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同床異夢
初恋の呪い
しおりを挟むあいつとの縁を切る、そう決めたのは俺だ。そしてあいつも俺を捨てた。だったらハッピーエンドじゃないか。なあ。これ以上になにがある?
「ごめん、美甘」
「なんでサダが謝るんだよ……おかしいだろ、サダを巻き込んだの俺なのに」
「……ごめん」
頬に伸びてきた指に目元を拭われる。サダのがよっぽど痛そうな顔してんのに、俺を憐れむような顔して抱き締めるのだ。
これでいい、これでいい。……本当にこれでいいのか?
頭の片隅でずっと聞こえる声。サダに抱き締められながらも、一人で寂しそうに立ち去る燕斗の背中が瞼裏から離れなかった。
気付けばリビングの掃除をさせていたという栄都の姿はなかった。もしかしたら燕斗を追いかけたのか。あいつが燕斗を黙って見殺しにするとは思わないから、きっと大丈夫だろう。
そう思いたいのに、どうしても最後、栄都が吐いた言葉のことが気になった。
俺は結局のところあいつらのことを理解していなかった。しようとしてもなかった。そして、それはあいつらも同じだ。理解したつもりでも、ただの過信でしかない。
俺はあいつらよりもサダを選んだ。
その結果だけは揺るがない事実だった。
「サダ、怪我……本当に大丈夫か?」
「いて……っ、だ、大丈夫だ。ただちょっと切れてるだけだし……」
「けど、びょ、病院……手術……お、俺の小遣いも出すから念のため行かないか?」
「行かなくて大丈夫だって」
それから、俺はサダの家に行くことになった。半ば強制的だったが、あいつらが裏口の鍵を開いたと知った時点でサダはそうすると聞かなかった。
正直な話、俺もまた栄都のやつが戻ってきたときのことを考えると怖かった。
それに、家にいると燕斗のことを考えてしまいそうになってしまうと分かっていたから。
――だから、逃げ出したのだ。
サダの家には相変わらずご両親は帰ってきてないようだ。お陰で緊張せずに済んだが、それでもまだ心臓は休まらなかった。俺が眠っていた間、サダと燕斗の間になにか会話が交わされたことは間違いない。
そして、燕斗が何を選んだのかサダ自身も知ってるのだろう。
サダの部屋にいる間、サダはあいつらに極力触れなかった。俺の体のことも、気遣ってはくれたが直接触れてくることはなかった。ただ時折、俺が動きづらそうにしてるとサダは表情を強張らせるのだ。
それから、血相変えて俺をじっとさせる。「何もしなくていいからゆっくりしててくれ」なんて、サダは俺を抱き寄せるのだ。
そこまでしなくてもいいと思うのだが、恋人というのはそういうものなのかもしれないと思うと何も言えなかった。結局、されるがままになって俺はサダの部屋で大人しくすることになる。
案の定再び熱は悪化し、サダに迷惑をかけることになったがサダは文句一つ言わずに俺の面倒を見てくれる。そして薬を飲み、泥のように眠る。
気が付けば日は跨ぎ、両親が旅行から帰ってくる日付になった。
俺は、リビングはちゃんと綺麗になってるか。燕斗はちゃんと家に帰ったのか。結局オバサンにお礼を言えなかったことや、栄都が警察に捕まってないかとか、そんなことをばかり考えていた。
それでまた知恵熱が出そうになる俺の頭を撫でながら、サダは「お前が心配することは何一つないよ」と俺の頭を撫でてくれるのだ。
そのときのサダの手が、目が、なんとなく燕斗と重なって見えてまた自己嫌悪へと陥った。
「美甘、お前の両親には俺から連絡しておくよ。……だから、今日もここに泊まっていけ」
「ケホ……っ、でも、サダ、これ以上迷惑かけるのは……」
「迷惑なんかじゃないって言ってるだろ。ほら、寝てていいから」
「……ごめん、サダ」
頭を撫でられる。正直、この体調で歩いて家に帰るのはしんどかったのでサダの言葉はありがたかった。
俺の携帯を手にして部屋を出ていくサダを見送り、俺は目を瞑る。呼吸する度に胸が苦しい。
早く、早く元気にならないと。そう考える度に呼吸器官が狭まっていくようだ。
もう少し、眠ろう。
この苦痛から目を背けるため、俺は目を瞑った。
『サダ、ちゃんと目ぇ開いて見とけよ。こいつ、眠っててもしっかりイケるんだよなぁ。可愛いだろ?』
遠くから声が聞こえてくる。膜に覆われたようなくぐもった声だが、それが誰の声なのかすぐに気付いた。
軽薄で人を小馬鹿にしたようなその声は、栄都だ。暗い視界の中、やけに生々しい感触とともに手足に絡みついてくるあいつの手に体を掴まれていることだけはわかった。
それよりも、あいつの言葉に出てきた名前に体が強張る。
『やめろっ、慈光……っ』
続けて聞こえてくるのは、呻くような苦しげなサダの声だ。熱に包まれ、腹の内側から内臓を押し上げれば全身に力が入る。声をあげることもできなかった。
夢にしてはあまりにも生々しく、それでいて夢の中ですら思い通りにならない、俺を苦しめてくるあいつにただぞっとする。
『っはは、痙攣しまくり。白目剥いてんのブス過ぎていいだろ? ほら、ここ、見えっか? ここさぁ、……チンポで擦ってやるとすげえ面白えから』
やめろ、やめてくれ。頼むから、あいつの前で変なことをしないでくれ。
夢の中でいくら声をあげようとも口が動くこともなければ、開いた喉からは自分のものと信じがたい声ばかり。
『ほら、お前もやれよ。――サダ』
そして、耳元で囁かれる栄都の声に全身が凍り付いた。我慢できず、俺は無理やり瞼を開いた。
「……っ!!」
夢を中断させ、飛び起きた瞬間。「うお」と驚いたように声をあげるサダに俺はまた驚いた。
「大丈夫か? 魘されてたようだけど……」
「……」
「美甘……?」
あまりの生々しい夢に、夢と現実の境目があやふやになってるようだ。俺は眼の前のサダの顔を暫く見つめたまま、現実の色が戻ってくるのを待った。
「おい、大丈夫か美甘……」
――良かった、夢だ。
そう伸びてきたサダの腕にしがみつき、俺はそのままサダに抱き着いた。それは抱き締めるというより縋るに近いだろう。まだ薬品混じったようなサダの匂い、そして体温に包まれ安堵する。
「み、美甘……?」
「……こわい、夢を見た」
「…………そうか」
サダは何も言わずに俺の背中に手を伸ばし、そのまま俺が満足するまで背中を擦ってくれた。それが心地よいはずなのに、妙にあの夢とリンクして心音が早くなる。
「大丈夫だ。……美甘、ここは俺とお前しかいないから」
「ん、サダ……」
「少し起きてたらいい。……お前の好きそうなデザート、用意してるから一緒に食べよう」
「……ん」
サダ、お前は俺に隠し事なんてしないよな。
そうサダの肩口に顔を埋めながら俺は目を瞑った。
熱が下がり、サダの連絡で迎えに来た両親によって俺はあっさりと自宅へと送還されることになる。
両親は恐ろしいほど今までと変わりなくて、呑気に「風邪が治ったらお土産も見せてあげるからね」と笑うのだ。これが日常だってわかってる。わかってるけど、この一週間俺がどんな思いをしてたのか知ったらどんな顔をするのだろうか。そんなことを考えては、「別に今でもいいじゃん」とだけ返した。
最悪の想像はしてた。燕斗の死体が見つかったとか連絡網回ってきたらどうしようかと何度も考えた。けど、現実は恐ろしいほどなだらかに進んでいく。
俺たちが疎遠になったところで母親同士が仲良いと嫌でもあいつらの噂は入ってくんじゃないかと思ったが、それもなかった。
そんなはずがない、またどこかから栄都が追いかけてくるんじゃないかと日々影に怯えていたりもしたが、それもない。本当に、あいつらとの関係もなにもかにもが嘘のようだった。
ケツの調子も取り戻し始めた頃。以前にも似たようなことがあったのを思い出す。
それは俺が中学卒業し、高校に上がった頃だ。あのときの再現のように、また冬を越そうとしていた。
「俺があげたマフラー、ちゃんと使ってくれてるんだな」
「うん。この色好きだし……それに、暖かいんだ」
「よかった。……美甘にはこの色が似合うと思ってたんだ」
「そ、そう……? 自分ではわかんないけど、サダが言うならそうなのかも……」
サダとの関係はまだ続いていた。人前で付き合ってると公言するようなことはないが、それでもゆっくりと一歩ずつ恋人という関係にも慣れている気がする。
風邪引きやすい俺のためにとサダがくれたマフラーを巻いて、毎朝迎えに来てくれたサダと色んな話をしながら登校する。皮肉ではあるが、あの一週間がなければ俺たちの関係は変わることはなかっただろう。
セックスが物足りなくなるだとかあつらは言っていたが、そんなことはない。俺はこうしてサダと話してるだけで満たされる。
……そこに性欲なんて無くていいんだ。
あいつらが聞いたら童貞だとか馬鹿にするだろうが、それが俺が出した結論だ。
「……美甘? どうした?」
「あ、いや……なんでもない」
「そうか? ……あんま考え事しながら歩くなよ、転びそうでヒヤヒヤするからな」
「何だよサダ、お前――」
段々燕斗に似てきたな、なんて言いかけて、言葉を飲んだ。
「美甘? お前、本当に大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫……うん、大丈夫だ」
「…………」
簡単にあいつらのことを忘れられるわけがない。そんなこと、俺もサダもわかってる。
だから目を反らして、手を繋いで、誤魔化して、上塗りして、どんどん塗り替えて潰していくしかない。
強く握り締められたサダの手が痛かった。けれど、この痛みも受け入れなければならないのだ。
俺はサダを傷付けた。だから、その分サダと向き合って償わなければならない。
春になって、進学したら高校最後の年になる。
それから俺はサダと一緒に暮らすため、同じ大学に行くためにたくさん勉強しなければならない。……しなければならない?
いや、違う。これは俺がしたいと思ってることで、夢なのだから。……ああ、そうだ。
罪悪感だけでこいつと一緒にいることを選んだわけではないはずなのに、後ろめたさが永遠に後ろ髪を引っ張ってくる。
燕斗の呪詛は案外根深いらしい。けれど、それも背負ってやる。
俺はもう誰の寄生虫でも、オモチャでも、甘ったれでグズの馬鹿でもない。……自分で選んだんだ。
そのはずだ、と繰り返しながら俺はサダの手を強く握り返した。
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