【魔法使いの世界を旅する一年 2010/12〜】

Zezilia Hastler

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ニホニア編 Side空

1日目 トランジットエリアで旅の準備を

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 高等部のフロアに上がるのは初めてだった。

 学園は世界中にある。
 日本においては、16F、17F、18Fの三フロアを指して、高等部と呼んでいるが、国によってフロアの呼び方は違った。
 また、いずれのフロアも、魔法を使った心理操作によるエリアの分割が行われており、人間エリアと魔法族エリアに分かれていて、人間は滅多に魔法族エリアには来ないようになっていた。
 たまに魔法族エリアに迷い込んだ人間を見かけることもあるが、それは、魔法族たちの間で有名な高等部3年生のユージさんか、そうでなければ、その同類の、好奇心旺盛で想像力豊かで固定観念のない人間であるというパターンしかない。

 ユージさんは、グロリアやルナさんの幼馴染であり、幼い頃から魔法に慣れ親しんでいる人間だった。
 彼は、好奇心旺盛で想像力豊かで固定観念はないが分別とそれなりの知性を持ち合わせている、芸術肌で感性の豊かな優しい人間のおにいさんで、ぼくも小さい頃からよく一緒に遊んでもらっていた。

 魔法族エリアの人間エリアの違いは、いくつかあるが、その代表的なものが、自動販売機のレパートリーだった。
 アルコールを扱う自動販売機は魔法族エリアのみに置かれており、人間エリアの自動販売機はジュースやエナジードリンクしか扱っていない。
 人間たちはアルコールに弱い。
 自動販売機のレパートリーを始めとする区別は、そういった理由から来るものだった。

 ぼくは、ゾーイさんと一緒に、16Fにいた。

 高等部フロアに来るのは初めてだったが、これと言った違いもなかった。

 談話室前に置かれている自動販売機のレパートリーも、中等部フロアにある物と変わりない。

 いや、一つだけ違う。

 ここには、タバコを扱う自動販売機があった。
コーヒーやワインなどの自動販売機同様に、世界各国のタバコの銘柄が揃っていた。

 名探偵が咥えていそうなパイプや、手巻きタバコ、様々なライター、中には、何に使うのかよくわからないようなものまであったが、まあ、タバコを楽しむためにあるのだろう。

 試しに購入してみようと、グロリアがよく吸っている銘柄の手巻きタバコを選んで、ボタンを押し、FUカードを、電子マネー読み取り口に当てる。

 ぴー、と、NGの文字が赤く光る。

 ぼくは眉をひそめた。

 もう一度やってみるが、虚しい音が響くだけで、商品は一向に、取り出し口に落ちてこない。

 ゾーイさんが、代わりに、自分のFUカードを読み取り口に当てると、ボトン、と商品が落ちてきた。

 ゾーイさん曰く、年齢制限があるとのことだった。

 FUカードは、入学時や、転入時に、学生に渡されるもので、発行時に、年齢や魔法族であるかどうかなどの生徒の情報を入力する必要があった。

 例えば、登録されている情報が【15歳の人間】なら、ワインもタバコも買えないし、【15歳の魔法族】なら、ワインは買えるがタバコは買えない。

 【16歳の魔法族】なら、両方とも買える。

 いずれの自動販売機にも、チャージ機能がついており、それでカード残高を増やすことが出来る。

 利用する度にポイントがつき、中には、購入することで20ポイントとか30ポイントとかが付いたりするものもある。

 1ポイントが、大体1FUだった。

 中世風の街並みをしたニホニアだったが、いずれの店舗にもFUの読み取り機や、街のあちらこちらにATMがあるのは、なんだか時代錯誤というか、世界観を壊している気がしたけれど、ぼくとしては便利なことに越したことはないので、あれこれ言うことでもなかった。

 ぼくは、ゾーイさんに買ってもらったタバコを、手に持っていた、リュックサックに入れた。

 ゾーイさんに案内され、連れてこられたのは、なんてことのないドアの前だった。

 プレートには、トランジットエリアと書かれている。

 ゾーイさんがドアを開けると、その向こうには、一瞬混乱する光景が広がっていた。

 空港のように、広大な空間だった。

 一方には受付カウンターのようなものがあり、一方には様々な店舗の並ぶエリアがあり、また別の方向には、フードコートがあり、さらに別の方向には、外が見えた。

 土産物店には、ニホニアにゃんたちの姿もあり、ジャンボサイズのダンシングニホニアにゃんが踊っていた。

 ぼくは、そこから視線を外した。

 ニホニアにゃんが置いてあるということは、ロームァーにゃんなんかも置いてあるかもしれない。

 ロームァに着くまでのお楽しみに取っておきたかった。

 ゾーイさんは、テキトーなベンチに腰掛けて、そばにあったテレビを見た。

 テレビの中では、なんてことのないニュース番組が流れていた。

「あの、ここは?」
「トランジットエリアよ」
「空港みたいですね」

 ゾーイさんは頷いた。「このベンチが好きなの。すぐそばにはコンビニもあるし、レストランも近いし、テレビだってついてる」

 改めて周囲を見てみると、確かに、周囲には、コンビニも、レストランも、テレビもあった。

 レストランからは良い香りが漂ってきて、ウェスタンサルーンで食べたティムさんのステーキが、ふと頭に浮かんだ。

「アナウンスが流れるから、自分が行きたい場所の名前が流れたら、そのゲートに行けば良いだけよ。ゲートが開くのは、大体、1時間に5回くらいね」

 すぐそばを、大学生くらいの魔女がビュンッ、と駆け抜けていった。

 標識を見る感じだと、彼女はアメリックに行くようだ。

「あっちの世界に着いたら、コンビニもファストフードもテレビもないから、ここでゆっくりしても良いかもね」

 ぼくは、頷きながら周囲を見渡した。

 この異世界感になら、1ヶ月まるまる浸っていても良いかもしれない、などと思った。「コンビニ行ってきますけど、何か欲しいものあります?」

「そうね~、お酒はもういらないから、カップラーメンが食べたいわ」

 お嬢様っぽいくせに、随分とチープなものをご所望だった。「良いんですか? お肌が荒れますよ?」

 ゾーイさんは、自分の頬に優しく触れて、ふふっ、とお嬢様のように、上品に笑った。
 指先は、生まれてこの方お皿を洗ったことなど一度もないかのように柔らかで、頬には、うっすらと刻まれた笑い皺以外にはシワもシミもない。
 綺麗な指先や頬。

 ゾーイさんの人生にはストレスのスの字もないんだろうな……。

 ゾーイさんの透明感のある美しい肌を見ていると、失礼ながら、少しばかり人間味に欠けていると思ってしまう。
 もちろん、ぼくもゾーイさんも魔法族なのだから、少しばかり以上に人間味が欠けているのは当然なのだけれど、なんというか……、……そう、ゾーイさんの肌には、生活感が著しく欠けていた。

「良いの」と、ゾーイさんは柔らかくも、芯の通った、力強い口調ではっきりと言った。「カップラーメン美味しいから好き」

「ですよね。ぼくは醤油味が好きです」王宮暮らしのお嬢様にとっては、カップラーメンは逆に新鮮でご馳走なのだろう……、と、ぼくは冗談混じりに思った。「何味が良いですか?」

「そうね……、チキンフレーバーと、トムヤムクンスープがあったら、それをお願い」

 ぼくは、自分の夕食と、ゾーイさんのカップラーメンを持って、彼女の下へ戻った。

 ゾーイさんは、お上品に微笑んだ。「ありがと」

 ぼくは、ゾーイさんの右隣に腰掛けた。「ゾーイさんは、あちらへ行ったら、どこへ行くんですか?」

「スカンジナヴィアに行くわ。その後は考え中」

「自由ですね。いただきます」ぼくは、和風のお弁当を箸でつついた。「そういえば、あちらでは、1日の長さも12倍なんですよね」

 ゾーイさんは頷いた。「あちら用の時計も買った方が良いかもね。安いものなら1FU以下で買えるわ。でもね、あっちって、こっちと同じで、ちゃんと24時間の中に朝と夜があるのよ。太陽と月の数も12倍なの。だから、日数は、普通に24時間で1日って風に数えれば良い」

 聞けば聞くほど、【ヴェルの冒険】の世界と同じだ。

「誰が作ったんですか? あの世界」

「はじまりの天使が作ったみたい。でも、800年近く前のことだから、誰もはっきりとはわからないの。誰かの手によって作られたのは間違い無いけどね」

 ぼくたち魔法使いは、人間よりも無宗教の割合が少ない。
 神を神として信じているというよりは、先祖のような感じで認識しているのだ。
 世界を洗い流すほどの大洪水も、罪深い人間で溢れ返った街を滅ぼす火の雨も、ぼくたち魔法使いにとっては現実感のある話だった。
 ぼくのような平凡な純魔には不可能だが、現代の魔法族よりも強大かつ膨大な魔力を持つ始祖の魔法族なら、そういうことも十分に出来たはずだ。

 魔力を変換させて物質に変えることが出来る様に、魔力を変換させて自分だけが立ち入ることの出来る空間を生み出す者も、魔法族にはいる。
 その空間に一手間を加えれば、一つの並行世界を生み出すことも十分に可能だ。
 そういった連中を見て、人間たちは、神様だの天使だのと言うようになったのだろう、と、ぼくは考えていた。
 そうなると、そういった神話を生み出した魔法族や魔素は、一体どのようにしてこの世に生まれたのかという謎に当たるわけだが、それも、恐らくは、ぼくのような無知な若者が知らないなんらかから生まれたのだろう。

『ねえ、お父さんお母さん、ぼくはどうやって出来たの?』と聞いてくる5歳の子供に、直接的かつ生物学的なことを話さないのと同様だ。

 恐らく、ぼくはまだ5歳の子供で、お父さんとお母さんたる魔法族の創造主は、まだ、ぼくにその準備が出来ていない、と考えているのだろう。

 あるいは、AWと呼ばれるあちらの世界の存在が、学園の高等部生未満の生徒には隠されているのと、理由は同じかもしれない。

 ゾーイさんとかグロリアなら、魔法族の起源も知っているのかも。

「ごちそうさま」と、ゾーイさんは立ち上がって、そばにあったゴミ箱に、カップヌードルの空き箱を捨てた。ゾーイさんは、そのままベンチに戻って来て、先ほどと同じ場所に腰を下ろしたが、視界の端に何かを見つけたようで、そちらを二度見した。「あ、ちょい待ち」と、言って、ゾーイさんはぼくを見た。「一人で大丈夫? おねーさんがいなくても平気?」

「やだぁ~、そばにいてっ」ぼくは駄々っ子のように言った。

 ゾーイさんは、ふふっ、と笑って、ぼくの鼻をツンツンした。

 彼女は、身を捻りながら優雅に立ち上がり、ぼくに背中を見せた。

 彼女の向かう先には、無表情を顔に張り付けたような感じの、金髪のスカンジナヴィア系の女性がいた。
 彼女は、その表情とは裏腹に、ご機嫌な声色で何かの歌を口ずさんでいた。
 ノルウェー語だ。
 ノルウェー語は、かじった程度だったが、かじった程度には知っていたのでわかった。

「ハロー、オルガ。相変わらず素敵な声ね」ゾーイさんは鈴の鳴るような声で言った。「オペラ歌手になれるって言われたことはない?」

「要件はなんだ?」オルガと呼ばれた女性は、拗ねたような口調で、ゾーイさんに一瞥もくれずに、ラウンジに入った。

「まったく、相変わらず可愛いわね。実はね……」ゾーイさんは、ラウンジのドアを閉めた。

 ガラス越しなので良くはわからなかったが、ゾーイさんはオルガさんに無二の親友に向けるような笑顔を向けていたが、オルガさんはゾーイさんにうんザリしたような目を向けている。

