずかしくない』って考えてるからな」
 「そうそう、大人の女なら誰でもやってることよ。心にやらしい所があるから恥ずかしいのよ。ぐへへ」

 うーん、あたしってばいいこと言う。

 「……もっと恥ずかしい」
 「橙依とーい、お前、『こんな恥ずかしい人を好きだなんて恥ずかしい』って思って、モガグゴッ!」

 突如、佐藤君の口に突っ込まれるエビフライ! 滋味はない! 
 ん、すき? 数奇かな?
 そりゃま、色々ありましたよ、人生三十路に差し掛かると、いろんなことがあったのよ。
 よよよ。
 だけど、しめっぴいのは好みじゃないの。
 こんな時は食べて飲んで笑ってハッピーエンドなのよ。

 「でも、ここの垪盤ピンパンってスゴイですね。揚げ物で鳥を表現しているなんて」
 「おい女、『うふふ、ここのコンセプトは火だるま火の鳥なの』って思ってるだろ」
 「思ってませーん、というか思ってたことを忘れちゃった。火の鳥は炎に焼かれて復活するって話だけど、揚げたらどうなるのかしら、なんて思ってませーん」
 「……やっぱ酔ってる」

 このテーブルの垪盤ピンパンはみんなの好物で作成した。
 エビフライ、唐揚げ、ソーセージ、ポテトフライにオニオンフライ、そんなキツネ色。
 だから、はらだしちゃんがこれを鳥だと勘違いしちゃうのは当たり前。
 うふふ、これには秘密があるの。

 「これはね……」
 「……原田さん。これは、このケチャップやオーロラソースやマスタードで赤やだいだい色、黄色を描いて鳳凰に見立てるんだってさ」
 「ちょ! 橙依とーいくん、それ、あたしが言いたかったー! 人類の美術のえいちとかって」
 
 心が読めるからって、ひどーい。

 「……珠子姉さんにしゃべらせると危険。それに、鳳凰を描くなんて言っちゃうと……ほら」

 橙依とーいくんの指さす先は、天邪鬼あまのじゃくの皿。
 
 「ふっっじさーん」
 
 そこにはケチャップエビフライに白いポテサラが盛られた富士山。
 うん、天邪鬼あまのじゃくくんに鳳凰を描けなんて言っちゃうと、それ以外が出来ちゃうわよね。
 でも、ま、楽しそうだからいっか。

 「さて、前座はこのくらいにして……おい、女。俺はちょっと食べたいメニューがあるんだが」
 「天野、この女は『えー、また~。ま、どんな天邪鬼あまのじゃくなメニューでもどんど来いですけど』なんて思ってるぞ」
 「……しかも、珠子姉さんはこれを予想して特製メニューをいくつも用意しているみたい」

 橙依とーい君の言う通り、あたしは用意万端、マンハッタンと天邪鬼あまのじゃくをなぎ倒すメニューを準備しているの。
 さー、どんなのかなー、へんなのかなー。

 「よし、それじゃあ、俺たちに相応しい料理を持ってきてもらおうか」
 「はーい、どういったのがお望み?」

 あたしの問いにテーブルのみんながニヤッと笑う。
 みんなであたしに難題を出そうと考えてたみたい。

 「あたしはロマンチックな物がいい!」
 「俺はエロチックなやつ!」

 はらだしちゃんは女の子らしくロマンチックに言い、天邪鬼君は男の欲情を込めて言う。

 「拙者は日本のものがいいでござるよ」
 「俺はグローバルなものがいいぜ」

 侍っぽい和の心を持つ雷獣君が日本なものを望むと、天邪鬼はグローバルなものを望む。

 「カッコイイ、心を揺さぶるヤツだな」
 「俺は伝統的なものだな」

 はいはい、さとり君は中二病中二病と、そして天邪鬼は伝統っぽいやつね。

 「……僕は甘いものがいい」
 「肉!」

 揚げ物系でお腹がふくれたのか、橙依とーい君はデザートをご所望で、天邪鬼はまだまだ肉!

