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プロローグ
第一話 愛の終わり
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「……そういうことだ。アニス、君との婚約は破棄させてもらう」
王都の一角。
王室御用達の高級ホテル。そのスイートルームの一室で。
アニス・フランメルは婚約者である王太子サフランに、いきなり婚約破棄を告げられた。
それは怒りとか、悲しみとか、情けの混じった感情ではなく。
アニスから解放されるという喜びと、彼が腰に抱いたもう一人のこの部屋にいる女性。
キャンベルを新たにすることのできる、希望に満ち満ちた未来への展望に対して、自ら祝福を上げ、それに酔っている様だった。
アニスは不躾なこの要求に、怒りを感じていた。
しかし、相手は王族だ。無礼な返事を返すことは許されない。
それは行いにしても同じで、彼女としては自分が立っている部屋の入り口横に飾られた、棚の上にある花瓶を手にして投げつけたい衝動に駆られたが、どうにかそれを治める。
「殿下。そのようなことはマナーを守っていただかないと。直接、私に伝えられても、返答に困ります……」
婚約するまでの期間が長かったのと同じだ。
間には仲人も存在する。
互いの両親の面子だってある。
おまけに貴族であり、片方は王族なのだ。
こんな急ぎ足で婚約破棄を、それも殿下からしたとなれば、国民の間に動揺が走る。
国王陛下への不信感だっておおいに募るだろう。
国民は自分たちが祝福したはずの婚約を勝手に破棄されて、いい気分はしないはずだ。
殿下に対しても、アニスの実家、フランメル伯爵家にしても冷たい目に晒されることになる。
「そうかな? これほど簡単で分かりやすい契約を破棄する言葉は他にないと思うのだが?」
「言葉の意味を論じている場合ではありません。私はあなたを愛していますよ、サフラン様」
「ふん。面倒くさい女だ」
その一言にただでさえ激情型のアニスの中で何かがプツンと切れた。
王太子と婚約する前は、辺境伯家の娘として、国境地帯の砦を任されて戦っていたのだ。
隣国の帝国兵に砦を囲まれ、わずか二十数人で援軍が助けにくるまで耐え抜いたこともある。
生涯、宮廷と特定の場所しか行かず、遊興に浸って暮らしてきたサフランとは鍛え方が違った。
「なんですって?」
静かに、怒りを。胸の内からムカムカと湧き上がって来る何かを堪えつつ、アニスは再度、問い返した。
いや、強い口調で詰問した。
サフランはその強さに、これまで見た事のない、自分が知らないアニスの一面を見る。
そこには、彼が良く知る甘いものが大好きで、刺繍や詩歌を愛でる家庭的な淑女の面影はどこにもなかった。
「い、いや。無駄に時間をかけて話し合うよりも、僕は彼の彼女を。……このキャンベルを、彼女に真実の愛を見つけてしまったからな。アニス、君ではなく僕は彼女と結婚することを心に誓ったんだ」
どこか喜劇じみた所作で、殿下は自らの意思を表明する。
かたわらで、「サフラン様!」と合いの手を挙げ、きゃっきゃっとはしゃぐ少女を見て、アニスは更なる疲れに襲われた。
その頑なな想いを、どうして私にだけ向けてくれないのか。
もう反論するのにも嫌気が差してきた。
片手に抱えていた茶色い紙袋の中身が、ぼとぼとと音を立てて落ちていく。
王都の冬は寒いというから、寒さが苦手だというサフランのために、初夏のいまからがんばって、セーターでも編もうかと仕入れて来たのに。
その中身は編み棒が数種類と、幾房かに束ねられた、青や白、黒や赤などの編み糸が詰まっていた。
王都の一角。
王室御用達の高級ホテル。そのスイートルームの一室で。
アニス・フランメルは婚約者である王太子サフランに、いきなり婚約破棄を告げられた。
それは怒りとか、悲しみとか、情けの混じった感情ではなく。
アニスから解放されるという喜びと、彼が腰に抱いたもう一人のこの部屋にいる女性。
キャンベルを新たにすることのできる、希望に満ち満ちた未来への展望に対して、自ら祝福を上げ、それに酔っている様だった。
アニスは不躾なこの要求に、怒りを感じていた。
しかし、相手は王族だ。無礼な返事を返すことは許されない。
それは行いにしても同じで、彼女としては自分が立っている部屋の入り口横に飾られた、棚の上にある花瓶を手にして投げつけたい衝動に駆られたが、どうにかそれを治める。
「殿下。そのようなことはマナーを守っていただかないと。直接、私に伝えられても、返答に困ります……」
婚約するまでの期間が長かったのと同じだ。
間には仲人も存在する。
互いの両親の面子だってある。
おまけに貴族であり、片方は王族なのだ。
こんな急ぎ足で婚約破棄を、それも殿下からしたとなれば、国民の間に動揺が走る。
国王陛下への不信感だっておおいに募るだろう。
国民は自分たちが祝福したはずの婚約を勝手に破棄されて、いい気分はしないはずだ。
殿下に対しても、アニスの実家、フランメル伯爵家にしても冷たい目に晒されることになる。
「そうかな? これほど簡単で分かりやすい契約を破棄する言葉は他にないと思うのだが?」
「言葉の意味を論じている場合ではありません。私はあなたを愛していますよ、サフラン様」
「ふん。面倒くさい女だ」
その一言にただでさえ激情型のアニスの中で何かがプツンと切れた。
王太子と婚約する前は、辺境伯家の娘として、国境地帯の砦を任されて戦っていたのだ。
隣国の帝国兵に砦を囲まれ、わずか二十数人で援軍が助けにくるまで耐え抜いたこともある。
生涯、宮廷と特定の場所しか行かず、遊興に浸って暮らしてきたサフランとは鍛え方が違った。
「なんですって?」
静かに、怒りを。胸の内からムカムカと湧き上がって来る何かを堪えつつ、アニスは再度、問い返した。
いや、強い口調で詰問した。
サフランはその強さに、これまで見た事のない、自分が知らないアニスの一面を見る。
そこには、彼が良く知る甘いものが大好きで、刺繍や詩歌を愛でる家庭的な淑女の面影はどこにもなかった。
「い、いや。無駄に時間をかけて話し合うよりも、僕は彼の彼女を。……このキャンベルを、彼女に真実の愛を見つけてしまったからな。アニス、君ではなく僕は彼女と結婚することを心に誓ったんだ」
どこか喜劇じみた所作で、殿下は自らの意思を表明する。
かたわらで、「サフラン様!」と合いの手を挙げ、きゃっきゃっとはしゃぐ少女を見て、アニスは更なる疲れに襲われた。
その頑なな想いを、どうして私にだけ向けてくれないのか。
もう反論するのにも嫌気が差してきた。
片手に抱えていた茶色い紙袋の中身が、ぼとぼとと音を立てて落ちていく。
王都の冬は寒いというから、寒さが苦手だというサフランのために、初夏のいまからがんばって、セーターでも編もうかと仕入れて来たのに。
その中身は編み棒が数種類と、幾房かに束ねられた、青や白、黒や赤などの編み糸が詰まっていた。
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