 オルガさんはぼくの視線に気がつくと、ぼくに対して、硬い笑顔を向けた。

 ぼくは彼女に対して、親しくなりすぎないように気をつけて、笑顔を返した。

 彼女は、視界の端にぼくを収めながら、ゾーイさんに視線を戻した。

 綺麗な人だ……、と思いながらも、ぼくは、あんまり見すぎるのも悪いかと思い直して、オルガさんから視線を外した。
 代わりに、ぼくは、和風弁当を食べながら、旅程を考えることにした。

 2度目にあちらへ行った際に、分厚いガイドブックを買った。

 見ているだけで、胸の弾む内容だ。

 ガイドブックには数種類の地図が付いていた。

 はじめはニホニア。

 そこで、ゾーイさんとはお別れだ。

 ゾーイさんはスカンディナヴィアの辺りに行くらしい。

 ぼくは、ラシアを見て周って、ユーレップに行こう。

 ファンランド、そこから、セウェードゥン、ネラウェー、ダンモーク、そこからは、グレートブリタニアか、オランドゥアに行こう。

 ニホニアで過ごす時間を多く取るつもりはなかった。

 まずはラシア。

 小さな街を転々としつつ、雪原の中でキャンプをするつもりだった。

 雪の中で飲むコーヒーは美味しいのだ。

 キャンプに飽きたら、街へ向かって、そこからスライムやユニコーンで首都のマスクヴァや芸術都市サンクト・フローレンスブルグに向かう。

 各都市で過ごす時間は、一週間以上にはならないようにする。

 周りたいところを全部行くのが、今回の旅の目的だった。

 そうすると、時間に追われてしまいそうになるが、時間についてはあまり気にしないようにしたいところだ。

 それに、ぼくは一人旅。

 プランを自由に変更して、身軽な旅を楽しめるのは、一人旅の大きな利点の一つだった。

 その時、

『ーー次はぁー、ニホニア、ニホニア。12番ゲートです。本日のニホニア行きは、あと3本です。次はぁー、ニホニア、ニホニア。ーー』

 と、アナウンスが流れた。

 ガラスの壁に覆われたラウンジの中で、ゾーイさんがぼくを見た。

 オルガさんもこちらを見る。

 ゾーイさんは、頭を下げて微笑んだ。

 ぼくは微笑んで頷いた。

 何を話しているのかわからないが、もう少しかかりそうだ。

 ぼくは、ゾーイさんに見えるような形でジャケットをベンチに置き、コンビニへ向かった。
 ポテトチップス、お弁当、インスタントラーメンを片っ端から買って、それらの入ったビニール袋を丸め、リュックサックを開ける。
 中には、ミニチュアの荷物の収まった空間が広がっている。
 一部分はワンルームマンションの一室のようになっており、そこはニホニアにゃんたちの居住スペースとなっていた。様子を見ていれば、みんなくつろいでいるようだった。
 ぼくは、丸めたビニール袋をリュックサックに入れた。
 リュックサックの内側の生地に触れた途端に、ビニール袋は小さくなった。
 サイズ調整魔法の一つだ。
 魔力は様々な物質に変換することが出来るが、生命には変換出来ないので、食料やこだわりの木製家具などは、このように持ち歩かないといけない。
 生きているものを魔力で変質させる為には膨大な魔力や高度な技術が必要な上に、治療を目的とした場合以外は、魔法界の法律上、重大な犯罪として扱われている。
 一方で、生命活動を行なっていない食糧や木材などはその限りではなく、また、魔力による変質や形状変化なども容易なので、こうして食料などを持ち歩く魔法族の旅人は割と多い。
 リュックサックに入れた食糧を見て、もう少し調達しても良いかな……、と思いつつも、これから貧乏旅行をするのだということを思い出し、これで満足しておくことにした。

 学園の物価は安いが、AWの物価は更に安かった。

 あとは、必要に応じてあちらで買えば良いだろう。

 ゾーイさんが戻ってきた。

 オルガさんは、ガラスに囲われたラウンジで、ソファに腰掛け、こちらに背を向けて、新聞を読んでいた。

「おかえりなさい」ぼくは言った。

「ただいま。ご飯買えた?」

「ええ」

「そろそろ行く?」

「行きましょう」ぼくはリュックサックを持ち上げた。
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