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11「AZ」
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善明アキラという人物についてを本来であればメンバー4人にお伺いするべき段階に来て、編集者としての経験が自分にストップを掛けた。まだ早いのではないか。そう考えてしまう根拠が自分の中にあったわけではない。毎日のようにメンバーの姿を目で追いながら、事あるごとに関連する何某かの言葉を投げかけようと試みては来たが、いつも決まってポーンと弾き返されるような感覚があった。
芥川繭子へのインタビューを終え、一通り初めての単独取材を終えたタイミングで味わった『壁』とか『膜』と呼べる透明な隔たりに、私は一歩を踏み出せないでいた。その事を伊藤氏に相談してみた所、彼女は笑って「じゃあ」と頷いて下さった。
2016年、4月某日、会議室にて。
語り、伊藤織江。
「本当は、こういう言い方で、あまり表に出したくはないんですけどね。
でも時枝さんの場合、既に情報を仕入れていると思いますし、
この業界にいると嫌でも耳にする機会はあったと思うので正直に言いますけど、
結構、やんちゃな人達だったんですよ。
主に10代から…、20代後半にかけて。…ええ、長いですよね。
笑ってごまかしてます、今。
オブラートに包んだ言い方で『結構やんちゃ』な人達なので、
そこらへんは上手く編集しながら記事では適度に和らげておいてくださいね。
子供の頃はなんと言いますか、厄介な事に本人達だけではなくて。
周りにもやはり『そういう子達』が彼ら目掛けて集まって来て、
彼らを中心に色々と問題行動を起こしていたわけですよ。
ただそうは言っても、おそらく今の時代に想像出来るような、
不良少年達の姿とは違うと思いますよ。
ここ数年なんとなく、そういうのが格好良いと持て囃されるような、
んー、流れというと変ですけど、ありましたよね、漫画とか映画とか。
だけど彼らの場合はそういうイメージとは、ちょっと違うと思います。
何だったんだろうって思いますけどね、あの人達のあの無軌道さは。
理解しがたい…、あはは。
昔からある表現で分かりやすいなと思うのが、『痛みを感じないかのような』、とか。
格好付けすぎですかね。でも本当にそうなんですよ。
ギラついて、とんでもない方向に向かって前のめりな姿勢と言いますか。
わざわざ自分で傷を作るために、荊のトンネルに腕を突っ込みたがるような、
そういう危うさを4人ともが持っていたんですよね。
傍から見てるだけでも特別な4人でしたよ。
幼馴染だからっていう理由だけでは片付けられないです。
例えば、皆でワイワイ大声で盛り上がろうぜーみたいなノリは、皆無でした。
暴走族とも違うし、まず他人を巻き込んで盛り上がるような明るさがない。
好んで犯罪を起こす人達ではないんだけど、
何故だかずーっと問題を抱えていましたし、巻き込まれてました。っはは。
んー、そう、だから、一言で言うと、暗いです。
ええ、暗いですよ、彼らの青春時代は。
だからきっと、今風のアイドルとか若手俳優を集めて映画化とか、きっと実現しないです。
全然魅力的ではなかったですからね、そういう意味では。
何度も言いますけど暗かったんです。だから本気で怖かったですからね。
…そうです。っはは、もう、苦労したんだよ!伊藤さんは!
あはは、でもそう言いながらも具体的な事は、ええ、一切教えないですけどね。
私はこれでも一応社長ですから、社員は守らないといけませんしね。
じゃあ言うなよっていう話なんですけども。
でもうちの真壁とか渡辺に聞けば分かると思いますが、
あの4人は頭が〇〇〇いって、私達の世代では有名でしたよ。
あはは、ああ、そうだね。うん、そっか。…うん、今のはナシで。
でもその頃についた怖いイメージというか、
暴力的な一面をもう私は既に知っていたからこそ余計に、うん。
…アキラが病気になったって知った時、全然実感がなかったんですよ。
いや、実感はあったか。
心配だってしてない訳はないんですけど、大事として捉えたくなかった。
うん、そういう感じだったと思いますね。
風邪をこじらせた程度でしょう、ぐらいに思いたくて。
アキラの病気が発覚した当時は、大切な人が連鎖的に亡くなる事態が続いて、
とても疲弊していた頃でもあるんです。
私の妹もそうですし、アキラの恋人のカオリだってそうです。
皆、病気で死んでいきました。
だけどアキラはなんと言うか…殺してもただでは死なないような。
言葉は悪いですが、そういうキャラクターでもありましたから。
癌だって分かった時ですら、でも治るんでしょ、早期なんでしょって。
何故なんでしょうかねぇ。
そういうのを軽く見てはいけない事は、分かってたんですけどね。
分かっていたのに、感情が逃げて行ったと言いますか。
…だって凄いんですよ、アキラって。
これももう時効だし良いかなって思うんですけど。
昔からめっちゃくちゃ喧嘩が強い人だったんです、笑っちゃうくらいに。
いつだったか、喧嘩して負かした相手2人くらいを、片手で服の襟掴んで引きずって、
バイクで運んできた事があるんです。
放っておくと捕まりそうだったんだーって。
それは可哀想だろー、だって。
だからってヒト2人片手で引き摺れますか?
見た事あります? そんなコントみたいなシーン、ないですよね。
っはは、まあ、そういう変な逸話は置いといて。
そういう、普通の男とは枠が違うというんでしょうかね。
常識では測り切れないような存在でしたし。
天真爛漫なようでいて、単純なんかじゃない影みたいなのもありました。
とにかく何をやっても突拍子がない人でしたけどね。
掴み所のない人だけど驚く程一途で、…面白い奴でしたよ。
(思い出と共に溢れ出した気持ちが涙となって、伊藤の頬を伝う。言葉が止まる)
バンド結成当時の話はご存知ですか?ちょっと彼ららしい面白い話があって。
竜二と大成は、割と早い段階で音楽で食べていくって決めてたんです。
4人全員楽器は出来たし、幼馴染だし、てっきりアキラもそうなるはずだと思っていました。
でも翔太郎とアキラはずっとプラプラしたままで、
今ひとつバンドの話に乗って来なかったんですよ。
そうこうするうち、待てなくなった2人が先に『クロウバー』を始動させて、
あれよあれよという間にメジャーデビューが決まりました。
これはこれで、また凄い話なんですけどね。
普通ハタチやそこらがバンド組んですぐにメジャーデビューなんで出来ませんよね。
私が言っても説得力はありませんが、才能はあったんでしょうね。
認めてくれる人達に出会えたのも大きいですし、きっと時代も良かったのかな。
それに、デビューを後押ししてくれた人の存在もありましたから。
その当時に、アキラと翔太郎が実際に何を考えていたのかは、
直接問い質したわけではないので本当の所は今でも分からないんです。
特にアキラはもう、尋ねる事も出来ませんしね。
もともと彼は、車やバイクいじりが好きだった大成と一緒にいる事が多くて、
その影響もあって、自動車の整備工の道も考えてましたし、
やっぱりそっちに行きたいのかなーって、その時は思ってました。
バイト先がずっとそうだったんですよ、カオリの実家が整備工場でしたから。
でぇ、翔太郎はー…。
竜二達がデビューして、でも2年程でクロウバーを辞めちゃって、
その後の彼らの充電期間中に、誠と出会う事になるんです。
後になって、当時は割と真っ当に生きる道を考えた事もあるって。
ええ、翔太郎の口から聞いた事ありますよ。
まあ、その一度っきりだけですし、お酒飲んでたんで本心は分かりませんけど。
実際何をどう思っていたのか、具体的な内容までは聞けてません。
私個人としては今でも、彼の考えてる事が一番分かりませんから。
もしかしたら、誠にだけは言ってたかもしれませんけどね。
ただ、面白いのはその2人じゃなくて、
先にデビューした2人の方が、アキラと翔太郎を諦められなかったんです。
子供の頃からずーっと4人でいましたから、寂しさは理解できるんですけどね。
竜二と大成、2人だけが先へ進んでいく事に抵抗があったんだと思います。
当時クロウバーを組んでたギターが、
実はうちの(スタッフ)真壁なんですけど、事故で足を悪くしまして。
そういう不運も重なって、もう一度ちゃんと、声を掛けて話し合ってみようと、
そういう流れになったみたいなんですね。
ドラム。はい、スタッフの、ええ、渡辺です。
彼は、元々表に出て演奏するっていうのはあまり好きではなかったみたいですね。
努力家で熱い男ですから、誘われるがまま付いて行ったような所がありますけど。
真壁も渡辺も、皆とは学生時代からの友人ですからね。
ええ、昔っからの、腐れ縁会社なんです!
それでですね、そのー、話し合いというのがですね。
竜二が、あの2人に向かって言ったそうなんです。
『アキラはドラム、翔太郎はギター、大成がベースで、俺が歌う。これで世界に行こう』
って。ぽかーんですよね、翔太郎とアキラはね。
アキラは最初、海外旅行の話だと思ったらしいですよ。っはは!
そうなんですよ、実に竜二っぽいですよね。言い回しとか今と同じ!
だけどその横に真顔の大成が立ってるの見て、あーこれはマジなやつかって。
お互いの顔見渡して、
『えー、こいつベース?こいつギター?こいつ歌うの?えー?』
って。でも、
『あ、こいつらとなら行けるかもしれない』
って思ったそうですよ。
お互いの中にある不思議な、人間的な強さってものを信じてみようって、
そう思ったんだそうです。
『馬鹿だから何がどうだって言葉では言えないけど、こいつらが普通じゃないのは初めから分かってた』
って。何か凄くないですか、この話。
そうですよ。アキラ本人から聞いた話です、これは貴重でしょう?
是非何かの形で掲載してもらえれば、彼も喜ぶでしょうし、私も嬉しいです」
2016年、5月某日、会議室にて。
語り、関誠。
その日、たまたま遊びに来ていた関誠さんを捕まえて、お話を聞かせて頂いた。
この頃には既に彼女の事務所から取材許可も得ており、私個人としては善明アキラ氏についてお伺い出来る貴重な人に巡り合えた喜びと、肉眼で捉えるだけで心拍数の上がる美人に再会出来た喜びで、ただただ舞い上がっていた。
だがこの日を境に、私にとって関誠という女性は単なるファッションモデルではなくなったし、ユーモラスで明るく優しい伊澄翔太郎氏の恋人という、ただそれだけの存在ではなくなった。彼女は、私にとって…。
「アキラさんかー。うおー。んー。あー。辛いですね、まだね。
アキラさんの話はいまだに辛いんです、私は。
10年ですよねえ。うん、10年経ってますけど、時間は全然関係ないかな。
あのー、やっぱり私みたいな付き合いの短さだと、悲しい記憶の方が勝つんですね。
良い思い出よりも衝撃の度合いが上回ると言いますか。
翔太郎と知り合って、他の皆と知り合って、仲良くしてもらって、
そこからほんの数年の間で2人も大切な友人を亡くして、最後にアキラさんです。
当時、私一応モデルとしてお仕事させてもらってましたけど、
デビューして間もないっていうのに全然仕事にならなかったですからね。
嫌だ、嫌だって何度翔太郎に泣きついたか、もう、はっきりと覚えてないですもん。
眠れない日が続いて、限界が来て落ちるように意識を無くして、
朝起きても、自分の一日を想像する前に、ドっと悲しみが押し寄せて、
起き上がれなくなって。
…ふふ、うん、そういう時代がありました。
ここ(スタジオ)にこうやって顔出せるようになったのも随分経ってからですよ。
それまで翔太郎に『顔出せ、皆会いたがってるから』って言われても拒否ってましたから。
だってスタジオは昔と違うけど、顔触れは同じじゃないですか。
皆どんな顔してるんだろうとか。私どんな顔すればいいんだろうって。
でも久し振りに見た繭子が超可愛くて、嬉しくて、それだけでちょっと元気貰いましたね。
しばらくしてからちょくちょく来れるようになってからも、
本当に、ほんっとうに、辛くて、悲しかったです。
あのー、…めっちゃ素敵だったんですよ、アキラさんとカオリさんが。
憧れでしたよ私の。ルックスが向こう、圧倒的に素晴らしくって。
うちら、ねえ、アレだったですけど。
ん? いやいやいやいや、まあまあまあまあ。あははは。
それはまあ、アレですけど。
…タイミングの良い人間なのか悪い人間なのか分からないですけど。
カオリさんのお見舞いに通ってたアキラさんも知ってるし、
病室で、カオリさんの最後を知った瞬間も私そこにいたんですよね。
アキラさんが亡くなる割と、ギリギリの時にも、あのー、…いたので。
そういう意味では幸せ者なんだと思いますけど、…あー、やっぱり辛いな。
…最後の最後は、親御さんまで、翔太郎や大成さんや竜二さんに、
自分達が座ってた椅子を譲ったんですよね。
私それ見てて。
4人だけにしてやろうって、ご両親と一緒に部屋を出たんですよ。
これ、分かりますかね。その、意味分かります?
