【魔法使いの世界を旅する一年 2010/12〜】

Zezilia Hastler

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ニホニア編 Side空

3日目 ユアンの地図と、ゾーイのお稽古

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肩を突かれて目を覚ませば、ゾーイさんだった。

 身を起こすと、鼻がムズムズして、くしゃみをしてしまった。

 誰かが噂でもしているのかもしれない……、そんなことを思った瞬間に、脳裏に、ドアにおねだりをした恥ずかしい思い出が浮かんだ。

 見れば、完全武装のユアンさん、ノエルさん、フィリップさん、マークくん、ビルギッタちゃんがいた。

 もう出て行くところらしい。

 ぼくは、マークくんとビルギッタちゃんにインスタントヌードルをいくつか渡した。

 代わりに、ユアンさんは、地図の写しをくれた。

 点と線と簡単な絵のみで作られた地図だった。

 ぼくが寝込んでいるうちに用意をしてくれたらしい。

 ラシアとユーレップ、ぼくが行こうとしているエリアに存在する、まだ、公の地図には載っていない場所だった。

 秘境の奥にある美しい景色や、面白い村、そこへのルート。

 ルート上には、危険な生物を見かけた場所なども書かれていた。

 また、物価や、おすすめの宿なども。

 ユアンさんたちの書いている地図は、ガイドブックのようなものだった。

「ありがとうございます」

「良いんだ」と、ユアンさん。「楽しめよ」

 ぼくは、5人とハグをして、別れの挨拶をした後、再びベッドに入り込んだ。


ーーー


 次に目を覚ました時、目の前にいたのは、簡素なワンピースドレスに身を包み、右手に剣を持ったゾーイさんだった。

 刃幅は細い。
 刃の長さは、短剣よりも長く、長剣よりは短かった。
 柄は丸く掌を覆う形になっている。
 フェンシングの剣のようだが、あれは確か、刃が丸い棒のようになっていて、切ることは出来ない形状をしていた気がする。

 ゾーイさんは暖かく微笑んでいた。
 ホラーだ。

 ゾーイさん曰く、「わたしは明日にはグァンマーに行くから、今日中に、ソラを一人にしても大丈夫だって、自分を安心させたいの」とのことだった。

 つまり、稽古をつけてくれるらしい。
 余計なお世話だった。
 危なくなったら逃げる。
 戦うのは最終手段だ。
 その最終手段に自信を持つようになったら、その手段を選ぶようになり、逃げる余地を自分で潰してしまうんじゃないか。
 人は、武器を手に持っている時、それを使わないようにするのに苦労するものだ。
 そして、武器は持ち主を錯覚させる。
 自分は強くなった、と。

「それは、心の弱い者だけよ。ソラはどっちかしら」

 そんな言い方をされると、自分はそうじゃない、と、思いたくなってしまう。

 ぼくたちは、中庭の訓練場に向かった。

「これは、ドレスソードや、ショートソードって言われるもので、儀礼用の、アクセサリーのようなもの。でも、片手で扱うにはちょうど良いサイズ感で、短剣ほどリーチが短くはない。ソラは小柄だし、正面から受けても勝てない。だから、身軽で扱いやすい武器が良いわ。片手で振り回しやすい重量、強度、切れ味重視で作った方が良いわ」

 ぼくは、昨日作った、素の魔力のタネを右手に握った。
 ゾーイさんが持っているような形の剣を想像し、軽く、丈夫で、優れた切れ味を想像した。
 ぼくの右手に生まれた剣は、ぼくの頭に浮かんだ朧げなビジョンに、実態感と色がついたものとなった。
 ノエルさんが言っていた通りだ。
 タネは、ぼくの想像を実現させるのに、うってつけだった。

 ゾーイさんは、剣を構えた。「思いっきり打ってきて」

 剣が弾かれ、折れた切っ先が、ぼくやゾーイさんを傷つけるのを心配した。

 それを伝えると、ゾーイさんは、剣を地面に突き刺して、ぼくの後ろに回った。

 ぼくは、体育の授業でやった剣道を思い出した。
 腰を捻り、剣を握る手に力を入れるのは、一瞬だけ。
 ぼくは、それを思い出して、剣を振るった。
 キンっ、と、金属同士のぶつかる軽い、短い音がした。
 ゾーイさんが地面に突き刺した剣は途中で折れ、持ち手が、地面に落ちた。
 ぼくの振るった剣、その刃には、刃こぼれ一つない。

 ゾーイさんは、頷いた。「オッケー。これで大丈夫ね」

「良いんですか?」

「うん。結構丈夫に作ったんだけど、簡単に折れちゃったね。グロリアの指輪も効果発揮してるみたいだし、大丈夫でしょう」ゾーイさんは、地面に横たわる剣の持ち手に向かって、上向きに開いた手の平を向けた。

 剣の持ち手と、地面に突き刺さったままの刃が、光の粉になり、ゾーイさんの掌に集まる。

 ゾーイさんの手には、先ほどと同じ剣が握られていた。「落ち込むなー」と、軽い調子で、ゾーイさんは言うと、ぼくを見た。

 ぼくは、ゾーイさんの目を見て、息を飲んだ。
 全身の毛が逆立ち、鳥肌が立った。

 ──ドクン……。

 瞳孔の開いた目。
 冷たい目。

 ──ドクンドクンドクンドクドクドク……。

 心臓の鼓動が大きくなり、妙に大きく、その音が脳内に響く。

 ──ドクドクドクドクドクドク……。

 ぼくの全身を、脳内を、何かが、静かに駆け巡った。

 宙を舞う枯れ葉が、速度を落とす。
 風に揺られた芝生のダンスが、スローモーションになる。

 勢いよく振り上げられたゾーイさんの腕。
 その急速な動きが、妙に、ゆっくりに感じられる。

 ゾーイさんの目が、ギラギラと光っていた。
 ゾーイさんの手の中で、剣が光を放った。

 背筋に冷たいものが走った、という、小説でたまに見かける一文が、脳裏をよぎった。

 ぼくは、剣を握った。

 ゾーイさんの目に宿っていた荒々しい光が、軽やかで、静かな、喜びのようなものへと移り変わる。
 キラキラと目を輝かせるゾーイさんは、ぼくの額に向かって剣を振り下ろしてきた。

 ぼくは、迎え撃つように、全力で剣を振り上げた。

 またしても、折れたのは、ゾーイさんの剣だった。

 ゾーイさんは、自分の手にある剣を見て、ぼくを見て、微笑んだ。
 彼女の手に握られた剣と、地面に落ちた、折れた刃が、光の粉になって、ゾーイさんの肌に溶け込んだ。
「オッケー。ご飯食べに行きましょう。奢ってあげる」彼女は、ぼくに背中を向けて、軽やかな足取りで歩き出した。

 ぼくの全身から力が抜けた。
 ぼくは、深呼吸をした。
 体を内側から殴るような心臓の鼓動は、しばらく収まらなかった。
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