36 / 53
第二章
第6話 証明してみせて
しおりを挟む「き……今日は患者が多かったけれど、なんとか落ち着いたわね……」
ふらつく足取りのまま休憩室に入ってきたクラリスは、ソファに倒れ込むように腰を下ろした。
肩で息をし、額の汗をそっとぬぐう。
少し遅れて、ルスカが静かに入室する。
彼はクラリスの向かいの椅子に腰掛け、じっと彼女の様子を観察した。
「大丈夫か?クラ。……力を使いすぎているだろう。少し休め」
「ありがとう、ルスカ。……当直明けみたいな気分……でも大丈夫。どうしても、話したいこともあるから」
クラリスはソファの端に座るアニへと向き直る。
朝の無邪気さは消え、瞳は真剣そのものだった。
「待っててくれたんだね、ありがとう。それで……魔法陣の話なんだけど」
クラリスは一瞬、言葉を探すように視線をさ迷わせた。
やがて、きゅっと拳を握りしめる。
「なんとか、力を貸してもらえないかな……今は、アニに喜んでもらえるようなお礼も、正直思いつかない。でも、必ず私にできることでお礼する」
その声は、弱さではなく覚悟に裏打ちされたものだった。
クラリスは深く息を吐き、アニの瞳をまっすぐに見つめる。
「……必要なんだ。たくさんの人の命が、きっと救える」
その言葉が落ちた後、ルスカも姿勢を正した。
「アニ。俺からも頼む。こいつは……まあまあ信用に足るやつだ」
「ルスカ……"まあまあ"が地味に傷つくけど……」
クラリスが苦笑した、ちょうどその時。
「はあ……」
アニが、小さくため息をついた。
三人のあいだの空気が、一瞬だけぴんと張りつめた。
「……魔石で、なにしたいの?」
アニはぷいと横を向いたまま、ぼそりとつぶやいた。
クラリスとルスカは、顔を見合わせる。
ぱあっと表情が明るくなるクラリスに、ルスカはひそかに頷き、顎でアニを促した。
「魔石で、抗菌薬っていう――細菌をやっつけるものを作りたいの!」
「こうき……なにそれ?」
アニは眉をひそめる。
クラリスは身を乗り出し、丁寧に説明した。
細菌の存在。
それによって起きる病。
自分の力で“細菌を消去できる”こと。
でも、能力の回数には限りがあること。
魔石と魔法陣を使って、それを量産したいこと。
「それで、大勢の民が救われる、ねぇ……」
アニは肘をつき、うつむきながら考え込む。
沈黙が落ちる。
(なにこの沈黙……学会の抄録出した時の上級医か?)
ごくり、とクラリスは喉を鳴らした。
アニへ視線を向け、助けを求めるようにルスカを見るが、ルスカは肩を小さくすくめるだけ。
耐えきれず、クラリスは声を落とした。
「あの……アニ?」
ゆっくりと、アニが顔を上げる。
そして――
「全然駄目だね」
淡々と、しかし容赦なく言い放った。
「へ……?」
ぽかんと口を開けるクラリスを前に、アニは続ける。
「まずさ、“魔法陣”だけど。きみの能力で細菌とやらを消すには、場所と対象を指定しなきゃいけないんだよね?」
アニはさらりと指摘する。
「魔法陣は、あくまで能力を“具現化する”だけ。
いまのまま魔法陣化しても、魔石に触れている物体がそのまま消えるだけだと思うよ」
「えっ」
さらにアニは椅子に深く腰を下ろし、指で机をぽんぽん叩きながら続けた。
「それに、きみの能力って人体すら消せるんでしょ?魔石に触れた人間が消える。悪用されたらどうすんの。危険すぎる」
「ご……ご指摘のとおり……」
冷たいものが、クラリスの背をすうっと落ちていく。
アニは視線を上げ、まっすぐにクラリスを射抜いた。
「次に魔石。量産するって簡単に言うけど……値段、知ってる?
きみがシュヴァン王子殿下に貰ったっていう、それの値段」
クラリスはポケットの上から魔石に触れた。
「き、金貨百枚……でしょうか?」
「百二十枚。……庶民の家、何軒か建つよ?」
「そ、そんなに……」
アニの迫力に、クラリスは自然と背筋が縮まり、言葉遣いまで丁寧になっていく。
「でさ。魔石が高い以上、出資者が必要になるよね?庶民の病気を治すために量産?思想は立派だけど……医療は儲からない」
アニは肩を竦め、淡々と告げる。
「貴族が金を出すメリットって何?寄付金でも募るつもり?」
その一言は、刃のようだった。
「……ぐうの音も出ません」
クラリスの肩が落ちる。
アニは机に肘をつき、クラリスを見る角度すら面倒くさそうだった。
「きみの案は甘い。金、時間、技術、全部足りてない。理想を語るだけなら、誰でもできるでしょ?ぼくら魔法陣の一族はね、理想を語る大人に散々利用されてきたんだよ」
クラリスは顔を強張らせる。
胸を、刺されるような気分だった。
アニは続ける。
「“人を救いたい”なんて、何百回も聞いた。そのくせ、できた魔石をみて?貴族たちしか使ってない」
アニの瞳に、静かな諦めが落ちる。
「……きみが“同じ種類”じゃないって証拠、どこにあるの?」
「アニ。こいつはそういう奴らとは……」
たまらず口を挟んだルスカを、クラリスはそっと制した。
「ううん、ルスカ。アニの言う通りだよ」
アニがわずかに目を細める。
「わたしだって最初は……自分が楽になって、しかもお金が手に入ったらラッキー、くらいに考えてた。
でも、それでも――抗菌薬ができれば、多くの人が救われる。それだけは、本気で信じてる」
クラリスはゆっくり視線を上げ、アニを真っ直ぐに見る。
「今のわたしには、納得してもらえる材料なんてない。だけど……“できるかどうか”じゃなくて、やるしかないの。
だっていつかこの国は感染症が流行る。たくさんの人が死ぬ。
だから……アニが認めてくれる方法、必ず見つける。
――待っててくれる?」
しばらく二人は見つめ合った。
やがてアニはぷい、と横を向く。
「……そんなの、待てないよ」
「アニ、俺からも頼む」
王子であるルスカが深く頭を下げる。
アニはちらと視線を向け、しぶしぶと口を開いた。
「……"あの"ルスカ王子殿下にそんなことされたらね。……ひとつだけ、条件がある」
クラリスはぱっと顔を上げる。
「東の我が家の領地の山に“魔物”が出てさ。民から討伐依頼が来てるんだ。でも討伐って金もかかるし、誰も行きたがらない。
――それを倒せたら、きみを認めてあげる」
「……え?
と、と、討伐……?」
クラリスの間抜けな声が、部屋に鮮やかに響き渡った。
101
あなたにおすすめの小説
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話
みっしー
恋愛
病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。
*番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!
分厚いメガネを外した令嬢は美人?
しゃーりん
恋愛
極度の近視で分厚いメガネをかけている子爵令嬢のミーシャは家族から嫌われている。
学園にも行かせてもらえず、居場所がないミーシャは教会と孤児院に通うようになる。
そこで知り合ったおじいさんと仲良くなって、話をするのが楽しみになっていた。
しかし、おじいさんが急に来なくなって心配していたところにミーシャの縁談話がきた。
会えないまま嫁いだ先にいたのは病に倒れたおじいさんで…介護要員としての縁談だった?
この結婚をきっかけに、将来やりたいことを考え始める。
一人で寂しかったミーシャに、いつの間にか大切な人ができていくお話です。
役立たずと捨てられた薬草聖女、隣国の冷酷王太子に拾われて離してもらえません!〜元婚約者が「戻ってこい」と泣きついてきても、もう遅いです〜
きみつね
恋愛
「リリアーナ・ベルモンド。地味で陰気な貴様との婚約を破棄する!」
薬草研究以外に取り柄がないと罵られ、妹に婚約者を奪われた公爵令嬢リリアーナ。 彼女は冬の雪山に捨てられ、凍死寸前のところを隣国の氷の王太子アレクシスに拾われる。
「見つけたぞ。俺の聖女」
彼に連れ帰られたリリアーナが、その手でポーションを作ると――なんとそれは、枯れた聖樹を一瞬で蘇らせる伝説級の代物だった!?
