絶対にお嫁さんにするから覚悟してろよ!!!

toki

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絶対にお嫁さんにするから覚悟してろよ!!!

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「……ちょっと熱いな」

尚紀は手のひらを俺の額に当ててからそう言った。
身体が重いし、頭の中がぐわんぐわんと揺れている。気分が悪くて、嫌な感覚。どうやら俺はまたやらかしてしまったようだ。

俺の名前は有馬ありま 遼太郎りょうたろう。ごくごく普通の大学生。
そして俺の額に手を当てているのは、小さい頃からの幼馴染で今は同居人でもある桜田さくらだ 尚紀なおき。小学校の頃に知り合ってから、中高とずっと進路が一緒で、今は同じ大学に通いながらルームシェアをしている。腐れ縁というか、親友というか、もはや家族とか兄弟みたいな関係だ。

「薬あったっけか。あ、市販のじゃマズイかもな……。病院行った方がいいか」

尚紀は半分一人言のように言いながら俺の額に冷却シートを貼ってくれる。優しい。
先程ごくごく普通の、と言ったが、実は俺には少しだけ普通とは違うところがある。
それは——身体が弱い、ということ。

といっても何か大きな病気があるとか、そういうわけではない。
ただただ貧弱で、病弱。ちょっとしたことですぐ体調を崩してしまうし、少し運動しただけでも動悸や息切れで動けなくなるし、なんなら喘息もちだ。家族が言うには赤ちゃんの頃から頻繁に熱を出したりして専ら小児科常連だったそうだから、きっと体質だったのだと思う。
とはいえ、そんな貧弱体質も身体が成長するに従って徐々に回復傾向にあり、大学生となった今では時たま体調を崩してしまう程度に落ち着いている。それでも尚紀は小さい頃の感覚が抜けないのか、今でも昔と変わらず俺の体調を気遣ってくれるのだった。

「冷えピタあった。ひとまずこれで……」

手のひらが離れて、今度はひんやり。尚紀の手の感触が少し名残惜しい。
俺と尚紀は幼馴染だから、当然尚紀は俺の身体のことは知っている。
俺は今でこそ必要以上に心配することはなくなったが、小さい頃はとても身体が弱かったから、当時は周りの子と同じようにサッカーや野球でグラウンドを駆け回ったりだとかそういうことはできなかった。そのため、同年代の友達の輪の中にもうまく入れないでいた。所謂ぼっちってやつだ。体育の授業も運動会もほとんど見学で、そんな俺のことを異質な目で見る子も少なからずいた。
そんな中で、尚紀だけは他の子と同じように俺に接してくれた。
あの時のことは、今でも覚えている。休み時間にグラウンドに出ず教室でひとり本を読んでいた俺が気になったのかもしれない、サッカーの人数が足りないから一緒にやらないかと誘ってくれたのが最初だった。俺が身体のことを伝えて激しい運動ができないことを伝えると、彼は嫌な顔ひとつせず「じゃあキーパーはどう?」と、比較的動かずに済むゴールキーパーのポジションを俺に与えてくれた。
そのことをきっかけに尚紀は俺によく話しかけてくれるようになって、高校に入る頃にはまるで親友のような関係になっていた。そしてお互い同じ大学に進学が決まったところで、せっかくだからルームシェアをしないかという話が出て、今に至るのだった。
まぁそんな感じで、今ではほとんど四六時中一緒にいるものだから、尚紀は俺の面倒をそれはそれはよく見てくれる。尚紀は料理も掃除も上手ですごく家庭的だし、俺がこうして熱を出した時は看病してくれるし、薬を飲み忘れていたら教えてくれる。俺はどこか抜けているところがあるというか、ちょっとぼーっとしている上に自分のことにあまり頓着がないタイプなので、しっかり者で世話焼き上手な尚紀の存在にはすごく助けられているのだった。

「微熱だし、大丈夫だよ」

ベッドから上半身だけ起こして水を飲むと、カラカラだった喉が潤った。それから心配そうな尚紀に笑顔を見せる。

「俺は平気。今日デートなんだろ? もう行かないと遅れちゃうよ」
「それはそうだけど、お前……」
「大丈夫だって!」

半月ほど前に、尚紀に彼女ができた。
尚紀にとって初めての彼女らしい。俺も会ったことがあるけど、小さくてなんだかふわふわしていて、まるで小動物みたいなかわいい子。尚紀に密かに片想いをしていて、想いがつのって告白したと言っていた。
今日はそんな彼女とデートするんだそうだ。
それなのに、俺が急に体調を崩してしまったせいで、尚紀を困らせている。

高校を卒業して、二人でルームシェアのような形で同居を始めて一年くらい。人生初の一人暮らしで不安を抱いていた俺を安心させてくれたのがルームシェアの誘いだった。その相手が昔からの幼馴染である尚紀であることも大きかっただろう。仮に俺に何かあったとしても尚紀がいれば安心だ、周囲の皆がそう思うほどに、昔から尚紀は常に俺の体調を気遣って心配してくれていたから。それこそ、自分のことは二の次になってしまうほどに。
だからこそ、今まで彼女の一人もいなかったのだろうなと思う。
尚紀は自分のことをよく『平凡』だと言う。確かに派手な感じの見た目ではないし、身長も平均より低いけれど、俺はそんなところもすごく魅力的だと思う。何より、どんな時でも俺に寄り添って腕を引いてくれる尚紀は、俺にとっては世界で一番かっこいいヒーローのような存在だった。
そんな尚紀だから、きっと大学でも密かに彼に想いを寄せる人がいたりするはずだ。しっかり者で優しくて、頭もよくて面倒見もいい、そんな彼のことを「ちょっといいよね」って女子が噂しているのを見かけたこともある。実際、彼女さんもそんな中の一人だったわけで。
そういえば高校くらいの時に、彼女作らないの?と直接聞いてみたことがあった。その時は部活や受験勉強で忙しくてそんな暇ない、みたいなことを言っていた気がする。それから「お前こそ見てくれはいいんだから、俺とばかりつるんでないで彼女作ったらいいのに」って言い返されたっけな……。
そんな尚紀も大学生になって少し余裕ができたのか、ここにきてついに彼女をゲットするに至ったというわけだ。それを聞いたとき、もちろん俺は祝福した。一番の親友に彼女ができたんだ、そりゃあ真っ先におめでとうを言うだろう。一方俺はというと、相変わらず恋愛よりも尚紀と一緒にいる時間のほうが楽しく感じていて、いまだに彼女はいないのだけど。

——とまあ、少し長くなってしまったけれど。こんなに魅力的な彼が大学生になるまで彼女がいなかったのは、きっとそれだけ俺のことを優先していたせいもあるんだろうな、と思っている。
俺が体調を崩すたびに、尚紀は部活もバイトも休んで付き添ってくれた。保健室に連れて行ってくれたり、家まで送ってくれたり、両親が不在のときはそのまま看病してくれたり。幼馴染だからという、ただそれだけの理由で彼は俺にここまでしてくれていたのだ。
迷惑かけているな、って自覚は昔からずっとあるのだが、どうにもならなかった。だけど、だけど今日だけは、絶対に邪魔をしてはいけない。それなのにどうして今日に限って。

「少し熱があるだけだし、一人で寝てればすぐ治るから。尚紀はデートいってきなよ」
「………」
「彼女さん、待たせちゃダメだよ。大切なんだろ?」
「……何かあったらすぐ連絡しろよ。いいな?」
「うん」

恋人より同居人を優先してしまったら、彼女さんが機嫌を悪くしてしまうかもしれない。俺が説得すると、尚紀は後ろ髪を引かれながらも家を出て行った。
幼馴染として、尚紀のことを応援したかった。せっかく可愛い彼女ができて、これから二人で楽しい思い出を沢山作ろうとしているところなのに、俺がそれを邪魔したくはない。そりゃあほんの少しだけ寂しい気持ちはあるけれど、俺だってもう大学生だ。昔ほど病弱なわけではないし、いい加減に自分の体調くらい自分で何とかできるようにならないと。いくら尚紀が優しくしてくれるからといって、いつまでも彼に甘えていてはいけないだろう。
尚紀だっていつかは俺から離れていく。もしかしたらこのまま今の彼女と結婚して、夫婦になって幸せな家庭を築くことになるかもしれない。俺はただの幼馴染だから、もしその時が来たらそれを祝福しなければいけない。
俺たちは嫌でも大人になる。ずっと一緒がいい、ずっと昔のままがいいなんて、どうしたって無理なんだ。だから、その変化を受け入れなければいけない。
わかってはいるけど、それでもやっぱり……ちょっとだけ、寂しい。



