最後の女

蒲公英

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「茜ちゃん、お小遣い」
「孫じゃねえぞ」
「野菜、車に積んどいたからね。あ、お中元にいただいた油とコーヒー……」
「すみません、こんなにたくさん」
 ふたり所帯には過剰な貰い物に、茜は頭を下げる。
「秋の連休にもおいで」
「そんな年中来れね……」
「あんたじゃないわよ。秀一なんか来たって、黙ってるだけだし。茜ちゃんだけおいで、ね?」
「誰の実家だ!」
 息子じゃなくて嫁だけ遊びに来れば良いなんて、残された息子は阿呆じゃないか。

 秀一の実家で両親と妹(茜より二十歳年上だ)に甘やかされるだけ甘やかされた茜は、ラジオに合わせて歌っている。嫁というより、孫扱いである。
「秀さんの実家、楽しかったなぁ。みんな優しくて、景色も良くて」
 朝起きれば食事の支度がされていて、自分の物を含む洗濯物を干せば感謝され、掃除を手伝えば褒められ、一緒に買い物に出れば食べたい物のリクエストを聞いてくれる。秀一との生活の中で、普段自分だけで済ませている家事が、他人と共同作業になるのである。
 女所帯で育った茜は、父こそ家庭の中にいなかったが、賑やかに生活してきた。母親の所得で生活していたのだから、家事は娘二人が喧嘩したり押し付けあったりしながら、こなしてきたのだ。だから結婚して、秀一の部屋の中でひとりでこなす家事は、幾分寂しかった。好きな人の身の回りを整えているのだという喜びはあるのだが、模様替えをしようが飾り立てようが文句を言われない代わりに、他の手は入らない。無口ではないが余計なお喋りもしない秀一は、手伝ってはくれても意見は言わない。
「言ってくれたみたいに、私だけもうちょっと泊まってくれば良かったな」
「それはダメ」
 そこだけ妙にはっきりと、秀一は言い切った。

 茜は寂しいのかなとは、秀一も思っているのである。外の世界をほとんど見ずに結婚してしまった茜は、年齢の割にはしっかり者でも、本来ならば親元で甘えている時期なのだ。幸い実家は近いし、同じ年頃でも進学のために一人暮らしをしている人間もいるのだから、一概に可哀想だとも言えないのだが。
 茜の世話焼きの本質は、世話を焼くことによって声をかけて欲しいからだ。好意を示されることに、茜はとても敏感だ。そういう人にはあっさりと懐いてしまうし、その分友達も広くて浅い。だから今回のように、無条件に甘やかしてくれる相手には、大きな信頼感を抱いてしまうらしい。(尤も、茜の家事に対するフットワークの良さは、実家の母も感心していた)
 もっと構ってやれば良いのか、それとも突き放してオトナになるのを待てば良いのか、秀一にもわからない。茜は今まで、そうやって無条件に懐いてしまって、失敗したことがない。それによって傷ついたことがないのは、秀一から見れば、とても危ういことだ。自分の実家と仲良くしてくれるのは有難いが、そこは少しゆっくりと関係を作っていって欲しいところである。

 秀一のアパートで持たされた荷物を解いてから、茜は隣へのおすそ分けを持ってドアを開けた。今までそんなつきあいをしてこなかった秀一は、隣にどんな家庭が築かれているのかも知らなかったが、このアパートの中で、最年少は茜らしい。確かに、新婚が住むようなアパートじゃない。
 せめて、若い主婦同士の会話ができるような場所に引っ越したほうが、茜も居心地は良いだろうか。
 そう思うこと自体、秀一も茜には甘いのである。 
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