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第四章
第五十三話 利用されたアニス
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新国王の思惑とはなんだ?
あるとすれば、炎の精霊の支配と、帝国への戦争を始める口実、そして兵器として炎の巨人を戦場に投下することだ。
そこまで読めてしまうからこそ、さらにため息が漏れてしまう。
伯爵は、帝国との戦いを望んでいない。望んでいないからこそ、娘に問題の魔石を預けた。ホテルから出ないようにと忠告もしたはずだ。関わり合いになるな、そう命じたのかもしれない。
だが、ボブがアニスに魔猟師としての依頼をしたことで、大きく事情が変わってしまった。
彼女を死なせたのは、俺のミスだ。ぎりっと奥歯を噛み締めると、エリオットは冷たくなっていくアニスを抱きしめる。
その身体から魂が逃げて行かないように。
まだ生き返らせることができる可能性に、一縷の望みを託していた。
(後悔をしてもいまさら役に立ちませんよ、エリオット様)
「俺は帝国のためだと思うからこそ、彼女にローズ・ローズの本体が持つ魔石の回収を依頼したんだ。アニスはローズ・ローズの本体を回収する、俺は雷帝の園に聖なる炎の精霊を捕獲する予定だった。色々と変わってしまったけどな」
(変わりすぎて、もはや何が何やらわからなくなってきましたな。全てはあの黒狼に引っ掻き回された、というところですか)
「この後どうなると思う? 本来なら伯爵は、ホテルに持ち込まれた魔石を、勝手に移動した責任を問われるはずだ。おまけに娘が参加した魔獣退治の現場で、聖なる炎の精霊はあんな巨人になって手が付けられなくなった……」
ああ、そうか。とそこまで考えて、エリオットは口を閉じた。
これはさまざまな思惑が絡んでいるが、ゆっくりと考えたら理解できるものだ。
アニスは、伯爵家の存続のために殺されたのだ。
伯爵は娘の元に、聖なる炎の精霊が封じられた魔石を送付した。新国王の野望を止めるために。しかし、娘は真実を知らないまま、それを売却しようとした。
魔石を長年追いかけていた帝国側としてはようやく見つかった聖女の遺産だ。
エリオットが炎の精霊を捕獲したら、魔石に封印し直して、帝国に送還する予定だったのに……魔石を盗み出したのは、間違いなく伯爵の手の者だろう。
このままだと炎の精霊は帝国に戻ってしまうし、新国王が魔石の正体をもし知っていたら。いやいまは知らないが、後々、知ったとしたら帝国側が運営するホテルに魔石を送り付けた責任を問われるからだ。
そして精霊が炎の巨人となり、宿敵を見つけて進撃を開始した現場には、アニスがいた。下手をすれば、娘が炎の精霊を利用して、伯爵家と仲の悪い新国王に謀反を企てたなんて捉えられる可能性もある。
だから伯爵は、部下を使ってアニスを殺したのだ。
魔石は取り戻したのだから、最初からどこにも移動させていないことにしておけば、何も問われない。
炎の巨人だの、ローズ・ローズの問題だのは、娘が勝手にやったことにすればいいのだ。
ホテルで謹慎を命じておいたアニスが勝手に魔猟師なり、勝手に精霊を暴走させ、命令に背いたから部下を使って責任を取らせた。命を奪うという形で。
様々な責任を問われても、娘がやったことにしておけば、辺境伯家は名誉を保つことができる。
「くそがっ。何が貴族だ!」
(どうしました、エリオット。何か問題でも?)
「いいや、いや。なあ、ボブ。俺は家のためにならなんでもするって貴族の文化に吐き気がしそうだ」
(あなたもその貴族ではありませんか、エリオット殿下)
その名で呼ぶな、とエリオットは心で叫んでいた。
俺の身分はどうでもいい。それよりもアニスを巻き込んでしまったことが、悔やまれて仕方がない。
「伯爵はこの騒動をぜんぶ、娘に押し付けて終わらせる気だ……。魔石が盗まれたことも、聖なる炎の巨人の暴走も、その責任を取って娘は『事故死』し、あの魔石に。盗まれた魔石に、炎の巨人を封印する気だろう」
(そして、王国は帝国と戦端を開く、と。わかりやすい筋書きですな)
「ふざけるな! たかだか王国ごときに帝国の平和を脅かされてたまるか! 引っくり返すぞ、こんな狂った現実、何もかもぶち壊してやる」
俺に他の貴族と同じように、魔法を操る才能があったなら――アニスを死に至らしめることもなかった。
悔やみつつ、魔導具を通じて会話をしている間にも、魔猟師協会の一団は近づいてくる。
彼らに任せてアニスの再生を待つべきか、一瞬、迷いその考えを捨てた。
テントに行けば助かるかもしれない、その可能性をまず、捨てた。代わりに、帝国の貴族として行使できる権限を最大限に活用することに考えを切り替える。
戸惑いの声が白銀の魔導具を揺らした。
エリオットは一度だけ、炎の巨人に視線をやる。戻ってくるまで、一度はこの場を預ける。そういう意思だった。
「……帝国の威信にかけて、彼女の再生を行うんだ」
(かしこまりました)
ロブの声がくぐもったようになり、白銀の光が緩やかにそれを帯びる者を覆っていく。
