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第13話 ずっと一緒に(叶芽・最終話)
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気づくと、冬真が叶芽の部屋からいなくなっていた。
「あいつ……相変わらず人に無茶苦茶しておいて……勝手に帰ったのか?」
叶芽は痛む頭を抑えながら、記憶を辿る。
ビールをくれるというので、昨日は理玖の家を訪れた叶芽だが。ビールは家に誘う口実で、さんざん理玖にキスされたのだった。
その後、なんとか帰ってきたもの、今度は冬真がマンションの前で待ち構えていた。
しかも冬真は理玖とのことにうっすら気づいたらしく、お仕置きと称して襲われたのである。
「昨日は本当にしつこかった……」
今まで我慢させたせいか、冬真は深夜になっても止まらず。叶芽は行為の途中で気絶するように眠ってしまったのだ。
「我慢させたのがかえってよくなかったのか……ん?」
疲弊しきった体に鞭うってベッドから起き上がると、サイドテーブルに『ごめん』という書き置きがあった。
「なるほど、俺に怒られる前に逃げたってところか。もう、なんなんだよ」
それでも講義には行きたいので、簡単にシャワーをするもの……鏡を見て絶句する。
そのキスマークの数は異常だった。
「これは……何を着て隠せばいいんだ?」
叶芽は首まである服を選んで着込むと、なんとなく恥ずかしい気持ちで外に出た。
(キスマーク……見えないよな。冬真のやつ……覚えてろよ)
それからなんとか朝の講義に間に合った叶芽は、冬真の隣の席にバックパックを置いた。威嚇するようにドサリと重い音が響いた瞬間、冬真は顔を強ばらせる。
ゆっくりと横を向く冬真に、叶芽は清々しいほどの笑顔で挨拶をする。
「おはよう、冬真。久しぶり」
「あ、え、叶芽」
平静を装う叶芽だが、怒りを隠しきれてはいなかった。
冷たい叶芽の視線に、冬真はたじろぐ。
「あとで時間あるよな?」
「今日は用事が……」
「逃げるなら別れる」
「用事なんてなかった」
「良かった」
叶芽が隣に座ると、冬真は青い顔で俯いた。
講義が終わった後、食堂で向かい合って食事をする間、叶芽はひと言も喋らなかった。
叶芽の怒りを感じ取ったのか、珍しく冬真も黙っていたが。
食事がひと通り終わったところで、叶芽はやれやれといった感じで大きく息を吐く。
「ねぇ、冬真……何事にも限度があるってことはわかる?」
「俺には我慢の限界がある」
「それは俺のせいってこと?」
「叶芽があいつと会ってたと思うと……苦しいんだ」
「……わかった。もう理玖と二人では会わない。これでいい?」
「ほんとに?」
「ああ。俺もちょっと油断しすぎてたところがあるし」
「やっぱり、何かされたんだ?」
「……告白されただけだ」
「嘘だね。何かされただろ?」
「もう、その話はさんざんしただろ? 何もなかったって」
「キスだけですよ」
「そう、キスだけ……って、理玖⁉︎」
食堂に突然現れた学ランの少年に対して、叶芽がぎょっとしていると、理玖は嬉しそうに叶芽を見下ろした。
「ここ、食堂も一般開放されてるんですね」
「お前、何しに来たんだ?」
理玖が現れたことで、いっきに機嫌が悪くなった冬真は、低い声で告げた。
だがそんな冬真の威嚇にも、理玖はものともせず笑顔を崩さなかった。
「もちろん、叶芽さんに会いに来ました」
「叶芽は俺のだよ」
「わかってます。でも諦めませんから」
「ちょっと二人とも、公共の場でやめてよ。目立つから──とりあえず移動しよう」
それから叶芽は食器を片付けた後、冬真と理玖の腕を引いて慌てて食堂を出た。
そして一番近い空き部屋を見つけるなり、二人を押し込んで鍵を閉める。
「午後は講義なくて良かった」
ほっと息を吐くのも束の間。
冬真が責めるような目で、叶芽を見下ろす。
「——で、叶芽はこいつとキスしたの?」
「……うん」
「浮気者」
「……うん。反省してる」
自分からしたわけではなくても、隙だらけだったことには違いないので、叶芽は素直に認めた。
すると、険しい顔をする冬真が言葉を発するよりも先に、理玖が口を開いた。
「浮気じゃないですよ。俺は本気ですから」
「でも叶芽は本気じゃない」
「そんなこと、どうしてあなたにわかるんですか?」
「ちょっと理玖、俺はお前とは付き合えないって……」
「言ってません」
「え? 言ってない? あれ?」
昨日は酒が入っていたこともあって、理玖と何を話したのか、叶芽はぼんやりとしか思い出せなかった。
「確か、俺には冬真がいるって言ったはずだけど……」
「でも付き合えないとは言ってないですよね? そうだ! 叶芽さん、俺のスマホを壊したんですから、修理のついでにデートしましょ」
「叶芽、こいつのスマホを壊したの? なんで?」
「なんでと言われても……触ってたら勝手に壊れたんだよ」
まさか脅迫されたとは言えず、言い訳をすると冬真が怒りの形相に変わる。
「どうして嘘つくの?」
「どうしてと言われても……」
「叶芽さんはヤキモチを妬いて俺のスマホを壊したんですよ」
場をかき乱すように口を挟んだ理玖を見て、叶芽は唖然としてしまう。
「は? 何を言ってるんだ?」
「俺が女の子と写ってる写真を見てヤキモチを妬いたんです」
「なんでそうなるんだ⁉︎」
「叶芽、本当なの?」
「いや、違う。それはさすがにない」
「ひどいなぁ、叶芽さん。熱いキスまでした仲なのに」
「お前……」
「叶芽は俺のだよ」
言って、冬真は叶芽の首まであるニットの裾をめくりあげる。
すると、まるで星のように無数の印が散らばった肌があらわになった。
「冬真!」
「ああ、またお仕置きされたんですか?」
理玖は茶化すように言うが、目は笑っていなかった。
「いいです。俺が全部上書きしますから」
「理玖、何を……」
「叶芽は渡さない」
理玖に殴りそうな勢いで迫る冬真を、叶芽は必死に止めに入った。
「どうして止めるの?」
「相手はまだ高校生だよ? ていうか、殴るのはダメ」
「叶芽は俺のこと殴るのに」
「それはお前が——」
呆れたように口を開く叶芽だが。その言葉を遮るようにして、理玖が言葉をかぶせる。
「ねぇ、叶芽さん。俺なら叶芽さんを大切にしますから、俺を選んでくださいよ」
甘い声で告げる理玖に、冬真の目がつり上がる。
「俺だって、叶芽を大切にしてる」
「お仕置きとか言って、叶芽さんに無理させてるくせに」
「お前には関係ないだろ」
「そうやって、叶芽さんを困らせてることに気づいてないんですね」
「叶芽は俺のことが好きだからいいんだよ」
「……もう、やめてくれ」
二人のやりとりを見るだけで、辛くなった叶芽は、止めようと声をかけるが——まるで聞いていなかった。
「ねぇ、叶芽さん。本当に冬真さんのことを好きなんですか?」
「子供のくせに、大人の恋愛に口を出すなよ」
「やめてくれ、お願いだから」
「好きな人に無理させるのが大人の恋愛ですか?」
「叶芽は俺のことが好きだから……」
「──やめろって言ってるだろ!」
ガシャン————と、大きな音が響く。
とうとう耐えられなくなった叶芽が、近くにあったガラスの花瓶を叩き割ったのだった。
こうでもしないと、止められないと思ったからだ。
激高した叶芽を見て、冬真と理玖は驚いた顔で静止する。
「何が大人の恋愛だよ! いつも怖いって言ってるのに……冬真は俺のことを少しでも考えてくれたことあるのかよ! 大人だったら、相手を慮ることくらいできるだろ?」
叶芽が声を荒げると、冬真は固唾を呑んだ。
普段の穏やかな叶芽からは想像がつかないほどの激しさだった。
部屋の中が静まり返る中、叶芽はさらに理玖を睨みつける。
「それと理玖! お前が高校生じゃなかったら、ぶん殴ってるところだった。人の気持ちを引っ掻き回して楽しいか?」
叶芽の厳しい表情を見て、理玖は戸惑った顔をする。
泣きそうな雰囲気を悟った叶芽は、深い息を吐くと、いつもの優しい声色で告げた。
「あのさ、理玖。お前の気持ちは嬉しいけど……俺には冬真がいるって言ったよね? ちょっと俺とは噛み合わないところもあるけど、それでも俺はこいつのことが……放っておけないし、好きだから。悪いけど、お前とは付き合えない」
「でも……」
「ごめんな、理玖」
押し切るように強く言った叶芽に、理玖はもう何も言わなかった。
それから叶芽は理玖を帰したあと、冬真と一緒に花瓶を片付けた。管理している准教授には怒られたが、必死で謝罪して許してもらった。
「……やっと帰って来れた」
冬真のマンションに移動した叶芽たちは、リビングに入るなりソファになだれ込む。
色んなことがありすぎて、叶芽は溜め息しか出なかった。
しかも酒関連でのトラブルが多い叶芽は、今後簡単には酒の誘いに乗らないと、心に誓う。
すると、そんな叶芽に、隣に座る冬真が控えめに声をかけた。
「……叶芽」
「なんだよ」
「体、大丈夫?」
「……大丈夫だよ」
「抱きしめてもいい?」
「冬真はいつも唐突なんだよ」
ソファに座ったまま叶芽を遠慮がちに抱きしめる冬真。
そんな冬真の顔をうかがうように叶芽が覗き込むと、冬真は泣きそうな顔をしていた。
「どうしたの? 冬真」
「……俺は心配なんだ。いつか叶芽がどこかへ行ってしまうんじゃないかって」
「何をそんなに心配する必要があるんだよ」
「だって叶芽、いつも怖いって言うから……逃げるんじゃないかと思って」
「逃げるようなことをしてるって自覚はあるんだな?」
「叶芽は何が怖いの?」
「お、少しは俺のことを考えるようになった? 俺が怖いのは、もちろん冬真のことだよ」
「俺?」
「うん。お前いつもそういう時だけ別人になるから……あとは弱い部分に触れられるのが怖い。全てをさらけ出すのも怖いし」
「もう慣れてもいいと思うんだけど」
「そう簡単に慣れたら苦労しないよ」
「じゃあ、少しずつ触れればいいの?」
「できるの?」
「……無理かも」
「もう少し待ってほしいけど、我慢させたら反動が怖いし……もういっそ、一緒に暮らす?」
「え⁉︎」
「四六時中顔を合わせてたら、冬真も落ち着くんじゃないかと思って。ついでに冬真が抱えてる不安も拭えるだろ?」
叶芽の提案に、冬真は目を輝かせる。わかりやすいのは、相変わらずだった。
「いつ荷物運ぶ?」
「気が早いな。とりあえず引っ越し会社に見積もり出してもらうか」
「じゃあ、さっそく今から聞いてみよう」
「本当にお前は……」
さっきとはうって代わり、顔を綻ばせる冬真を見て、叶芽は苦笑しながらも心は弾んでいた。これで少しは冬真を安心させられると思うと、ホッとした。
理玖とのトラブルで、冬真を苦しめたことに罪悪感もあり。叶芽も叶芽なりに反省していた。元はといえば、冬真の忠告を無視して理玖と一緒にいたせいなのだから。
だから今度こそ、仲直りのつもりで腹を括ったのだが。
叶芽はこの選択で泣きを見ることになる。
冬真と一緒に暮らし始めた叶芽は──ずっと一緒にいるにもかかわらず、飽きるどころか毎日のように求めてくる冬真に、ますます頭を抱えるのだった。
ただ、以前よりも優しく触れようと努力する冬真に、叶芽もそれほど恐怖を感じなくなっていた。
***
「おい、少年」
「なんだ、知武兄さんか。何しにきたんだよ」
