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第二章
第10話 夜へ踏み出す
しおりを挟む「はいこれ。砂みたいだけどいい?」
「ありがとう!」
薄暗い倉庫で、クラリスは袋に入った砂状の魔石を受け取ると、外へ出た。
(魔石って、砂みたいになることもあるのね……これは使えないのかな?)
袋を覗くと、爪ほどの大きさの塊の魔石も混じっていた。
クラリスがひとつを指でつまみ、太陽にかざすと、きらりと光る。
「なにに使うんだ?」
「ちょっと試したいことがあって。その、噂のとーー」
言いかけた、その瞬間。
ふっと影が落ちた。
ルスカの肩がぴくりと跳ねる。
「……っ!伏せろ!!」
裂けるような声と共に、
クラリスの腰を強い腕がさらった。
地面が大きく揺れたように感じるほど勢いよく抱き寄せられ、次の瞬間には温かい影が覆いかぶさってくる。
ザン!!
剣が抜かれる音と共に鳥が斬り裂かれ、羽が散る。
クラリスは息を呑んで目を開ける。
(速い……!)
ルスカの肩越しに、まだこちらに向かってくる影が見えた。
「消去……っ、だめ、追えない!」
魔法を発動しようとするが、鳥の動きが速すぎて狙いが定まらない。
「大丈夫か!!倉庫にはいれ!」
おじさんの怒鳴り声に、ルスカが顔を上げる。
次の瞬間ーー
クラリスの腕の下と足の後ろに、大きな手が潜り込んだ。
「わっ……!」
ひょい、と軽々と持ち上げられる。
まだ呆然と鳥を見つめていたクラリスを抱えたまま、ルスカは倉庫の中へひと息に飛び込んだ。
扉がバタンと閉まる。
「……はぁ……はぁ……」
暗い倉庫に駆け込むと、ルスカはゆっくりとクラリスを降ろした。
「……っ、中まで追っては、こないようだな」
低く震える声。
「ご、ごめ……わたし、気づかなくて」
「いや、俺も気付かなかった。どこにいたんだ……?」
まだ彼の腕はクラリスの肩を包んでいた。
その力は想像以上に強く、手のひらが微かに震えていた。
「あの鳥ども、いつも猛スピードでどっからか出てきやがる。隠れてみてやがんだ」
おじさんは悔しそうにそう言った。
クラリスは肩を抱くルスカの手をしばらく見つめ——
そして、ふっと顔を上げた。
「……こんな時に言うのもなんだけど。お姫様抱っこは人生初だったから、テンションあがっちゃった」
「……こんな時に、何を言ってるんだお前は……」
ルスカは深くため息をつき、ようやくクラリスから手を離した。
「俺の剣、取られていないだろうな」
「剣?」
「お前を抱き上げる時に放ったんだ」
ルスカは倉庫の扉をわずかに開ける。
もう鳥の姿はなく、ただ剣だけが残されていた。
周囲を警戒しつつ拾い上げ、鞘に戻す。
「倉庫に追いかけては来ないんだね。となると、魔石の力みたいなものを感知してるんじゃなくて、目で見て追ってるのかな……」
「そうだろうな。でなければ、この倉庫が襲われない理由が説明がつかない」
クラリスは頷きかけ――ふと周囲を見回した。
「……あれ?でもさ。ルスカ、鳥の死体は?絶対、斬ってたよね?」
倉庫の前も、地面も、羽一枚すら落ちていなかった。
ルスカも眉を寄せる。
「ああ。確かに斬った。だが……手応えが薄かったな。切ったというより、“抜けた”ような……」
「抜けた……?」
クラリスがぞくりと背筋を震わせ、口を開きかけた。
その時——
「あっ!いたいた!クラ!ルスカ!」
明るい声が倉庫の外から響く。
二人が振り向くと、ヴィルとアニが駆け寄ってくるところだった。
「近くまで来たから鐘の前に来ちゃった。そっちはどう?聞けた?」
