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第五章
第六十五話 消えた海運王の娘
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黒く豊かな腰まである長髪をポニーテールにした彼女は、胸元のささやかに開いた薄いグレーのワンピースに着替えていた。
全身に浴びていた自身の血はどうやら洗浄魔法で綺麗にしたらしい。二日酔いは? と質問すると「回復魔法で大丈夫」とあっけらかんとした返事が戻ってきた。
「ねえ、エリオット。こいつらどうやって入って来たの?」
「おかしいなあ。ホテルの防御結界はそれなりに強いはずなんだ。普通の転送魔法では入ってこれないと思うんだけど」
「召喚魔法とかはどう? 思い出したくないけど……リンシャウッドがもっていた魔石みたいな」
「あれは誰かが、こちらに呼び出さないと駄目なはずだ。でも待てよ……転送器をあらかじめ設置しておけば、特別な周波数で転送してくることは可能かもしれない。もちろんそんなものは持ち込まれる前に、詳しい検査を受けて弾かれるはずなんだけど」
「転送機?」
ソファーに深々と腰掛けて、アニスは腕組みをして天井睨みつけた。
何かあるだろうか? 確か父親の辺境伯が、この部屋にいくつかの盗聴器だの何だのを仕掛けていたと、以前、最後に会話をした時に話していた。それを使ったのかもしれない。
「あ、もしかしたら!」
「何か思い当たるものでも?」
弾力性を生かしてソファーから跳ね起きると、アニスは執務室へと向かった。
そこに置いてあるのは、父親の辺境伯レットーが送ってよこした通信魔導具だった。
軍用のそれには、確か、移動用の特別な転送器を兼ねていたはず。
そう思って確認すると、確かに、ここ数日、この魔道具を利用した履歴が残っていた。
「一昨日の夜、この部屋にやってきた履歴があるわ。ちょうど私たちが、ローズ・ローズの本体を狩りに向かった日よ」
「アニス教えてくれないか。彼らは一体誰なんだ?」
「……多分、お父様の部下。それも私が顔を知らない連中だから、最近の部下じゃないか、もしくは」
と、そこでアニスは言い淀む
あまり口に出したくない何かがあるらしい。
「暗部の連中かもしれない。辺境伯領はいろんな国と国境を境にしているから、暗殺や謀略なんかをやるための諜報機関がどうしても必要なの」
「つまりスパイってことか。スパイは判明したら死刑だな」
「待ってよ! お父様の部下なのよ?」
「君を殺して、伯爵家の名誉だなんてのたまった連中だぞ? 生かしておく必要があるのか?」
自分もアニスを利用しようとした一人だ。
そのことを理解しておきながら、棚上げして邪魔者を消そうとしている自分自身に、エリオットは嫌気がさしそうになる。
だが、彼らはアニスが生きていることを知ってしまった。
このまま釈放しては、またアニスが辺境伯家の名誉のためとやらに利用されかねない。
エリオットはオネゲルとエルテューレから武器を取り上げ、テーブルの上に置いていた。
オネゲルの腰に差していた短刀を取ると、鞘から抜いてその先を緊縛された二人に向ける。
「今なら二人とも失神してる。このままなら、抵抗されることなく殺すことができる。静かに処理をすることができる。このホテルならそれが可能だ。やらせてくれ、アニス。俺は罪を背負ってでも、君を危険にさらしたくない」
「どうして私なんかのために」
「俺が君を利用したからだ。その償いをすると誓った。今からすることは、その償いの一つだと思ってもらったらいい。俺は君を利用して、命を失わせた。それは戻ってきてくれたけど……命には命をもって、報いるしかない。俺のこれからの人生は、アニス。君だけのものだ。好きに使ってくれていい」
