大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました

柴野

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第十四話 あれは絶対両想いでしょう 〜sideアンナ〜

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「……あれは絶対両片想いでしょう」

 ジェシカ妃殿下とのお茶会からの帰り、馬車の中で私は呟き、にまにましていた。

 久々の彼女とのお茶会は楽しかった。
 数ヶ月前の結婚披露宴の時よりジェシカ妃殿下はより一層美しくなっていて、少なくとも悪い生活を送っていないだろうなとすぐわかったけれど、まさかあんな話を聞けるとは思ってもみなかった。

 お茶会の話題は主にジェシカ妃殿下と皇太子殿下の関係について。

 初夜に約束を交わして白い結婚をしているという二人。王宮の中では完全別居をしているのかと思いきや、なんと甘々な日常を過ごしていたというのだ。

 よほどのバカップルしかやらないようなことをたくさんして――彼女は詳しく語らなかったもののきっとじれじれでデレデレが繰り広げられていたに違いない――、その全てを不本意な演技と言い張っているのにははっきり言って笑いを堪えるのが大変だった。

 男というのは単純なもの。役者でもない限り、たとえ演技だったとしても興味のない女にそこまで構ったりしない。というかできないのを私は知っている。たとえば浮気をしていたりすると本人はそれまで通り婚約者に接しているつもりでも周囲からはバレバレだったりするのだ。
 皇太子殿下の行動の一部始終を聞く限り、確実に下心があると考えるべきなのに、頑なに演技という言い分を信じるあたり、完璧令嬢と呼ばれた彼女は恋愛に関してはウブらしい。
 他の令嬢であれば間違いなく頬を染めるだろうに。

 今までは彼女が皇太子殿下の不満しか言わなかったからてっきり仲が最高に険悪なのだと思っていた。でもきっと、あらゆるすれ違いが生まれ、両片想い状態に至ったのだろう。

 自慢じゃないが私は恋愛に詳しい方だと思う。
 今まで、恋に悩める貴族令嬢百人以上の悩みを解決してきたからわかる。

 素直になれないヘタレ男、誤解してばかりの勘違い女。
 これは恋愛の定番の形の一つ。私に恋愛相談してくる令嬢は大抵、婚約者から溺愛されているにもかかわらず自覚がないので勝手に不安になっていたりする。でも客観的に見ればそのほとんどがラブラブ過ぎるほどラブラブなのだ。
 彼氏側にそれとなく接触し、彼女への接し方を教えるようにいつもはしているのだが、皇太子殿下に顔を合わせる機会はなかなかない。ということは――。

「ジェシカ妃殿下を徐々にその気にさせていくしかないわね。離縁は婚姻二年目の予定だったかしら……ということは残り一年半弱よね。それまでにどうにかできるといいのだけれど」

 己のワインレッドの髪をくるくるといじりながら、私は思案を巡らせ始めた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 次期ヴェストリス侯爵になるために日々勉強やら何やらと忙しく過ごす私の唯一と言える趣味は、他人の恋愛を横から見て楽しむこと。
 婿入り予定の婚約者とは可もなく不可もなくのそれなりの関係を築き、保ち続けられてしまっているので、新鮮な恋を味わうには他人の恋を見守るのが一番手っ取り早い。そこで考えついたのが恋のキューピットになることだった。

 そんな理由ではあるが恋愛相談に乗れば皆が喜んでくれるので、自分では健全な趣味だと思っている。

 ただ、一番の親友であるジェシカ妃殿下は十歳の頃に婚約し、数年後にさっさと隣国の王弟殿下の元に行ってしまったのでそのような機会はなかったのだが、諸事情により婚約解消されて戻ってきてくれたおかげで美味しい話を聞かせてもらうことができた。

「もっとも今回に関しては彼女から恋愛相談されたというわけじゃないのだけど、他人の恋の予感を感じ取ると見逃せないのが私のさがなのよね」

 まずジェシカ妃殿下には想いを自覚させる必要があるだろう。話はそれからだ。
 彼女は皇太子殿下との出会いが嫌な思い出となっているようなので、それが捻くれた捉え方をする理由である可能性が高い。

 その問題を解決し無事に恋を始めさせるには、皇太子殿下の本心を理解できるようになった方がいい。
 私が会って話す際などにはごくごく普通の貴公子に思えるが、ジェシカ妃殿下の話では皇太子殿下は俺様系というか典型的なツンデレらしいし、ジェシカ妃殿下が彼の心の声を自力で正しく解釈するようになるのは難しいだろう。
 そこで私の出番。彼女から事細かに話を聞き出して、うまく翻訳していって……。

「これはなかなかにいい案かも知れないわ」

 馬車が侯爵邸に着き、侍女にドレスを脱がせている間も私の頭の中はジェシカ妃殿下と皇太子殿下をいかにして両想いにさせるかでいっぱいだった。
 考えれば考えるほど笑みが深まる。きっと今の私の顔を見れば誰でも悪巧みをしていると思うに違いない。

 ――あながち間違いでもないのだけれど。

「さて、次はいつ会いに行くべきかしら。なるべく早くが好ましいわね」

 皇太子殿下はジェシカ妃殿下の身の安全を心配するあまり束縛が強めになってしまっているようだし、もしかするとなかなかお茶会も開けないなんてことになるかも知れない。
 もしそうなったら手紙を出してこちらに招こう。さすがに皇太子殿下とてヴェストリス侯爵家からの誘いを断るのは難しいだろうから。

 ジェシカ妃殿下ったら愛され過ぎていて羨ましいわ、と密かに思ったのは誰にも内緒のことだ。



 ――なのにそれから数日後、信じられない話を聞くことになる。
 情報源は王宮のお喋り雀。ほぼそう入れ替えをしたといえ、情報を外に漏らす者はまだいたらしい。それをヴェストリス侯爵家のメイドに伝えたようで、その結果私の耳まで入ってきたのだった。

 皇太子ヒューパート殿下とその妃である彼女が、あのお茶会の直後に仲違いをし、城の中では現在冷戦とも呼べる状態になっているという噂が。

「嘘でしょ……」

 そうは言ったものの、こういった部類の噂話は、私の経験上で言うと意外に正確であることが多い。これはおそらく嘘ではないだろうと直感でわかった。

 まったくの他人事だというのに、私は我がことのように頭を抱えてしまった。
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