 「さあ! この俺達の要望を全て満たす料理を作ってこれるかな?」
 「これませんよねー?」
 「無理でござろう」

 このいたずらっこの中等部の面々があたしを見てニヤニヤ笑う。
 でもね、あたしの人類の叡智はその上をいくの。

 「……てきないよね……、はぁああああ? もう作ってあるの!?」
 「気を付けろ! こいつ心でガッツポーズを取ってやがる!」
 
 あたしの心の『うぉっしゃー!』という声を聞いた橙依とーい君とさとり君の顔が驚きに変わる。
 だーって、あたしの想定課題が的中したんですもの。
 学生の時、テストのヤマは全く当たらなかったけど、料理に関してはあたしのヤマ勘は冴えるのよね。

 「じゃ、ちょっと待っててね。すぐに持ってくるから!」

 あたしはスキップで厨房に戻る。
 本当は最後に出そうと思ってたけど、今でもいいや。
 あたしは、酔い覚ましに水を一杯飲んで橙依とーいくんたちのテーブルに戻る。
 銀色の大皿に盛られているのはカットしたリンゴのような形のクッキー。
 半月が”く”の字に曲がったような形のクッキー。
 その名は……

 「あっ!? これってフォーチュンクッキーですね!」
 「そうでーす! 別名おみくじクッキー! 中に運勢や格言、ことわざや慣用句が書かれた紙片が入ったクッキーでーす。これは元は日本の辻占煎餅つじうらないせんべいを起源とするものですが、明治時代にアメリカに渡った日本人の手によって広められ、現地の中華系レストランで出されるようになりまして、今ではアメリカでは定番のお菓子なんですよ」
 「なるほど、元は日本の物で今は多国籍グローバルの料理でござるか」

 あたしの説明を聞いて、雷獣君が感心したようにウンウンと頷く。

 「フォーチュンクッキーなんて、ロマンチックですね。早速食べてもいいですか?」
 「はらだしちゃん、ちょっと待って。食べる前に、ちょっとこれを飲んでくれない? ”シンデレラ”ってカクテルなの」
 「あたし知ってます。シンデレラってノンアルコールカクテルですよね」
 「ええ、はノンアルコールカクテルですよ」

 そう言ってあたしはグフフと笑う。

 「飲むな原田! そいつは敵だ!」

 あたしの心を読んで作戦を理解したのか、さとり君が声を上げる。
 でもね、珠子流料理割烹たまこりゅうりょうりかっぽうは隙を逃さぬ二段構え! なのですよ。

 「飲め原田! それは素敵だ!」

 ”飲むな”なんて言っちゃったら、はらだしちゃんの彼氏の天邪鬼君は”飲め”って言うに決まってるじゃないですかー!
 天邪鬼だからー!
 ”しまった!”とばかりにさとりの顔が歪み、『はーい、天野君! あたし! のみまーす!』っとはらだしちゃんはグラスを口に傾ける。

 「あれ? これってお酒……」
 「あら、ごめんなさい。あたしったら間違えて”シンデレラ”じゃなく”シンデレラ・ハネムーン”を持って来ちゃった。てへっ」

 カクテル”シンデレラ”はオレンジとレモンとパイナップルジュースから作るノンアルコールカクテル。
 だけど”シンデレラハネムーン”はライチリキュールとオレンジキュラソーとグレープフルーツジュースで作る、立派なアルコール入りカクテルなの。

 「……汚いさすが珠子姉さん、きたない」

 これまたあたしの心というか作戦というか意図を読んだ橙依とーい君があきれながらも感心したように言う。

 「そんな……天野君に望まれて、お酒を振る舞われたら……、あたし! たかぶっちゃいます!」

 ガバァ! と彼女のTシャツがめくれ上がり、そこから細身のウエストラインがさらけ出される。
 これぞ、周囲に笑いと幸運をもたらす、はらだしちゃんの必笑技フェイバリット! ”はらだし踊り!!”
 彼女に酒を振舞ったら最期! 大爆笑は免れない!