「うん、大体は!そっちも?」
クラリスの問いに、二人は顔を見合わせ頷いた。
「じゃあ、お昼食べながら成果話しましょ!お腹すいちゃった」
「お前、あんなことがあって……いい神経してるな」
呆れたようにぼやくルスカに、クラリスは胸を張ってにこりと笑った。
「たくましいって言って?さ、行くわよ!」
くるりと背を向け、指差したその手は、震えていた。
ルスカはただじっと、その指先を見つめていた。
それから、村の灯りが落ちたころ。
宿の前で、クラリスはリュックの紐をきゅっと締め直していた。
闇に目を凝らして鳥の気配がないことを確かめ、ルスカも彼女の隣に立つ。
「アニ、本当に来るのかな……?」
「さあな。だが——俺が行くのに、来ないとは言わないだろう」
淡々とした返事だが、どこか確信めいた響き。
昼。
“ランチ会議”という名の作戦会議は荒れた。
ヴィルとアニが持ち帰った情報。
『湖には、“火を吹く巨大な生き物”がいるらしい』
それを聞いたクラリスは震え上がったが——同時に、ある確信も強くしていた。
加えて自分が得た「鳥は視覚で襲ってくる」という観察結果。
それと村の被害状況を合わせたとき、夜に動くしかない という結論は、誰の目にも明らかになった。
だからこそ、彼らは闇に紛れて出発することにした。
そして今は、集合時間に遅れているアニの様子を、ヴィルが見に行っているところだった。
「アニ、ここに留守番しててもいいのにね。なんでわざわざ現場に行くんだろ。具合悪そうじゃない?」
クラリスがルスカを見上げると、ルスカは肩をすくめた。
「奴には奴の考えがある。あんな様子でも行くという者を、わざわざ止める必要もないだろう」
「まぁ……そうだけど」
ひゅう、と風が通り抜ける。
宿屋の松明が揺れ、その影が二人の足元で揺れた。
「……クラ。無理だと思ったら、やめてもいいんだぞ」
唐突な言葉に、クラリスは瞬く。
ルスカは夜風に揺れる髪も払わず、淡々と続けた。
「元はと言えば兄上がお前に仕向けたことだ。……お前は知らないかもしれないが、兄上は——」
そこで、ぐっと言葉を飲み込む。
「……?」
クラリスが小首を傾げると、ルスカは小さく首を振った。
「お前の仕事は、魔物退治なんかじゃない……怖いんだろ」
その一言に、クラリスの肩がびくりと揺れた。
けれどすぐに、いつもの明るい笑顔で取り繕う。
「やだなぁ、なんのこと?……わたし、ドッキリ系苦手でさ。ほら、さっきは鳥突然来たでしょ?だから、びっくりしただけ」
必死に軽口を叩くその様子に、ルスカはふっと笑みを漏らした。
「無理するな。……お前は、弱さをみせるのが下手だからな」
胸の奥に、その言葉が静かに落ちる。
(……そうだよ。怖いよ。
5年前のあの痛み、いまだに忘れられない)
クラリスはそっと目を伏せ、かつて刺されたお腹を撫でる。
ルスカは一歩近づき、低く静かに告げる。
「俺は、“引きずってでもお前を連れて帰る”役割なんだ。どんな状況でも——絶対に死なせない」
クラリスははっと息を呑む。
そして、ゆっくり顔を上げ、今度は誤魔化さずに微笑んだ。
「……頼りにしてる」
その素直な声に、ルスカの口元がわずかに緩み、すぐに顔をそむける。
「……全く。アニはまだか」
彼はそう言って宿の扉を押し開けた。
クラリスは小さく頬を叩き、自分に気合を入れる。
(怖い。でも……行く。戻って来れる。きっと大丈夫。仲間がいる)
夜空を見上げたクラリスの髪を、夜風が優しく揺らした。
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