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イサークに全てを告白された晩、クロエは夢を見た。
それは、前の人生での夫、イサーク・ルイ・フェルノアの最後に見た姿。
フェルノア帝国皇太子の威厳も何もない精鍛だった面差しは見る影もなく、まるで病の様に頬がこけ、目もくぼみ隈が出来ている。顔色も青白く生きている事が不思議なほど・・・・まるで死んだような目。
その目に何かが映っているかなど怪しいほど、感情も何もかもが抜け落ちていた。
自分の胸に剣を埋め込みながら近づいてくる無表情な顔。
何度も夢に見た。とても悲しくて、憎くて、怖くて。
いつもそこで目が覚めていたのだが、今日は違っていた。
それは自分が事切れる瞬間まで、続く。これまで無意識に目を背けていた事実。
鼻が触れあうほど近づくその顔に、ほんの一瞬だけ光が戻りスッと一筋の涙が零れるのを見た。
薄れゆく意識の中で倒れ込むクロエを抱き止めるルイは、その耳元で消え入りそうな声で「愛してる」と呟いた。
二度と見たくないと思っていた。何故なら、それは彼の最後の自我が消えゆく瞬間だったから。
そして暗かった世界は一変、草原に変わる。
爽やかな風が草花を揺らす、心穏やかな世界。
目の前に見える一本の大樹に誘われる様に近づけば、二人の青年が幹に凭れ眠っていた。
それは、二人のイサーク。前の人生の彼と、今世の彼。
不思議に思うことなく二人の側にしゃがみ込み、両手で彼等の頬を撫でた。
すると、前のイサーク・・・・ルイが目を開け、その手に頬を摺り寄せてきた。
「ノア、会いたかったよ」
その一言に、クロエの目からは止めどなく涙が溢れる。
今では「平民のノア」として人から呼ばれているが、かつては夫にしか呼ばれた事の無い特別な名前だった。
「ルイ様・・・私もです・・・・」
「あぁ・・・泣かないで。俺は結局、君を守れなかった。ごめんね」
「いいえ・・・私が無知だったが為に、ルイ様を守れなかった・・・ごめんなさい!」
今ならわかる。何故、彼が自分を離宮に隔離したのか。
私を守る為に離れ、全てを片付けようとしていたのだ。だが、相手の方が一枚も二枚も上手で最終的には絡めとられてしまった。
そんな彼をずっと怖がり恨んでいた。いや、正確には今だ燻る愛情を隠すために、恨んでいたのだ。
だが、こうして言葉を交わし微笑まれれば全てが無駄な足掻き。
クロエは彼の胸に飛び込み、何度も彼の名前を呼ぶ。
「ノア、泣かないで。またこうして君と添い遂げる未来を掴めて、俺は幸せだ」
「え?ルイ様・・・・彼は、イサーク様は、違う・・・・」
「いいや、同じ俺だよ。今、君が生きる世界での俺は、此処に居る俺自身だ。時が巻き戻った記憶が無いだけで。今、此処に居る俺の方は残像の様なものかな」
そこまで考えた事が無かったクロエは、逆行した人間以外は全く違う人間と認識していた。
「この世には沢山の世界がある。ノアの世界。俺の世界。ルナティア様の世界。俺たちが出会うことのない人達の世界。それら全て合わさって今生きている世界になるんだ。だから君と関わる事が出来た今世の俺は、そこで眠る俺であり俺自身なんだよ」
何だか難しい事を言われているが、頭で考え理解するより本能が早々に納得してしまい、それに頷く。
「今の俺には記憶はないけれど、また君に恋をした」
「・・・ルイ様、お聞きしたかったのです。何故私を欲したのですか?私達はお会いした事はなかったと思うのですが」
「ふふふ、ノアが知らないだけで俺が一方的に知っているんだ」
それはやはりクロエが十五才の時の『花祭り』だったという。
ルイはフルール国の祭りに参加する貴族に無理を言って、身分を隠し同行していたのだ。
その時の夜会でのクロエに一目惚れしたのだという。
それはシチュエーションが違うだけで、今世と全く同じ。
そうか・・・と、今度は頭が理解する。
「どんなに足掻いても、私はルイ様とまた出会うという事なのですね?」
「そうだね。俺達はね、記憶にはなくとも魂が覚えているんだ。ノアの胸に痕が残る様に、俺たちは魂に痕が残るんだ。時にそれは切なく疼き声なき声で訴える。君を守れと。ノアが愛おしいとね」
その言葉はどれだけクロエを救ってくれるのか。心の中に常にあった不安が全て溶けてなくなってく様な清々しさに似た感覚に捕われていく。
そして思い出す。今世を生きる本来の目的を。
「私、死にたくなかった」
「うん、ごめん」
「違うのです。今世はあなたを幸せにしたかったのです。例え私との縁が無くなったとしても・・・貴方には生きて欲しかった・・・・」
大粒の涙を流すクロエに、ルイは優しくそっと目元を拭う。
「涙を流すノアは美しいね。それが自分の為なのだとわかれば尚更、愛おしい」
「っ!またそのような事を!・・・・前の時には、そんな事一言も言ってはくださらなかったのに・・・」
「そうだね。とても後悔しているよ。だから今の俺は、ちゃんと気持ちを言葉にしているだろ?」
反射的にいまだに眠るイサークに目を移す。
「髪の短い俺もなかなかいいだろ?どんどん俺に惚れて。今まで以上にね」
そう言うと、クロエに触れるだけの優しい口付けをする。
「そろそろ、戻らないと。俺は俺だから。戸惑う事もあると思うけど、今世の俺を受け入れてくれる?」
「・・・・はい」
「今世の俺はね、本来なりたかった俺なのかもしれない」
「・・・・?それは、どういう・・・」
「さっきも言っただろ?ノアに惜しみない愛を注ぐ事さ」
「っ・・・・はい・・・」
「真っ赤になって・・・相変わらず可愛い。目が覚めたら今日も君に会いに行くからね」
「はい・・・ルイ様」
頬に触れた指先の感触が薄れ、目の前にいたルイが今だ眠るイサークの中へと吸い込まれる様に消えていった。
放心したようにイサークの顔を見ていると、その瞼が揺れゆっくりを目を開いた。
「・・・・クロエ姫?」
何処かけだるそうに掠れた声で名を呼ばれ、どきりと心臓が跳ねる。
「ここは・・・何処ですか?」
身体を起こし周りを見渡す彼は、最後にクロエに視線を止めた。
「ここは、夢の中です」
「・・・夢?」
「そうです。もうそろそろ目覚める時間ですわ」
そう言って立ち上がるクロエにイサークは焦った様にその手を掴んだ。
「待ってください!姫!」
「・・・・どうか、クロエとお呼び下さい」
「え?いいの、ですか?」
戸惑う様に見上げる彼の表情が、ルイとはどこか違う事に何故か少しだけ安堵する。
それはイサークにルイを重ねる事はないのだと、同じ魂を持っていてもイサークはイサークなのだと、実感した瞬間だった。
「はい。私達は家族になるのですから」
何の憂いもなく微笑むクロエに、感極まった様に勢いよく立ち上がり彼女を抱きしめた。
「・・・クロエ、クロエ、クロエ!」
「はい・・・イサーク様」
「貴方が可愛くて愛おしくて、どうしたらいいのかわからない。愛している」
「・・・・ありがとうございます。その・・・とても恥ずかしいですわ・・・・」
「何時か、貴女からも愛してもらえるよう、俺は思いを伝え続けます。覚悟しておいてください」
「っ・・・・はい・・・あの、今日も、お待ちしておりますわ・・・」
その一言を言い終わると全ては現実へと戻り、クロエは瞼を持ち上げた。
まだ陽の昇らぬ時間帯。静まり返る屋敷内。
ゆっくりと身体を起こせば、ぽたりと腕に滴が落ちた。
指先で目元をなぞれば、今だ枯れることなく流れ続ける涙。
だけれど、まるで雲が晴れたかのように心はすっきりとしていた。
会えてよかった・・・例え夢であっても、自分の願望だったとしても、言葉をかわせて良かった・・・
ただ涙は止まってはくれず、心が求めるままにクロエは静かに泣き続けた。
それは、前の人生での夫、イサーク・ルイ・フェルノアの最後に見た姿。
フェルノア帝国皇太子の威厳も何もない精鍛だった面差しは見る影もなく、まるで病の様に頬がこけ、目もくぼみ隈が出来ている。顔色も青白く生きている事が不思議なほど・・・・まるで死んだような目。
その目に何かが映っているかなど怪しいほど、感情も何もかもが抜け落ちていた。
自分の胸に剣を埋め込みながら近づいてくる無表情な顔。
何度も夢に見た。とても悲しくて、憎くて、怖くて。
いつもそこで目が覚めていたのだが、今日は違っていた。
それは自分が事切れる瞬間まで、続く。これまで無意識に目を背けていた事実。
鼻が触れあうほど近づくその顔に、ほんの一瞬だけ光が戻りスッと一筋の涙が零れるのを見た。
薄れゆく意識の中で倒れ込むクロエを抱き止めるルイは、その耳元で消え入りそうな声で「愛してる」と呟いた。
二度と見たくないと思っていた。何故なら、それは彼の最後の自我が消えゆく瞬間だったから。
そして暗かった世界は一変、草原に変わる。
爽やかな風が草花を揺らす、心穏やかな世界。
目の前に見える一本の大樹に誘われる様に近づけば、二人の青年が幹に凭れ眠っていた。
それは、二人のイサーク。前の人生の彼と、今世の彼。
不思議に思うことなく二人の側にしゃがみ込み、両手で彼等の頬を撫でた。
すると、前のイサーク・・・・ルイが目を開け、その手に頬を摺り寄せてきた。
「ノア、会いたかったよ」
その一言に、クロエの目からは止めどなく涙が溢れる。
今では「平民のノア」として人から呼ばれているが、かつては夫にしか呼ばれた事の無い特別な名前だった。
「ルイ様・・・私もです・・・・」
「あぁ・・・泣かないで。俺は結局、君を守れなかった。ごめんね」
「いいえ・・・私が無知だったが為に、ルイ様を守れなかった・・・ごめんなさい!」
今ならわかる。何故、彼が自分を離宮に隔離したのか。
私を守る為に離れ、全てを片付けようとしていたのだ。だが、相手の方が一枚も二枚も上手で最終的には絡めとられてしまった。
そんな彼をずっと怖がり恨んでいた。いや、正確には今だ燻る愛情を隠すために、恨んでいたのだ。
だが、こうして言葉を交わし微笑まれれば全てが無駄な足掻き。
クロエは彼の胸に飛び込み、何度も彼の名前を呼ぶ。
「ノア、泣かないで。またこうして君と添い遂げる未来を掴めて、俺は幸せだ」
「え?ルイ様・・・・彼は、イサーク様は、違う・・・・」
「いいや、同じ俺だよ。今、君が生きる世界での俺は、此処に居る俺自身だ。時が巻き戻った記憶が無いだけで。今、此処に居る俺の方は残像の様なものかな」
そこまで考えた事が無かったクロエは、逆行した人間以外は全く違う人間と認識していた。
「この世には沢山の世界がある。ノアの世界。俺の世界。ルナティア様の世界。俺たちが出会うことのない人達の世界。それら全て合わさって今生きている世界になるんだ。だから君と関わる事が出来た今世の俺は、そこで眠る俺であり俺自身なんだよ」
何だか難しい事を言われているが、頭で考え理解するより本能が早々に納得してしまい、それに頷く。
「今の俺には記憶はないけれど、また君に恋をした」
「・・・ルイ様、お聞きしたかったのです。何故私を欲したのですか?私達はお会いした事はなかったと思うのですが」
「ふふふ、ノアが知らないだけで俺が一方的に知っているんだ」
それはやはりクロエが十五才の時の『花祭り』だったという。
ルイはフルール国の祭りに参加する貴族に無理を言って、身分を隠し同行していたのだ。
その時の夜会でのクロエに一目惚れしたのだという。
それはシチュエーションが違うだけで、今世と全く同じ。