「君の才能は素晴らしい。……どうか、俺の国で存分に力を発揮してほしい」
冷酷無比と恐れられていたはずのアレクシスは、実はリリアーナに対して過保護で甘々な溺愛モード全開!
エルフの執事、魔導師団長、獣人将軍……次々と彼女の才能に惚れ込む変わり者たちに囲まれ、地味だったはずのリリアーナは、いつの間にか隣国で一番の至宝として崇められていく。
一方、リリアーナを追放した祖国では、奇病が蔓延し、ポーション不足で国家存亡の危機に陥っていた。
元婚約者たちは必死にリリアーナを探すが――。
これは役立たずと蔑まれた薬草オタクの聖女が、最高の理解者(と変人たち)に囲まれて幸せになるストーリー。
書き溜めがなくなるまで高頻度更新!♡
追放令嬢、辺境王国で無双して王宮を揺るがす
yukataka
ファンタジー
王国随一の名門ハーランド公爵家の令嬢エリシアは、第一王子の婚約者でありながら、王宮の陰謀により突然追放される。濡れ衣を着せられ、全てを奪われた彼女は極寒の辺境国家ノルディアへと流される。しかしエリシアには秘密があった――前世の記憶と現代日本の経営知識を持つ転生者だったのだ。荒廃した辺境で、彼女は持ち前の戦略眼と人心掌握術で奇跡の復興を成し遂げる。やがて彼女の手腕は王国全土を震撼させ、自らを追放した者たちに復讐の刃を向ける。だが辺境王ルシアンとの運命的な出会いが、彼女の心に新たな感情を芽生えさせていく。これは、理不尽に奪われた女性が、知略と情熱で世界を変える物語――。
救世の結界師マールちゃん~無能だと廃棄されましたが、敵国で傭兵のおっさん達に餌付けされてるので、今さら必要と言われても戻りません~
ぽんぽこ@3/28新作発売!!
ファンタジー
「ウチの子、可愛いうえに最強すぎるんだが――!?」
魔の森の隣、辺境伯家。 そこで八歳のメイド・マールは、食事も与えられず“要らない人間”として扱われていた。
――そしてある日ついに、毒と魔獣の禁忌領域《魔の森》へ捨てられてしまう。
「ここ……どこ?」
現れた魔獣に襲われかけたその瞬間。
救いに現れたのは――敵国の”イケオジ”傭兵隊だった。
「ほら、食え」
「……いいの?」
焚き火のそばで差し出された“温かいお粥”は、マールに初めての「安心」と「ごはん」を教えてくれた。
行き場を失った幼女は、強面のおじさん傭兵たちに餌付けされ、守られ、少しずつ笑えるようになる―― そんなシナリオだったはずなのに。
旅の途中、マールは無意識に結界を張り、猛毒の果実を「安全な食べ物」に変えてしまう。
「これもおいしいよ、おじさん!食べて食べて!」
「ウチの子は天才か!?」
ただ食べたいだけ。 だけどその力は、国境も常識もくつがえす。
これは、捨てられた欠食幼女が、敵国でお腹いっぱい幸せになりながら、秘められた力で世界を巻き込んでいく物語。
※若干の百合風味を含みます。
転生皇女セラフィナ
秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。
目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。
赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。
皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。
前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。
しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。
一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。
「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」
そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。
言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。
それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。
転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。
※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。
前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)
miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます)
ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。
ここは、どうやら転生後の人生。
私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。
有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。
でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。
“前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。
そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。
ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。
高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。
大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。
という、少々…長いお話です。
鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…?
※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。
※ストーリーの進度は遅めかと思われます。
※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。
公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。
※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。
※初公開から2年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、146話辺りまで手直し作業中)
※章の区切りを変更致しました。(9/22更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる