江戸の夕映え

大麦 ふみ

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寝間に忍び込まれる茶の間女の話──『我衣』より

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 吉弥はいよいよすずから直接詳細を聞き出す以外になくなった。

「若君とのなれそめはいつごろのことなの、正直におしえてちょうだい。さもないと、ことはうまくはこびませんよ」

 吉弥は奥女中部屋の具合を調べると称してやってきて、すずに手伝うように居残りさせて、他の者は仕事にいかせた。すずもなにか察した様子で、不安げな様子をみせた。

 吉弥に呼び出され、若君とのことを持ち出されたすずは、よほどはずかしいのか、表を伏したまま、小さな声でこたえるのが精一杯だった。

「去年の弥生(陰暦三月)ごろのことでした。……若君様のおられる館に参ったことがございました。その月のすえごろから、おかよいになられるようになったのでございます」

「若君、……あなたの臥所に通う者は、どこから忍び込んでくるのですか」

「あっちにある小窓からでございます」

 すずは庭向きに開けられている片開き窓を示した。二尺四方の窓が人の顔の高さあたりにしつらえてある。

「あの下のあたりに私は褥を敷きます」

 すずは部屋の壁際の一番すみの一画で寝起きしているようだ。相部屋だが。布団をのべるときには、宿屋のように間に屏風が差しはさまれ、一応の目隠しはしている。とはいえ、すずはほかの腰元四人と同じ部屋で寝ているのだ。皆が寝入った頃を狙って入り込むに違いないが、やってくる男の放縦さ、大胆きわまりない。

「お忍びのご様子、あまりに軽々としておられる、なんの音もたてられません。布団の中で背中から抱きすくめられて、はじめてわかるくらいなのです。……ただ一夜たりとも欠けることなくやってこられます」

 すずはそういって思い出すことがあるのか、目元は朱をにじませたたように染まり、瞳も少し潤んできている。

 衆人のなかで、男女の交わりをもとうというのだから、すずは自分からはみじろきひとつしないよう、息の吐き方ひとつも音をたてないよう、ただただ男のなすがままに耐えているのだという。男の顔を見たこともないし、声のひとつも聞いているわけではなかった。

 ──暇をだすのが一番いいのかしら。

 すずの母からの申し入れを馬鹿正直に受けとめすぎていたのかもしれない、と吉弥は考え出していた。

 屋敷の外から誰とも知らない者が危険を冒して侵入してくるとまでは思えない。けれど、家中には殿、若殿いがいにも、たくさんの男、用人から足軽、下男までいるのだ。使用人同士の色恋、交情は御家の勤めを蔑ろにする不法、不義だ。見なかったことにして内々に済ませるなら、なにか口実をつけて宿下がりさせるのが良い。

 ただなにかすっきりとしないものが吉弥に残った。やり方があまりにも大胆にすぎるのだ。

 どうやっても男女のからだの擦れ、ぶつかり合う音が、布団の中にこもり、いささかも漏れないとは信じられない。声を抑えきれないこともあるだろう。それを同室で休んでいるうちの一人でも聞きつければどうなるか。同僚の様子をたしかめに屏風の上から覗けば、布団は異様な嵩に膨らんで、あたりに妖しげな匂いと熱を発していることだろう。そこであがる悲鳴。不審者に手籠めにされている。そう見てもなんの不思議もない。そこからは館をあげての捕り物になる。すずの愛人は、落ちついてまた軽々と小窓から逃げきれるものだろうか。捕まれば一巻のおわり、身の破滅だ。事態のころがりかたが悪ければ、命まで危うい……。闖入者はこんな最悪の展開を恐れていない。

 御家の使用人の誰かなら、もっと人目につきにくいやり口はいくらでもある。家老・用人のような上役なら、差配できる人もものもたくさんあって、それをつかっておびき出せばいい。三百坪にもおよぶ屋敷には、いくらもの建物、蔵、小屋があり、敷地内は人目につきにくい場所に事欠かない。下男たちなら、面つき合わせての機会をつくって、じっくり籠絡して、これまた人目を避けて密会すればいい。

 ──雑よ、あまりにも。

 吉弥には、若殿、殿のふるまいとみたすずや、老女の思いつきにもうなずけるところがあるほどだった。

 ──あのすずにねえ……。

 悪い娘ではまったくないが、男がその気になるような顔貌だとは吉弥にはとうしてもおもえなったのである。

 ──仕方ないわね。

 すずの抱えを止めるにしろ、もうすこし事の真相を確かめることにした吉弥は独りごちた。
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