41 / 71
第三章
第四十話 王の剣
しおりを挟む
講習会の会場で、アニスに袖なくされてしまった二人組。
真紅の髪の少女アルテューレは黒髪の槍使いオネゲルに向かい、「どうするのよ」と小さくぼやきながら馬の手綱を引いた。
二人はアニスたちがエリオットの用意した馬車でホテルを立った後、すぐに単騎の馬を二頭レンタルして、気づかれない程度に距離を置きつつ、尾行を開始した。
厄介なのはあの黒狼だ。
獣人は人の数百倍の聴力を持ち、鼻が効くという。
そんなリンシャウッドに気づかせないように尾行することは、なかなかに至難を極めた。
何しろホテルの会場で既に匂いを覚えられている可能性がある。
「おまえがしくじったんだ」
「違うわよ、あなたが!」
二人は気配をある一定期間だけ消すことのできる魔猟用の魔導具を発動させながら、ずっと同じことを言い合ってここまでやってきた。
大きな声を立てても一定範囲から外には漏れることがない。匂いも音も気配すらも消すことのできる優れものの魔導具は、いまや単なる痴話喧嘩を他人に晒さないための見えない障壁と化していた。
「あのお方はサフラン様の婚約者だったのよ? そんな高貴な女性が、あんな獣人と冴えない魔導具師見習いとつるむなんて、信じられない」
アルテューレは猫のように吊り上がった目を細めて、はるか先を行く馬車の御者席に座るエリオットをにらみつける。
「魔石彫金師見習いだ」とオネゲルが細かく訂正すると、彼女は槍使いに怒りの矛先を向けた。
「あのまま黒狼を見捨てて、魔石彫金師見習いを見捨てるように進言すれば、きっとあたしたちと共に来てくださったはずなのに!」
「そりゃ、無理だろな。アニス様はどう見ても、特権意識があるようには見えなかった」
「……どういう意味?」
「身分差別とかなくなった方がいい。そうは思っていなくても、なるべく身分の垣根を越えた人付き合いを好むように思えたな」
「あなたが皮を売ればいいとか言うから……。怒ってしまわれたんだわ」
ホテルギャザリックで開かれた魔猟師講習会の会場で、アニスが来ることをあらかじめ情報として仕入れていた二人の男女は、リンシャウッドが違法なふるまいをしてさらに空腹でぶっ倒れ、アニスたちに保護されてしまうという想定外の事故に遭遇していた。
この日、二人はとある任務を帯びて魔猟師講習会に潜入したのだが、アニスとの接触は最悪な物になってしまった。
リンシャウッドが余計だったのだ。
どこの馬の骨とも知れない獣人なんてさっさと見捨てて、自分たちの要件を済ませたかった。
このままリンシャウッドを助けてどこかに行かれでもしたら、新たに計画を練り直さなくてはならない。
そんな心の焦りと、二人の中では常識だった身分への意識の低さが、結果的に計画を頓挫させてしまった。
リンシャウッドを抱えてアニスたちが背を向けたとき、二人は計画のやり直しを迫られた。
「そういう問題じゃないと思うぞ、俺は」
「また意味の分からないことを……。上級貴族の女性は、それ相応の身分の者と付き合うべきだわ。私達のように」
それは確かにそうだ、と槍使いは同意する。
二人が持つそれぞれの剣と槍の一部には、王家の紋章が刻み込まれていた。
真紅の髪の少女アルテューレは黒髪の槍使いオネゲルに向かい、「どうするのよ」と小さくぼやきながら馬の手綱を引いた。
二人はアニスたちがエリオットの用意した馬車でホテルを立った後、すぐに単騎の馬を二頭レンタルして、気づかれない程度に距離を置きつつ、尾行を開始した。
厄介なのはあの黒狼だ。
獣人は人の数百倍の聴力を持ち、鼻が効くという。
そんなリンシャウッドに気づかせないように尾行することは、なかなかに至難を極めた。
何しろホテルの会場で既に匂いを覚えられている可能性がある。
「おまえがしくじったんだ」
「違うわよ、あなたが!」
二人は気配をある一定期間だけ消すことのできる魔猟用の魔導具を発動させながら、ずっと同じことを言い合ってここまでやってきた。
大きな声を立てても一定範囲から外には漏れることがない。匂いも音も気配すらも消すことのできる優れものの魔導具は、いまや単なる痴話喧嘩を他人に晒さないための見えない障壁と化していた。
「あのお方はサフラン様の婚約者だったのよ? そんな高貴な女性が、あんな獣人と冴えない魔導具師見習いとつるむなんて、信じられない」
アルテューレは猫のように吊り上がった目を細めて、はるか先を行く馬車の御者席に座るエリオットをにらみつける。
「魔石彫金師見習いだ」とオネゲルが細かく訂正すると、彼女は槍使いに怒りの矛先を向けた。
「あのまま黒狼を見捨てて、魔石彫金師見習いを見捨てるように進言すれば、きっとあたしたちと共に来てくださったはずなのに!」
「そりゃ、無理だろな。アニス様はどう見ても、特権意識があるようには見えなかった」
「……どういう意味?」
「身分差別とかなくなった方がいい。そうは思っていなくても、なるべく身分の垣根を越えた人付き合いを好むように思えたな」
「あなたが皮を売ればいいとか言うから……。怒ってしまわれたんだわ」
ホテルギャザリックで開かれた魔猟師講習会の会場で、アニスが来ることをあらかじめ情報として仕入れていた二人の男女は、リンシャウッドが違法なふるまいをしてさらに空腹でぶっ倒れ、アニスたちに保護されてしまうという想定外の事故に遭遇していた。
この日、二人はとある任務を帯びて魔猟師講習会に潜入したのだが、アニスとの接触は最悪な物になってしまった。
リンシャウッドが余計だったのだ。
どこの馬の骨とも知れない獣人なんてさっさと見捨てて、自分たちの要件を済ませたかった。
このままリンシャウッドを助けてどこかに行かれでもしたら、新たに計画を練り直さなくてはならない。
そんな心の焦りと、二人の中では常識だった身分への意識の低さが、結果的に計画を頓挫させてしまった。
リンシャウッドを抱えてアニスたちが背を向けたとき、二人は計画のやり直しを迫られた。
「そういう問題じゃないと思うぞ、俺は」
「また意味の分からないことを……。上級貴族の女性は、それ相応の身分の者と付き合うべきだわ。私達のように」
それは確かにそうだ、と槍使いは同意する。
二人が持つそれぞれの剣と槍の一部には、王家の紋章が刻み込まれていた。
1
あなたにおすすめの小説
ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…
ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。
一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。
そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。
読んでいただけると嬉しいです。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
婚約破棄を突き付けてきた貴方なんか助けたくないのですが
夢呼
恋愛
エリーゼ・ミレー侯爵令嬢はこの国の第三王子レオナルドと婚約関係にあったが、当の二人は犬猿の仲。
ある日、とうとうエリーゼはレオナルドから婚約破棄を突き付けられる。
「婚約破棄上等!」
エリーゼは喜んで受け入れるが、その翌日、レオナルドは行方をくらました!
殿下は一体どこに?!
・・・どういうわけか、レオナルドはエリーゼのもとにいた。なぜか二歳児の姿で。
王宮の権力争いに巻き込まれ、謎の薬を飲まされてしまい、幼児になってしまったレオナルドを、既に他人になったはずのエリーゼが保護する羽目になってしまった。
殿下、どうして私があなたなんか助けなきゃいけないんですか?
本当に迷惑なんですけど。
拗らせ王子と毒舌令嬢のお話です。
※世界観は非常×2にゆるいです。
文字数が多くなりましたので、短編から長編へ変更しました。申し訳ありません。
カクヨム様にも投稿しております。
レオナルド目線の回は*を付けました。
政略結婚した旦那様に「貴女を愛することはない」と言われたけど、猫がいるから全然平気
ハルイロ
恋愛
皇帝陛下の命令で、唐突に決まった私の結婚。しかし、それは、幸せとは程遠いものだった。
夫には顧みられず、使用人からも邪険に扱われた私は、与えられた粗末な家に引きこもって泣き暮らしていた。そんな時、出会ったのは、1匹の猫。その猫との出会いが私の運命を変えた。
猫達とより良い暮らしを送るために、夫なんて邪魔なだけ。それに気付いた私は、さっさと婚家を脱出。それから数年、私は、猫と好きなことをして幸せに過ごしていた。
それなのに、なぜか態度を急変させた夫が、私にグイグイ迫ってきた。
「イヤイヤ、私には猫がいればいいので、旦那様は今まで通り不要なんです!」
勘違いで妻を遠ざけていた夫と猫をこよなく愛する妻のちょっとずれた愛溢れるお話
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
宝石精霊に溺愛されていますが、主の命令を聞いてくれません
真風月花
恋愛
嘘でしょう? 王女であるわたくしが婚約を破棄されるだなんて。身分違いの婚約者から、あろうことか慰謝料代わりに宝石を投げつけられたアフタル。だがその宝石には精霊が宿っていて、アフタルに「俺を選べ」と主従関係を命じる。ちゃんと命令を聞いてくれない、強引な精霊にふりまわされるアフタルが、腐敗した王家を立て直す。
戦姫のトロイメライ~断罪される未来が視えたので先に死んだことにしました
志熊みゅう
恋愛
十三歳の誕生日、侯爵令嬢エディット・ユングリングは、自分が死ぬ瞬間を"夢"に視た。
卒業舞踏会で、婚約者であるフィーラ帝国・第一皇子マティアス殿下から、身に覚えのない罪で断罪され、捕らえられる。傍らでは見知らぬピンクブロンドの令嬢が不敵に微笑む。貴族牢のある北の古城に連行される途中、馬車ごと“死の谷”へと落ちていった――そんな妙に生々しい夢。
マティアス殿下は聡明で優しく、エディットを大切にしているように見えた。だから誰もその"夢"のことを気に留めなかった。しかし、兄の怪我、愛猫の死、そして大干ばつ――エディットの"夢"は次々と現実になっていく。ある日、エディットは気づく。この"夢"が、母の祖国・トヴォー王国の建国の軍師と同じ異能――"未来視"であることに。
その頃、一年早く貴族学院に入学したマティアス殿下は、皇宮から解放され、つかの間の自由を知った。そして、子爵令嬢ライラに懸想するようになる。彼女は、"夢"の中で冷酷に微笑むあの令嬢に瓜二つ。エディットは自分が視た"夢"が少しずつ現実になっていくことに恐怖した。そんな時に視た、黒髪の令息が「愛しているよ」と優しくはにかむ、もう一つの『未来』。エディットは決心する。
――断罪される未来を変えたい。もう一つの未来を自分で選び取る。
彼女は断罪される前に、家族と共に自らの死を偽装し、トヴォー王国へと身を隠す。選び取った未来の先で、エディットは『戦姫』として新たな運命の渦に飲まれていく――。
断罪の未来を捨て、愛する者のために戦う令嬢の恋愛ファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる