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第四章
第五十七話 聖域
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どこから話した方がいいかしらと、アニスは首を捻った。
エリオットはまれに見る怒りに身を任せていて、うだうだと話しを進めると揉め事に発展しそうだった。
「リンシャウッドが言葉を口にしなくても精霊が代わりに声を発して、会話が成立したあの食事を覚えている?」
アニスはエリオットに確認するように言った。
もちろん、最初に出会ったの日のことなら、とエリオットはレストランで起こったあれだろ、と相槌を打つ。
それが鍵なのよ、とアニスは自分の胸。
上衣の黒く焼け焦げたそれを示して、高かったのにとぼやくと、全てはリンシャウッドの思惑通りになったのだ、と言った。
「オルブレイト公国。あの黒狼の出身地は魔王に支配された土地だった。つまり、リンシャウッドは魔王の配下、ということになるのよね。単純に考えて」
「魔王? どうしてそれが、いや、待て……あの、ローズ・ローズを狩るなと警告を発したのは、魔王側だ」
「でしょう? だからあの子がやって来たのよ。天然記念物としてローズ・ローズを守るために」
「おい、ちょっと待て! それならどうして俺たちに近づいてきた?」
アニスが適当なこと言ってごまかそうとしていないか。
エリオットの女は貴重な宝石が、本物か贋作かを鑑定する任務に就いた、鑑定人のように細くギラギラと輝いて、アニスの真意をはかっているように、アニスには感じられた。
「だってほら、ここにいるじゃない。ちょうどいい女が……」
「前王太子妃補アニス・フランメル……?」
「そうそう。ローズ・ローズを捕獲するためには聖なる炎の精霊をどうにかしないといけないし、そんな折、都合よく魔石が発見されるし」
「だがそれは偶然だったはず? ……聖女様。失礼な物言いとなりますが、帝国を利用されましたね?」
そこまで言い、エリオットは今度は、アニスの隣に座る聖女を見た。
シオンライナと名乗った、浄化の女神リシェスの聖女。地上における神の代理人。そんな人物が、こんな時、この瞬間、この場所に都合よく居合わせたことを奇跡と思う程、エリオットもボブも敬虔豊かな信徒でもないし、愚か者でもない。
エリオットのまっすぐな怒りをたたえた瞳を正面から見据えて、シオンライナは「否定はしません」とだけ、小さく告げた。
ギスギスした雰囲気をどうにかしようと、アニスが間に割って入る。
「利用されたのは私も同じなの。そのことはわかってほしいんだけど」
「君がいつそのことを知って、どのタイミングで彼らに協力するようになったのか。それを聞かないと信頼はできない」
「それはそうね……」
「あなた方の話し合いに口を出す気はありませんが、アニス様がこの計画のからくりに気づき、協力してくださったことなどありませんよ」」
「それはどうにも聞き捨てならない話だな。まるで、殺される瞬間まで何も知らなかっと言ってるようなもんじゃないか」
「その通りです。実際、あの場所で殺害されなければ、アニス様をお助けすることもなかった」
また、頭の痛くなる一言が、部屋の中に重くのしかかる。
アニスは死んでないと、さっき自分から言ったはずだ。
聖女は何もしていないと、その口を開いたはずだ。
それがいきなり助けることもなかったと、言いだした。
どれが本当で、どれが嘘で。誰が誰を騙し、誰が誰を救おうとしているのか。
この場にいる誰もが、もしくはアニスが撃たれたあの場所にいた誰もが関わっていないのだとしたら、一体誰が何をしたというのかな。
「……待てよ。おい、ボブ。この部屋の結界密度上げろ。最悪ホテルの周りに展開している結界に回しているすべての魔力を、ここだけに集約してもいい」
「殿下、なぜ?」
「いいから早くしろ。魔王や……神ですらも入って来れないように。人の意地を見せてやれ」
「は?」
結界密度を上げる。それはつまり警戒レベルを最大限にするということだ。
人が扱える最高の結界を張り巡らせることになる。このホテルの備える防御レベルは、下手をすれば魔王の一撃すら防ぐものだった。