✦✦✦



ふと目を開けると、窓の外は赤くなっていた。寝ているうちに夕方になっていたみたいだ。
身体が怠い。朝よりは幾分かましになった気がするけど、まだ熱は下がっていないようだった。こんなのちょっとした風邪でしかないんだから、数時間くらいでさっさと下がってくれればいいのに。
尚紀はまだ帰ってきていないらしい。家の中に気配がしない。何かを期待して枕元に置いていたスマホを見てみるが、特に連絡もない。

「早く帰ってこないかな……」

ぽつりと呟いた自分の声が妙に部屋に響いた。一人だと家の中がすごく静かだなぁと思いながら、いつもは常に隣に尚紀がいるから一人で過ごすことが少ないんだとすぐに思い当たった。
今もまだデートをしているんだろうか。俺はデートとしか聞いていないけど、どんなことをしているんだろう。どこに行っているんだろう。今日は帰ってくるのかな。俺は恋人もいたことがないし、デートもしたことがないから、デートとは何をするものなのか具体的にはよくわからない。
自分以外誰もいない家はとても静かでつい人恋しくなってしまうけれど、この方がいいのだとちゃんとわかっていた。ずっと俺の面倒を見ているより、彼女さんと一緒にいるほうがいい。尚紀は俺の保護者みたいだとよく言われるけれど、本当の保護者なわけじゃない。そのうち俺よりも大事な人ができて、俺の隣からいなくなってしまうんだろうなって、心のどこかではいつも思っていた。今がその時なのかもしれない。

寂しい。
でも、仕方ない。

尚紀にとって、俺はただの同居人だ。親友かもしれない。幼馴染かもしれない。だけど同居人より、親友より、幼馴染より、彼女のほうが大切に決まっているだろう。きっとこれからもっと大切な存在になっていって、そのうち俺のことなんか気にならなくなって、それで……。

「……っ」

居た堪れなくなって身を起こすと、喉の渇きと頭痛、そして猛烈な吐き気に襲われた。駄目だ、今日は尚紀がいない。こんなところで吐くわけにはいかない。助けを求めるわけにもいかない。
なんとか床に足をつけて立ち上がった。ずっと寝ていたせいもあって、視界がくらくらと歪む。胃の中のものがぞわぞわとせりあがってくる。久々だが、この感覚にも確かに覚えがあった。ああ無理だ、と経験から身に付いた直感が告げる。

「ゔえっ……」 

気が付けば床に膝を付いて、そこに吐いてしまっていた。
途端に部屋に広がる吐瀉物の嫌な匂い。朝から何も食べていなかったせいで胃液が混ざるそれが、着ている服やフローリングの床に広がっていく。不快感に耐えきれなくて、咄嗟に掴んだベッドシーツまで汚してしまう。きもちわるい。視界がぼやけて、目に生理的な涙が浮かんでくる。咄嗟に「助けて」と思ったけれど、いつも助けてくれる尚紀は今はいない。

「う……」

助けて。助けてほしい。
尚紀。
今度は生理的にではない涙が目から落ちる。
弱い自分がずっと嫌だった。尚紀は俺がいなくても大丈夫なのに、俺は尚紀がいないと何もできない。寂しくて、心細くて、生きていけない。大人になったって、身体が良くなったって、それは変わらなかった。
昔からずっとそうだ。俺はずっとずっと尚紀に迷惑をかけている。
いつも遊びに誘ってくれて嬉しかった。だけど俺がいると激しい運動はできなくなるから、毎回のように俺を連れてくる尚紀はだんだん他の男子から少し煙たがられるようになっていた。中学に上がる頃にはそんなこともあまりなくなってはいたけど、それでも尚紀は自然と身体の弱い俺に付きっきりになって、そのせいで他の友達と遊ぶ時間もとれなくて、彼女も作れなくて。
俺が体調を崩したら尚紀が看病して、そうでない時も尚紀は俺の身体を気遣う。俺が薬を飲むのを忘れないか常に気にしているし、体調が悪い時は俺本人よりも先に気付いて休ませてくれる。
わかっていた。俺が尚紀の人生を台無しにしているって、本当はちゃんと気付いていた。だけど尚紀がそばにいてくれるのが嬉しくて、何も知らない振りをしていた。彼に甘え続けていた。

尚紀は優しいから。俺にも優しいから、きっと彼女さんにも優しいんだろう。
いいな、と思った。尚紀にこれからずっと一番に優しくしてもらえる彼女さんが。今までは俺が一番だったけど、もう俺よりも彼女さんの方が大切になって、彼女さんのことを一番に考えて、彼女さんを一番気にするんだろう。
……いいな。羨ましい。本当は、尚紀の一番はずっと俺がいいのに。
そう思うと、胸のところがぎゅうっと締め付けられるように痛んだ。

「遼太郎!? どうした!?」

ふいに部屋の扉のほうから声が聞こえる。はっとして顔を上げると、そこには尚紀がいた。
尚紀だ。帰ってきてくれた。嬉しいけど、結局また自力でなんとかできなかったなと思うと情けなくなる。

「吐いたのか? ……まだ気持ち悪い?」

吐瀉物で汚れているのに、そんなことも気にせず彼は俺に駆けよって声をかけてくれる。
尚紀の問いかけに俺がふるふると首を横に振ると、尚紀は俺を支えながら立たせてくれて、洗面所まで連れて行ってくれた。

「大丈夫そうか? とりあえず口すすいで、着替えろ。シーツ替えておくから、着替え終わったらまた休めよ」

尚紀に言われるがまま、口をすすいで汚れた服を着替える。まだ少し胃がムカムカするけど、このまま横になれば平気そうだ。
でも、なんでだろう。さっきまであんなに苦しかったのに、尚紀が来たらすぐに楽になった。尚紀の声が聞こえただけで安心できた。
……不思議だな。



✦✦✦



「大丈夫か?」
「うん……」

尚紀がシーツを交換してくれたおかげで綺麗になったベッドに再び入る。少しずつ落ち着いてきた俺の髪を撫でながら、尚紀はベッドの傍で申し訳なさそうな顔をした。

「ごめんな、一人にして」

違う、違うよ。尚紀は悪くない。
本当は尚紀は俺のことを気にする必要なんてないし、面倒を見る義務だってない。他の友達と遊んだりとか、彼女とデートをしたりとか……もっと自由にしていいはずなんだ。
今まで尚紀がそばにいてくれるのが当たり前だったけど。
俺のせいで、尚紀は窮屈な思いをしている。
それに思い当たったところで、俺は尚紀から離れるなんてことはできない。依存するのはよくないとわかっているにも関わらず、だ。

「……遼太郎」
「ん?」
「食べられそうなら、夕飯作るけど」
「あー、うん……。食べられる」
「吐いたばっかだから、消化のいいもんにするな。あんま調子乗って食うなよ。また吐くから……」
「尚紀」

尚紀の話を遮って、俺の頭に乗せられっぱなしだったその手をぎゅっと握った。尚紀はちょっとびっくりしたような顔をしたけど、俺がこういうことをするのはわりといつものことだったので、すぐに微笑んで「心細いか?」と少しからかうような口調で返す。
ああ……それ、好きだ。俺に向けてくれる優しい声音と、笑顔。

「う、わっ……」

俺はそのまま尚紀の手を引っ張って、その身体をベッドへと傾かせた。そのままぎゅっと抱き締めると、俺よりも小柄な尚紀の身体は俺に完全に包み込まれてしまう。
好き。好きだ。優しくて、笑顔が可愛くて、抱き締めるとあったかくて、それでいてすっごく優しいし頼りになるし、大好き。

「尚紀はあったかくて気持ちいいなぁ」
「お、俺を抱き枕代わりにするなって! つかお前、熱っ……!」

まだ熱が下がりきっていないから、いつも以上に暑苦しいのかもしれない。
それをわかっていても、俺は尚紀を抱き締める腕に力を込め続ける。尚紀の言う通り、まるで抱き枕みたいに。
そうしたら、さっき尚紀と尚紀の彼女さんのことを考えていたときに痛んだ胸が、今度はなんだかきゅんと疼いて、ほわっとあたたかくなった気がした。
うれしい。でもなんだか顔が熱い。
熱のせいかと思ったけど、きっと違う。熱いけど、具合が悪い時と違って不思議と気分のいい熱さだから。

「尚紀、あの……」
「なに」
「好きだよ」
「……あ、そ」
「本気で言ってるよ。本当の本当に……尚紀の彼女さんよりも、尚紀が好きだ。俺がいい。もう他の人のところに行かないでほしい」
「は……」

好き。
一度口に出してしまったら、もう止まらなくて。
熱で浮かされた状態では、気持ちを抑えることなどできなかった。
俺は尚紀のことが好きだ。それこそ小学生の頃から好きだった。
ずっと黙っていた。言わないように、態度にも出さないように、そして出来るだけ意識しないようにしていた。だけど本当は、親友としてじゃなくて、家族みたいな感じでもなくて、もっともっと大好きで……。尚紀の彼女さんみたいに、ずっと尚紀の隣にいたかった。尚紀に俺を好きになってほしかった。

「俺、もっとちゃんとして、尚紀に迷惑かけないようになるから。だからお願い。俺だけにして」
「………」
「尚紀」

好きなんだ。勘違いじゃない、本当に大好きだ。
懸命にそう伝えるけど、尚紀にそれが伝わっているのかどうかはわからない。複雑そうな顔で俺を見ながら黙っている。
幼馴染、親友、同居人。そう思っていた人間から突然こんなことを言われれば、困惑するに決まっている。やっぱり言わなければよかったかもしれない。もしかしたらこのまま尚紀に嫌われて、出て行けって言われて、大学でも二度と口を聞いてくれなくなるかもしれない……。
今さら不安になった俺の気持ちを助長させるかのように、尚紀はじっと黙ったまましばらくは何も言わなかった。
そして、ようやく口を開いたと思ったら。

「……お前、まだ飲んでないだろ」
「え?」
「薬!」

そう言って尚紀が指差した先には、ペットボトルの水と、錠剤がひとつ。俺が着替えている間に尚紀が用意してくれていたのだろう。
ええと、この錠剤は……俺がいつも飲んでいる、喘息の薬だ。

「どうせお前、今日の薬飲んでないだろ?」
「……あ」
「まーた忘れやがって。ほら、飲むぞ」
「待って! ねえ、返事は? 尚紀は俺のこと好き? 嫌い? ちゃんと教えて」
「……」
「教えてくれるまで、薬飲まない」

ベッドから降りて話を逸らそうとする尚紀をすかさず掴まえる。なかったことになんて絶対させない。誤魔化されない。俺だって、昔よりは大人になったんだ。……いや、今言ってることはまるで子供なんだけど。
聞くまで薬を飲まない、と言った俺を見て、尚紀は呆れたように溜め息。そして。

「……馬鹿野郎」

ぼそりと呟いたと思ったら、錠剤を自分の口に放り込んでペットボトルの水を煽った。なんで!?と思った次の瞬間、俺の唇が尚紀のそれで塞がれる。
ぽかんと開いていた口から水や錠剤と一緒に尚紀の舌が入ってきて、俺の舌と絡まって。もしかしなくても、これってキス? そう気付くまで少し時間がかかった。

「っ……ふ、……」

合わさった唇の隙間から僅かに声が漏れる。尚紀の舌が俺の舌をぬらりと舐めると今まで感じたことのないような感覚が身体を駆け抜けていく。
尚紀が俺にキスをしている。ただの口移しだ、って言われればそれまでかもしれないけど、小さい頃から片想いしている大好きな人にこんなことをされたら、いやでもドキドキする。信じられないくらい心臓が暴れてしまっている。
顔にかかる熱い吐息が俺のものなのか尚紀のもになのか、それすらもわからないくらいに尚紀を近くに感じて、身体に触れる尚紀のあたたかい体温すらも気持ちよくて。
溶けそうだ。

「ん……」

こくん、と自分の喉が鳴った。
あ、薬飲み込んだんだ。キスのほうに頭が持ってかれていて一瞬わからなかった。
飲み込んだのが終わりの合図だったかのように、尚紀の唇は呆気なく俺から離れていってしまった。それでも胸がドキドキするのがなかなか治まらない。だって、キスをしたんだ。尚紀が、俺に……? あっという間のことで状況がうまく把握できていないけれど、それでもすごく名残惜しい。離れていった尚紀の口元をつい物欲しそうに見つめてしまった。
しかし、その視線はすぐに口元から目元へと移ることになる。
尚紀は泣いていた。いや、泣きそうな顔をしていた。目に涙をいっぱいに溜めて、今にも溢れてしまいそうな、とても辛そうな顔。泣くことなど滅多にない彼が見せたその表情に、俺はぎょっとして声をかける。