そうか・・・と、今度は頭が理解する。
「どんなに足掻いても、私はルイ様とまた出会うという事なのですね?」
「そうだね。俺達はね、記憶にはなくとも魂が覚えているんだ。ノアの胸に痕が残る様に、俺たちは魂に痕が残るんだ。時にそれは切なく疼き声なき声で訴える。君を守れと。ノアが愛おしいとね」
その言葉はどれだけクロエを救ってくれるのか。心の中に常にあった不安が全て溶けてなくなってく様な清々しさに似た感覚に捕われていく。
そして思い出す。今世を生きる本来の目的を。
「私、死にたくなかった」
「うん、ごめん」
「違うのです。今世はあなたを幸せにしたかったのです。例え私との縁が無くなったとしても・・・貴方には生きて欲しかった・・・・」
大粒の涙を流すクロエに、ルイは優しくそっと目元を拭う。
「涙を流すノアは美しいね。それが自分の為なのだとわかれば尚更、愛おしい」
「っ!またそのような事を!・・・・前の時には、そんな事一言も言ってはくださらなかったのに・・・」
「そうだね。とても後悔しているよ。だから今の俺は、ちゃんと気持ちを言葉にしているだろ?」
反射的にいまだに眠るイサークに目を移す。
「髪の短い俺もなかなかいいだろ?どんどん俺に惚れて。今まで以上にね」
そう言うと、クロエに触れるだけの優しい口付けをする。
「そろそろ、戻らないと。俺は俺だから。戸惑う事もあると思うけど、今世の俺を受け入れてくれる?」
「・・・・はい」
「今世の俺はね、本来なりたかった俺なのかもしれない」
「・・・・?それは、どういう・・・」
「さっきも言っただろ?ノアに惜しみない愛を注ぐ事さ」
「っ・・・・はい・・・」
「真っ赤になって・・・相変わらず可愛い。目が覚めたら今日も君に会いに行くからね」
「はい・・・ルイ様」
頬に触れた指先の感触が薄れ、目の前にいたルイが今だ眠るイサークの中へと吸い込まれる様に消えていった。
放心したようにイサークの顔を見ていると、その瞼が揺れゆっくりを目を開いた。
「・・・・クロエ姫?」
何処かけだるそうに掠れた声で名を呼ばれ、どきりと心臓が跳ねる。
「ここは・・・何処ですか?」
身体を起こし周りを見渡す彼は、最後にクロエに視線を止めた。
「ここは、夢の中です」
「・・・夢?」
「そうです。もうそろそろ目覚める時間ですわ」
そう言って立ち上がるクロエにイサークは焦った様にその手を掴んだ。
「待ってください!姫!」
「・・・・どうか、クロエとお呼び下さい」
「え?いいの、ですか?」
戸惑う様に見上げる彼の表情が、ルイとはどこか違う事に何故か少しだけ安堵する。
それはイサークにルイを重ねる事はないのだと、同じ魂を持っていてもイサークはイサークなのだと、実感した瞬間だった。
「はい。私達は家族になるのですから」
何の憂いもなく微笑むクロエに、感極まった様に勢いよく立ち上がり彼女を抱きしめた。
「・・・クロエ、クロエ、クロエ!」
「はい・・・イサーク様」
「貴方が可愛くて愛おしくて、どうしたらいいのかわからない。愛している」
「・・・・ありがとうございます。その・・・とても恥ずかしいですわ・・・・」
「何時か、貴女からも愛してもらえるよう、俺は思いを伝え続けます。覚悟しておいてください」
「っ・・・・はい・・・あの、今日も、お待ちしておりますわ・・・」
その一言を言い終わると全ては現実へと戻り、クロエは瞼を持ち上げた。
まだ陽の昇らぬ時間帯。静まり返る屋敷内。
ゆっくりと身体を起こせば、ぽたりと腕に滴が落ちた。
指先で目元をなぞれば、今だ枯れることなく流れ続ける涙。
だけれど、まるで雲が晴れたかのように心はすっきりとしていた。
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