 「レディースあんど、ジェントルモンスター! ここに見えますのは幸運の印! フォーチュンクッキー! どなた様もその運命を御覧じなさいませー!」

 ピョンとはらだしちゃんのの身体が跳ねあがり、そのお腹に顔が浮かび愉快に表情を変える。

 「うふふっ」
 「あははっ」
 「いやーはっはぅはっ!」

 あたしの口から笑いがこぼれ、周囲からも笑いが飛び交う。
 
 「そっ、それっ、それでは、そんな素敵な笑顔のはらだしちゃんの運勢は!?」

 あたしは腹を抱えながら、フォーチュンクッキーをひとつ取り、それを彼女に渡す。

 パキッ

 小麦の生地が割れ、その中から細長い紙片が現れた。
 はらだしちゃんのお腹の目からの視線が紙片の上をグルグルと動く。

 「しゅ……、Schmetterlingeシュメッターリンゲ imイム Bauchバウホ” これって何ですか? 英語じゃないみたいですけど……」

 よっし! 狙い通り! 
 やっぱ”はらだし踊り”の幸運の効果は絶大ね!
 このフォーチュンクッキーには縁起の良い言葉や素敵な格言が記された紙片が入っている。
 その中ではらだしちゃんにお似合いのクッキーをあたしは引き当てた。

 「そいつはドイツ語だ。Schmetterlingeシュメッターリンゲは蝶を、imイムは英語のin、Bauchバウホは腹を意味する。直訳すると『お腹の中に蝶が居る』という意味だが、ドイツでは『素敵な恋にドキドキルンルン』って意味さ。ま、お腹の中のお花畑に蝶が舞っているような気分を表現したことわざさ」

 流暢なドイツ語の発音でさとり君が解説する。
 ウンウン、やっぱ中二病といったらドイツ語ですよね。

 「まあ! なんて素敵な言葉! あたしのお腹もSchmetterlingeシュメッターリンゲ imイム Bauchバウホですっ!」

 はらだしちゃんのお腹の模様が変化し、蝶を描く。

 「さーて、ご覧ください、恋の蝶! お腹の上を中を縦横無尽にヒラヒラヒラ!」

 キュキュキュとはらだしちゃんがお腹をひねると、お腹の蝶はパタパタパタと舞う。
 うーん、エロチック。

 「なるほど、ドイツ語とは佐藤殿が好きそうでござるな。では、拙者の運命フォーチュンはいかようでござろうか」

 雷獣君がパキッとクッキーを割り、そこから紙片を取り出す。

 「”Geistesblitzガイストブリッツ”とな? 佐藤殿、これはどんな意味でござるか? Blitzブリッツが稲妻を意味するのは知っておるのでござるが……」
 「”Geistガイスト”はゴースト、幽霊って意味だぜ。雷の幽霊、つまり雷獣のお前ににピッタリと言いたい所だが、”Geistガイスト”には知性の意味もある。知性の稲妻、つまり”突然のひらめき”って意味だぜ」
 「おお! さすがは佐藤殿、博識でござるな。それで佐藤殿は、どんな運勢でござったか?」
 「これさ”Sichズィヒ dieディ Balleベレ zuspielenツーシュピーレン”、直訳すると”パスを出し合う”だが、意味は”連携した意思疎通”、以心伝心を意味するのさ。まったく、さとりの俺にピッタリかもな」

