どうしょういむ

田原摩耶

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同床異夢

おしまい

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 次に意識を取り戻したとき、まず目に入ったのは見慣れた天井だった。

「っ、ぅ……」

 俺は自室のベッドで寝ていた。
 こうして気絶して自室のベッドで目を覚ますこと自体珍しいことではなかった。高校に上がるまではしょっちゅうだったし、その度にあいつがベッドの横にいたのだ。
 そして、今も。

「……燕斗」
「酷い声だな、美甘」
「……」

 おかげさまでな、と心の中で呟く。あいつの顔をまともに見ることなんてできなかった。

「美甘、薬だ。……お前がうちに忘れてたやつ」

 ピルケースを手渡してくる燕斗に、俺はあの時と逆だな、とぼんやりと考えた。

「水もある。……飲めるか」
「自分で飲める」

 そう呟けば、「そうか」と水の入ったグラスをサイドボードにそれを置く燕斗。
 さっさと部屋から出ていってほしい気持ちはあったが、サダのことが心配だ。燕斗に直接聞いたところで逆上させるだけだとわかっていた。だから、何も言わなかった。

 セックスしたところで何かが変わるわけでもない。……いや、変わったといえば変わったのだろうが。
 水の入ったグラスをサイドボードへと置いた燕斗の手が止まる。そして、不意にこちらへと伸びた。前髪を掻き分けるように掻き上げ、額に直接触れるその手に俺は身構える。
 それが燕斗にも伝わったのだろう。燕斗は「何もしない」と呟いた。

「……言っただろ、おしまいにするって」
「燕斗」
「謝らないからな」
「……別に、何も言ってないだろ」
「お前の目が言ってる。さっさと出て行けって。……わざわざ言わなくてもそうする。俺はこれを届けに来ただけだ」
「……」

 薬のことなのだろう。燕斗は一方的に言いたいことばかりをつらつらと並べた。熱で茹だる脳味噌では燕斗の言葉を一つ一つ咀嚼するには至らなかったが、多分『お前なんて嫌いだ』と言いたいのだろう。けど。

「後は……君完のやつに頼めばいい。あいつなら病院の予約まで喜んでしてくれるだろ」

 当て擦りのようなことを吐かれれば、流石に黙って聞き流すことはできなかった。

「……お前は、サダは嫌いだって言ってなかったか」
「嫌いだとは言っていない。……お前があいつで満足できないだろうとは言ったけどな」
「サダに酷いことをしておいて、今更」
「したのは栄都のやつだ。……俺は気絶させておけと言っただけだ。まさか締め上げてるなんてな」

 サダの顔が蘇り、胸が苦しくなる。
 栄都のやつがこの場にいないことにほっとすると同時に不安が込み上げる。
 こうしてる間にまたあいつが余計な真似をしていないかと怖くなったが、「栄都のやつには今リビングの掃除をさせてる」と燕斗は呟いた。

「……っ、……なんで」
「汚れてたからだ。当たり前だろう。……おばさん達が帰ってきてびっくりするだろ」
「……」

 お前らが汚したんだろ、と喉元まで出かかったが、口にすることはできなかった。燕斗があまりにも当然のように言うからだ。俺はこいつがそういうやつだと知ってる。

 こいつの言うおしまいの意味がわからなかった。
 また、俺と関わらない道を選ぶのか。それはこいつのためでもあると分かっているし、俺だってそれを望んでいる。
 けれど、違和感があった。それはほんの些細な、小さな針のような違和感だ。

 燕斗があまりにも普通だったから。
 あのとき見せた憎悪もなにもかもなかったかのように振る舞う燕斗に、馬鹿な俺でもわかった。こいつが何かを隠してるくらい。
 そして、こいつは敢えてその違和感を見せてるのだと思った。だって、俺の知ってる燕斗はもっと嘘が上手い。それはもうずっと一緒にいた俺に嘘を貫き通していたのだから。

 それを気付かぬフリをすることも出来たはずだ。けれど、俺は――。

「……お前はあんなので満足したのか?」

 憑き物が落ちたような顔をした燕斗は、グラスに溜まった水を見つめたまま「全然」とだけ呟いた。

「こんなものかと思ったよ。……馬鹿馬鹿しいよな。俺は、好きな人との初めてセックスはもっと多幸感に満ち溢れていて――ずっと気持ちいいものだと信じていた。けれど、全部無駄だった」
「……」
「お前のせいだよ、美甘」

 頬を撫でられそうになる。今度は逃げないでいると、動きを止めた燕斗はそのまま手を降ろす。

「栄都とのセックスは気持ちよかったか? 美甘」
「……最悪だった」
「そうか。けど、あいつはお前のことは気に入ってるらしい。よかったな」
「あいつは穴があったらなんでもいいんだろ」

 言い返せば、燕斗は「そうだな」と笑った。乾ききった笑顔は他人に見せる上っ面のそれと同じだ。

「あいつとの関係は好きにしたらいい。俺はもうお前に関与しない、――そういう約束だったからな」

 そう立ち上がる燕斗。あれ程執拗で陰険なこいつがあっさりと身を引く。その事自体が俺からしてみれば妙でしかなかった。
 なんとなく嫌なものを感じて、俺は燕斗の背中に声をかける。

「……燕斗、お前、これからどうするつもりだ」
「どうって、……そうだな。少し寄り道して帰るかな」
「……燕斗」

 怠い体を無理やり動かし、ベッドから降る。そのまま部屋を出ていこうとする燕斗の腕を掴めば、首を傾けて燕斗はこちらを振り返った。

「俺の心配より、君完の心配でもしてやったらどうだ。……仮にも恋人なんだろ」
「お前、妙なこと考えてないよな」

 燕斗の言葉を無視して腕を掴めば、燕斗は薄く微笑んだまま俺の手を振り払った。

「……だったらなんだ? お前には関係ないだろ」

 腹の底から吐き出すような重々しい声に、俺は思わず怯みそうになる。鍍金が剥がれたその下、押し殺されていた燕斗の感情が溢れ出すのを肌で感じた。

「燕斗……」
「お前なんてさっさと君完のところにでも行って捨てられて来い」
「……っ、サダは俺のこと捨てない、俺も、アイツのことを信じてる」
「あーそうかよ、良かったな。そうやって薄っぺらい愛に酔ってたらいい。お元気でな」

 乱暴な口調でわざと突き放し、歩き出す燕斗の服の裾を掴めば、「今度はなんだよ」と燕斗は俺の頭を掴んで引き剥がす。
 俺だって、わからない。わからないけど、お前がこの後なにをしようとするのか分かってしまったんだ。潔すぎるほど真っ直ぐなお前が。

「……っ、お前、死ぬなよ……」

 顔面揉みくちゃにされようが、蹴り飛ばされようが、それでも構わずあいつの足にしがみつけば、ぴたりと燕斗の動きが止まる。俺を見下ろしていた燕斗は、「は」と笑った。

「それは暗に俺に死ねって言ってるのか? 美甘」
「んなわけないだろ……っ」
「栄都に何聞いたか知らないが、何でもかんでも真に受けるのは昔からお前の悪いところだ」
「嘘吐き」
「…………」
「燕斗の嘘吐き」
「…………ああ、そうだよ。今更知ったのか?」

 お前は本当に馬鹿だな、と燕斗が鼻で笑ったとき、そのまま胸ぐらを掴まれる。

「なんで泣いてんだ、美甘」
「お前が、お前らが自分勝手だからだよ……っ」
「お前が勝手な真似するからだ、美甘」
「……っ、そういうところが、ずっと嫌いだった」

「人にばっか押し付けて、俺のためだって言って、全部全部自分のためで、俺のことなんて見てねえし」売り言葉に買い言葉だった。
 本当はもっと別に言いたいことはあったのに、それ以上に今まで腹に溜めていた不満が迫り上がってきて止まらなかった。
 怖かったし震えも止まらない。けど、それよりも何も言わないままこいつがいなくなる方が――もっと嫌だった。
 燕斗の胸倉を掴み返し、けどかと言って殴り返す力もない。ぽす、となけなしの力で燕斗の胸に頭突きをすれば、頭の上から燕斗の笑う声が聞こえた。

「……なんだ、ちゃんと言えるじゃないか」
「なんで、笑ってんだよ」
「笑ってない。けど、そうか。……だったら気持ちよくなれるわけがないなって思っただけだ」
「燕斗……」
「両想いだなんて自惚れてたわけだ。……ずっと、俺は。お前はずっと俺のことが嫌いだったのにな」

 くしゃ、と昔みたいに優しく頭を撫でられ、思わず顔を上げそうになったが、それを邪魔するように燕斗に抱きしめられた。
 怖いし、嫌なのに、撫でられると落ち着く自分もいて戸惑う。俺を乱暴に抱いたやつと同じ手とは思えないほどその手は優しかった。

「……それを聞けて良かったよ」

 絞り出すようなその声がほんの僅かに震えていたことに気付いたときには遅かった。俺を引き剥がした燕斗はそのまま俺を突き飛ばした。

「痛……っ、燕斗、待て……っ! 待って……」
「じゃあな、美甘」
「ふざけ、んな……っ! っ、燕斗……」

 慌てて立ち上がろうとして、シーツを踏んでそのまま滑って転んでしまう。再び立ち上がろうとしたときには眼の前で扉は閉められた。
 慌てて燕斗を追いかけようと部屋を出たとき。

「美甘」

 部屋の前にはサダがいた。顔を殴られたらしい、ガーゼで覆われた痛々しい顔のサダを見た瞬間、俺は立ち止まる。

 階段の下、玄関の扉が閉まる音が聞こえる。燕斗が出ていったのだと分かった。
 追いかけなければ、と思うのに、俺を見るサダの視線が痛かった。それからすぐ、自分が酷いことを考えてしまっていることに気付く。

 俺は、サダのことを邪魔だと思ってしまった。それは一瞬だけでも、それでもそれを自覚した瞬間、燕斗が残した言葉が深く突き刺さるのだ。
 そして、サダはそれに気付いている。

「さ、だ」
「あいつの事は忘れろ、美甘」

 サダに抱き締められる。頼むから行かないでくれ、と耳元で囁かれる言葉に、縋るように回される腕に、俺はその場から動けなくなった。
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