これ凄い事なんですよ、だってね、だって…。
ごめんなさい、分かんないですよね。
もー、10年経ってこれですもん。
全然ダメ、アホ、バカ、ごめんなさい。あーああ、また怒られる。
…ここ何年かで大分、大丈夫にはなったんですけどね。
さっき言ってたみたいな精神的に参ってる時期が長くて。
トラウマっていうと嫌な聞こえ方になるんで使いたくないですけど。
でも、苦楽を共にした仲間ではないですけど、物凄く優しくしてもらったので、
喪失感がハンパなかったんですよね。
実はだから、この、時枝さんの取材の話聞いてなんで受ける決心したかって言うと。
翔太郎から、悪い奴じゃないよって聞いてたのもありますし、
今後もバンドを可愛がって欲しいからってのいうもあるんですけど、
そっち方面とはまた別な意味で、ずっと誰かに聞いて欲しかった事があるんですね。
あ、目がキラーンてなりましたよ、全然関係ないモデル業界の裏話とかしてやろうかな。
あはは、ウソです。…ただちょっとね、今でも普通にブルってます。
怖いんですよね、口に出して言葉にするのが。
あのー。
翔太郎にも、誰にも、言ってない事があるんですよ。
でもずっと誰かに聞いて欲しかったんです。
だけど当時の私はそれを口に出すときっと壊れてしまうなって。
うん。自分ではそう思っていて。
はあーー(大きな深いため息)。
うん、アキラさんの話ですよ。アキラさんが、亡くなる2か月程前ですかね。
お見舞いに行って、先に来てた翔太郎と一緒に座って話してたら、たまたま翔太郎が急用で呼ばれて。
1人だけ先帰っちゃって、私だけ残ったんです。
来たばかりだったし、別に2人になる事に抵抗なんかないので。
ふーー。
あはは、ありがとうございます(心配になるほど震えた声)。
無理はね、もう、今ちょっとここで頑張ってしておかないと、
一生喋れない気がするので気合入れますね。
『翔太郎って普段どんな感じだ?」
って、いきなり聞かれて。
いつも皆といる時とおんなじですよ、って答えました。
『そうかー。そんなはずないけどなぁ』
って。
どうしてですか?って聞いたら、
『誠といる時は、いっつも真顔なんだよあいつ。やっぱりこいつ本気なんだなーって。俺はそう思って見てる。なんか、ふふ、それが嬉しくてなー』
(ドバっと、誠の両目から涙が溢れて流れ落ちた。慌てて私はハンカチを差し出すのだが、私の両目も似たようなものだった)
初めてだったですねー。アキラさんが私に、そういう事言ってもらったの。
いつも心配してもらって、大丈夫かって声を掛けてもらってました。
だけどその時言って下さった、安心に似た言葉は、まだ例えようがないです。
その時はただ嬉しくて、まだガキだし、顔真っ赤になって、本当ですかあ?って。
…あれ、私何言ってたかあんまし覚えてないな。
それで、アキラさんが言うんです。
『俺な。ノイの事やカオリの事があってめちゃくちゃ辛かったし、今も強烈に辛いけど、まあ、こうしてお前と話出来てるだろう?』
って。
『やっぱりこういう時、俺一人が苦しいわけじゃないって思える奴らが側にいるのって、有難いんだなって。それはもう昔っから分かってて。俺な。実はな、翔太郎や、大成や、竜二、織江達の事はそんなに心配じゃないんだよ』
心配?って思って。何がですか?って聞き返すと、アキラさん真顔で言うんです。
『俺になんかあった時』
やめてくださいよそんな話って私怒っちゃって。
でもアキラさんお構いなしで。
『あいつらは勝手に泣いて、勝手に支え合って、勝手にやってくだろうって俺には分かるんだよ。実際今がそうだしなあ』
私、正直耳塞いじゃおうかと思いましたよ。
顔真っ赤にして怒って、でも、聞かなきゃいけないんだって事は分かってました。
『ごめんな誠。だけど、俺はお前が一番心配なんだ』
って。アキラさん、そう言ったんです。お前が一番心配だって。
私もう首を振ることしか出来なくて。
何言ってんですか。そんな事ないですよ。心配ないです。…嫌です。
どんな感情だったかなー。きっと全部ですねえ。
…夕方だったと思います。部屋の中が物凄くオレンジで。
私は今、何を言われてるんだろうって、ぐちゃぐちゃになりました。
『お前が一番心配なんだ、誠、お前が』
『なあ。翔太郎は』
『あいつはちゃんとお前に優しいか?』
『自分勝手な人間の集まりみたいなもんだから、分かりにくいとは思うんだけど。ちゃんと皆良い奴だろ? だけどお前には翔太郎しかいないんだって、俺は思ってるから』
『あいつはちゃんと誠に、優しく出来てるか?』
そう言ってアキラさんは」
それ以上私はカメラを回していられなくなって、録画を中止した。この仕事をしていて初めて抱く感情だった。私はこれまで、どんな場面だって取材対象からカメラを背ける事などなかった。どんな醜い内輪揉めも、流血沙汰も、馬鹿馬鹿しい痴話喧嘩も、許される限りこのカメラに収めて記事の材料にしてきた。しかし今回は違った。これは無理だ。そう思って自ら静かに電源を切った。彼女は私がそうした事に気づかなかっただろうし、その後もしばらく話を続けて、その間私もじっと耳を傾けていた。私は出会った日から関誠を好きになっており、善明アキラを尊敬していた。その時には既に彼らと、彼らの心の底にある繋がりというものを、単なる取材対象として捉える事が出来なくなっていたのかもしれない。
そしてこのインタビューの数日後。
たまたま立ち寄った書店で、関誠氏が表紙を飾る女性誌が目に入った。
『うわー、やっぱりプロは違うなー。綺麗過ぎて目が潰れる。この人に数日前取材して、2人きりで喋ったんだよなー』
そんなミーハーな余韻に浸れるかと思ったのだが、僅か数秒ですら叶わなかった。
私は彼女の笑顔を見つけた瞬間、その女性誌を握り締めて泣き崩れた。
その場に座り込んでしまい、店員さんに酷く心配された。
声を掛けられても返事が出来ないくらい、嗚咽で胸の中心が痛んだ。
善明アキラはきっと自分の死を覚悟していた。そして、想像も出来ないような恐怖と悲しみに苛まれて尚、友人に優しい言葉を掛けられる程の強さを持ち続けたまま旅立った。
こんな人がいたのか、と思う。
そして、表現のしようもない優しさに触れて、まだ若かった関誠の心は爆発寸前だったに違いない。
関誠もまた、善明アキラの死を乗り越えてここにいる。
見つめられると照れて俯いてしまいそうになる程美しく、明るい彼女の笑顔には、そうした経験を乗り越えた力強さが秘められていた事を私は思い知ったのだ。
2016年、5月、会議室。
語り、芥川繭子。
「…誠さんと二人で? へー。超美人さんでしょ。ねえ、びっくりするよね、あの造形美。
初めて生で見た時目が覚めたもん。まだモデル始める前だったけど目ん玉飛び出たよ。
私が今まで出会った人の中で一番綺麗かもしれない。
テレビで見る佐々木希より、生で見る関誠だよね、これ私が考えた名言だけど、間違いないでしょ。
ね、これ名言でしょ? めっちゃ好きよ、私。めちゃめちゃ好き。
宇宙一好きかも…ごめん言い過ぎた。あははは!