まばゆい繭のようになったそれが激しい白光を放った後、エリオットとアニスの姿はそこから消えていた。
あるとすれば、炎の精霊の支配と、帝国への戦争を始める口実、そして兵器として炎の巨人を戦場に投下することだ。
そこまで読めてしまうからこそ、さらにため息が漏れてしまう。
伯爵は、帝国との戦いを望んでいない。望んでいないからこそ、娘に問題の魔石を預けた。ホテルから出ないようにと忠告もしたはずだ。関わり合いになるな、そう命じたのかもしれない。
だが、ボブがアニスに魔猟師としての依頼をしたことで、大きく事情が変わってしまった。
彼女を死なせたのは、俺のミスだ。ぎりっと奥歯を噛み締めると、エリオットは冷たくなっていくアニスを抱きしめる。
その身体から魂が逃げて行かないように。
まだ生き返らせることができる可能性に、一縷の望みを託していた。
(後悔をしてもいまさら役に立ちませんよ、エリオット様)
「俺は帝国のためだと思うからこそ、彼女にローズ・ローズの本体が持つ魔石の回収を依頼したんだ。アニスはローズ・ローズの本体を回収する、俺は雷帝の園に聖なる炎の精霊を捕獲する予定だった。色々と変わってしまったけどな」
(変わりすぎて、もはや何が何やらわからなくなってきましたな。全てはあの黒狼に引っ掻き回された、というところですか)
「この後どうなると思う? 本来なら伯爵は、ホテルに持ち込まれた魔石を、勝手に移動した責任を問われるはずだ。おまけに娘が参加した魔獣退治の現場で、聖なる炎の精霊はあんな巨人になって手が付けられなくなった……」
ああ、そうか。とそこまで考えて、エリオットは口を閉じた。
これはさまざまな思惑が絡んでいるが、ゆっくりと考えたら理解できるものだ。
アニスは、伯爵家の存続のために殺されたのだ。
伯爵は娘の元に、聖なる炎の精霊が封じられた魔石を送付した。新国王の野望を止めるために。しかし、娘は真実を知らないまま、それを売却しようとした。
魔石を長年追いかけていた帝国側としてはようやく見つかった聖女の遺産だ。
エリオットが炎の精霊を捕獲したら、魔石に封印し直して、帝国に送還する予定だったのに……魔石を盗み出したのは、間違いなく伯爵の手の者だろう。
このままだと炎の精霊は帝国に戻ってしまうし、新国王が魔石の正体をもし知っていたら。いやいまは知らないが、後々、知ったとしたら帝国側が運営するホテルに魔石を送り付けた責任を問われるからだ。
そして精霊が炎の巨人となり、宿敵を見つけて進撃を開始した現場には、アニスがいた。下手をすれば、娘が炎の精霊を利用して、伯爵家と仲の悪い新国王に謀反を企てたなんて捉えられる可能性もある。
だから伯爵は、部下を使ってアニスを殺したのだ。
魔石は取り戻したのだから、最初からどこにも移動させていないことにしておけば、何も問われない。
炎の巨人だの、ローズ・ローズの問題だのは、娘が勝手にやったことにすればいいのだ。
ホテルで謹慎を命じておいたアニスが勝手に魔猟師なり、勝手に精霊を暴走させ、命令に背いたから部下を使って責任を取らせた。命を奪うという形で。
様々な責任を問われても、娘がやったことにしておけば、辺境伯家は名誉を保つことができる。
「くそがっ。何が貴族だ!」
(どうしました、エリオット。何か問題でも?)
「いいや、いや。なあ、ボブ。俺は家のためにならなんでもするって貴族の文化に吐き気がしそうだ」
(あなたもその貴族ではありませんか、エリオット殿下)
その名で呼ぶな、とエリオットは心で叫んでいた。
俺の身分はどうでもいい。それよりもアニスを巻き込んでしまったことが、悔やまれて仕方がない。
「伯爵はこの騒動をぜんぶ、娘に押し付けて終わらせる気だ……。魔石が盗まれたことも、聖なる炎の巨人の暴走も、その責任を取って娘は『事故死』し、あの魔石に。盗まれた魔石に、炎の巨人を封印する気だろう」
(そして、王国は帝国と戦端を開く、と。わかりやすい筋書きですな)
「ふざけるな! たかだか王国ごときに帝国の平和を脅かされてたまるか! 引っくり返すぞ、こんな狂った現実、何もかもぶち壊してやる」
俺に他の貴族と同じように、魔法を操る才能があったなら――アニスを死に至らしめることもなかった。
悔やみつつ、魔導具を通じて会話をしている間にも、魔猟師協会の一団は近づいてくる。
彼らに任せてアニスの再生を待つべきか、一瞬、迷いその考えを捨てた。
テントに行けば助かるかもしれない、その可能性をまず、捨てた。代わりに、帝国の貴族として行使できる権限を最大限に活用することに考えを切り替える。
戸惑いの声が白銀の魔導具を揺らした。
エリオットは一度だけ、炎の巨人に視線をやる。戻ってくるまで、一度はこの場を預ける。そういう意思だった。
「……帝国の威信にかけて、彼女の再生を行うんだ」
(かしこまりました)
ロブの声がくぐもったようになり、白銀の光が緩やかにそれを帯びる者を覆っていく。
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