自室の机で勉強していた理玖の背後に、幼馴染の青年が現れる。
スーツに身を包んだ知武は嫌な笑みを浮かべると、理玖のベッドに足を組んで座った。
「なんだはないだろう。お前、失恋したんだって? 慰めてやろうと思って来たんだよ」
「誰から聞いたの?」
「叶芽から。傷心のお前を支えてやってほしいって。どうせお前が振られた相手って、叶芽のことだろ? 」
「……うるさい。叶芽さんも、なんでこんな奴に言うんだよ」
「本当は気にしてもらえたことが嬉しいくせに」
「どうせなら、叶芽さんが来てくれたらいいのに」
「おいおい、諦めてないのかよ」
「諦められるわけがない」
「まあ、止めはしないが。あいつも厄介なやつに惚れられたな」
「その前に受験だけど」
「合格したら、お前のために合コン開いてやるよ」
「どうせ兄さんが楽しむための飲み会でしょ? それに俺は未成年だよ」
「だったら、叶芽を呼んでやるよ」
「ほんとに?」
「俺からの合格祝いだ」
「それじゃあ、頑張らないと」
「お、ようやくやる気を出したか」
知武が背中を叩くと、理玖は机に向かって初めてと言っていいくらい闘志を燃やした。
「あいつ……相変わらず人に無茶苦茶しておいて……勝手に帰ったのか?」
叶芽は痛む頭を抑えながら、記憶を辿る。
ビールをくれるというので、昨日は理玖の家を訪れた叶芽だが。ビールは家に誘う口実で、さんざん理玖にキスされたのだった。
その後、なんとか帰ってきたもの、今度は冬真がマンションの前で待ち構えていた。
しかも冬真は理玖とのことにうっすら気づいたらしく、お仕置きと称して襲われたのである。
「昨日は本当にしつこかった……」
今まで我慢させたせいか、冬真は深夜になっても止まらず。叶芽は行為の途中で気絶するように眠ってしまったのだ。
「我慢させたのがかえってよくなかったのか……ん?」
疲弊しきった体に鞭うってベッドから起き上がると、サイドテーブルに『ごめん』という書き置きがあった。
「なるほど、俺に怒られる前に逃げたってところか。もう、なんなんだよ」
それでも講義には行きたいので、簡単にシャワーをするもの……鏡を見て絶句する。
そのキスマークの数は異常だった。
「これは……何を着て隠せばいいんだ?」
叶芽は首まである服を選んで着込むと、なんとなく恥ずかしい気持ちで外に出た。
(キスマーク……見えないよな。冬真のやつ……覚えてろよ)
それからなんとか朝の講義に間に合った叶芽は、冬真の隣の席にバックパックを置いた。威嚇するようにドサリと重い音が響いた瞬間、冬真は顔を強ばらせる。
ゆっくりと横を向く冬真に、叶芽は清々しいほどの笑顔で挨拶をする。
「おはよう、冬真。久しぶり」
「あ、え、叶芽」
平静を装う叶芽だが、怒りを隠しきれてはいなかった。
冷たい叶芽の視線に、冬真はたじろぐ。
「あとで時間あるよな?」
「今日は用事が……」
「逃げるなら別れる」
「用事なんてなかった」
「良かった」
叶芽が隣に座ると、冬真は青い顔で俯いた。
講義が終わった後、食堂で向かい合って食事をする間、叶芽はひと言も喋らなかった。
叶芽の怒りを感じ取ったのか、珍しく冬真も黙っていたが。
食事がひと通り終わったところで、叶芽はやれやれといった感じで大きく息を吐く。
「ねぇ、冬真……何事にも限度があるってことはわかる?」
「俺には我慢の限界がある」
「それは俺のせいってこと?」
「叶芽があいつと会ってたと思うと……苦しいんだ」
「……わかった。もう理玖と二人では会わない。これでいい?」
「ほんとに?」
「ああ。俺もちょっと油断しすぎてたところがあるし」
「やっぱり、何かされたんだ?」
「……告白されただけだ」
「嘘だね。何かされただろ?」
「もう、その話はさんざんしただろ? 何もなかったって」
「キスだけですよ」
「そう、キスだけ……って、理玖⁉︎」
食堂に突然現れた学ランの少年に対して、叶芽がぎょっとしていると、理玖は嬉しそうに叶芽を見下ろした。
「ここ、食堂も一般開放されてるんですね」
「お前、何しに来たんだ?」
理玖が現れたことで、いっきに機嫌が悪くなった冬真は、低い声で告げた。
だがそんな冬真の威嚇にも、理玖はものともせず笑顔を崩さなかった。
「もちろん、叶芽さんに会いに来ました」
「叶芽は俺のだよ」
「わかってます。でも諦めませんから」
「ちょっと二人とも、公共の場でやめてよ。目立つから──とりあえず移動しよう」
それから叶芽は食器を片付けた後、冬真と理玖の腕を引いて慌てて食堂を出た。
そして一番近い空き部屋を見つけるなり、二人を押し込んで鍵を閉める。
「午後は講義なくて良かった」
ほっと息を吐くのも束の間。
冬真が責めるような目で、叶芽を見下ろす。
「——で、叶芽はこいつとキスしたの?」
「……うん」
「浮気者」
「……うん。反省してる」
自分からしたわけではなくても、隙だらけだったことには違いないので、叶芽は素直に認めた。
すると、険しい顔をする冬真が言葉を発するよりも先に、理玖が口を開いた。
「浮気じゃないですよ。俺は本気ですから」
「でも叶芽は本気じゃない」
「そんなこと、どうしてあなたにわかるんですか?」
「ちょっと理玖、俺はお前とは付き合えないって……」
「言ってません」
「え? 言ってない? あれ?」
昨日は酒が入っていたこともあって、理玖と何を話したのか、叶芽はぼんやりとしか思い出せなかった。
「確か、俺には冬真がいるって言ったはずだけど……」
「でも付き合えないとは言ってないですよね? そうだ! 叶芽さん、俺のスマホを壊したんですから、修理のついでにデートしましょ」
「叶芽、こいつのスマホを壊したの? なんで?」
「なんでと言われても……触ってたら勝手に壊れたんだよ」
まさか脅迫されたとは言えず、言い訳をすると冬真が怒りの形相に変わる。
「どうして嘘つくの?」
「どうしてと言われても……」
「叶芽さんはヤキモチを妬いて俺のスマホを壊したんですよ」
場をかき乱すように口を挟んだ理玖を見て、叶芽は唖然としてしまう。
「は? 何を言ってるんだ?」
「俺が女の子と写ってる写真を見てヤキモチを妬いたんです」
「なんでそうなるんだ⁉︎」
「叶芽、本当なの?」
「いや、違う。それはさすがにない」
「ひどいなぁ、叶芽さん。熱いキスまでした仲なのに」
「お前……」
「叶芽は俺のだよ」
言って、冬真は叶芽の首まであるニットの裾をめくりあげる。
すると、まるで星のように無数の印が散らばった肌があらわになった。
「冬真!」
「ああ、またお仕置きされたんですか?」
理玖は茶化すように言うが、目は笑っていなかった。
「いいです。俺が全部上書きしますから」
「理玖、何を……」
「叶芽は渡さない」
理玖に殴りそうな勢いで迫る冬真を、叶芽は必死に止めに入った。
「どうして止めるの?」
「相手はまだ高校生だよ? ていうか、殴るのはダメ」
「叶芽は俺のこと殴るのに」
「それはお前が——」
呆れたように口を開く叶芽だが。その言葉を遮るようにして、理玖が言葉をかぶせる。
「ねぇ、叶芽さん。俺なら叶芽さんを大切にしますから、俺を選んでくださいよ」
甘い声で告げる理玖に、冬真の目がつり上がる。
「俺だって、叶芽を大切にしてる」
「お仕置きとか言って、叶芽さんに無理させてるくせに」
「お前には関係ないだろ」
「そうやって、叶芽さんを困らせてることに気づいてないんですね」
「叶芽は俺のことが好きだからいいんだよ」
「……もう、やめてくれ」
二人のやりとりを見るだけで、辛くなった叶芽は、止めようと声をかけるが——まるで聞いていなかった。
「ねぇ、叶芽さん。本当に冬真さんのことを好きなんですか?」
「子供のくせに、大人の恋愛に口を出すなよ」
「やめてくれ、お願いだから」
「好きな人に無理させるのが大人の恋愛ですか?」
「叶芽は俺のことが好きだから……」
「──やめろって言ってるだろ!」
ガシャン————と、大きな音が響く。
とうとう耐えられなくなった叶芽が、近くにあったガラスの花瓶を叩き割ったのだった。
こうでもしないと、止められないと思ったからだ。
激高した叶芽を見て、冬真と理玖は驚いた顔で静止する。
「何が大人の恋愛だよ! いつも怖いって言ってるのに……冬真は俺のことを少しでも考えてくれたことあるのかよ! 大人だったら、相手を慮ることくらいできるだろ?」
叶芽が声を荒げると、冬真は固唾を呑んだ。
普段の穏やかな叶芽からは想像がつかないほどの激しさだった。
部屋の中が静まり返る中、叶芽はさらに理玖を睨みつける。
「それと理玖! お前が高校生じゃなかったら、ぶん殴ってるところだった。人の気持ちを引っ掻き回して楽しいか?」
叶芽の厳しい表情を見て、理玖は戸惑った顔をする。
泣きそうな雰囲気を悟った叶芽は、深い息を吐くと、いつもの優しい声色で告げた。
「あのさ、理玖。お前の気持ちは嬉しいけど……俺には冬真がいるって言ったよね? ちょっと俺とは噛み合わないところもあるけど、それでも俺はこいつのことが……放っておけないし、好きだから。悪いけど、お前とは付き合えない」
「でも……」
「ごめんな、理玖」
押し切るように強く言った叶芽に、理玖はもう何も言わなかった。
それから叶芽は理玖を帰したあと、冬真と一緒に花瓶を片付けた。管理している准教授には怒られたが、必死で謝罪して許してもらった。
「……やっと帰って来れた」
冬真のマンションに移動した叶芽たちは、リビングに入るなりソファになだれ込む。
色んなことがありすぎて、叶芽は溜め息しか出なかった。
しかも酒関連でのトラブルが多い叶芽は、今後簡単には酒の誘いに乗らないと、心に誓う。
すると、そんな叶芽に、隣に座る冬真が控えめに声をかけた。
「……叶芽」
「なんだよ」
「体、大丈夫?」
「……大丈夫だよ」
「抱きしめてもいい?」
「冬真はいつも唐突なんだよ」
ソファに座ったまま叶芽を遠慮がちに抱きしめる冬真。
そんな冬真の顔をうかがうように叶芽が覗き込むと、冬真は泣きそうな顔をしていた。
「どうしたの? 冬真」
「……俺は心配なんだ。いつか叶芽がどこかへ行ってしまうんじゃないかって」
「何をそんなに心配する必要があるんだよ」
「だって叶芽、いつも怖いって言うから……逃げるんじゃないかと思って」
「逃げるようなことをしてるって自覚はあるんだな?」
「叶芽は何が怖いの?」
「お、少しは俺のことを考えるようになった? 俺が怖いのは、もちろん冬真のことだよ」
「俺?」
「うん。お前いつもそういう時だけ別人になるから……あとは弱い部分に触れられるのが怖い。全てをさらけ出すのも怖いし」
「もう慣れてもいいと思うんだけど」
「そう簡単に慣れたら苦労しないよ」
「じゃあ、少しずつ触れればいいの?」
「できるの?」
「……無理かも」
「もう少し待ってほしいけど、我慢させたら反動が怖いし……もういっそ、一緒に暮らす?」
「え⁉︎」
「四六時中顔を合わせてたら、冬真も落ち着くんじゃないかと思って。ついでに冬真が抱えてる不安も拭えるだろ?」
叶芽の提案に、冬真は目を輝かせる。わかりやすいのは、相変わらずだった。
「いつ荷物運ぶ?」
「気が早いな。とりあえず引っ越し会社に見積もり出してもらうか」
「じゃあ、さっそく今から聞いてみよう」
「本当にお前は……」
さっきとはうって代わり、顔を綻ばせる冬真を見て、叶芽は苦笑しながらも心は弾んでいた。これで少しは冬真を安心させられると思うと、ホッとした。
理玖とのトラブルで、冬真を苦しめたことに罪悪感もあり。叶芽も叶芽なりに反省していた。元はといえば、冬真の忠告を無視して理玖と一緒にいたせいなのだから。
だから今度こそ、仲直りのつもりで腹を括ったのだが。
叶芽はこの選択で泣きを見ることになる。
冬真と一緒に暮らし始めた叶芽は──ずっと一緒にいるにもかかわらず、飽きるどころか毎日のように求めてくる冬真に、ますます頭を抱えるのだった。
ただ、以前よりも優しく触れようと努力する冬真に、叶芽もそれほど恐怖を感じなくなっていた。
***
「おい、少年」
「なんだ、知武兄さんか。何しにきたんだよ」
自室の机で勉強していた理玖の背後に、幼馴染の青年が現れる。
スーツに身を包んだ知武は嫌な笑みを浮かべると、理玖のベッドに足を組んで座った。
「なんだはないだろう。お前、失恋したんだって? 慰めてやろうと思って来たんだよ」
「誰から聞いたの?」
「叶芽から。傷心のお前を支えてやってほしいって。どうせお前が振られた相手って、叶芽のことだろ? 」
「……うるさい。叶芽さんも、なんでこんな奴に言うんだよ」
「本当は気にしてもらえたことが嬉しいくせに」
「どうせなら、叶芽さんが来てくれたらいいのに」
「おいおい、諦めてないのかよ」
「諦められるわけがない」
「まあ、止めはしないが。あいつも厄介なやつに惚れられたな」
「その前に受験だけど」
「合格したら、お前のために合コン開いてやるよ」
「どうせ兄さんが楽しむための飲み会でしょ? それに俺は未成年だよ」
「だったら、叶芽を呼んでやるよ」
「ほんとに?」
「俺からの合格祝いだ」
「それじゃあ、頑張らないと」
「お、ようやくやる気を出したか」
知武が背中を叩くと、理玖は机に向かって初めてと言っていいくらい闘志を燃やした。
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あー…
なんか、みんながみんな注意しなければいけない案件でしたね!
叶芽ちゃんも、冬真くんも、理玖くんも…大変でしたw
もう終わってしまったのか…
最後の最後まで楽しい作品でした!
keco様
今回はみんながみんな悪かったですね。
叶芽が主に被害者ですが。
みんな好きだからって一方的すぎました。
なんだかあっという間でしたが、書いてる方としても楽しかったです。
嬉しいお言葉ありがとうございます!
支えになりますm(_ _)m
うわぁ修羅場……
叶芽くんがブチ切れてなんとか収まりましたね
冬馬くんもやっと成長した?
叶芽くんを気遣うことができ……そう?
まぁ好き同士ですからね、これから
お互い切磋琢磨して成長していくでしょう
理玖……彼が幸せを掴む日は来るのだろうか
みんな頑張れ!
え?最終話?( 'ω'ウソダ)
ダラダラでいいからずっと見てたかった〜
お疲れ様でした
素敵なお話ありがとうございました
こぉぷ様
修羅場すごかったですね。
押す理玖と、一歩もひかない冬真。
どちらも身勝手なので、叶芽がブチギレました。
流されっぱなしではいられません。
これで冬真が変わると良いですが…
その後も独占欲のかたまりだったようです。
叶芽は大変な人を好きになってしまいました。
最後までお読みくださり、しかも嬉しいお言葉の数々をありがとうございます😭
本当に毎日の励みになりました。
また再開する時はよろしくお願いします!!!
既に、その時に片想いぅを!!
叶芽ちゃん、どんだけ可愛いんだろう((( *´꒳`* )))ポワワーン
keco様
なかなか片想いが長いようです。
叶芽は意外と高校時代も密かにモテてたかもしれません。
いつもありがとうございます!!!