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第四章
第五十一話 絡みつく思惑
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「どうしてそんな助言をするんだ。なぜアニスを撃った? 答えろ、リンシャウッド!」
「私にその質問する? さっき返事したよ、それが任務だって」
「誰からの依頼だ! アニスを殺すなら隙は他にもあった……」
「ホテルにいる間は、王国の法律は適用されない。あのホテルは帝国が運営する組織で、どんな土地にあっても、その建物の中だけは治外法権。だから、アニスには誰も手出しができなかった……ってとこかな?」
「俺が聞きたいのは誰が彼女のことを殺すように命じたかってことだ」
それはねえ、と黒狼は言葉をうやむやにした。
右隣に立ち炎の巨人からこの丘を守るように剣を握る女性、真紅の髪の少女アルテューレは「はっ」と小さくあざけるように声を発した。
「アニス様を殺害した現場を目撃しても、リンシャウッドがあなたを殺さない理由を、考えた方がいいと思いますよ。あたしたちはまだやることがある。逃げるならさっさと去りなさい」
「アルテューレ、この子を逃がすの?」
「無関係の人民を殺しても、伯爵様は喜ばれません。なにより、その者はあのホテルの関係者ではないですか。帝国と揉めるのは本意ではないでしょう?」
「なるほど」
チラッと二人の視線が後に向き、エリオットの手前で交錯する。
それならどうでもいいや、とリンシャウッドが呟き、アルテューレは動き出した炎の巨人から伝わってくる熱波をうっとうしそうに、その細剣を振った。
剣先には魔法で冷気でもまとわせているのか、たった一振りで離れた場所にいたエリオットを含むあたり一面が冷気に中和され、心地よい陽気へと一瞬で空気が変化した。
真紅の女剣士はさあ、と声をかける。
それまで彼女たちの会話をだまって見守っていた黒髪の槍使い、オネゲルがそろそろだ、と戦いの始まりを予感させるような一言を漏らした。
「行くなら今しかありませんよ」
「……俺はあんたたちの蛮行を許さない。リンシャウッドの裏切りも」
「裏切りじゃない。これはアニス様のための行動だ」
「は? 彼女を殺しておいて、なにが彼女のための……」
エリオットは左肩にアニスを抱え上げた。
それを見届けるとオネゲルは静かに告げる。
「辺境伯家の名誉のためだ。テントで問われれば、そう言え。罪は俺たちが背負う」
「伯爵様の意向だってのか? 娘を殺すことが……?」
「あ、私は単なる雇われですから。罪なんて背負いませんけどね」
「裏切り者の黒狼は黙ってろ! もういい……聞かれたらそう答える」
「ああ、そうしろ」
アニスの体は軽かった。
自分よりも4歳も年上のはずなのに、羽のように軽かった。そのことにエリオットは軽く衝撃を覚える。
心臓を失い、大量に流れてた血液が、彼女の重さを軽くしたのかもしれない。
それはすなわち、彼女の命を再生する時間が短くなっていることを示していた。
真相究明するよりも、まずはアニスを再生させることが、急務だ。
エリオットは裏切り者たちに背を向ける。
向かう先は、魔猟師協会の出張テント。
このローズ・ローズ狩りの本部がある場所だ。
……間に合ってくれ。魂を連れ去る死神よ、どうかまだ来ないでくれ……。
そう願いながらエリオットは全速力で、斜面を駆け抜ける。
自分の命が尽き果てて全身の力を使い果たしても、アニスを蘇らせることだけは成し遂げたかった。
まだ伝えなければいけないことがある。彼女に言いたいことがあるのだ。
そのためには、この瞬間を何が何でも生きなければならない。
成功させなければならない。
「くそっ! こんなところで……」
しばらく走り、前の方から巨人を包囲しつつ、この炎の被害の拡大を防ごうとする魔猟師協会の一団が駆けてくるのがちらほらと見えた。
あの一段と合流する前にやっておくことがある。
もう少し後で使うつもりだったんだがなあ……、とエリオットは一息つくと、懐の奥くに隠していた、首から下げているペンダントを取り出す。
近づいてきている彼らに悟られないように、灌木の茂みに手早く身を隠すと、アニスの遺体がこれ以上傷つかないように、大事そうに抱きしめがら、そこに飾られている白銀色の魔石を手にして、そっと叫んだ。
「おい、ボブ! アニス様がやられた。計画変更だ」
魔石を媒介して、エリオットが聴きなれた声が耳を打つ。
それはあのゲストアテンダント。彼の祖父を名乗っていたボブのものだった。
(……エリオット。どうかしましたか? アニス様に何か問題が?)
「言っただろう、アニスがやられた。もう死んだよ」
(――っ! ……それはまた、なんということに!)
「このままじゃ主役がいないままに、計画が進むことになる。伯爵の奴、こっちの思惑に気づいていた節があるな。アニス様を撃ったのは誰だと思う? あの黒狼だ、おまけに仲間までやってきて、炎の精霊をやっつけるつもりだ」
(それはなかなかに面白い話ですな)
「面白いものか! 失言だぞ、ボブ」
(これは失礼いたしました、エリオット様。それでどうなさいます、我々の目的は、あの聖なる炎の回収です。王国や魔猟師協会と揉めることはあまり、賢くありません)
「それで、あの魔石はどうなった? 店にまだあるのか」
(……申し訳ございません。こちらも誰かによって持ち出されております)
面目なさそうに、ボブが返事をしてくる。
ホテルの中からあの魔石を奪うとは、驚きだった。
ちっ、と呻くと、エリオットは青い瞳を曇らせる。
伯爵がアニスに寄越したあの巨大な魔石。
あれは、エリオットやボブの故郷、帝国から盗まれたものだったのだ。
もうずいぶんと昔のことで、人々の記憶から忘れ去られてしまっていた。
「私にその質問する? さっき返事したよ、それが任務だって」
「誰からの依頼だ! アニスを殺すなら隙は他にもあった……」
「ホテルにいる間は、王国の法律は適用されない。あのホテルは帝国が運営する組織で、どんな土地にあっても、その建物の中だけは治外法権。だから、アニスには誰も手出しができなかった……ってとこかな?」
「俺が聞きたいのは誰が彼女のことを殺すように命じたかってことだ」
それはねえ、と黒狼は言葉をうやむやにした。
右隣に立ち炎の巨人からこの丘を守るように剣を握る女性、真紅の髪の少女アルテューレは「はっ」と小さくあざけるように声を発した。
「アニス様を殺害した現場を目撃しても、リンシャウッドがあなたを殺さない理由を、考えた方がいいと思いますよ。あたしたちはまだやることがある。逃げるならさっさと去りなさい」
「アルテューレ、この子を逃がすの?」
「無関係の人民を殺しても、伯爵様は喜ばれません。なにより、その者はあのホテルの関係者ではないですか。帝国と揉めるのは本意ではないでしょう?」
「なるほど」
チラッと二人の視線が後に向き、エリオットの手前で交錯する。
それならどうでもいいや、とリンシャウッドが呟き、アルテューレは動き出した炎の巨人から伝わってくる熱波をうっとうしそうに、その細剣を振った。
剣先には魔法で冷気でもまとわせているのか、たった一振りで離れた場所にいたエリオットを含むあたり一面が冷気に中和され、心地よい陽気へと一瞬で空気が変化した。
真紅の女剣士はさあ、と声をかける。
それまで彼女たちの会話をだまって見守っていた黒髪の槍使い、オネゲルがそろそろだ、と戦いの始まりを予感させるような一言を漏らした。
「行くなら今しかありませんよ」
「……俺はあんたたちの蛮行を許さない。リンシャウッドの裏切りも」
「裏切りじゃない。これはアニス様のための行動だ」
「は? 彼女を殺しておいて、なにが彼女のための……」
エリオットは左肩にアニスを抱え上げた。
それを見届けるとオネゲルは静かに告げる。
「辺境伯家の名誉のためだ。テントで問われれば、そう言え。罪は俺たちが背負う」
「伯爵様の意向だってのか? 娘を殺すことが……?」
「あ、私は単なる雇われですから。罪なんて背負いませんけどね」
「裏切り者の黒狼は黙ってろ! もういい……聞かれたらそう答える」
「ああ、そうしろ」
アニスの体は軽かった。
自分よりも4歳も年上のはずなのに、羽のように軽かった。そのことにエリオットは軽く衝撃を覚える。
心臓を失い、大量に流れてた血液が、彼女の重さを軽くしたのかもしれない。
それはすなわち、彼女の命を再生する時間が短くなっていることを示していた。
真相究明するよりも、まずはアニスを再生させることが、急務だ。
エリオットは裏切り者たちに背を向ける。
向かう先は、魔猟師協会の出張テント。
このローズ・ローズ狩りの本部がある場所だ。
……間に合ってくれ。魂を連れ去る死神よ、どうかまだ来ないでくれ……。
そう願いながらエリオットは全速力で、斜面を駆け抜ける。
自分の命が尽き果てて全身の力を使い果たしても、アニスを蘇らせることだけは成し遂げたかった。
まだ伝えなければいけないことがある。彼女に言いたいことがあるのだ。
そのためには、この瞬間を何が何でも生きなければならない。
成功させなければならない。
「くそっ! こんなところで……」
しばらく走り、前の方から巨人を包囲しつつ、この炎の被害の拡大を防ごうとする魔猟師協会の一団が駆けてくるのがちらほらと見えた。
あの一段と合流する前にやっておくことがある。
もう少し後で使うつもりだったんだがなあ……、とエリオットは一息つくと、懐の奥くに隠していた、首から下げているペンダントを取り出す。
近づいてきている彼らに悟られないように、灌木の茂みに手早く身を隠すと、アニスの遺体がこれ以上傷つかないように、大事そうに抱きしめがら、そこに飾られている白銀色の魔石を手にして、そっと叫んだ。
「おい、ボブ! アニス様がやられた。計画変更だ」
魔石を媒介して、エリオットが聴きなれた声が耳を打つ。
それはあのゲストアテンダント。彼の祖父を名乗っていたボブのものだった。
(……エリオット。どうかしましたか? アニス様に何か問題が?)
「言っただろう、アニスがやられた。もう死んだよ」
(――っ! ……それはまた、なんということに!)
「このままじゃ主役がいないままに、計画が進むことになる。伯爵の奴、こっちの思惑に気づいていた節があるな。アニス様を撃ったのは誰だと思う? あの黒狼だ、おまけに仲間までやってきて、炎の精霊をやっつけるつもりだ」
(それはなかなかに面白い話ですな)
「面白いものか! 失言だぞ、ボブ」
(これは失礼いたしました、エリオット様。それでどうなさいます、我々の目的は、あの聖なる炎の回収です。王国や魔猟師協会と揉めることはあまり、賢くありません)
「それで、あの魔石はどうなった? 店にまだあるのか」
(……申し訳ございません。こちらも誰かによって持ち出されております)
面目なさそうに、ボブが返事をしてくる。
ホテルの中からあの魔石を奪うとは、驚きだった。
ちっ、と呻くと、エリオットは青い瞳を曇らせる。
伯爵がアニスに寄越したあの巨大な魔石。
あれは、エリオットやボブの故郷、帝国から盗まれたものだったのだ。
もうずいぶんと昔のことで、人々の記憶から忘れ去られてしまっていた。
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