逆行したので運命を変えようとしたら、全ておばあさまの掌の上でした

ひとみん

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緑鮮やかな木々が生い茂る森の中に延びる一本道を、ゆったりとした速度で走る皇家の紋を付けた馬車。
ぱっと見たところ寂れた森の中の一本道であるのに、不釣合いなほど綺麗に整備された道路。
そのおかげか、馬車はさほど揺れる事もなく車内では快適に過ごすことができる。
クロエはゆっくりと流れる代わり映えのしない景色をぼんやりと眺めていたが、疲れたようにそっと目を閉じた。

フェルノア帝国の皇帝陛下が住まう城より、馬車で一時間ほど離れた森の中に皇帝所有の離宮がある。
離宮とは言うが、こじんまりとした感じのどちらかと言えば別荘のようなお屋敷だ。
だが、手入れは行き届いている様で美しい佇まいの屋敷と、庭には色とりどりの花が風に揺られながら咲き乱れている。
元々この屋敷は、現皇帝の今は亡き曾祖母が好んで使っていたもので、主が亡くなってからは最低限の管理はするものの、訪れる者は誰一人としていない忘れられた離宮だった。
だがそこに、新たな主が迎えらる事になる。

彼女の名はクロエ・フルール。二十才。
この帝国の隣に位置するフルール国の王女である。
この度、彼女はフェルノア帝国へと輿入れをする事となった。勿論、皇帝直々に望まれてだ。
一国の王女として生まれたならば、いずれは政略結婚をしなくてはいけない事は理解していた。
それが強国であれば、いくら嫌悪する相手でも拒否など出来ない事も。
正に帝国との婚姻は、国単位では望ましくともクロエ個人にとっては望まないものだった。
だから最後の足掻きの様に、クロエは帝国にある要求を突きつけた。
自分は正妃ではなく側室へ。婚姻は一年後。それまでは別居を、と。
傍から見れは、小国の王女を正妃にと望んでやっているのに、何の不満があって生意気な事をと、憤慨するだろう。
帝国の前皇帝夫妻とフルール国の前国王夫妻の仲が良かった事は有名ではあったが、婚姻に関していえばフルール国にメリットはあれどフェルノア帝国にはさほどうま味があるわけではないのだ。

―――と、これはあくまでもクロエ主観の意見であり、他国はそうは思っていない事に彼女は気付いていない。
女神の様な美しさと、年若いにも関わらず国民の為にと様々な政策を国王に提案するなど、その才媛ぶりは帝国はおろか他の国々にまで名を馳せていた。
第一王女でありながらも微妙な立場のクロエだが、女王になるにしろ他国へ嫁ぐにしろ、誰もが喉から手が出るほど欲しがっているという事実を、本人だけが知らない。
国同士の繋がり云々などと言う建て前よりも、彼女自身の魅力に吸い寄せられ手に入れようと策をめぐらすのが彼等の本音なのだ。

そんな事など知る由もない彼女は、何故、可もなく不可もない国から妻を貰おうとするのか不思議でならなかった。
もっと政治的レベルで縁を結ばなければならない国はいくらでもあるのに、と。
しかも、その相手が生意気にも条件を付けてくる。
その条件も可愛らしいものではあるが、気分を害する貴族もいる事だろう。
正直な所、クロエは自国が糾弾されない程度の我侭を言ったと思っている。
冷静に考えれば帝国には良い事尽くめなのだから、糾弾される謂われもない。自分が側妃になれば、フルール国よりも条件の良い娘を正妃にできるのだから。
これで破棄されるならば、万々歳だ。
だが、帝国からの返事は「了承した」との一言。
自分が思っている以上に、その返事に落胆したが、離宮を確保した事は良しとしなければならない。
良い思い出など一つもない離宮。自分が・・・死んだ場所・・・・・でもあるのだから。

帝国に着くや否や、自分の夫となる予定の皇帝陛下に目通りし、即、離宮に向け出発した。
彼の顔を見た瞬間、あの時の・・・・恐怖が甦り身体が硬直したものの冷静に対処が出来た事に、まずはほっと胸を撫で下ろす。
離宮に向かう馬車の中でクロエは、自分に付いてきてくれた乳母のケイト一家・・・・ケイトと夫であるダリアン、そして自分と同い年の娘リンナを見つめ、一層気を引き締める様に手を握りしめた。
は十七才でこの帝国に嫁いできた。
初めて自分自身を求められ愛され有頂天になり、愛する皇帝に近づく女性に嫉妬したあげく、この離宮に追いやられてしまった。
そして、身近な人間に裏切られ皇帝自らクロエを断罪し、二十才で死んだ。
思い出すだけで、情けなくて腹が立って悲しくて・・・・虚しくなる。彼を愛したあの日々が、まるで無駄であったかの様な最後。
でも今は二十才で此処に居る・・・・
この先の未来は正に未知。心して行動しなくてはいけないけれど、では叶わなかった未来に生きているこの事実に、どこか希望にも似た光が胸の奥でチラチラと揺れている感覚に、心が浮き立つのだ。
だが、窓の外を見れば遠くにこれから住まう懐かしい屋敷が見え、小さな光は萎み、反対に苦い物が込み上げてくるのを堪えながらキュッと唇を噛み締めるのだった。
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