「尚紀!? どうしたの、大丈夫……?」
「馬鹿。ほんとに馬鹿だ。俺が、どんな気持ちで……」

俺を見つめる尚紀の目から、ぽろりと涙が一粒零れた。
尚紀がなぜ泣いているのかがわからなくて、俺はあたふたしながらその涙を拭ってやることしかできない。

「……なぁ、遼太郎。なんで俺がずっとお前のそばにいたと思う?」
「え?」
「小学生の頃から一緒にいて、高校も大学もお前と同じとこにして、ルームシェアまで申し出て……。そこまでしてお前の隣にいようとしたの、何でだかわかるか?」

尚紀の言葉を聞いた俺は少し考えたのち、首を横に振る。
確かに、尚紀はずっと俺のそばにいてくれた。高校も大学も、まるでそれが当たり前であるかのように俺たちは進路が同じだった。ルームシェアをしないかと誘ってくれたのも尚紀からだった。俺はそれを偶然だったり、単なるなりゆきでそうなったのだと思っていて。
しかし、そうではなかったらしい。
尚紀が俺のそばにいたくて、わざとそうしていた。それを知った瞬間、自分の中にこの上ない歓喜の感情が湧き上がってくるのがわかった。
そんな気持ちに追い討ちをかけるように、尚紀は言う。

「ずっと好きだった」

その一言があまりにも衝撃的すぎて、何も言うことができなかった。
好き? ずっと? 尚紀が、俺のことを……?
え、夢じゃないよな? 俺、尚紀のことが好きすぎて耳がおかしくなった? まだ熱が下がっていないから、そのせいで錯乱して変な幻聴が聞こえているんじゃ……?
有り得ない展開にパニクっていると、そんな俺に尚紀はまた「馬鹿」と言ってから、言葉を続けた。

「好きだよ。小学生の頃からずっとだ。でも俺は男だし、ただの幼馴染だし、脈なんかあるわけない……。お前だっていつかはお前に相応しい女子とくっついて、俺から離れていくんだって……それが正しいんだって、わかってたから」

だから、何も言わずに幼馴染兼親友という立場に甘んじていた。尚紀は涙声になりながらそう言った。
彼の隣には女の子が相応しい。この気持ちは彼にとって邪魔でしかない。間違っている。だから、告げてはいけない。
そんな風に、尚紀も内心では俺と同じようなことを考えていたのだと知って、どこか気持ちが高揚している自分がいた。この想いは一方通行ではなかった。そう思っていたのは、俺だけじゃなかったんだ……って。
尚紀はまったく恋愛の気がない俺に無関心なんだと思っていた。だけど、それはただ表に出さなかっただけで、本当はこんなにも——。

「俺が女の子と付き合うの想像して、妬いてくれてた……?」
「そりゃ、好きなんだから嫉妬くらいする。だってお前、モテるじゃん」
「へ!? モテないよ! 尚紀と違って彼女だっていたことないし」
「それはお前が俺にべったりだからだ! 隣に俺がいなかったら、きっととっくに……」

俺が尚紀にべったりなのは事実だ。だって好きなんだから。
俺は尚紀のことが誰よりも好きだから、女の子にはあまり興味がない。いや、だからといって同性に興味があるわけでもないんだけど……。俺のそばにはずっと尚紀がいてくれて、俺の興味を攫っていくのは常に尚紀だったから、他の人に好意を抱くことなんか今までなかった。
いつまでも尚紀に甘えていてはいけないと思っていた。だけど甘ったれすぎる俺は、飽きもせず何年も一緒にいてくれる尚紀から結局離れることができなかった。

「だから俺もいい加減遼太郎離れしないとなって、告白されたときOKしてみたけど……」
「そ、そうだ。彼女できたって言ってたじゃん」

ていうか今日、尚紀は彼女とデートだったはずで。それなのにこんなに早く帰ってきて大丈夫だったのだろうか。
さっき、尚紀は俺を好きだと言ってくれた。でも尚紀には彼女がいる。
彼女ってつまり、『好きな人』のことではないか。俺よりもその子が好きだから付き合ったんじゃないの?
それに彼女さんも、尚紀のことが好きだから付き合っているはずで……。

「フラれた」
「えっ?」
「今日、フラれた。同居人が心配だから早く帰ってもいいかって言ったら、そのあと」
「な、なんでそんなこと言ったんだよ! 俺、大丈夫だって……」

大丈夫だと、俺のことは心配しなくていいと、尚紀が出掛ける前にちゃんと言ったじゃないか。……結局大丈夫じゃなくて、床に戻してしまったんだけど。

「俺、ダメだった。遼太郎から離れないとって、そのためだけに彼女作って、でも結局お前のことばかり考えてて……。お前に対しても、彼女に対しても、最低なことした」
「……!」

彼女を作ったのがまさかそんな理由からだったなんて、思いもしなかった。
だけど、それほどまでに彼に想ってもらえていたと知って、俺の心の内は誤魔化しようがないほど嬉しさで満たされてしまった。彼女にフラれてよかったと、そう思ってしまった。……俺のほうが最低かもしれない。
俺は尚紀に迷惑ばかりかけている。だからこれ以上尚紀のことを縛り付けてはいけない、尚紀に依存し続けてはいけないと、そう思っていた。
でも本当は、ずっと尚紀と一緒にいたくて。尚紀の一番になりたい、恋人よりも大切な存在になりたいと思っていた。尚紀から彼女ができたと聞いた時も、口では「おめでとう」と言ったけれど、本心ではすごくつらかった。

「嬉しい」

口をついて出たのは、俺の素直な気持ち。

「俺、すっごく嬉しいよ。尚紀が言ったのと同じこと、俺もずーっと思ってたから……」
「う、うそだ。お前の好きと俺の好きは、違う」
「違わない! 俺だって、小学生の頃から尚紀のこと好きだったんだよ?」
「え……」

俺の言葉に、尚紀の顔がぶわっと赤くなった。
その表情があんまりにも可愛くて。気付けば俺は尚紀のことを思いきり抱きしめていた。

「尚紀、好き!!」
「ちょ、声がでかい……」
「お嫁さんにする!!」
「はぁ!? な、何言って……!」

長年の片想いが実った、だけじゃない。ずっと片想いだと思っていたそれは、まさかの両想いだったのだ。そりゃあ大きな声も出るだろう。それに尚紀はもう絶対にお嫁さんにすると俺の中で決定したのだ。尚紀はまだ冗談だと思っているかもしれないけど、海外に行けば同性婚だってできるよ。俺、本気だからね。
俺はこんな頼りがいのない奴だけど……絶対に尚紀のこと守るから。尚紀のこと一人にしたりしないし、尚紀にもっと信頼してもらえるようにたくさん頑張る。それでもたまに寝込んじゃった時はやっぱりいつもみたいに甘やかしてほしいけど、でも、ちゃんと元気になるよ。尚紀がそばにいてくれれば、俺は元気になれるから。
だから——

「絶対にお嫁さんにするから覚悟してろよ!」

俺が高らかにそう宣言すると、尚紀は俺に抱かれたまま「変なやつ」と言って、いつものように笑った。



end.
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みんなの感想(1件)

nyathu30
2024.01.20 nyathu30

初めまして😃

こんなに思い合っているのに……二人とも非常に鈍感なのね💦其れとも、二人とも感情を隠すのがこの上なく上手い٩( ᐛ )وうーむ🤔違う気がするなぁ〜〜😅鈍感マックスよね♪有馬くん…体は大きいのに虚弱体質なのね!なんか面白い✨体が桜田くんより大きいからめちゃケンコーって勝手なイメージを描きがちになるけど。桜田くんが彼女と初デートすることがショック過ぎて……ソレが大いに引き金になって体調崩してるよね⁈でも、それがキッカケで思いの丈を打ち明けること出来て、めでたし、目出度🎉有馬は受けかなぁ〜〜と思う♪本人は攻めのつもりでも……チョロそうだから😅妄想しますね!

2024.01.25 toki

素敵な感想ありがとうございます!
二人とも特段隠すのが上手いわけではなさそうですが、自分が相手の恋愛対象になるわけないと思い込んでいたがゆえのすれ違い…なのかもしれません。有馬が鈍感なのはその通りです🤣
書き上げてみたら受け×受けみたいな感じになったので、二人の関係が進展したときまたどうなるのか、色々想像して楽しんでいただけたら嬉しいです🌸

解除

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