「呆れた人……。そこまで真剣に考えているなら、私のためにこれ以上、罪に手を染めるのはやめてちょうだい。二人のことについては、私に考えがあるの。お願いだから、任せてくれない?」
「……」
自分の思いと、アニスの願いの間でエリオットは迷った。
彼女がその気になれば、魔弾でエリオットを行動不能にすることなど、容易なはずだ。
しかしそうではなく、言葉で語り掛けてくれている。
どう考えても、ここはエリオットが折れる番だった。
彼が担当を鞘に戻し、武器をテーブルに置くと、アニスはほっと胸をなでおろす。
それからアニスは、四歳年下の少年を、自分の側に座るように招いた。
すこしばかり身長差があるものの、彼を胸に抱いてやると、それまで強張っていたエリオットの全身から緊張が解けていくのがわかった。
アニスは少年の罪を許すかのように全身で抱きしめてやる。
彼がこれまで誰にも開けなかった心の悲しみの扉をそっと押し開くように、言い聞かせた。
「いい? エリオットは私の未来なの。あなたは立派な魔石彫金技師になるために、私をパトロンにしたのでしょう? あなたの未来のために私は魔猟師になることを決めたの。お願いだから、もう自分を責めるようなことはやめて頂戴。分かった?」
「だけど、俺には……帝国の未来が。君のことも騙していたし」
「それは分かってる。でももう終わりにしたらいい、終わりにするためにこれからあるところに連絡をするから、あなたはそばで黙って聞いていて欲しいの。口出しをしないって約束してくれない?」
「どうするつもりなんだよ?」
「いいことよ。あなたにとっても私にとっても、そこで眠ったふりをしている二人にとっても、ね」
言い含めるように語ると、オネゲルとアルテューレの肉体がビクッ、と跳ねた。
アニスはエリオットがわかった、と告げると、彼を片手に抱いたまま、通信魔導具に手を伸ばした。
数回のコール音が鳴る。
ガチャリと音がして、受話器を手にしたのは、女だった。
「もしもし? どちら様?」
「……やっぱりあなただったのね」
「アニス!」
受話器の向こうで、凍りつくような悲鳴が上がった。
それは死んだはずの海運王の娘、キャンベル・トラストのものだった。
全身に浴びていた自身の血はどうやら洗浄魔法で綺麗にしたらしい。二日酔いは? と質問すると「回復魔法で大丈夫」とあっけらかんとした返事が戻ってきた。
「ねえ、エリオット。こいつらどうやって入って来たの?」
「おかしいなあ。ホテルの防御結界はそれなりに強いはずなんだ。普通の転送魔法では入ってこれないと思うんだけど」
「召喚魔法とかはどう? 思い出したくないけど……リンシャウッドがもっていた魔石みたいな」
「あれは誰かが、こちらに呼び出さないと駄目なはずだ。でも待てよ……転送器をあらかじめ設置しておけば、特別な周波数で転送してくることは可能かもしれない。もちろんそんなものは持ち込まれる前に、詳しい検査を受けて弾かれるはずなんだけど」
「転送機?」
ソファーに深々と腰掛けて、アニスは腕組みをして天井睨みつけた。
何かあるだろうか? 確か父親の辺境伯が、この部屋にいくつかの盗聴器だの何だのを仕掛けていたと、以前、最後に会話をした時に話していた。それを使ったのかもしれない。
「あ、もしかしたら!」
「何か思い当たるものでも?」
弾力性を生かしてソファーから跳ね起きると、アニスは執務室へと向かった。
そこに置いてあるのは、父親の辺境伯レットーが送ってよこした通信魔導具だった。
軍用のそれには、確か、移動用の特別な転送器を兼ねていたはず。
そう思って確認すると、確かに、ここ数日、この魔道具を利用した履歴が残っていた。
「一昨日の夜、この部屋にやってきた履歴があるわ。ちょうど私たちが、ローズ・ローズの本体を狩りに向かった日よ」
「アニス教えてくれないか。彼らは一体誰なんだ?」
「……多分、お父様の部下。それも私が顔を知らない連中だから、最近の部下じゃないか、もしくは」
