13 / 30
13
しおりを挟む
四十代の男性がするようには見えない、とても茶目っ気のある魅力的な微笑み。
彼の年齢も外見も、帝国で住む父親によく似ている。
私の心で懐かしいその微笑みがよみがえると、つい陛下から顔を伏せてしまった。
感情を折るようにして、私は下へと俯いて、陛下の目線から逃れようとしていた。
「おい、どうした? テレンス」
「奥様」
陛下とイリヤの声が耳の奥にこだまと鳴って響いた。
思わず、首が左右に動いていた。
「何でもございません」
故郷への想い。
それが熱いものとなって、一気に心から噴き出してくる。
頭の中が、いつも隣にいたあの人たちへの思いで、溢れかえる。
一瞬だけ家族と会いたいと思ってしまった。
――目頭が熱い。
でも、ここで涙を流して帰国を乞うほど、私は落ちぶれていないし、そんな中途半端な気構えで輿入れしてきたわけじゃない。
帝国の名誉を守らなければ――。
そう思うと胸の内から湧き上がってくる感情を止めることができた。
喉の辺りで一度それは熱いものとなり、やがてゆっくりと冷えてしまって固いものに変化する。
鉛のように喉の奥に引っかかってしまって言葉を出そうとしても思うように発言ができない。
孤独でいることがこんなにも辛いなんて、初めて知った瞬間だった。
「テレンス、どうしたのだ。大丈夫か」
またしても父親によく似た陛下の言葉が耳を打つ。
優しい抑揚すらも、記憶の中の父によく似ている。
そんな声を出されたら泣いてしまうじゃないですか。
……私はまだ、十六歳の小娘だけれども。
それでも、貴方の側妃なのです。
そのプライド手折るようなことはしないで――そう言いたかった。
テーブル越しに伸ばされたその手を、私は握り返すことはなかった。
代わりにその隣にあったカップを取り上げると、自分の喉へと一気に流し込む。
程よい熱さに冷めたそれは、喉につまっていた感情を胃へと押し流してくれた。
「申し訳ございません。故郷について少し考えておりました」
けれどまだ陛下の指先は私を求めていて。
畏れ多いことだと感じながら、初めて彼の手を両手で握り返す。
そこにあったのは文官を務める父の柔らかいそれとは、程遠い物。
硬い馬の革で繕った手袋か、といぶかしむくらいがっしりと鍛えられた、男性の手。
思わず、その分厚さに驚きの声が出てしまう。
「強い……」
「強い? 正妃にごつごつとしていて触れると痛い、とはよく言われるが。強いとは初めて言われた言葉だ」
「帝国の竜騎士たちの手も、こんなに分厚く硬い物でした」
「ほう……? その様な親しげな男性がいたのか、そなたにも」
面白そうだ、と陛下の顔が悪戯っ子のように変化する。
彼に報告していない竜騎士との恋でもあったのかと疑われてしまいそうで、場に居合わせた女官や騎士たちも微妙そうな顔をしていた。
彼の年齢も外見も、帝国で住む父親によく似ている。
私の心で懐かしいその微笑みがよみがえると、つい陛下から顔を伏せてしまった。
感情を折るようにして、私は下へと俯いて、陛下の目線から逃れようとしていた。
「おい、どうした? テレンス」
「奥様」
陛下とイリヤの声が耳の奥にこだまと鳴って響いた。
思わず、首が左右に動いていた。
「何でもございません」
故郷への想い。
それが熱いものとなって、一気に心から噴き出してくる。
頭の中が、いつも隣にいたあの人たちへの思いで、溢れかえる。
一瞬だけ家族と会いたいと思ってしまった。
――目頭が熱い。
でも、ここで涙を流して帰国を乞うほど、私は落ちぶれていないし、そんな中途半端な気構えで輿入れしてきたわけじゃない。
帝国の名誉を守らなければ――。
そう思うと胸の内から湧き上がってくる感情を止めることができた。
喉の辺りで一度それは熱いものとなり、やがてゆっくりと冷えてしまって固いものに変化する。
鉛のように喉の奥に引っかかってしまって言葉を出そうとしても思うように発言ができない。
孤独でいることがこんなにも辛いなんて、初めて知った瞬間だった。
「テレンス、どうしたのだ。大丈夫か」
またしても父親によく似た陛下の言葉が耳を打つ。
優しい抑揚すらも、記憶の中の父によく似ている。
そんな声を出されたら泣いてしまうじゃないですか。
……私はまだ、十六歳の小娘だけれども。
それでも、貴方の側妃なのです。
そのプライド手折るようなことはしないで――そう言いたかった。
テーブル越しに伸ばされたその手を、私は握り返すことはなかった。
代わりにその隣にあったカップを取り上げると、自分の喉へと一気に流し込む。
程よい熱さに冷めたそれは、喉につまっていた感情を胃へと押し流してくれた。
「申し訳ございません。故郷について少し考えておりました」
けれどまだ陛下の指先は私を求めていて。
畏れ多いことだと感じながら、初めて彼の手を両手で握り返す。
そこにあったのは文官を務める父の柔らかいそれとは、程遠い物。
硬い馬の革で繕った手袋か、といぶかしむくらいがっしりと鍛えられた、男性の手。
思わず、その分厚さに驚きの声が出てしまう。
「強い……」
「強い? 正妃にごつごつとしていて触れると痛い、とはよく言われるが。強いとは初めて言われた言葉だ」
「帝国の竜騎士たちの手も、こんなに分厚く硬い物でした」
「ほう……? その様な親しげな男性がいたのか、そなたにも」
面白そうだ、と陛下の顔が悪戯っ子のように変化する。
彼に報告していない竜騎士との恋でもあったのかと疑われてしまいそうで、場に居合わせた女官や騎士たちも微妙そうな顔をしていた。
10
あなたにおすすめの小説
ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…
ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。
一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。
そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。
読んでいただけると嬉しいです。
殿下の御心のままに。
cyaru
恋愛
王太子アルフレッドは呟くようにアンカソン公爵家の令嬢ツェツィーリアに告げた。
アルフレッドの側近カレドウス(宰相子息)が婚姻の礼を目前に令嬢側から婚約破棄されてしまった。
「運命の出会い」をしたという平民女性に傾倒した挙句、子を成したという。
激怒した宰相はカレドウスを廃嫡。だがカレドウスは「幸せだ」と言った。
身分を棄てることも厭わないと思えるほどの激情はアルフレッドは経験した事がなかった。
その日からアルフレッドは思う事があったのだと告げた。
「恋をしてみたい。運命の出会いと言うのは生涯に一度あるかないかと聞く。だから――」
ツェツィーリアは一瞬、貴族の仮面が取れた。しかし直ぐに微笑んだ。
※後半は騎士がデレますがイラっとする展開もあります。
※シリアスな話っぽいですが気のせいです。
※エグくてゲロいざまぁはないと思いますが作者判断ですのでご留意ください
(基本血は出ないと思いますが鼻血は出るかも知れません)
※作者の勝手な設定の為こうではないか、あぁではないかと言う一般的な物とは似て非なると考えて下さい
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※作者都合のご都合主義、創作の話です。至って真面目に書いています。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
【完結】彼を幸せにする十の方法
玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。
フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。
婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。
しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。
婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。
婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。
乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!
ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。
相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。
結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。
現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう…
その時に前世の記憶を取り戻すのだった…
「悪役令嬢の兄の婚約者って…」
なんとも微妙なポジション。
しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。
傷物令嬢は騎士に夢をみるのを諦めました
みん
恋愛
伯爵家の長女シルフィーは、5歳の時に魔力暴走を起こし、その時の記憶を失ってしまっていた。そして、そのせいで魔力も殆ど無くなってしまい、その時についてしまった傷痕が体に残ってしまった。その為、領地に済む祖父母と叔母と一緒に療養を兼ねてそのまま領地で過ごす事にしたのだが…。
ゆるっと設定なので、温かい気持ちで読んでもらえると幸いです。
契約婚しますか?
翔王(とわ)
恋愛
クリスタ侯爵家の長女ミリアーヌの幼なじみで婚約者でもある彼、サイファ伯爵家の次男エドランには愛してる人がいるらしく彼女と結ばれて暮らしたいらしい。
ならば婿に来るか子爵だけど貰うか考えて頂こうじゃないか。
どちらを選んでも援助等はしませんけどね。
こっちも好きにさせて頂きます。
初投稿ですので読みにくいかもしれませんが、お手柔らかにお願いします(>人<;)
運命の番より真実の愛が欲しい
サトウミ
恋愛
田舎娘のゾーイは龍族の王子・シャウロンの『運命の番』だった。
ロマンチックな恋を夢見るゾーイは『運命の番』であるシャウロンと会えるのを楽しみにしていた。
しかし、シャウロンはゾーイに対して素っ気ない。
運命の番だからといって、必ずしも愛し合う関係だとは限らないらしい。
それを悟ったゾーイは、シャウロンのもとから去ることを決意した。
[完]僕の前から、君が消えた
小葉石
恋愛
『あなたの残りの時間、全てください』
余命宣告を受けた僕に殊勝にもそんな事を言っていた彼女が突然消えた…それは事故で一瞬で終わってしまったと後から聞いた。
残りの人生彼女とはどう向き合おうかと、悩みに悩んでいた僕にとっては彼女が消えた事実さえ上手く処理出来ないでいる。
そんな彼女が、僕を迎えにくるなんて……
*ホラーではありません。現代が舞台ですが、ファンタジー色強めだと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる