28 / 30
28
しおりを挟む
冬に竜を見送り、春に竜を誘って月日は流れていく。
二度目の見送りが終わった冬のことだった。
あのおチビちゃんと思しき真っ青な水竜が、数百とはいる彼らの群れから離れ、わたしの離宮の真上を二度、三度旋回してから、戻って行ったのは。
群れの中では赤い飛竜がその場に滞空して、心配そうに彼を待ってた。
イリヤやアート王国の人々はおチビちゃんの来訪を恐れていたようだったけれど、陛下はそれを笑って見ておられた。
このころから、彼――ヴィルスの体調が悪くなっていったのだ。
宮廷の口さがない者たちは、それを竜の呪いだと言って恐れているらしい。
けれど、陛下はそんなものは迷信だと、彼らを一括し、黙らせてくれた。
弱った声、足腰はもはや立たなくなり、病床から起き上がれない状態でも、気骨だけはまだまだ元気だった。
春が訪れ、私は十八歳に。義理の息子であるラベル王太子は十三歳を迎えたそのころ。
アート国王ヴィルスは永眠した。
まだ四十五歳だった。
早すぎる死、若すぎる終焉は、国内外に波紋をもたらす。
その後を継いだ王弟ルイゼル様は、新国王として幾つかの改革を提言した。
国を豊かにすること、公国と親しくなること、帝国との距離を置くこと。
側妃の任が終わり、わたしは爵位を側妃から侯爵夫人と格下げされ、離宮に残ることを許された。
義理の息子、ラベルは王太子から王子へとなり、次の王太子にはルイゼル王の息子が名乗りを上げた。
前国王派の重臣たちは軒並み窓際へと追いやられ、宮廷の勢力図は一変した。
様変わりした、といえばジュディ王妃だ。
彼女はそのままルイゼル王の王妃になるのかと思いきや、夫の死を悼んで(いたんで)公国へと戻ると宣言。
それは公国とアート王国の縁が切れることを意味していたから。
考えた末、ルイゼル王はジュディ王妃を王太后ではなく、前国王夫人という名目で離宮に残ってもらうことにした。
なぜか、ジュディ王妃……元国王夫人はその地位を要求せず、静かに余生を暮らしたいと望んでのだ。
ルイゼル王は公国から彼女の従姉妹にあたる、エリス公女を王妃として新たに迎えることで、とりあえずの決着はついたように見えた。
そしてさらに二年。
わたしは二十歳となり、数人の騎士や侍女たちとともに寂しく、離宮で暮らしてた。
いやのんびりと、というべきかもしれない。
このころになると、おチビちゃんは月に数回は必ず離宮へとやってきて、わたしだけ懐くと、普通では考えられない奇跡が起きていた。
彼にわたしの名前の一つである、アルドと名付けたのは内緒だ。
そんなアルドとの楽しい一時を味わっていると、急な来客がきた。
誰かと思い、応対してみると、久しぶりに顔を見たジュディ元国王夫人と……もう一人。茶色の髪をした少年と青年の合間をある、男性がそこにはいた。
一目でわかる。大好きだった彼の面影を濃く受け継いだその眼差し。
ラベル王子、その人だった。
「他では口にすることができない相談に来たのです」
「相談? これはまた珍しいですね」
ジュディ様の歯にものが詰まったような物言いに、わたしは首を傾げる。
それを補うように、ラベル王子が口を開いた。
「実は今度、国王陛下の御命令で、妻を迎えることになりました」
「あら。それはおめでとうございます。この二年間、ほとんど政治とはかからない場所にいましたので……。何も知らず」
「いえ、これはまだ明らかにされてないことです」
「それならば公開されるまで、秘密にしておきましょう。ところでどこのどなたと?」
興味本位で尋ねたその一言が失敗だった。
訊かなければよかったのに、と今更ながらに後悔する。
「あなたですよ、フィラー侯爵夫人」
「……は?」
思わず目が点になった。
そう。わたしはフィラー侯爵夫人と呼ばれている。
前国王の側妃だった女だ。その女と、王子が結婚する……つまり、それは義理の息子に下賜された妻、ということになる。なんとも無情な話ではないか。
どこの誰がそんな嫌味のようなことを思いつくのか。
公国との関係性を深めたいからということで、帝国の人質のようなわたしを、王子に下賜すればこの王国内での血の継承は行われる。
「お怒りになられるのは、ごもっともだと思います。三国の利害を考えて国王陛下が下した決断だと、どうかご承知ください」
「わたしに否決する権利はありませんよ。所詮、人質としてやってきた女ですから。ところでどうしてそんな話を?」
質問すると、二人は顔を赤らめて互いを見つめあった。
その仕草は、まるで人には明らかにしていない恋人同士のようで。
ジュディ様がどうして新国王の王妃にならず、独り身を貫こうとしたのか。
これまで隠されていた事実がありあり浮かび上がってくる。
その全てを、わたしは理解して、顔を青くした。
二度目の見送りが終わった冬のことだった。
あのおチビちゃんと思しき真っ青な水竜が、数百とはいる彼らの群れから離れ、わたしの離宮の真上を二度、三度旋回してから、戻って行ったのは。
群れの中では赤い飛竜がその場に滞空して、心配そうに彼を待ってた。
イリヤやアート王国の人々はおチビちゃんの来訪を恐れていたようだったけれど、陛下はそれを笑って見ておられた。
このころから、彼――ヴィルスの体調が悪くなっていったのだ。
宮廷の口さがない者たちは、それを竜の呪いだと言って恐れているらしい。
けれど、陛下はそんなものは迷信だと、彼らを一括し、黙らせてくれた。
弱った声、足腰はもはや立たなくなり、病床から起き上がれない状態でも、気骨だけはまだまだ元気だった。
春が訪れ、私は十八歳に。義理の息子であるラベル王太子は十三歳を迎えたそのころ。
アート国王ヴィルスは永眠した。
まだ四十五歳だった。
早すぎる死、若すぎる終焉は、国内外に波紋をもたらす。
その後を継いだ王弟ルイゼル様は、新国王として幾つかの改革を提言した。
国を豊かにすること、公国と親しくなること、帝国との距離を置くこと。
側妃の任が終わり、わたしは爵位を側妃から侯爵夫人と格下げされ、離宮に残ることを許された。
義理の息子、ラベルは王太子から王子へとなり、次の王太子にはルイゼル王の息子が名乗りを上げた。
前国王派の重臣たちは軒並み窓際へと追いやられ、宮廷の勢力図は一変した。
様変わりした、といえばジュディ王妃だ。
彼女はそのままルイゼル王の王妃になるのかと思いきや、夫の死を悼んで(いたんで)公国へと戻ると宣言。
それは公国とアート王国の縁が切れることを意味していたから。
考えた末、ルイゼル王はジュディ王妃を王太后ではなく、前国王夫人という名目で離宮に残ってもらうことにした。
なぜか、ジュディ王妃……元国王夫人はその地位を要求せず、静かに余生を暮らしたいと望んでのだ。
ルイゼル王は公国から彼女の従姉妹にあたる、エリス公女を王妃として新たに迎えることで、とりあえずの決着はついたように見えた。
そしてさらに二年。
わたしは二十歳となり、数人の騎士や侍女たちとともに寂しく、離宮で暮らしてた。
いやのんびりと、というべきかもしれない。
このころになると、おチビちゃんは月に数回は必ず離宮へとやってきて、わたしだけ懐くと、普通では考えられない奇跡が起きていた。
彼にわたしの名前の一つである、アルドと名付けたのは内緒だ。
そんなアルドとの楽しい一時を味わっていると、急な来客がきた。
誰かと思い、応対してみると、久しぶりに顔を見たジュディ元国王夫人と……もう一人。茶色の髪をした少年と青年の合間をある、男性がそこにはいた。
一目でわかる。大好きだった彼の面影を濃く受け継いだその眼差し。
ラベル王子、その人だった。
「他では口にすることができない相談に来たのです」
「相談? これはまた珍しいですね」
ジュディ様の歯にものが詰まったような物言いに、わたしは首を傾げる。
それを補うように、ラベル王子が口を開いた。
「実は今度、国王陛下の御命令で、妻を迎えることになりました」
「あら。それはおめでとうございます。この二年間、ほとんど政治とはかからない場所にいましたので……。何も知らず」
「いえ、これはまだ明らかにされてないことです」
「それならば公開されるまで、秘密にしておきましょう。ところでどこのどなたと?」
興味本位で尋ねたその一言が失敗だった。
訊かなければよかったのに、と今更ながらに後悔する。
「あなたですよ、フィラー侯爵夫人」
「……は?」
思わず目が点になった。
そう。わたしはフィラー侯爵夫人と呼ばれている。
前国王の側妃だった女だ。その女と、王子が結婚する……つまり、それは義理の息子に下賜された妻、ということになる。なんとも無情な話ではないか。
どこの誰がそんな嫌味のようなことを思いつくのか。
公国との関係性を深めたいからということで、帝国の人質のようなわたしを、王子に下賜すればこの王国内での血の継承は行われる。
「お怒りになられるのは、ごもっともだと思います。三国の利害を考えて国王陛下が下した決断だと、どうかご承知ください」
「わたしに否決する権利はありませんよ。所詮、人質としてやってきた女ですから。ところでどうしてそんな話を?」
質問すると、二人は顔を赤らめて互いを見つめあった。
その仕草は、まるで人には明らかにしていない恋人同士のようで。
ジュディ様がどうして新国王の王妃にならず、独り身を貫こうとしたのか。
これまで隠されていた事実がありあり浮かび上がってくる。
その全てを、わたしは理解して、顔を青くした。
12
あなたにおすすめの小説
ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…
ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。
一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。
そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。
読んでいただけると嬉しいです。
殿下の御心のままに。
cyaru
恋愛
王太子アルフレッドは呟くようにアンカソン公爵家の令嬢ツェツィーリアに告げた。
