モラハラ王子の真実を知った時

こことっと

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 王太子マルクルの執務室前。

 背が高く体格の良い男が憮然とした様子で立ち止まり、不意にドアを破壊せんばかりの勢いで蹴りつける。

 最初から手で開こうと言う気は無かいようだった。 いや、両手にはレーネの私室に置きざりにされた書類を持っているのだからノック等無理と言うものだろう。

「バルテン様、殿下の部屋のドアに乱暴をするなんて不敬罪に問われますよ」
「まずは、お声がけをするべきでしょう」
「そこの侍女に、ノックをお願いしてはどうでしょうか?」

 部下が戦々恐々としながら訴えるが、男は嫌味たらしく笑って見せ、背筋正しくドアに向かい頭を下げながら、彼らしくない控えた声で告げる。

「両手が塞がっている不自由からの行動、お許し下さい」

 謝罪の相手は飽く迄も【ドア】なのだと言う態度に、付き従って来た部下達は深い溜息をつくしかなかった。

 ドアに敬意を向けた男は、バルテン公爵家の次期当主であり、国王の甥であり、王太子妃であるレーネの護衛騎士である男フェルザー・バルテンである。

「ドアが開かれる様子は無いようですが、如何いたしましょうか?」

「そうだな、トドメを決めを指すと言うのはどうだろうか?」

 分厚く硬い一枚板は魔術によって強化処理がなされていて傷一つついていないが、ドアの留め金の方はグラグラと外れる寸前。 ソレが壊れてしまえば例え鍵がかかっていても意味がないだろう。

「「「バルテン様!!」」」

 部下の叫びに、バルテンは留め金を壊さない程度の加減で、もう2度扉を蹴った。

「いらっしゃらないのではありませんか?」

「まさか、出歩けば仕事をしていないのかと冷ややかな視線を向けられ、噂の的となり、噂は広がる。 ソレでフラフラと出歩けるほど図太い男ではないさ」

「良くご存じで」

 部下の言葉に、ギロリと睨みつけたかと思うとフェルザーは中に向かって大声で告げた。

「壊すなら、ドアと壁とドチラがいいか言え。 あぁ、ガキの頃のように俺にいじめられた等と言う話は通用しないからな。 全て陛下に報告させてもらう」

 等と言えば部下が、バルテン様がチクる宣言ってどうなのでしょうとコソコソと話す。

 フェルザーは、一旦は部下を睨みつけ、そしてカウントダウンを開始した。

「5、4、3、2、1」

 容赦ない速さだった。

 ドアは慌てて開かれる。

 ドアを開いたのは流行りの侍女服を身に着けた若い女性なのだが、本宮に使える侍女の制服は機能美中心ではなく、見る者を楽しませる事が優先されている……はずだった。 だが、残念ながら侍女の着ている制服は全体的に皺になり、可愛らしいリボンは行方不明、レースをあしらったエプロンも無く、襟元のボタンが掛け違えられ、その隙間から覗く肌には赤い痕がつけられている。 きっとショックで寝込む騎士もいるだろう。

「はっ」

 軽蔑したかのようなフェルザーの視線が向けられれば若い侍女の顔は青ざめ震える声で言った。

「直ぐにお茶の準備をいたします」

 礼をして侍女が逃げ去ろうとすれば、マルクルはレーネに対する態度とは全く違う軽薄そうな口ぶりで侍女に言う。 そんなマルクルのシャツのボタンの半分は外れたままだった。

「コイツに飲ませてやる茶等ここにはありません。 良く、覚えておきなさい」

 そしてマルクルの視線はフェルザーの手元へと向けられる。

「何がしたいのですか……」

「あるべき所に荷物を持ってきただけだ」

「それは、元をただせばレーネの仕事です」

「いいや、そのまた元を辿ればオマエの仕事だ」

「私は、この国の次期王ですよ……その口を正しなさい」

「敬意を向けるべき相手には向けるさ。 それに次期王になるとは限らない」

「今すぐその態度を改めた方が良いですよ。 でなければ、私が王位を得た時、積み重ねられた不敬への対価に利子をつけて支払ってもらいますよ。 まぁ改めたとしても、ただでは済ませませんけどね」

 テーブルの上、ソファの上、遠慮なく荷物を置き、そして部下に置かせたフェルザーは職務に戻れと、マルクルの執務室から退去するよう命じた。

「王太子としての職務をもう何年、レーネ様に任せている。 そんな人間を王位につける事を不安に思う者は多い」

「ですが私は王太子です。 父王の妹の子とは全然立場が違います。 理解しておいでですか?」

「国王と王妃を父にこの世に生を受けただけの男だろう。 ソレがどうした」

「言いたいように言っていればいい。 私を愛する馬鹿で幼稚で可愛らしく有能な妻が喜んで私の仕事を引き受けてくれるのですからね。 笑えますよね。 公爵令息としての地位を横に置いてまで護衛騎士を勤め守っていると言うのに、貴方の気持ちには欠片も気づかず、ただ私だけを見て愛しているのですから」

「なに、不満はないさ。 それだけ彼女は誠実だと言う事だ。 オマエの女癖の悪さに自棄になって愛人になれと言ってくるような女なら、コチラから願い下げと言うものだ」

「くっくくくく、ふっはははっはははは、それほど大事なのですか?! 笑えるぅ。 レーネは正室の座をアルムガルトの姫君に譲り、自らは側室となっても良いと言うほどに私を愛していると言うのに……貴方がどれほど王位を得たいと思っても、レーネを得たいと思ってもムリムリ……私の将来は、アルムガルトの姫アリアーヌを迎える事で盤石となるのですから」

 その言葉に、フェルザーは顔を大きくしかめた。

「まさか……アルムガルトの姫を正室に迎えたいから、側室になれとレーネ様に伝えたのか?」

「えぇ、伝えましたよ。 当たり前ではありませんか。 未だ社交界に出たことが無いとは言え、彼女に秘密のまま彼女を側室に落とし、正室を迎える事が出来る訳がありませんからね。 彼女は快く納得してくれましたよ」

「……勝手な……姫君の件は未だ、陛下や議会からの承認を得られていないと言うのに」

「そう言っていられるのも今だけです。 いずれ彼女を認めずにはいられなくなるのですから……貴方も、頭を下げる練習をしておいた方が良いのではありませんか?」

「それは……どういう意味だ」

「貴方に話す必要等何処にありますか。 ですが……そうですね。 彼女を貧国の姫君と侮るような行為は止める事をお勧めしますよ。 彼女を怒らせれば恐ろしい事になるのですから。 ふっふふふふふ」

「そうか、それは結構な事だ。 では、未来の国王陛下。 お仕事に励んでくださいませ!!」

 自棄のようにフェルザーは棒読みで声を大に叫びマルクルの執務室を後にした。



 何時もならレーネの護衛を部下に任せ、彼自身は訓練に参加するのだが、持って行ったばかりの書類を持って再び来訪しかねないとレーネの部屋へと急ぎ戻った。



 レーネに仕事を任せる事が出来ないとなれば、マルクルは各部署に仕事を割り振り、集め、サインのみを行うだろう。

 だが、陛下も王妃もソレは許さないとしていた。 万が一に仕事を振り分けるようなら、陛下に報告をするようにと命じられていた。



「殿下!! このような場所までご足労頂くとは、どのようなご用件でしょう」

 マルクルと向かい合う文官は、顔色悪く震えていた。
 マルクルの気まぐれと癇癪は、有名な話。

 それでも、レーネを妻として迎えた事で一時はその気まぐれも癇癪も傲慢もなりを潜めた。 良い子でなければ愛されないとレーネを可愛がる者達を見て知ったから。

 次に彼が変わったのは、政務を少しずつ受け持つようになった頃から。 

『なぜ、民のために私が働かなければならないのですか!!』

 そんな事も分からないような男だった。

 民は国のため、国は王家は民のため、その相互作用によって国は成立する。 等と言う言葉は通用せず、愛していると言う言葉を武器にレーネに仕事を押し付け課題とされた業務をクリアーしていたが、やがてマルクル自身は隣国へと留学と言う名目で逃げだした。

 そんな男だ。 関わりたくないと思うのは当然だろう。

「なに、ただで仕事をさせようとは言わないさ」

 そうして革袋がテーブルに置かれれば、思い音がする。

「中を見なさい」

「これは!!」

「仕事を引き受けてくれますね?」

「はい、喜んで引き受けさせていただきます」



 フェルザーは失敗したと後に後悔する事になる。 彼の行動により、マルクルは仕事が出来る人物だと評価されるようになるのだから……。
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