 うんうん、数多くのフォーチュンクッキーの中からみなさんにお似合いの物が選ばれているみたいですね。
 このテーブルの方だけじゃなく、他のテーブルの型もやってきて、フォーチュンクッキーのおみくじに一喜一憂いっきいちゆう、いや一喜一笑いっきいちしょうしている。
 あの黒龍さんが、はにかみながらも笑っているのは、彼が引いたクジが”Drachenfutterドラッヘフッター”だったから。
 直訳すると”ドラゴンへのエサ”、意味は”ドラゴンのように怖い妻への貢物”。
 どこか心当たりのあるのかしら。

 「……ねぇ、佐藤。これはどんな意味?」
 「ん? 『Furフューア jemandenイェーマンデン durchsドゥルヒス Feuerフォイァー gehenゲーエン』。ああ、これは直訳では『誰かのために火の中を通り抜ける』だな、”誰か”の部分はDichディヒといった”あなた”や人名が入る。『君のためならたとえ火の中、水の中』って意味さ。強い愛情の決意の言葉さ」
 「……そう、ありがとう」

 へー、橙依とーい君ってば、そんな情熱的な言葉を引いたんだ。
 最近の彼ってば、女の子にモテモテだもんね。

 「……はぁ」
 
 でも気苦労もあるのかしら、モテるのも悩み所よね。

 「……はぁ~」

 橙依とーい君はさらに大きな溜息を着いた。

 「さて、このロマンチックで、はらだしちゃんをちょっとエロチックにしちゃって、日本発祥なのに、今はアメリカグローバル! さとり君の中二心をくすぐりながらも、中の言葉は伝統的な格言や慣用句! そして、あまーいフォーチュンクッキーはどうかな? 君たちのご所望にピッタリでしょ? 天邪鬼君」
 
 あたしは自信満々の笑みで天邪鬼君に向き合う。
 いっぱいあったフォーチュンクッキーもみんなが取って、残りひとつ。
 天邪鬼君の分。

 「はっ! こんなんで勝ったと思うなよ! 肝心要かんじんかなめの俺が食べたい”肉”なんてどこにもないじゃないか!」

 ガルルと対抗心むき出しの表情で天邪鬼君は言う。

 ポン

 そんな天邪鬼君の両肩を叩くのはふたり。
 
 「な、なんだ、橙依とーい! 佐藤! そんな諦め顔で! まだ俺は負けてないぞ! こいつの料理には肉が足りない!」
 「……無理、珠子姉さんはカウンティングしている」
 「諦めな。そもそも、原田さんを焚きつけて、はらだし踊りの幸運を珠子さんに授けたお前の失策だ」
 
 料理人にとって料理の出来ってのはとっても気になるもの。
 だから、あたしが周囲からの声で仕込んだクジのどれが出ているかはちゃんとカウントしている。
 最後に残ったクジの格言は

 「ひょっとして、この中にだけは肉が入っているって言うのか!?」

 パキッと音を立て、天邪鬼君はフォーチュンクッキーを割る。
 その中から出てきたのは一枚の紙。
 
 「やっぱり、中に肉なんて入ってないじゃないか! しかし、これは何だ? この『Dasダス istイスト mirミァ Wurstヴルスト』ってのは!?」
 「ああ、そいつの意味は『それは私にとってはソーセージです』って意味さ。肉だな」
 「……肉だね」
 
 さとり君の解説を聞いて、天邪鬼君は”わけがわからない……”といった表情を浮かべる。
 うふふ、ドイツにはソーセージを意味する”Wurstヴルスト”を使った慣用句がいっぱいあるの。
 その中でもこの『Dasダス istイスト mirミァ Wurstヴルスト』は有名なもののひとつ。

 「天邪鬼君、ちなみにその意味は『どうでもいい』よ」

 ドイツではソーセージはありふれたもの。
 これは、その存在が軽く扱われるさまから『どうでもいい』という意味を持つドイツの美味しい慣用句なのです。

 「ちくしょー! 人間ってやつは! わけがわかんねぇー!」

 ニシシと笑うあたしの前で、天邪鬼君の叫びと、みんなの笑いが部屋に満ちた。
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