アルフレッドの側近カレドウス(宰相子息)が婚姻の礼を目前に令嬢側から婚約破棄されてしまった。
「運命の出会い」をしたという平民女性に傾倒した挙句、子を成したという。
激怒した宰相はカレドウスを廃嫡。だがカレドウスは「幸せだ」と言った。
身分を棄てることも厭わないと思えるほどの激情はアルフレッドは経験した事がなかった。
その日からアルフレッドは思う事があったのだと告げた。
「恋をしてみたい。運命の出会いと言うのは生涯に一度あるかないかと聞く。だから――」
ツェツィーリアは一瞬、貴族の仮面が取れた。しかし直ぐに微笑んだ。
※後半は騎士がデレますがイラっとする展開もあります。
※シリアスな話っぽいですが気のせいです。
※エグくてゲロいざまぁはないと思いますが作者判断ですのでご留意ください
(基本血は出ないと思いますが鼻血は出るかも知れません)
※作者の勝手な設定の為こうではないか、あぁではないかと言う一般的な物とは似て非なると考えて下さい
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※作者都合のご都合主義、創作の話です。至って真面目に書いています。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
【完結】彼を幸せにする十の方法
玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。
フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。
婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。
しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。
婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。
婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。
乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!
ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。
相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。
結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。
現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう…
その時に前世の記憶を取り戻すのだった…
「悪役令嬢の兄の婚約者って…」
なんとも微妙なポジション。
しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。
傷物令嬢は騎士に夢をみるのを諦めました
みん
恋愛
伯爵家の長女シルフィーは、5歳の時に魔力暴走を起こし、その時の記憶を失ってしまっていた。そして、そのせいで魔力も殆ど無くなってしまい、その時についてしまった傷痕が体に残ってしまった。その為、領地に済む祖父母と叔母と一緒に療養を兼ねてそのまま領地で過ごす事にしたのだが…。
ゆるっと設定なので、温かい気持ちで読んでもらえると幸いです。
契約婚しますか?
翔王(とわ)
恋愛
クリスタ侯爵家の長女ミリアーヌの幼なじみで婚約者でもある彼、サイファ伯爵家の次男エドランには愛してる人がいるらしく彼女と結ばれて暮らしたいらしい。
ならば婿に来るか子爵だけど貰うか考えて頂こうじゃないか。
どちらを選んでも援助等はしませんけどね。
こっちも好きにさせて頂きます。
初投稿ですので読みにくいかもしれませんが、お手柔らかにお願いします(>人<;)
運命の番より真実の愛が欲しい
サトウミ
恋愛
田舎娘のゾーイは龍族の王子・シャウロンの『運命の番』だった。
ロマンチックな恋を夢見るゾーイは『運命の番』であるシャウロンと会えるのを楽しみにしていた。
しかし、シャウロンはゾーイに対して素っ気ない。
運命の番だからといって、必ずしも愛し合う関係だとは限らないらしい。
それを悟ったゾーイは、シャウロンのもとから去ることを決意した。
[完]僕の前から、君が消えた
小葉石
恋愛
『あなたの残りの時間、全てください』
余命宣告を受けた僕に殊勝にもそんな事を言っていた彼女が突然消えた…それは事故で一瞬で終わってしまったと後から聞いた。
残りの人生彼女とはどう向き合おうかと、悩みに悩んでいた僕にとっては彼女が消えた事実さえ上手く処理出来ないでいる。
そんな彼女が、僕を迎えにくるなんて……
*ホラーではありません。現代が舞台ですが、ファンタジー色強めだと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる