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2話
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それからの日々はあっという間だった。
授業と並行して『祝福』を機に変わる生活の準備を進める。
あまり数は多くないけれど、サプライズで友人たちがささやかな晩餐会を開いてくれた。
「ミコト!」
晩餐会にリノの姿はなかった。
湿っぽくなるのは嫌だったから、たくさんのお礼と短いさよならを告げて会場を後にした。
思ったよりも長く滞在していたらしく、約束の時間が迫っていた。
俺は渡り廊下を走る。
「リノ!待たせてごめんね!」
少し息を乱しながら告げると、今来たところだから大丈夫と優しい声が返ってくる。
リノは初めてできた友達で、親友だと思っていること。
貴族だけど平凡な自分に差別なく接してくれて嬉しかったこと。
勉強や生活面でとても助けられたこと…等、諸々のお礼を一生懸命伝えた。
辿々しい言葉であったが、リノは時折鼻を啜りながらうんうんと頷いて聞いてくれた。
「ミコト…好きだよ。本当に大好きなんだ」
「俺もだよ。いつも見守ってくれて、そばにいてくれて…っ、ありがとう」
自然とお互い歩み寄り、気づけば抱き合っていた。
リノは肩口に額を擦り付けながら腕の力を強める。
「違うよ…俺の好きと、ミコトの好きは違う」
え、と気づいたら声が出ていた。
「オレはミコトを愛してる。結婚したい意味での好きなんだ」
「え…えぇ!?そうだったの!?」
びっくりして俺はリノを見上げる。
彼は苦笑しながら続けた。
「ミコトはミカド様ばかりで全然オレには目を向けてくれなかったけど」
「ご、ごめん…!俺全然気づかなくて…っ」
「いいよ。そういうところも含めてミコトが好きだから」
そう言って細めた瞳は少しだけ赤くなっていた。
そして俺の頬は熱を持つ。
「…やっぱり、国外に逃げる気はない?」
再度抱きしめる腕に力が籠る。
ここで頷けば、俺はミカドを想う気持ちに終止符を打てるだろうか。
俺のことを愛してくれているリノと生きていけば、ミカドへの気持ちは少し薄まるかもしれない。
でもーーー
「ごめん。やっぱり行けない」
ミカド以前に国外に行こうとすればリノに迷惑がかかる。
貴族の自分は最悪爵位剥奪で済むかもしれないが、平民のリノはそうはいかないだろう。
そして、それを守れるほどの力も残念ながら有していない。
「『祝福』を受けたくないって言ってたじゃん」
「受けたくないとは言ってない!怖いって言ったんだ」
「開き直るなよな…」
先ほどのシリアスな雰囲気が、少しだけ和やかなものに変わる。
「『祝福』を受けたら…もう二度とオレに会えないとしても、受けるの?」
「少し会えないかもしれないけど、きっとすぐに会えるようになるよ」
いつもリノが言ってたじゃん。
『祝福』を受けても学校が変わるわけじゃないって。
また会えるって。
「…本当に、何も知らないんだね」
「リノ?」
小さな声でリノが何かを呟いたが風の音に紛れて消えてしまった。
「オレ、王家きらい。貴族もきらい。『祝福』は大っ嫌い!」
「え?え??」
「…でも、ミコトのことはだいすき」
突然言葉に感情を乗せたかと思うと、甘い声で囁かれる。
彼のこんな声音は聞いたことがなくて、少しだけ胸が高まった。
「本当はこのまま連れ去りたいけど…ミコトが怒りそうだからやめておく」
抱きしめられていた腕の力が緩まっていく。
自然とお互い見つめやすい距離を取ると、リノの指先が頬に伸ばされた。
「もう会えないかもしれないから…キス、してもいい?」
「えっ…キスって、キキキキスッ!?」
びっくりして、思わず後ずさってしまった。
彼の指先は行き先を見失ったようでそっと下ろされる。
「ダメ?」
俺は思わず両手で心臓のあたりを抑える。
リノは普段から可愛いけれど、おねだりをする時はことさら可愛いのだ。
想いを告げられたからか、それとも友情を育んだ時間が長かったからか、はたまた彼が子犬のような瞳で自分を見つめてくるからか。
つい頷きたくなってしまうが、脳裏を過ぎったのはミカドの顔だった。
「そこまでだ」
予期せず唇に当たったのは、リノの唇ではなかった。
むにゅと唇を覆う、おそらく手のひら。
そして何故か後方に引っ張られる体。
記憶の中で何度も再生された声色に意図せず目を見開く。
「ミ、ミカド様…!?」
俺の推測はどうやら正しかったらしい。
俺と同様に目を見開いているリノが、心底驚いたようにその名を口にした。
「国外逃亡企図、王家への叛逆ーーー今君が問われている罪状だ」
記憶にある宣誓を読み上げる声音よりも、もっと事務的で冷たい声。
リノとの間にあった熱を冷ますには十分すぎた。
「なんで…」
「声がしたから様子を見ていた。まさか犯罪を企てているとは思わなかったが」
心臓の鼓動がうるさい。
それはリノが罪に問われているからなのか、それとも憧れていたミカドが近くにいるからなのか分からなかった。
でも、目の前で青ざめている友人を助けなければいけないことはわかる。
口元を覆っている手を軽く叩く。
すると、少し間を置いてそれは下ろされた。
こんな時なのに初めてミカドに触れた事実に指先が少しだけ熱を持つ。
「か、彼は無実です!俺が国外に連れて行ってほしいって頼んだんですっ」
「ミコト!?」
体を翻し、ミカドに対峙する。
王族の直系にのみ現れるという紫色の瞳は、俺の想像の何倍も綺麗でまるで宝石のようだった。
「君は?」
「ミコトと申します。明日、『祝福』を受ける予定です」
「…なるほど。『祝福』が嫌だから、彼に逃亡を手伝うように頼んだと?」
「そうです」
ミカドの迫力に体が震える。
いつもは憧れというレンズ越しに見る彼に、今は恐怖というフィルターがかかっていた。
…そして、
分かってはいたけれど、やはり名前も知られていなかったことにショックを受ける。
恐怖と、悲しさと不安と…色々な感情が溢れて、気づけば頬を涙が伝っていた。
「だが、実際に彼の言葉を僕は聞いている」
「おっ俺が!明日『祝福』を受けてクラスが分かれちゃうから、リノは寂しくて言っちゃっただけなんです!」
「な…っ」
リノを助けたい一心だった。
「………ミコトは僕と共に。君は寮へ帰るように」
俺越しにリノを一瞥すると、腕を掴んで付いてくるように促される。
「…リノっまたね!」
お別れの言葉はシンプルだったけど。
俺を好きになってくれて、愛してくれてありがとう。
授業と並行して『祝福』を機に変わる生活の準備を進める。
あまり数は多くないけれど、サプライズで友人たちがささやかな晩餐会を開いてくれた。
「ミコト!」
晩餐会にリノの姿はなかった。
湿っぽくなるのは嫌だったから、たくさんのお礼と短いさよならを告げて会場を後にした。
思ったよりも長く滞在していたらしく、約束の時間が迫っていた。
俺は渡り廊下を走る。
「リノ!待たせてごめんね!」
少し息を乱しながら告げると、今来たところだから大丈夫と優しい声が返ってくる。
リノは初めてできた友達で、親友だと思っていること。
貴族だけど平凡な自分に差別なく接してくれて嬉しかったこと。
勉強や生活面でとても助けられたこと…等、諸々のお礼を一生懸命伝えた。
辿々しい言葉であったが、リノは時折鼻を啜りながらうんうんと頷いて聞いてくれた。
「ミコト…好きだよ。本当に大好きなんだ」
「俺もだよ。いつも見守ってくれて、そばにいてくれて…っ、ありがとう」
自然とお互い歩み寄り、気づけば抱き合っていた。
リノは肩口に額を擦り付けながら腕の力を強める。
「違うよ…俺の好きと、ミコトの好きは違う」
え、と気づいたら声が出ていた。
「オレはミコトを愛してる。結婚したい意味での好きなんだ」
「え…えぇ!?そうだったの!?」
びっくりして俺はリノを見上げる。
彼は苦笑しながら続けた。
「ミコトはミカド様ばかりで全然オレには目を向けてくれなかったけど」
「ご、ごめん…!俺全然気づかなくて…っ」
「いいよ。そういうところも含めてミコトが好きだから」
そう言って細めた瞳は少しだけ赤くなっていた。
そして俺の頬は熱を持つ。
「…やっぱり、国外に逃げる気はない?」
再度抱きしめる腕に力が籠る。
ここで頷けば、俺はミカドを想う気持ちに終止符を打てるだろうか。
俺のことを愛してくれているリノと生きていけば、ミカドへの気持ちは少し薄まるかもしれない。
でもーーー
「ごめん。やっぱり行けない」
ミカド以前に国外に行こうとすればリノに迷惑がかかる。
貴族の自分は最悪爵位剥奪で済むかもしれないが、平民のリノはそうはいかないだろう。
そして、それを守れるほどの力も残念ながら有していない。
「『祝福』を受けたくないって言ってたじゃん」
「受けたくないとは言ってない!怖いって言ったんだ」
「開き直るなよな…」
先ほどのシリアスな雰囲気が、少しだけ和やかなものに変わる。
「『祝福』を受けたら…もう二度とオレに会えないとしても、受けるの?」
「少し会えないかもしれないけど、きっとすぐに会えるようになるよ」
いつもリノが言ってたじゃん。
『祝福』を受けても学校が変わるわけじゃないって。
また会えるって。
「…本当に、何も知らないんだね」
「リノ?」
小さな声でリノが何かを呟いたが風の音に紛れて消えてしまった。
「オレ、王家きらい。貴族もきらい。『祝福』は大っ嫌い!」
「え?え??」
「…でも、ミコトのことはだいすき」
突然言葉に感情を乗せたかと思うと、甘い声で囁かれる。
彼のこんな声音は聞いたことがなくて、少しだけ胸が高まった。
「本当はこのまま連れ去りたいけど…ミコトが怒りそうだからやめておく」
抱きしめられていた腕の力が緩まっていく。
自然とお互い見つめやすい距離を取ると、リノの指先が頬に伸ばされた。
「もう会えないかもしれないから…キス、してもいい?」
「えっ…キスって、キキキキスッ!?」
びっくりして、思わず後ずさってしまった。
彼の指先は行き先を見失ったようでそっと下ろされる。
「ダメ?」
俺は思わず両手で心臓のあたりを抑える。
リノは普段から可愛いけれど、おねだりをする時はことさら可愛いのだ。
想いを告げられたからか、それとも友情を育んだ時間が長かったからか、はたまた彼が子犬のような瞳で自分を見つめてくるからか。
つい頷きたくなってしまうが、脳裏を過ぎったのはミカドの顔だった。
「そこまでだ」
予期せず唇に当たったのは、リノの唇ではなかった。
むにゅと唇を覆う、おそらく手のひら。
そして何故か後方に引っ張られる体。
記憶の中で何度も再生された声色に意図せず目を見開く。
「ミ、ミカド様…!?」
俺の推測はどうやら正しかったらしい。
俺と同様に目を見開いているリノが、心底驚いたようにその名を口にした。
「国外逃亡企図、王家への叛逆ーーー今君が問われている罪状だ」
記憶にある宣誓を読み上げる声音よりも、もっと事務的で冷たい声。
リノとの間にあった熱を冷ますには十分すぎた。
「なんで…」
「声がしたから様子を見ていた。まさか犯罪を企てているとは思わなかったが」
心臓の鼓動がうるさい。
それはリノが罪に問われているからなのか、それとも憧れていたミカドが近くにいるからなのか分からなかった。
でも、目の前で青ざめている友人を助けなければいけないことはわかる。
口元を覆っている手を軽く叩く。
すると、少し間を置いてそれは下ろされた。
こんな時なのに初めてミカドに触れた事実に指先が少しだけ熱を持つ。
「か、彼は無実です!俺が国外に連れて行ってほしいって頼んだんですっ」
「ミコト!?」
体を翻し、ミカドに対峙する。
王族の直系にのみ現れるという紫色の瞳は、俺の想像の何倍も綺麗でまるで宝石のようだった。
「君は?」
「ミコトと申します。明日、『祝福』を受ける予定です」
「…なるほど。『祝福』が嫌だから、彼に逃亡を手伝うように頼んだと?」
「そうです」
ミカドの迫力に体が震える。
いつもは憧れというレンズ越しに見る彼に、今は恐怖というフィルターがかかっていた。
…そして、
分かってはいたけれど、やはり名前も知られていなかったことにショックを受ける。
恐怖と、悲しさと不安と…色々な感情が溢れて、気づけば頬を涙が伝っていた。
「だが、実際に彼の言葉を僕は聞いている」
「おっ俺が!明日『祝福』を受けてクラスが分かれちゃうから、リノは寂しくて言っちゃっただけなんです!」
「な…っ」
リノを助けたい一心だった。
「………ミコトは僕と共に。君は寮へ帰るように」
俺越しにリノを一瞥すると、腕を掴んで付いてくるように促される。
「…リノっまたね!」
お別れの言葉はシンプルだったけど。
俺を好きになってくれて、愛してくれてありがとう。
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