肩越しの青空

蒲公英

文字の大きさ
5 / 28

比較してみたり 1

しおりを挟む
 親会社の柏倉さんと、仕事を離れて会うのは2回目だ。つまり彼が見てるのはまだ、あたしの猫の皮だってことだけど。彼もあたしに良い顔しかしてないだろうし、そうやって探り合うのは結構楽しい。
 定時に会社を出て、お互いに都合のつく池袋で待ち合わせ。食事して、ちょっとお酒を飲んで、当たり障りのない会話と、ちらちら見える下心。
 見た目は悪くない、仕事の内容も知ってる、話題はそれほど薄くない。時々「ウチの会社」の話が、お父さんの自慢をする小学生みたいに聞こえるけど、大会社に入るために努力したのだろうし、それなりのプライドもあるのだろうと納得する。

「ウチの会社内にいたら、篠田さんの競争率、高いだろうなあ」
 都内じゃなくても男は居るんですけど。確かに大きい会社ではあるけど、あんたの会社が潰れりゃあたしの会社も一緒にダメになるんだから、危険性は一緒だし。
 大学生活を都内で過ごしたあたしに、都内に対する幻想はない。この人にはまだ、こんな風には言わないけど、頭の中ではツッコミひとつ。どこのイナカモンだ、あんた。今時は情報も流通も、ストレスがある場所は少ないっつーの。
 なーんて言わないでおいてやって、にっこりと笑ってみせる。

 スーツの趣味も普通だし、会社は大きいし、何よりもあたしに興味を持ってる。エスコートは上手で、突拍子もないこともしない。これならもう何回か会って、なし崩しにオツキアイのパターンかなあ、なんてね。柏倉さんも多分、同じようなことを考えてると思う。
 それなりの年齢だし、仕事の繋がりもあるから、お互いに慎重に様子を見てる感じかな。少なくとも、開口一番で「結婚しない?」なんて言う、どこかのバカとは違う。
「また、連絡していい?」
「はい、楽しみにしてます」
 お約束の会話で手を振って、行儀良く別れる。これがフツーだよ、先輩。間違っても、いきなり「結婚することにした」なんて言わないよ。でも、あのインパクトのせいで、先輩にははじめから、猫の皮はナシだった。
 

 翌日は先輩と、よさこいの練習をした。
「最近、トレーニングがお留守だあ。会費、もったいないなあ」
「悪いな、つきあわせて。でも、真昼間に踊りの練習ってのもなあ」
 うん。休みの日の昼間に公園で鳴子鳴らすのはイヤだし、夜になるのは仕方ない。トレーニングがお留守なのは、ちょっと残業が続いたり飲みに出てたりするせいもあるしね。
「いいけどさ。昨日はデートだったし」
 口から出した後に、まずいこと言ったかなと思う。でも、あたしと先輩は別に恋人同士ってわけでもないし、先輩の言う「結婚」だって、はっきり真実味はない。

「デートって、男と?」
「女の子ではなかったなあ。親会社の人」
 いいや、正直に言っちゃえ。別に隠しておくほどの何かがあるわけじゃないし、あたしと先輩はそんな関係じゃない。
「誰かとつきあってるの?」
「まだ、そこまで行ってない。候補ってとこかな」
 先輩の冗談みたいなプロポーズより、あたし的にはまともな話だもん。先輩は驚いた顔も傷ついた顔もしてはいないのだけれど、明るい顔でないのは確かだ。それから、ちょっと考え込む形になった。

 あたし、もしかしたら酷いこと言ったのかしらん。でも先輩からは、つきあおうとか好きだとか言われたこと、ないんだよ。いきなり「結婚しない?」なんて驚かせて、その言葉一本やりで、あたしの返事なんか無視してて。
 もしかしたら、あれって真面目な話だったの?プロセスをすっ飛ばした原口先輩の言葉は、どう考えても真剣味なんて欠片も考えられない。
 思いっきり見上げないないと視線すら合わない先輩は、どこをどう見ているのかまったくわからない。不本意ながら抱っこされたとき、あまりの視界の違いに驚いた。見える景色さえ、違うのだ。

 ―とりあえず、お互いを知りましょ。
 ―馬には乗ってみよってとこで、ひとつ。
 ―いいよ、納得するまで観察してくれて。
 ……言われてるじゃない、あたし。知り合ってその上でって、ちゃんと言われてるじゃない。

「先輩? もしかしたら、気にした?」
「気にしなくて、どうする。俺と結婚することに決まってる女が」
「決まってないから!」
 先輩の言葉をぶっちぎって否定して、口を閉じてしまった先輩の顔を見た。そうか。反射的に言い返してるから、肝心の部分を聞き逃してるんだ。あたしの頭を鷲掴みにした先輩の手は、思いの外優しかった。

 帰りの車を運転しながら、自分でも考える。原口先輩は、けして嫌いじゃない。「結婚しない?」じゃなくて、普通に食事に誘われるとか連絡先を確認されるか理解しやすい誘いなら、あたしもそれなりの心構えで対応してた筈だ。
 あたしが軽く捉えて反発したのは、突拍子もないタイミングの言葉だったから。あたしの反論を、先輩はいつもニヤニヤ笑いで受けるから、冗談みたいに見える。

 ねえ、何を考えてるの? あたしが他の男とデートするのを気にする程度には、本気だったんだね。罪悪感は湧かないけど、迂闊だったなって気はある。
 またスポーツクラブで会うだろうし、翌週踊りを教える約束もしてる。他の男とも会ってるあたしに、先輩が失望してキャンセルしない限りは、約束はそのままだろう。あたし的には別に気まずいわけでもないもの。
 でもね、今度は先輩がどんな人だか、もう少し注意を向けてみることにする。恋愛に結びつくものかどうかはわからないけど、無駄に気を持たせたり傷つけたりする気はないもの。

 自分の部屋の本棚の前に立ち、一番上の棚を見上げた。読み終わって、多分読み返すことのない本が入っている場所。熊の顔って、ほぼこの位置なんだよなあ。
 踏み台に乗って出し入れする棚を見ながら、そこに原口先輩の顔を挿げてみる。顎しか存在の主張はないじゃない。先輩が見るのも、あたしの頭の天辺だし。

 向き合おうと思わなくちゃ、向き合うこともできない場所。今度は、ちゃんと顔を見て話そう。表情さえ見えていれば、こんな風に考え込まなくても理解できることがある筈。
 思いっきり見上げる首は、疲れるけど。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

イケメン社長からの猛烈求愛

鳴宮鶉子
恋愛
イケメン社長からの猛烈求愛

人質同然だったのに何故か普通の私が一目惚れされて溺愛されてしまいました

ツヅミツヅ
恋愛
異国の王国に人質として連れて行かれた王女・レイティア。 彼女は政治的な駆け引きの道具として送り込まれたはずだったが、なぜかその国の王であるアナバスから異常なまでに執着される。 冷徹で非情な王と噂されるアナバスは、なぜレイティアに強く惹かれるのか? そして、王国間の陰謀が渦巻く中、レイティアはどのように運命を切り開いていくのか? 強き王と穏やかな王女の交錯する思いが描かれる、「策略と愛が交錯する異国ロマンス」。 18Rには※がついております

消えるはずだった予知の巫女は、今日もこの世界で生きている ――異端と呼ばれる騎士さんが、私には綺麗すぎる

豆腐と蜜柑と炬燵
恋愛
役目を終えれば、この世界から消えるはずだった。 予知の巫女・美桜は、力も特別な姿も失ったまま、 「生き続ける」という選択肢だけを与えられる。 もう誰かを守る存在でも、選ばれる存在でもない。 そう思い、偽名“ミオ”として宿屋で働きながら、 目立たない日常を送っていた。 ――二度と会わないと決めていた騎士と、再会するまでは。 彫りの深い顔立ちゆえに“異端”と呼ばれながらも、 誰よりも強く、誰よりも誠実な騎士・レイス。 巫女だった頃の自分を知る彼に、 今の姿で向き合う資格はないと分かっているのに、 想いは簡単には消えてくれない。 身分も立場も、守られる理由も失った少女と、 前に立ち、守ることしか知らなかった騎士。 過去と現在、選ばれなかった時間を抱えたまま、 二人はもう一度、距離を測り直していく。 これは、 消えるはずだった少女が、 “今の自分”で恋を選び直す物語。

お前が欲しくて堪らない〜年下御曹司との政略結婚

ラヴ KAZU
恋愛
忌まわしい過去から抜けられず、恋愛に臆病になっているアラフォー葉村美鈴。 五歳の時の初恋相手との結婚を願っている若き御曹司戸倉慶。 ある日美鈴の父親の会社の借金を支払う代わりに美鈴との政略結婚を申し出た慶。 年下御曹司との政略結婚に幸せを感じることが出来ず、諦めていたが、信じられない慶の愛情に困惑する美鈴。 慶に惹かれる気持ちと過去のトラウマから男性を拒否してしまう身体。 二人の恋の行方は……

Ring a bell〜冷然専務の裏の顔は独占欲強めな極甘系〜

白山小梅
恋愛
富裕層が集まる高校に特待生として入学した杏奈は、あるグループからの嫌がらせを受け、地獄の三年間を過ごす羽目に。 大学に進学した杏奈は、今はファミリーレストランのメニュー開発に携わり、穏やかな日々を送っていた。そこに突然母親から連絡が入る。なんと両親が営む弁当屋が、建物の老朽化を理由に立ち退きを迫られていた。仕方なく店を閉じたが、その土地に、高校時代に嫌がらせを受けたグループのメンバーである由利高臣の父親が経営するYRグループが関わっていると知り、イベントで偶然再会した高臣に声をかけた杏奈だったが、事態は思わぬ方向に進み--⁈

処理中です...