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第三章
第四十七話 王の剣たち
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「うっわ」
「うるさい!」
「あの巨人……。たかだか炎の精霊ごときが、黒炎の精霊をこの身に宿す私をどうこうしようなんて、一万年早いのよ。ああ……尻尾が よくも、よくもっ!」
リンシャウッドの黒いまなこが、更に夜の闇を吸い込んで、オバールのような仄暗さを醸し出した。
ぎらっとしたその眼光を放つ彼女の雰囲気は、まるで獰猛な肉食獣そのものだった。
いままで感じたことのない、別種の恐怖にアニスとエリオットは囚われる。
それはいつでも自分たちを八つ裂きにできる猛獣と、同じ檻のなかに閉じ込められている、という感覚だった。
「リンシャウッド、待って! いまここで結界が壊れたら私達、死ぬことになるのよ」
「そうだ、落ち着いてくれ。君のその魔力が中から放たれたら、雷帝の園は崩壊してしまう」
エリオットは今すぐにでもリンシャウッドの肩を掴んで止めたい気分だった。
でもそれは叶わなかった。動けば、結界はあっさりと崩れるだろう。
代わりにリンシャウッドを全身で抱きしめて落ち着かせたのは、アニスだった。
妖撃のリーダーとして、的確な判断の元に、アニスは黒狼が何かをするのを踏みとどまらせようとする。
「アニス、退いてくださいっ。あの巨人、私の尾を焼いて――」
「待って、待ちなさいってば! 炎の精霊をどうにかできても、上を見てよ、周りを見て!」
「あ……」
精霊を撃退したとしても、その残した自然現象が消えるということはないのだ。
蒸し焼きにされるか、消し炭になるかは別として、悲惨な未来が待っていることは疑いようがない。
「わかった? あなたのしようとしていることが、みんなにとって有益なら、そうして」
「それはー……はい」
リンシャウッドは手に持った魔石をアニスの前に持ち上げる。
片方はどこかに召喚されるために必要な物。
もう片方は闇の炎を最大限にまで圧縮し、封じたものだと説明する。
「闇の炎で巨人を吹き飛ばすことはできますが、私以外まで無事かと言われると、それは」
「なら、みんなが退避してからにしてよ。そっちのは?」
「こっちは誰かに召喚してもらうために持っておくものなのです。ほら、これが呼び出しを行う者に渡しておくもので」
「つまり、誰かに召喚の儀式を行ってもらわないと、だめってこと?」
「そうなりますね」
こんな灼熱地獄に四方を囲まれた状況で、一体誰にそれを渡すというのか。
まるで打つ手なし、闇の精霊に肉体を蝕まれて死ぬのがいいか、炎の精霊に焼かれて死ぬのがいいのか。
究極の二択を迫られる。
どちらを選んでも精霊によって死ぬことに変わりはないが、せめて人らしく死にたいものだ。
「人らしく、か……」
「なんですか、こんなときに。悲し気に言っても現実は変わりませんよ?」
「そうじゃないわよ、馬鹿ね」
タイムリミットまでもう間がないというのに、センチメンタルな感傷に浸るのは少し早いか。
ふとサフランのことを思い出してしまったのだ。
たった一日で政治の支配者が変わり、断罪されてあっけなくこの世から去った、前の婚約者。
彼は人らしく死ねたのだろうか、もし、そうでなければいま眼前に迫った命の危機は、彼を見殺しにした罰なのだろうか、などと考えてしまった。
「ねえ、アニス」
「ん?」
「呼んでます」
「誰が!」
「だから、ほら、あそこから!」
リンシャウッドは黒狼族だ。人よりも数百倍、目も耳も良い。
彼女が指さす先にはローズ・ローズの本体があるだろうと思われる丘があり、その中腹で真紅に揺れるなにかが見えた。
「はあ?」
「女性と、男性。ほら、あの会場でいた、あの二人ですよ! 覚えてない?」
「んー……?」
スキル【魔弾】に付随する能力として、一時的に視力を数倍にまで跳ね上げることができる。それは俗にいう「鷹の眼」とか呼ばれるものだが、アニスはそれを使って遠方の二人を見た。
あの時には手にしていなかった抜き身の槍を持つ黒髪の男と、真紅の髪が辺りに沸き立つ溶岩の海から吹き上げる風に煽られている女剣士が目に入る。
さすがに聴力まではスキル増幅効果のなかに含まれていない。
仕方がないので、唇を読んだ。辺境で数キロ離れた相手と視力のみで会話をする時には、必須とされるものだ。
「伯爵様、手助け、姫様、こちらからも敵を……お父様の寄越した護衛ってこと?」
「そのようですねー。あんなところにいたのでは、何の役にも立たないのに」
「仕方ないでしょ……。高ランクの冒険者でも、こんな歩く神様みたいな奴を相手にすることはないと思うわよ」
「まあ、それは確かにそう」
と、そこまで言って、アニスはあることに気づいた。
魔弾でリンシャウッドの持つ魔石を彼らに向かい撃ち出して、召喚してもらうのはどうか。
「ねえ、魔弾でその魔石を――」
「射出する勢いに耐え切れず、破壊されてしまいますねー。残念」
「なら、誰か転移魔法で――」
「それをさせないための、竜族捕縛用に作られたのが、この魔法ですから……」
打つ手なし。
思いつくままに案を述べるも、すべて却下されてしまい、アニスはどこか不機嫌だ。
そして限界はそろそろ本格的にやってこようとしている。
「リンシャウッド」
「はいはい? あーあ、また尻尾を焼かれるのかー嫌だなー」
セリフを棒読みにするように答えるリンシャウッドに、アニスはその立派な尾をむんずっと引っ掴んで質問する。
「あの二人、あなたのことを呼んでいるわよ?」
「……いや、そんなはずは」
「あの無能な黒狼を同行させたから、こんなことになったんだ、とか口喧嘩始めた」
「聴こえては……」
「視えるから」
「そんなスキルの補正……! 見逃してました!」
どういうこと、と手にした尾をゆっくりと下がってくる天井に近づけながら、アニスは質問する。
もうじき接触しそうな尾は、自然の動物油が豊富で良く燃えそうだった。
「うるさい!」
「あの巨人……。たかだか炎の精霊ごときが、黒炎の精霊をこの身に宿す私をどうこうしようなんて、一万年早いのよ。ああ……尻尾が よくも、よくもっ!」
リンシャウッドの黒いまなこが、更に夜の闇を吸い込んで、オバールのような仄暗さを醸し出した。
ぎらっとしたその眼光を放つ彼女の雰囲気は、まるで獰猛な肉食獣そのものだった。
いままで感じたことのない、別種の恐怖にアニスとエリオットは囚われる。
それはいつでも自分たちを八つ裂きにできる猛獣と、同じ檻のなかに閉じ込められている、という感覚だった。
「リンシャウッド、待って! いまここで結界が壊れたら私達、死ぬことになるのよ」
「そうだ、落ち着いてくれ。君のその魔力が中から放たれたら、雷帝の園は崩壊してしまう」
エリオットは今すぐにでもリンシャウッドの肩を掴んで止めたい気分だった。
でもそれは叶わなかった。動けば、結界はあっさりと崩れるだろう。
代わりにリンシャウッドを全身で抱きしめて落ち着かせたのは、アニスだった。
妖撃のリーダーとして、的確な判断の元に、アニスは黒狼が何かをするのを踏みとどまらせようとする。
「アニス、退いてくださいっ。あの巨人、私の尾を焼いて――」
「待って、待ちなさいってば! 炎の精霊をどうにかできても、上を見てよ、周りを見て!」
「あ……」
精霊を撃退したとしても、その残した自然現象が消えるということはないのだ。
蒸し焼きにされるか、消し炭になるかは別として、悲惨な未来が待っていることは疑いようがない。
「わかった? あなたのしようとしていることが、みんなにとって有益なら、そうして」
「それはー……はい」
リンシャウッドは手に持った魔石をアニスの前に持ち上げる。
片方はどこかに召喚されるために必要な物。
もう片方は闇の炎を最大限にまで圧縮し、封じたものだと説明する。