ん?…えー。もー、だから。
やめてよちょっとまじで、そこは受け入れられないな。
いや、あんな顔になってみたいとは思うよもちろん。
だけど、いーやーちょっとトッキー、度が過ぎるよ本当に。
はいはい。…はいはい。
嬉しくないわけないじゃん、誠さんプロだよ。
そんな人に褒めてもらったらそら嬉しいさ、女の子だもん。
…28だけど。…今年9だけど(笑)。
でも私は女の子としての部分を、大切にはしてないから。
そんな事言われても皆程素直に喜べない。
え?…え、アキラさんの話を? こないだ? あー。そうか、やー…。
そうなんだ。でも話が聞けただけ凄いと思うな。うん、そうだろうね。
何というか、立ち位置とか距離感は私と似てると思うの。
…えっと、トッキーから見て、私とメンバーを見た時の関係と、
誠さんとあの3人の距離感ほぼ同じだと思って考えてみると分かり易いね。
いや、きっと出会ったのは誠さんの方が先だしもっともっと近いかもしれない。
うん、そう。そうだよ。辛いとか、そんな言葉で表現できる感情じゃなかったよ。
確実に、未来の一つが消え去ったのを見たんだもん。
あの時はただただ、耐えるしかなかった。
適切な言い方じゃないかもしれないけど、私達は打ち込めるものがあったから、
ずるい言い方をすると、忘れていい時間があったでしょ。
結果的には忘れないから、忘れた振りをしても許される時間、というかね。
でも織江さんや誠さんにはそれはなかったと思うし。
ひたすら、悲しみに耐えるしかない日々が続いたんだよ。
だからそういう意味で時間は関係ないのかなーと思うよ。
だって時間が経てば、大事な人が大事じゃなくなるの?って、そんなわけないしね。
私はこの10年、ガムシャラにこのバンドでドラムに打ち込んで来た。
それでも、今でも身を切るような痛みに襲われて夜中に飛び起きる事があるよ。
…夢を見るの、今でも。
昔のスタジオ。アキラさんのいた病室。まだ若い織江さんや誠さん。
優しい皆の笑顔。奥歯を噛みしめて涙をこらえる皆の顔。
眉間にぐあーって皺寄せて、拳を握って耐えている顔。
それでも涙は滝のように溢れるの。泣いて、叫んで。
どれだけ強く願っても、思っても、祈っても、人の死には逆らえないんだよね。
だけど、それでも私達は悔しくてたまらなかった。なんで、どうして、って。
そういう思い出は消えないからさ。
こう、胸の真ん中がね、ギューっと痛くなって目が覚めるんだよ。
でもね、私はもうその事で泣かないって決めてるの。
私はアキラさんの代わりにここにいるし、アキラさん以上に叩いて叩いて叩きまくるの。
その為に生きてるからね。泣いてたらドラム叩けないでしょ。
だけどね、今でも泣いちゃいそうになるタイミングって、悲しい記憶を思い出した時じゃないんだよね。
無心になって、前を見据えながら一心不乱にドラム叩いてると、
急に波が押し寄せて来るの。
本当は私じゃなくてアキラさんだったんだ。
皆それを望んでいたし、私もそうだった。
私が今全力で叩いているこの場所は、
もしかしたら永遠に私の物にはならない場所なんだって。
虚無感とかではないよ。充実してるし、私が勝手に自虐的に思うだけだし。
ただ一瞬波が押し寄せるの。私は何をやってるんだろう。
私は…その先はいつも空白で、ふっと我に返るの。
そういう時、メンバーの誰かがいつもより近くに立っていて、
顔をのぞき込んだりはしないけど、私を気遣ってくれる様子が分かるの。
気が付くと、泣いてないのに、涙だけ流れてるの。
多分同じステージにいる人じゃないと見えない程度だと自分では思ってるんだけど、
実際は、どうなんだろうね。
基本的には、勝手に私が師匠扱いしてただけで、
手取り足取りドラムを教えてもらった事はないんだよ、実は。
そもそも我流だけどドラムは叩けたし。
どういうドラムを叩きたいのか、自分が一番好きなものはなにか、
そういう事を考える時間が長かったな。
そのぐらい、次元の違う人に思えた。
スタジオにお邪魔して色々勉強してるつもりでも、
ちょっと、なんというか、…まさしく雲の上というか。っはは。
何が違うかがもうね、分からないの。
私はずっとアキラさんに、ドラムに関して何かを尋ねる事は失礼だと思ってた。
翔太郎さんにさ、お前俺に合わせられんのかって言われたでしょ。
私本当は前々からそれは分かっていて。
何かアキラさんに教えてもらったとしても、じゃあそれをやれんのかよって思うし、
思われるだろうなって勝手に思い込んでた。
ただ、今にしてみると違ったのかもしれないんだなーって、それもあって。
…翔太郎さんの言葉も知らない人が聞けばキツく聞こえるのかもしれないけど、
お前はひたすら叩け、俺がちゃんとフォローしてやるって、そう言って貰ってるんだよね。
アキラさんにも、いっぱい色んな話聞いて、その時は無理でもさあ、
いつか叩けるようになれれば良いし、今だったら、結構やれると思うんだよ。
だから、勿体ないことしたなーって。
特徴的だったのはね、いつも、あの人は顔を上げて叩いてた。
皆の事を見ていた。
じっと一点を見つめて集中するとか、疲れて下を向くとか、
考え事して視線外すとかしない人だった。
いつも、皆を、ちゃんと見ながら叩いてる姿が印象的だったんだ。
やろうと思うとなかなか厳しいんだよ、これが。
特に私達みたいな楽曲だと尚更ね。
逆にお客さんの事は見てなかったかもしれない。
前の3人は、特別後ろを振り返るタイプの人ってわけじゃないんだけどさ。
もうテレパシーで会話でもしてるんじゃないのって言いたくなるくらい、
3人の背中を見て、笑顔だったよ。
辛そうに叩いてる姿は見た事ないね。
あと体力は無尽蔵。
ライブ後半になって、最後の一曲になっても、疲れた顔見たことない。
汗だくだよそりゃあ。けど意に介さないんだよね。
だからなんだよ、っていう、そう、やっぱり笑顔。
あと叫んでたなー。ドラム叩きながら、竜二さんが歌い出しの前に叫ぶ感じで、
「ウオイ!」とか「デエエアアア!」とか、
なんか多分そんな、言葉になってない雄叫びを、よく上げてた印象あるね。
格好良かったよー、そんなの当たり前じゃない!
今でもやっぱり、アキラさんのいた時代、
ファーストアルバムの頃が一番良いっていう人は一定数いるの。
腹立つけど、どこかで『そうだよね』って同意してる自分もいたりで、
それがまた腹立つんだけどね(笑)。
ファンの人には自慢に聞こえちゃうけど、ちゃんとこの目と耳で、一番近くで見た人間だから。
その私が言うんだから仕方ないけどね。まだ、全然勝てる気がしない。
…だってさ、ドラムの巧さやアレンジなんかで誰も勝負しないじゃない?
ただバンドを見て、聞いて、格好良いかどうかでしょ。
あのギタースゲーな、あのドラムスゲーなって、記憶に残るのは、
そんな漠然とした衝撃だったりするでしょ。
私達の目指す所がそういう場所なんだと思う。
CDセールス何万枚とか、ライブの動員数何人とか、目に見えるデータじゃなくて。
おい、あのバンドのドラム凄くないか? 強烈だったな!クレイジーだぜ!
って世界中のメタルファンに言われたいだけ。
アキラさんなら、きっともう言われてる気がするんだ。
そういう人を惹きつける笑顔と、パワーと、器があの人にはあったから。
だから私が本当に欲しいのは、天才とか、上手いとか、そういう褒め言葉じゃないのね。
嬉しくないわけじゃないよ、あの人達に認めてもらえるならどんな言葉だって嬉しい。
ただいつか、私じゃないと駄目だって言わせたいんだよ。他の誰でもない、あの3人にね。
今、うん、そうだね。わりとたくさん、色んな方面から誘われるよ。
それこそドーンハンマー辞めてウチで叩きませんかーなんてのもあるし、
ニューアルバムのゲスト参加で叩いて貰えませんかっていう依頼もあるし。
テレビの企画みたいな奴で、ドリームバンド組んでレギュラー出演しませんか、とか。
いやー、面白いったらないよ。
やるわけないじゃんねえ!
私が一体どんな気持ちでここにいて、ドラム叩いてると思ってるのよって。
まあ、皆知るわけないし責める気は毛頭ないんだけど。
だから丁重にお断りさせていただきますな感じなんだけど、
直接私が話するわけじゃないでしょ?
だからあとで織江さんに聞いてさ、
先方さんすっごいびっくりしてたよーって言われるのが面白くて。
まさか断られるとは思ってないみたい。
うん、名前出すと皆知ってるレベルのバンドだったり、放送局だったりすると思う。
でも、まあね、トッキーにはさんざん言ったけど、
バンド辞めるなんてそもそも絶対にありえないし。
ゲスト参加で、誰かの、あの3人以外の後ろでドラム叩くなんて、
想像しただけで鳥肌が立つくらい嫌だ。
何がドリームバンドだって。あはは。
こっちは10年前からずーっとドリームバンドだっつーの!ね!あははは!
あ、タイラーの人達とは別だからね、ややこしい言い方しちゃったけど、うん。
…翔太郎さんじゃないけどさ。
竜二さんより歌えんの? 翔太郎さんや大成さんより弾ける奴いんの?
って言いたいよ。私は安くないよ。我儘だし、傲慢だよ。
そうだよ、もしアキラさんがここにいたとしてさぁ。
あの3人以外とドラム叩くわけないもんね。そういう事だよ」
芥川繭子へのインタビューを終え、一通り初めての単独取材を終えたタイミングで味わった『壁』とか『膜』と呼べる透明な隔たりに、私は一歩を踏み出せないでいた。その事を伊藤氏に相談してみた所、彼女は笑って「じゃあ」と頷いて下さった。
2016年、4月某日、会議室にて。
語り、伊藤織江。
「本当は、こういう言い方で、あまり表に出したくはないんですけどね。
でも時枝さんの場合、既に情報を仕入れていると思いますし、
この業界にいると嫌でも耳にする機会はあったと思うので正直に言いますけど、
結構、やんちゃな人達だったんですよ。
主に10代から…、20代後半にかけて。…ええ、長いですよね。
笑ってごまかしてます、今。
オブラートに包んだ言い方で『結構やんちゃ』な人達なので、
そこらへんは上手く編集しながら記事では適度に和らげておいてくださいね。
子供の頃はなんと言いますか、厄介な事に本人達だけではなくて。
周りにもやはり『そういう子達』が彼ら目掛けて集まって来て、
彼らを中心に色々と問題行動を起こしていたわけですよ。
ただそうは言っても、おそらく今の時代に想像出来るような、
不良少年達の姿とは違うと思いますよ。
ここ数年なんとなく、そういうのが格好良いと持て囃されるような、
んー、流れというと変ですけど、ありましたよね、漫画とか映画とか。
だけど彼らの場合はそういうイメージとは、ちょっと違うと思います。
何だったんだろうって思いますけどね、あの人達のあの無軌道さは。
理解しがたい…、あはは。
昔からある表現で分かりやすいなと思うのが、『痛みを感じないかのような』、とか。
格好付けすぎですかね。でも本当にそうなんですよ。
ギラついて、とんでもない方向に向かって前のめりな姿勢と言いますか。
わざわざ自分で傷を作るために、荊のトンネルに腕を突っ込みたがるような、
そういう危うさを4人ともが持っていたんですよね。
傍から見てるだけでも特別な4人でしたよ。
幼馴染だからっていう理由だけでは片付けられないです。
例えば、皆でワイワイ大声で盛り上がろうぜーみたいなノリは、皆無でした。
暴走族とも違うし、まず他人を巻き込んで盛り上がるような明るさがない。
好んで犯罪を起こす人達ではないんだけど、
何故だかずーっと問題を抱えていましたし、巻き込まれてました。っはは。
んー、そう、だから、一言で言うと、暗いです。
ええ、暗いですよ、彼らの青春時代は。
だからきっと、今風のアイドルとか若手俳優を集めて映画化とか、きっと実現しないです。
全然魅力的ではなかったですからね、そういう意味では。
何度も言いますけど暗かったんです。だから本気で怖かったですからね。
…そうです。っはは、もう、苦労したんだよ!伊藤さんは!
あはは、でもそう言いながらも具体的な事は、ええ、一切教えないですけどね。
私はこれでも一応社長ですから、社員は守らないといけませんしね。
じゃあ言うなよっていう話なんですけども。
でもうちの真壁とか渡辺に聞けば分かると思いますが、
あの4人は頭が〇〇〇いって、私達の世代では有名でしたよ。
あはは、ああ、そうだね。うん、そっか。…うん、今のはナシで。
でもその頃についた怖いイメージというか、
暴力的な一面をもう私は既に知っていたからこそ余計に、うん。
…アキラが病気になったって知った時、全然実感がなかったんですよ。
いや、実感はあったか。
心配だってしてない訳はないんですけど、大事として捉えたくなかった。
うん、そういう感じだったと思いますね。
風邪をこじらせた程度でしょう、ぐらいに思いたくて。
アキラの病気が発覚した当時は、大切な人が連鎖的に亡くなる事態が続いて、
とても疲弊していた頃でもあるんです。
私の妹もそうですし、アキラの恋人のカオリだってそうです。
皆、病気で死んでいきました。
だけどアキラはなんと言うか…殺してもただでは死なないような。
言葉は悪いですが、そういうキャラクターでもありましたから。
癌だって分かった時ですら、でも治るんでしょ、早期なんでしょって。
何故なんでしょうかねぇ。
そういうのを軽く見てはいけない事は、分かってたんですけどね。
分かっていたのに、感情が逃げて行ったと言いますか。
…だって凄いんですよ、アキラって。
これももう時効だし良いかなって思うんですけど。
昔からめっちゃくちゃ喧嘩が強い人だったんです、笑っちゃうくらいに。
いつだったか、喧嘩して負かした相手2人くらいを、片手で服の襟掴んで引きずって、
バイクで運んできた事があるんです。
放っておくと捕まりそうだったんだーって。
それは可哀想だろー、だって。
だからってヒト2人片手で引き摺れますか?
見た事あります? そんなコントみたいなシーン、ないですよね。
っはは、まあ、そういう変な逸話は置いといて。
そういう、普通の男とは枠が違うというんでしょうかね。
常識では測り切れないような存在でしたし。
天真爛漫なようでいて、単純なんかじゃない影みたいなのもありました。
とにかく何をやっても突拍子がない人でしたけどね。
掴み所のない人だけど驚く程一途で、…面白い奴でしたよ。
(思い出と共に溢れ出した気持ちが涙となって、伊藤の頬を伝う。言葉が止まる)
バンド結成当時の話はご存知ですか?ちょっと彼ららしい面白い話があって。
竜二と大成は、割と早い段階で音楽で食べていくって決めてたんです。
4人全員楽器は出来たし、幼馴染だし、てっきりアキラもそうなるはずだと思っていました。
でも翔太郎とアキラはずっとプラプラしたままで、
今ひとつバンドの話に乗って来なかったんですよ。
そうこうするうち、待てなくなった2人が先に『クロウバー』を始動させて、
あれよあれよという間にメジャーデビューが決まりました。
これはこれで、また凄い話なんですけどね。
普通ハタチやそこらがバンド組んですぐにメジャーデビューなんで出来ませんよね。
私が言っても説得力はありませんが、才能はあったんでしょうね。
認めてくれる人達に出会えたのも大きいですし、きっと時代も良かったのかな。
それに、デビューを後押ししてくれた人の存在もありましたから。
その当時に、アキラと翔太郎が実際に何を考えていたのかは、
直接問い質したわけではないので本当の所は今でも分からないんです。
特にアキラはもう、尋ねる事も出来ませんしね。
もともと彼は、車やバイクいじりが好きだった大成と一緒にいる事が多くて、
その影響もあって、自動車の整備工の道も考えてましたし、
やっぱりそっちに行きたいのかなーって、その時は思ってました。
バイト先がずっとそうだったんですよ、カオリの実家が整備工場でしたから。
でぇ、翔太郎はー…。
竜二達がデビューして、でも2年程でクロウバーを辞めちゃって、
その後の彼らの充電期間中に、誠と出会う事になるんです。
後になって、当時は割と真っ当に生きる道を考えた事もあるって。
ええ、翔太郎の口から聞いた事ありますよ。
まあ、その一度っきりだけですし、お酒飲んでたんで本心は分かりませんけど。
実際何をどう思っていたのか、具体的な内容までは聞けてません。
私個人としては今でも、彼の考えてる事が一番分かりませんから。
もしかしたら、誠にだけは言ってたかもしれませんけどね。
ただ、面白いのはその2人じゃなくて、
先にデビューした2人の方が、アキラと翔太郎を諦められなかったんです。
子供の頃からずーっと4人でいましたから、寂しさは理解できるんですけどね。
竜二と大成、2人だけが先へ進んでいく事に抵抗があったんだと思います。
当時クロウバーを組んでたギターが、
実はうちの(スタッフ)真壁なんですけど、事故で足を悪くしまして。
そういう不運も重なって、もう一度ちゃんと、声を掛けて話し合ってみようと、
そういう流れになったみたいなんですね。
ドラム。はい、スタッフの、ええ、渡辺です。
彼は、元々表に出て演奏するっていうのはあまり好きではなかったみたいですね。
努力家で熱い男ですから、誘われるがまま付いて行ったような所がありますけど。
真壁も渡辺も、皆とは学生時代からの友人ですからね。
ええ、昔っからの、腐れ縁会社なんです!
それでですね、そのー、話し合いというのがですね。
竜二が、あの2人に向かって言ったそうなんです。
『アキラはドラム、翔太郎はギター、大成がベースで、俺が歌う。これで世界に行こう』
って。ぽかーんですよね、翔太郎とアキラはね。
アキラは最初、海外旅行の話だと思ったらしいですよ。っはは!
そうなんですよ、実に竜二っぽいですよね。言い回しとか今と同じ!
だけどその横に真顔の大成が立ってるの見て、あーこれはマジなやつかって。
お互いの顔見渡して、
『えー、こいつベース?こいつギター?こいつ歌うの?えー?』
って。でも、
『あ、こいつらとなら行けるかもしれない』
って思ったそうですよ。
お互いの中にある不思議な、人間的な強さってものを信じてみようって、
そう思ったんだそうです。
『馬鹿だから何がどうだって言葉では言えないけど、こいつらが普通じゃないのは初めから分かってた』
って。何か凄くないですか、この話。
そうですよ。アキラ本人から聞いた話です、これは貴重でしょう?
是非何かの形で掲載してもらえれば、彼も喜ぶでしょうし、私も嬉しいです」
2016年、5月某日、会議室にて。
語り、関誠。
その日、たまたま遊びに来ていた関誠さんを捕まえて、お話を聞かせて頂いた。
この頃には既に彼女の事務所から取材許可も得ており、私個人としては善明アキラ氏についてお伺い出来る貴重な人に巡り合えた喜びと、肉眼で捉えるだけで心拍数の上がる美人に再会出来た喜びで、ただただ舞い上がっていた。
だがこの日を境に、私にとって関誠という女性は単なるファッションモデルではなくなったし、ユーモラスで明るく優しい伊澄翔太郎氏の恋人という、ただそれだけの存在ではなくなった。彼女は、私にとって…。
「アキラさんかー。うおー。んー。あー。辛いですね、まだね。
アキラさんの話はいまだに辛いんです、私は。
10年ですよねえ。うん、10年経ってますけど、時間は全然関係ないかな。
あのー、やっぱり私みたいな付き合いの短さだと、悲しい記憶の方が勝つんですね。
良い思い出よりも衝撃の度合いが上回ると言いますか。
翔太郎と知り合って、他の皆と知り合って、仲良くしてもらって、
そこからほんの数年の間で2人も大切な友人を亡くして、最後にアキラさんです。
当時、私一応モデルとしてお仕事させてもらってましたけど、
デビューして間もないっていうのに全然仕事にならなかったですからね。
嫌だ、嫌だって何度翔太郎に泣きついたか、もう、はっきりと覚えてないですもん。
眠れない日が続いて、限界が来て落ちるように意識を無くして、
朝起きても、自分の一日を想像する前に、ドっと悲しみが押し寄せて、
起き上がれなくなって。
…ふふ、うん、そういう時代がありました。
ここ(スタジオ)にこうやって顔出せるようになったのも随分経ってからですよ。
それまで翔太郎に『顔出せ、皆会いたがってるから』って言われても拒否ってましたから。
だってスタジオは昔と違うけど、顔触れは同じじゃないですか。
皆どんな顔してるんだろうとか。私どんな顔すればいいんだろうって。
でも久し振りに見た繭子が超可愛くて、嬉しくて、それだけでちょっと元気貰いましたね。
しばらくしてからちょくちょく来れるようになってからも、
本当に、ほんっとうに、辛くて、悲しかったです。
あのー、…めっちゃ素敵だったんですよ、アキラさんとカオリさんが。
憧れでしたよ私の。ルックスが向こう、圧倒的に素晴らしくって。
うちら、ねえ、アレだったですけど。
ん? いやいやいやいや、まあまあまあまあ。あははは。
それはまあ、アレですけど。
…タイミングの良い人間なのか悪い人間なのか分からないですけど。
カオリさんのお見舞いに通ってたアキラさんも知ってるし、
病室で、カオリさんの最後を知った瞬間も私そこにいたんですよね。
アキラさんが亡くなる割と、ギリギリの時にも、あのー、…いたので。
そういう意味では幸せ者なんだと思いますけど、…あー、やっぱり辛いな。
…最後の最後は、親御さんまで、翔太郎や大成さんや竜二さんに、
自分達が座ってた椅子を譲ったんですよね。
私それ見てて。
4人だけにしてやろうって、ご両親と一緒に部屋を出たんですよ。
これ、分かりますかね。その、意味分かります?
これ凄い事なんですよ、だってね、だって…。
ごめんなさい、分かんないですよね。
もー、10年経ってこれですもん。
全然ダメ、アホ、バカ、ごめんなさい。あーああ、また怒られる。
…ここ何年かで大分、大丈夫にはなったんですけどね。
さっき言ってたみたいな精神的に参ってる時期が長くて。
トラウマっていうと嫌な聞こえ方になるんで使いたくないですけど。
でも、苦楽を共にした仲間ではないですけど、物凄く優しくしてもらったので、
喪失感がハンパなかったんですよね。
実はだから、この、時枝さんの取材の話聞いてなんで受ける決心したかって言うと。
翔太郎から、悪い奴じゃないよって聞いてたのもありますし、
今後もバンドを可愛がって欲しいからってのいうもあるんですけど、
そっち方面とはまた別な意味で、ずっと誰かに聞いて欲しかった事があるんですね。
あ、目がキラーンてなりましたよ、全然関係ないモデル業界の裏話とかしてやろうかな。
あはは、ウソです。…ただちょっとね、今でも普通にブルってます。
怖いんですよね、口に出して言葉にするのが。
あのー。
翔太郎にも、誰にも、言ってない事があるんですよ。
でもずっと誰かに聞いて欲しかったんです。
だけど当時の私はそれを口に出すときっと壊れてしまうなって。
うん。自分ではそう思っていて。
はあーー(大きな深いため息)。
うん、アキラさんの話ですよ。アキラさんが、亡くなる2か月程前ですかね。
お見舞いに行って、先に来てた翔太郎と一緒に座って話してたら、たまたま翔太郎が急用で呼ばれて。
1人だけ先帰っちゃって、私だけ残ったんです。
来たばかりだったし、別に2人になる事に抵抗なんかないので。
ふーー。
あはは、ありがとうございます(心配になるほど震えた声)。
無理はね、もう、今ちょっとここで頑張ってしておかないと、
一生喋れない気がするので気合入れますね。
『翔太郎って普段どんな感じだ?」
って、いきなり聞かれて。
いつも皆といる時とおんなじですよ、って答えました。
『そうかー。そんなはずないけどなぁ』
って。
どうしてですか?って聞いたら、
『誠といる時は、いっつも真顔なんだよあいつ。やっぱりこいつ本気なんだなーって。俺はそう思って見てる。なんか、ふふ、それが嬉しくてなー』
(ドバっと、誠の両目から涙が溢れて流れ落ちた。慌てて私はハンカチを差し出すのだが、私の両目も似たようなものだった)
初めてだったですねー。アキラさんが私に、そういう事言ってもらったの。
いつも心配してもらって、大丈夫かって声を掛けてもらってました。
だけどその時言って下さった、安心に似た言葉は、まだ例えようがないです。
その時はただ嬉しくて、まだガキだし、顔真っ赤になって、本当ですかあ?って。
…あれ、私何言ってたかあんまし覚えてないな。
それで、アキラさんが言うんです。
『俺な。ノイの事やカオリの事があってめちゃくちゃ辛かったし、今も強烈に辛いけど、まあ、こうしてお前と話出来てるだろう?』
って。
『やっぱりこういう時、俺一人が苦しいわけじゃないって思える奴らが側にいるのって、有難いんだなって。それはもう昔っから分かってて。俺な。実はな、翔太郎や、大成や、竜二、織江達の事はそんなに心配じゃないんだよ』
心配?って思って。何がですか?って聞き返すと、アキラさん真顔で言うんです。
『俺になんかあった時』
やめてくださいよそんな話って私怒っちゃって。
でもアキラさんお構いなしで。
『あいつらは勝手に泣いて、勝手に支え合って、勝手にやってくだろうって俺には分かるんだよ。実際今がそうだしなあ』
私、正直耳塞いじゃおうかと思いましたよ。
顔真っ赤にして怒って、でも、聞かなきゃいけないんだって事は分かってました。
『ごめんな誠。だけど、俺はお前が一番心配なんだ』
って。アキラさん、そう言ったんです。お前が一番心配だって。
私もう首を振ることしか出来なくて。
何言ってんですか。そんな事ないですよ。心配ないです。…嫌です。
どんな感情だったかなー。きっと全部ですねえ。
…夕方だったと思います。部屋の中が物凄くオレンジで。
私は今、何を言われてるんだろうって、ぐちゃぐちゃになりました。
『お前が一番心配なんだ、誠、お前が』
『なあ。翔太郎は』
『あいつはちゃんとお前に優しいか?』
『自分勝手な人間の集まりみたいなもんだから、分かりにくいとは思うんだけど。ちゃんと皆良い奴だろ? だけどお前には翔太郎しかいないんだって、俺は思ってるから』
『あいつはちゃんと誠に、優しく出来てるか?』
そう言ってアキラさんは」
それ以上私はカメラを回していられなくなって、録画を中止した。この仕事をしていて初めて抱く感情だった。私はこれまで、どんな場面だって取材対象からカメラを背ける事などなかった。どんな醜い内輪揉めも、流血沙汰も、馬鹿馬鹿しい痴話喧嘩も、許される限りこのカメラに収めて記事の材料にしてきた。しかし今回は違った。これは無理だ。そう思って自ら静かに電源を切った。彼女は私がそうした事に気づかなかっただろうし、その後もしばらく話を続けて、その間私もじっと耳を傾けていた。私は出会った日から関誠を好きになっており、善明アキラを尊敬していた。その時には既に彼らと、彼らの心の底にある繋がりというものを、単なる取材対象として捉える事が出来なくなっていたのかもしれない。
そしてこのインタビューの数日後。
たまたま立ち寄った書店で、関誠氏が表紙を飾る女性誌が目に入った。
『うわー、やっぱりプロは違うなー。綺麗過ぎて目が潰れる。この人に数日前取材して、2人きりで喋ったんだよなー』
そんなミーハーな余韻に浸れるかと思ったのだが、僅か数秒ですら叶わなかった。
私は彼女の笑顔を見つけた瞬間、その女性誌を握り締めて泣き崩れた。
その場に座り込んでしまい、店員さんに酷く心配された。
声を掛けられても返事が出来ないくらい、嗚咽で胸の中心が痛んだ。
善明アキラはきっと自分の死を覚悟していた。そして、想像も出来ないような恐怖と悲しみに苛まれて尚、友人に優しい言葉を掛けられる程の強さを持ち続けたまま旅立った。
こんな人がいたのか、と思う。
そして、表現のしようもない優しさに触れて、まだ若かった関誠の心は爆発寸前だったに違いない。
関誠もまた、善明アキラの死を乗り越えてここにいる。
見つめられると照れて俯いてしまいそうになる程美しく、明るい彼女の笑顔には、そうした経験を乗り越えた力強さが秘められていた事を私は思い知ったのだ。
2016年、5月、会議室。
語り、芥川繭子。
「…誠さんと二人で? へー。超美人さんでしょ。ねえ、びっくりするよね、あの造形美。
初めて生で見た時目が覚めたもん。まだモデル始める前だったけど目ん玉飛び出たよ。
私が今まで出会った人の中で一番綺麗かもしれない。
テレビで見る佐々木希より、生で見る関誠だよね、これ私が考えた名言だけど、間違いないでしょ。
ね、これ名言でしょ? めっちゃ好きよ、私。めちゃめちゃ好き。
宇宙一好きかも…ごめん言い過ぎた。あははは!