と、そこでアニスは言い淀む
あまり口に出したくない何かがあるらしい。
「暗部の連中かもしれない。辺境伯領はいろんな国と国境を境にしているから、暗殺や謀略なんかをやるための諜報機関がどうしても必要なの」
「つまりスパイってことか。スパイは判明したら死刑だな」
「待ってよ! お父様の部下なのよ?」
「君を殺して、伯爵家の名誉だなんてのたまった連中だぞ? 生かしておく必要があるのか?」
自分もアニスを利用しようとした一人だ。
そのことを理解しておきながら、棚上げして邪魔者を消そうとしている自分自身に、エリオットは嫌気がさしそうになる。
だが、彼らはアニスが生きていることを知ってしまった。
このまま釈放しては、またアニスが辺境伯家の名誉のためとやらに利用されかねない。
エリオットはオネゲルとエルテューレから武器を取り上げ、テーブルの上に置いていた。
オネゲルの腰に差していた短刀を取ると、鞘から抜いてその先を緊縛された二人に向ける。
「今なら二人とも失神してる。このままなら、抵抗されることなく殺すことができる。静かに処理をすることができる。このホテルならそれが可能だ。やらせてくれ、アニス。俺は罪を背負ってでも、君を危険にさらしたくない」
「どうして私なんかのために」
「俺が君を利用したからだ。その償いをすると誓った。今からすることは、その償いの一つだと思ってもらったらいい。俺は君を利用して、命を失わせた。それは戻ってきてくれたけど……命には命をもって、報いるしかない。俺のこれからの人生は、アニス。君だけのものだ。好きに使ってくれていい」
「呆れた人……。そこまで真剣に考えているなら、私のためにこれ以上、罪に手を染めるのはやめてちょうだい。二人のことについては、私に考えがあるの。お願いだから、任せてくれない?」
「……」
自分の思いと、アニスの願いの間でエリオットは迷った。
彼女がその気になれば、魔弾でエリオットを行動不能にすることなど、容易なはずだ。
しかしそうではなく、言葉で語り掛けてくれている。
どう考えても、ここはエリオットが折れる番だった。
彼が担当を鞘に戻し、武器をテーブルに置くと、アニスはほっと胸をなでおろす。
それからアニスは、四歳年下の少年を、自分の側に座るように招いた。
すこしばかり身長差があるものの、彼を胸に抱いてやると、それまで強張っていたエリオットの全身から緊張が解けていくのがわかった。
アニスは少年の罪を許すかのように全身で抱きしめてやる。
彼がこれまで誰にも開けなかった心の悲しみの扉をそっと押し開くように、言い聞かせた。
「いい? エリオットは私の未来なの。あなたは立派な魔石彫金技師になるために、私をパトロンにしたのでしょう? あなたの未来のために私は魔猟師になることを決めたの。お願いだから、もう自分を責めるようなことはやめて頂戴。分かった?」
「だけど、俺には……帝国の未来が。君のことも騙していたし」
「それは分かってる。でももう終わりにしたらいい、終わりにするためにこれからあるところに連絡をするから、あなたはそばで黙って聞いていて欲しいの。口出しをしないって約束してくれない?」
「どうするつもりなんだよ?」
「いいことよ。あなたにとっても私にとっても、そこで眠ったふりをしている二人にとっても、ね」
言い含めるように語ると、オネゲルとアルテューレの肉体がビクッ、と跳ねた。
アニスはエリオットがわかった、と告げると、彼を片手に抱いたまま、通信魔導具に手を伸ばした。
数回のコール音が鳴る。
ガチャリと音がして、受話器を手にしたのは、女だった。
「もしもし? どちら様?」
「……やっぱりあなただったのね」
「アニス!」
受話器の向こうで、凍りつくような悲鳴が上がった。
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