ボブはエリオットの発言の意図が分からず、しきりに首をかしげるも、部下にそうするように伝える。
エリオットはついでに、室内から四人以外のすべての人員を追い出してしまった。これでこの部屋は密室。
神や魔王、その他の特別なる誰かからも、手の届かない聖域へと進化する。
内側から出ることを望まなければ、外部から入ることは叶わない。そんな場所になってしまった。
「こんなことをなさらなくてもよろしいのに」
「聖女様。あなたと女神様の繋がりを断つつもりはない。この部屋から出るまで、あなたに危害を加えるつもりも毛頭ありません。それはそちらの、アニス様にしても同じこと。何より、俺とボブでは本気で戦えば御二人に負けることは理解しています」
聖女は女神の代理人だ。魂のそこでお互いが繋がっていて、そのリンクが途絶えない限り、聖女は膨大な神の力を使役することができる。それを途切れさせるということは、反逆の意思ありとみなされてもおかしくはなかった。
「外部との接続を全てを断たれる。つまり女神と私との間にある魂のつながりを断つということは、女神に対する反逆とみなしても宜しいのですが?」
「処罰をしたいと言うならご自由にどうぞ」
「賢くない選択ですね、エリオット殿下」
「帝国と神殿が対立することが多分ないでしょうね。俺がここで死んだとしても、皇帝陛下は適当な理由を使って切り捨てるはずだ。だからといって俺があなたに敵対する理由はない。ただ真実を知りたかった。他の誰もいない場所でね」
「だからその真実は話すっていってるじゃない!」
「話しただけじゃだめなんだ。ここの会話がどこの誰かに筒抜けになっている時点で、俺の国が不利になる可能性がある」
「……」
会議室を聖域へと変化させた理由は、エリオットの保身ではなかった。
故郷を守るためだと言われ、聖女もアニスも反論をねじ伏せられる。
エリオットは……彼は、帝国や王国、女神や魔王の思惑に、もっとも翻弄された人間の一人だ。
もう一人はアニスだが、彼女は今すべてを知っている。
仲間として信頼してきたのに、それが報われないと分かったエリオットの我が儘を、止めることができる資格を持つものなど、この部屋にはいなかった。
エリオットはまれに見る怒りに身を任せていて、うだうだと話しを進めると揉め事に発展しそうだった。
「リンシャウッドが言葉を口にしなくても精霊が代わりに声を発して、会話が成立したあの食事を覚えている?」
アニスはエリオットに確認するように言った。
もちろん、最初に出会ったの日のことなら、とエリオットはレストランで起こったあれだろ、と相槌を打つ。
それが鍵なのよ、とアニスは自分の胸。
上衣の黒く焼け焦げたそれを示して、高かったのにとぼやくと、全てはリンシャウッドの思惑通りになったのだ、と言った。
「オルブレイト公国。あの黒狼の出身地は魔王に支配された土地だった。つまり、リンシャウッドは魔王の配下、ということになるのよね。単純に考えて」
「魔王? どうしてそれが、いや、待て……あの、ローズ・ローズを狩るなと警告を発したのは、魔王側だ」
「でしょう? だからあの子がやって来たのよ。天然記念物としてローズ・ローズを守るために」
「おい、ちょっと待て! それならどうして俺たちに近づいてきた?」
アニスが適当なこと言ってごまかそうとしていないか。
エリオットの女は貴重な宝石が、本物か贋作かを鑑定する任務に就いた、鑑定人のように細くギラギラと輝いて、アニスの真意をはかっているように、アニスには感じられた。
「だってほら、ここにいるじゃない。ちょうどいい女が……」
「前王太子妃補アニス・フランメル……?」
「そうそう。ローズ・ローズを捕獲するためには聖なる炎の精霊をどうにかしないといけないし、そんな折、都合よく魔石が発見されるし」
「だがそれは偶然だったはず? ……聖女様。失礼な物言いとなりますが、帝国を利用されましたね?」
そこまで言い、エリオットは今度は、アニスの隣に座る聖女を見た。
シオンライナと名乗った、浄化の女神リシェスの聖女。地上における神の代理人。そんな人物が、こんな時、この瞬間、この場所に都合よく居合わせたことを奇跡と思う程、エリオットもボブも敬虔豊かな信徒でもないし、愚か者でもない。
エリオットのまっすぐな怒りをたたえた瞳を正面から見据えて、シオンライナは「否定はしません」とだけ、小さく告げた。
ギスギスした雰囲気をどうにかしようと、アニスが間に割って入る。
「利用されたのは私も同じなの。そのことはわかってほしいんだけど」
「君がいつそのことを知って、どのタイミングで彼らに協力するようになったのか。それを聞かないと信頼はできない」
「それはそうね……」
「あなた方の話し合いに口を出す気はありませんが、アニス様がこの計画のからくりに気づき、協力してくださったことなどありませんよ」」
「それはどうにも聞き捨てならない話だな。まるで、殺される瞬間まで何も知らなかっと言ってるようなもんじゃないか」
「その通りです。実際、あの場所で殺害されなければ、アニス様をお助けすることもなかった」
また、頭の痛くなる一言が、部屋の中に重くのしかかる。
アニスは死んでないと、さっき自分から言ったはずだ。
聖女は何もしていないと、その口を開いたはずだ。
それがいきなり助けることもなかったと、言いだした。
どれが本当で、どれが嘘で。誰が誰を騙し、誰が誰を救おうとしているのか。
この場にいる誰もが、もしくはアニスが撃たれたあの場所にいた誰もが関わっていないのだとしたら、一体誰が何をしたというのかな。
「……待てよ。おい、ボブ。この部屋の結界密度上げろ。最悪ホテルの周りに展開している結界に回しているすべての魔力を、ここだけに集約してもいい」
「殿下、なぜ?」
「いいから早くしろ。魔王や……神ですらも入って来れないように。人の意地を見せてやれ」
「は?」
結界密度を上げる。それはつまり警戒レベルを最大限にするということだ。
人が扱える最高の結界を張り巡らせることになる。このホテルの備える防御レベルは、下手をすれば魔王の一撃すら防ぐものだった。
ボブはエリオットの発言の意図が分からず、しきりに首をかしげるも、部下にそうするように伝える。
エリオットはついでに、室内から四人以外のすべての人員を追い出してしまった。これでこの部屋は密室。
神や魔王、その他の特別なる誰かからも、手の届かない聖域へと進化する。
内側から出ることを望まなければ、外部から入ることは叶わない。そんな場所になってしまった。
「こんなことをなさらなくてもよろしいのに」
「聖女様。あなたと女神様の繋がりを断つつもりはない。この部屋から出るまで、あなたに危害を加えるつもりも毛頭ありません。それはそちらの、アニス様にしても同じこと。何より、俺とボブでは本気で戦えば御二人に負けることは理解しています」
聖女は女神の代理人だ。魂のそこでお互いが繋がっていて、そのリンクが途絶えない限り、聖女は膨大な神の力を使役することができる。それを途切れさせるということは、反逆の意思ありとみなされてもおかしくはなかった。
「外部との接続を全てを断たれる。つまり女神と私との間にある魂のつながりを断つということは、女神に対する反逆とみなしても宜しいのですが?」
「処罰をしたいと言うならご自由にどうぞ」
「賢くない選択ですね、エリオット殿下」
「帝国と神殿が対立することが多分ないでしょうね。俺がここで死んだとしても、皇帝陛下は適当な理由を使って切り捨てるはずだ。だからといって俺があなたに敵対する理由はない。ただ真実を知りたかった。他の誰もいない場所でね」
「だからその真実は話すっていってるじゃない!」
「話しただけじゃだめなんだ。ここの会話がどこの誰かに筒抜けになっている時点で、俺の国が不利になる可能性がある」
「……」
会議室を聖域へと変化させた理由は、エリオットの保身ではなかった。
故郷を守るためだと言われ、聖女もアニスも反論をねじ伏せられる。
エリオットは……彼は、帝国や王国、女神や魔王の思惑に、もっとも翻弄された人間の一人だ。
もう一人はアニスだが、彼女は今すべてを知っている。
仲間として信頼してきたのに、それが報われないと分かったエリオットの我が儘を、止めることができる資格を持つものなど、この部屋にはいなかった。
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