【魔法使いの世界を旅する一年 2010/12〜】

Zezilia Hastler

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ラシア編 Side 空

6日目 グロリアとゾーイ

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 ゾーイは、談話室の暖炉の前で、ワインを飲んでいた。

 左隣には、グロリアがいる。

 闇落ちのドラゴンの復活、ヴェルがその闇落ちのドラゴンだと思われているということ、早いところ、あちらに戻って調査をしたいということ、一緒に来てくれると助かること、それらを話し終えて、ゾーイとしては、一段落がついたところだった。「どう?」

 グロリアは、タバコの煙を吐いた。「これは、学園の仕事ってことで良いの?」

 ゾーイは頷いた。「そうなるわ」

 グロリアは、頷きながら、灰皿に灰を落とし、ワイングラスを持ち上げた。「報酬は?」

「何が良い?」
「30歳まで、タダで学生寮に住まわせて」
「良いわ。他には?」
「あちらでの食費は全部経費で落として」
「あとは?」
「ソラは無事?」

 ゾーイは頷いた。「セウェードゥンの人が警護してくれてる」

 グロリアは頷いた。「あとは、そうね……、ヴェルと話す機会が欲しいわね」

「良いわ」

「そんなもんかな」グロリアは、タバコの吸い殻を、暖炉に捨て、新しいタバコを取った。「別に不自由してないし。いつ行くの?」

 ゾーイは、懐中時計を見た。
 シンプルで質素なデザインのもので、日本人の人間である、6人目の夫から、100年ほど前にもらった物だった。
 彼女は、それを気に入っていた。
 その夫との思い出も、同様に気に入っていた。
 当時は、日本特有の暦の数え方では大正時代と呼ばれており、この国はあまり裕福ではなかった。
 その男性の家は、そんな時代の中でも、さらに裕福ではなかった。
 それでも、優しく、物腰柔らかで、いざというときには頼りになる、良い男だった。
 ゾーイが、男に、自分は魔法族であると打ち明けたのは、男の齢が五十を迎えた時だった。
 それ以前も、男は、ゾーイがいつまでも若々しい容姿をしていることについて、冗談めかしながらも怪訝に思っていた。
 自分は、恐らくこれから先数百年を生き続けるだろう、男が死ねば、新しい男性と結ばれることになる、と、ゾーイは、全てを男に打ち明けた。
 男は、ゾーイを不気味に思うこともなく、彼女の人柄と運命を受け入れ、そして、ゾーイとの間に生まれた子供たちのことを思い、少しばかり涙を流した。
 魔力を分け与えるための指輪を受け取れば、男性はもっと長生き出来ただろう。
 だが、男性は、自分が先に死ぬこともまた、ゾーイとの間にある愛の形の行く末、人間と魔法族の愛のあるべき形、迎えるべき行き先だとして、その指輪を拒んだ。
 人間の男は、みんな同じだ……、そう思いながら、暖かな微笑みを浮かべるゾーイは、優しい手つきでその懐中時計を閉じた。「今夜は?」

 グロリアは、暖炉の火をぼんやりと見つめながら、タバコの煙を吐いた。「ゆっくりしてて良いの?」

 ゾーイは頷いた。「今、セントラル・ニホニアのあたりに情報を流してるの。ヴェルが来たってね」

「なんでそんなこと?」

「クラリッサを誘き寄せるため」

 グロリアは、うあぁ……、と、唸った。「大変な事態だってのに、それに加えてあの変態が何かやらかしたっての?」

「違うわ。彼女からなら、ヴェルの現状を知れるかなって思って」ゾーイは、グラスのワインを全て飲み干し、グラスを消した。

 グロリアは頷いた。「それについちゃ間違いないでしょうね」

「あなたは?」ゾーイは、立ち上がった。

「わたし?」

「ヴェルについて、何か知ってる?」

 グロリアは首を横に振った。「知らないわ。もう長いこと会ってない」

「そう」

 グロリアは頷いた。「でも、一つだけ言えることがある」

「なに?」

 グロリアは、ふと、ソラの顔を頭に思い浮かべた。「ヴェルの性格と、あの世界でのヴェルの評価、それらを鑑みたら、ヴェルが次の闇落ちのドラゴンかもしれないっていう話には、信憑性がある」グロリアは、タバコを加えて、その先に火をつけた。濃い煙を吐き、トントン、と、灰皿に灰を落とす。「もっとも、あいつが人を傷つけるとは思えないけれどね。そうするくらいなら自分を傷つけるタイプよ」

 ゾーイは頷いた。「じゃ、今夜、またここでね」

 グロリアは頷いた。

 ゾーイは、談話室を後にした。

 グロリアは、タバコを吸い、ため息とともに煙を吐くと、小さく呟いた。「めんどくさ……」グロリアは、かつて、AWを旅した時のことを思い出し、そっと、口元に微笑を浮かべた。

 ほんと、どいつもこいつもめんどくさいよね……、ヴェル。

 グロリアは、窓の外を見た。
 窓の外は、吹雪いていた。


15:45


 窓の外が、また吹雪いてきた。

 クスクスを食べ終えたぼくは、本を読んでいた。
 【ヴェルの冒険】だ。
 ヴェルもこの街を訪れたらしい。

 何度も読んだのに気が付かなかったが、読み返してみると、あぁ、確かにこんな章もあったな……、と思い出すから不思議なものだ。

 彼女はこの街について、ハバネロシキとハバネロシチくらいしか魅力のない、平凡な街と記していた。

 ぼくは、明日の朝、この街を出ることにした。

 ユアンさんからいただいた地図の写しによると、ここから少し離れたところに、グレイシャーという街があるらしい。

 響きがロシア語らしくないと思ったが、その疑問についてのこれといった記述はなかった。

 まあ、行けばわかるだろう。

 ウェイトレスさんがやってきた。「吹雪いてきたわね……」と、うんざりした様子で、彼女は言った。「この感じだと、もっと酷くなるわよ」

「昨日の夜よりも?」

「昨晩は酷かったわね……。でも、あんなのは滅多にないわ」

 ぼくは頷いて、立ち上がった。

 壁掛け時計を見て、少し驚いた。
 随分と長い事居座ってしまっていた。

 ジェロームくんは目を覚ますと、椅子から飛び降りて、ぼくの足元に顔をすりすりした。『もう行くのか?』

「うん。吹雪いてきたし、もっと酷くなるって」

『うへー』

 ぼくは笑って、ウェイトレスさんを見た。「美味しかったです。大聖堂を見て、宿に帰りますね」

 ウェイトレスさんは微笑んだ。「また来てね」

 ぼくは微笑んだ。

 支払いを終えて、店を出ると、風が強く、雪も降っていたが、昨日ほどじゃなかった。
 薄い雪雲の向こうにある太陽が、うっすらと見えた。
 観光客たちは、楽しそうな悲鳴をあげて、どこかへ走っていった。
 ぼくは、人のいなくなった広場を、大聖堂へ向かって歩いた。
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