「闇の炎で巨人を吹き飛ばすことはできますが、私以外まで無事かと言われると、それは」
「なら、みんなが退避してからにしてよ。そっちのは?」
「こっちは誰かに召喚してもらうために持っておくものなのです。ほら、これが呼び出しを行う者に渡しておくもので」
「つまり、誰かに召喚の儀式を行ってもらわないと、だめってこと?」
「そうなりますね」
こんな灼熱地獄に四方を囲まれた状況で、一体誰にそれを渡すというのか。
まるで打つ手なし、闇の精霊に肉体を蝕まれて死ぬのがいいか、炎の精霊に焼かれて死ぬのがいいのか。
究極の二択を迫られる。
どちらを選んでも精霊によって死ぬことに変わりはないが、せめて人らしく死にたいものだ。
「人らしく、か……」
「なんですか、こんなときに。悲し気に言っても現実は変わりませんよ?」
「そうじゃないわよ、馬鹿ね」
タイムリミットまでもう間がないというのに、センチメンタルな感傷に浸るのは少し早いか。
ふとサフランのことを思い出してしまったのだ。
たった一日で政治の支配者が変わり、断罪されてあっけなくこの世から去った、前の婚約者。
彼は人らしく死ねたのだろうか、もし、そうでなければいま眼前に迫った命の危機は、彼を見殺しにした罰なのだろうか、などと考えてしまった。
「ねえ、アニス」
「ん?」
「呼んでます」
「誰が!」
「だから、ほら、あそこから!」
リンシャウッドは黒狼族だ。人よりも数百倍、目も耳も良い。
彼女が指さす先にはローズ・ローズの本体があるだろうと思われる丘があり、その中腹で真紅に揺れるなにかが見えた。
「はあ?」
「女性と、男性。ほら、あの会場でいた、あの二人ですよ! 覚えてない?」
「んー……?」
スキル【魔弾】に付随する能力として、一時的に視力を数倍にまで跳ね上げることができる。それは俗にいう「鷹の眼」とか呼ばれるものだが、アニスはそれを使って遠方の二人を見た。
あの時には手にしていなかった抜き身の槍を持つ黒髪の男と、真紅の髪が辺りに沸き立つ溶岩の海から吹き上げる風に煽られている女剣士が目に入る。
さすがに聴力まではスキル増幅効果のなかに含まれていない。
仕方がないので、唇を読んだ。辺境で数キロ離れた相手と視力のみで会話をする時には、必須とされるものだ。
「伯爵様、手助け、姫様、こちらからも敵を……お父様の寄越した護衛ってこと?」
「そのようですねー。あんなところにいたのでは、何の役にも立たないのに」
「仕方ないでしょ……。高ランクの冒険者でも、こんな歩く神様みたいな奴を相手にすることはないと思うわよ」
「まあ、それは確かにそう」
と、そこまで言って、アニスはあることに気づいた。
魔弾でリンシャウッドの持つ魔石を彼らに向かい撃ち出して、召喚してもらうのはどうか。
「ねえ、魔弾でその魔石を――」
「射出する勢いに耐え切れず、破壊されてしまいますねー。残念」
「なら、誰か転移魔法で――」
「それをさせないための、竜族捕縛用に作られたのが、この魔法ですから……」
打つ手なし。
思いつくままに案を述べるも、すべて却下されてしまい、アニスはどこか不機嫌だ。
そして限界はそろそろ本格的にやってこようとしている。
「リンシャウッド」
「はいはい? あーあ、また尻尾を焼かれるのかー嫌だなー」
セリフを棒読みにするように答えるリンシャウッドに、アニスはその立派な尾をむんずっと引っ掴んで質問する。
「あの二人、あなたのことを呼んでいるわよ?」
「……いや、そんなはずは」
「あの無能な黒狼を同行させたから、こんなことになったんだ、とか口喧嘩始めた」
「聴こえては……」
「視えるから」
「そんなスキルの補正……! 見逃してました!」
どういうこと、と手にした尾をゆっくりと下がってくる天井に近づけながら、アニスは質問する。
もうじき接触しそうな尾は、自然の動物油が豊富で良く燃えそうだった。
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