ん?…えー。もー、だから。
やめてよちょっとまじで、そこは受け入れられないな。
いや、あんな顔になってみたいとは思うよもちろん。
だけど、いーやーちょっとトッキー、度が過ぎるよ本当に。
はいはい。…はいはい。
嬉しくないわけないじゃん、誠さんプロだよ。
そんな人に褒めてもらったらそら嬉しいさ、女の子だもん。
…28だけど。…今年9だけど(笑)。
でも私は女の子としての部分を、大切にはしてないから。
そんな事言われても皆程素直に喜べない。
え?…え、アキラさんの話を? こないだ? あー。そうか、やー…。
そうなんだ。でも話が聞けただけ凄いと思うな。うん、そうだろうね。
何というか、立ち位置とか距離感は私と似てると思うの。
…えっと、トッキーから見て、私とメンバーを見た時の関係と、
誠さんとあの3人の距離感ほぼ同じだと思って考えてみると分かり易いね。
いや、きっと出会ったのは誠さんの方が先だしもっともっと近いかもしれない。
うん、そう。そうだよ。辛いとか、そんな言葉で表現できる感情じゃなかったよ。
確実に、未来の一つが消え去ったのを見たんだもん。
あの時はただただ、耐えるしかなかった。
適切な言い方じゃないかもしれないけど、私達は打ち込めるものがあったから、
ずるい言い方をすると、忘れていい時間があったでしょ。
結果的には忘れないから、忘れた振りをしても許される時間、というかね。
でも織江さんや誠さんにはそれはなかったと思うし。
ひたすら、悲しみに耐えるしかない日々が続いたんだよ。
だからそういう意味で時間は関係ないのかなーと思うよ。
だって時間が経てば、大事な人が大事じゃなくなるの?って、そんなわけないしね。
私はこの10年、ガムシャラにこのバンドでドラムに打ち込んで来た。
それでも、今でも身を切るような痛みに襲われて夜中に飛び起きる事があるよ。
…夢を見るの、今でも。
昔のスタジオ。アキラさんのいた病室。まだ若い織江さんや誠さん。
優しい皆の笑顔。奥歯を噛みしめて涙をこらえる皆の顔。
眉間にぐあーって皺寄せて、拳を握って耐えている顔。
それでも涙は滝のように溢れるの。泣いて、叫んで。
どれだけ強く願っても、思っても、祈っても、人の死には逆らえないんだよね。
だけど、それでも私達は悔しくてたまらなかった。なんで、どうして、って。
そういう思い出は消えないからさ。
こう、胸の真ん中がね、ギューっと痛くなって目が覚めるんだよ。
でもね、私はもうその事で泣かないって決めてるの。
私はアキラさんの代わりにここにいるし、アキラさん以上に叩いて叩いて叩きまくるの。
その為に生きてるからね。泣いてたらドラム叩けないでしょ。
だけどね、今でも泣いちゃいそうになるタイミングって、悲しい記憶を思い出した時じゃないんだよね。
無心になって、前を見据えながら一心不乱にドラム叩いてると、
急に波が押し寄せて来るの。
本当は私じゃなくてアキラさんだったんだ。
皆それを望んでいたし、私もそうだった。
私が今全力で叩いているこの場所は、
もしかしたら永遠に私の物にはならない場所なんだって。
虚無感とかではないよ。充実してるし、私が勝手に自虐的に思うだけだし。
ただ一瞬波が押し寄せるの。私は何をやってるんだろう。
私は…その先はいつも空白で、ふっと我に返るの。
そういう時、メンバーの誰かがいつもより近くに立っていて、
顔をのぞき込んだりはしないけど、私を気遣ってくれる様子が分かるの。
気が付くと、泣いてないのに、涙だけ流れてるの。
多分同じステージにいる人じゃないと見えない程度だと自分では思ってるんだけど、
実際は、どうなんだろうね。
基本的には、勝手に私が師匠扱いしてただけで、
手取り足取りドラムを教えてもらった事はないんだよ、実は。
そもそも我流だけどドラムは叩けたし。
どういうドラムを叩きたいのか、自分が一番好きなものはなにか、
そういう事を考える時間が長かったな。
そのぐらい、次元の違う人に思えた。
スタジオにお邪魔して色々勉強してるつもりでも、
ちょっと、なんというか、…まさしく雲の上というか。っはは。
何が違うかがもうね、分からないの。
私はずっとアキラさんに、ドラムに関して何かを尋ねる事は失礼だと思ってた。
翔太郎さんにさ、お前俺に合わせられんのかって言われたでしょ。
私本当は前々からそれは分かっていて。
何かアキラさんに教えてもらったとしても、じゃあそれをやれんのかよって思うし、
思われるだろうなって勝手に思い込んでた。
ただ、今にしてみると違ったのかもしれないんだなーって、それもあって。
…翔太郎さんの言葉も知らない人が聞けばキツく聞こえるのかもしれないけど、
お前はひたすら叩け、俺がちゃんとフォローしてやるって、そう言って貰ってるんだよね。
アキラさんにも、いっぱい色んな話聞いて、その時は無理でもさあ、
いつか叩けるようになれれば良いし、今だったら、結構やれると思うんだよ。
だから、勿体ないことしたなーって。
特徴的だったのはね、いつも、あの人は顔を上げて叩いてた。
皆の事を見ていた。
じっと一点を見つめて集中するとか、疲れて下を向くとか、
考え事して視線外すとかしない人だった。
いつも、皆を、ちゃんと見ながら叩いてる姿が印象的だったんだ。
やろうと思うとなかなか厳しいんだよ、これが。
特に私達みたいな楽曲だと尚更ね。
逆にお客さんの事は見てなかったかもしれない。
前の3人は、特別後ろを振り返るタイプの人ってわけじゃないんだけどさ。
もうテレパシーで会話でもしてるんじゃないのって言いたくなるくらい、
3人の背中を見て、笑顔だったよ。
辛そうに叩いてる姿は見た事ないね。
あと体力は無尽蔵。
ライブ後半になって、最後の一曲になっても、疲れた顔見たことない。
汗だくだよそりゃあ。けど意に介さないんだよね。
だからなんだよ、っていう、そう、やっぱり笑顔。
あと叫んでたなー。ドラム叩きながら、竜二さんが歌い出しの前に叫ぶ感じで、
「ウオイ!」とか「デエエアアア!」とか、
なんか多分そんな、言葉になってない雄叫びを、よく上げてた印象あるね。
格好良かったよー、そんなの当たり前じゃない!
今でもやっぱり、アキラさんのいた時代、
ファーストアルバムの頃が一番良いっていう人は一定数いるの。
腹立つけど、どこかで『そうだよね』って同意してる自分もいたりで、
それがまた腹立つんだけどね(笑)。
ファンの人には自慢に聞こえちゃうけど、ちゃんとこの目と耳で、一番近くで見た人間だから。
その私が言うんだから仕方ないけどね。まだ、全然勝てる気がしない。
…だってさ、ドラムの巧さやアレンジなんかで誰も勝負しないじゃない?
ただバンドを見て、聞いて、格好良いかどうかでしょ。
あのギタースゲーな、あのドラムスゲーなって、記憶に残るのは、
そんな漠然とした衝撃だったりするでしょ。
私達の目指す所がそういう場所なんだと思う。
CDセールス何万枚とか、ライブの動員数何人とか、目に見えるデータじゃなくて。
おい、あのバンドのドラム凄くないか? 強烈だったな!クレイジーだぜ!
って世界中のメタルファンに言われたいだけ。
アキラさんなら、きっともう言われてる気がするんだ。
そういう人を惹きつける笑顔と、パワーと、器があの人にはあったから。
だから私が本当に欲しいのは、天才とか、上手いとか、そういう褒め言葉じゃないのね。
嬉しくないわけじゃないよ、あの人達に認めてもらえるならどんな言葉だって嬉しい。
ただいつか、私じゃないと駄目だって言わせたいんだよ。他の誰でもない、あの3人にね。
今、うん、そうだね。わりとたくさん、色んな方面から誘われるよ。
それこそドーンハンマー辞めてウチで叩きませんかーなんてのもあるし、
ニューアルバムのゲスト参加で叩いて貰えませんかっていう依頼もあるし。
テレビの企画みたいな奴で、ドリームバンド組んでレギュラー出演しませんか、とか。
いやー、面白いったらないよ。
やるわけないじゃんねえ!
私が一体どんな気持ちでここにいて、ドラム叩いてると思ってるのよって。
まあ、皆知るわけないし責める気は毛頭ないんだけど。
だから丁重にお断りさせていただきますな感じなんだけど、
直接私が話するわけじゃないでしょ?
だからあとで織江さんに聞いてさ、
先方さんすっごいびっくりしてたよーって言われるのが面白くて。
まさか断られるとは思ってないみたい。
うん、名前出すと皆知ってるレベルのバンドだったり、放送局だったりすると思う。
でも、まあね、トッキーにはさんざん言ったけど、
バンド辞めるなんてそもそも絶対にありえないし。
ゲスト参加で、誰かの、あの3人以外の後ろでドラム叩くなんて、
想像しただけで鳥肌が立つくらい嫌だ。
何がドリームバンドだって。あはは。
こっちは10年前からずーっとドリームバンドだっつーの!ね!あははは!
あ、タイラーの人達とは別だからね、ややこしい言い方しちゃったけど、うん。
…翔太郎さんじゃないけどさ。
竜二さんより歌えんの? 翔太郎さんや大成さんより弾ける奴いんの?
って言いたいよ。私は安くないよ。我儘だし、傲慢だよ。
そうだよ、もしアキラさんがここにいたとしてさぁ。
あの3人以外とドラム叩くわけないもんね。そういう事だよ」
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