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7. 狂犬と魔女
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四人の男女(少なくとも見た目の上では)が再集結したのは、解散してから三十八分後のことであった。
門を開けたり寮の玄関の電気をつけたりスリッパを用意したり急須と湯呑みの準備をしたりと、恐らくは緊張から全く落ち着きのない寮長と、完全に泥酔して眠り込んでしまった管理人と、無駄のない充実した睡眠によって至極ご機嫌麗しい美少女と、顔面が四十路のヤクザにまで成長を遂げた哀れな男子高生の待つ食堂の扉を軽く叩く、いやに格式の高いノック音が響いたとき、美少女が立ち上がった。
「到着したようです。――どうぞ」
すると、常ならばどう扱おうとも微かに軋むはずの扉が、音もなく開いた。
「失礼いたします。夜分遅くに申し訳ありません。向坂家執事の一柳藤助と申します」
入ってきたのは中年の男だった。恐らく五十代の初め頃だろう。身長は高くもなく低くもなく、やや痩せ型だろうか。上品な薄味の顔立ちで、鋼鉄のような艶のある豊かなグレーの髪を後ろへ撫でつけ、ごく一般的な形状の黒いスーツに、これまたごく一般的な形状の銀と灰の縞模様のネクタイを合わせている。執事だと言われてもぴんとこないが、かといって会社勤めをしているようにも見えない、不思議な雰囲気の男だ。
「寮長の小金井様ですね。いつもお世話になっております」
男は穏やかな口調でそう言うと微笑み、寮長に深く頭を下げた。すると寮長はどういうわけかひどく狼狽し、椅子をがたがた言わせながら立ち上がると、いえこちらこそいつもお世話になっておりまして、と訳のわからない返事をした。
ひととおり大人の挨拶が終わると、一柳はぱたぱたと足音を立てて近寄ってくる美少女に目を留めた。そして〇・五秒ほど真顔でその姿を見つめてから、何処か悲しげな、しかし慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「――不安だったでしょう、縁さん」
一柳の言葉に、向坂はほっとした表情を浮かべた。それから歯医者のあとで親に褒められた子供のような、ひどくあどけない調子で、平気です、と言った。
もちろん、全く平気ではないところを目撃し続けてきた久野にとって、その発言はお前見栄張ってんじゃねえよ以外の何ものでもなかった。しかし向坂と一柳が妙に和やかで親密な空気を醸し出している様子を目にしてしまうと、水を差してはいけないような気がした。彼が口を噤んでその場に座っていると、やがて一柳は久野に視線を移した。それに気づいた向坂は、一転して非常に事務的な口調になった。
「あれは久野です」
That is a pen的な紹介だった。無機物について言及するかのような、中一英語教科書の英文和訳並みの平易すぎる表現に、久野が地味に傷ついていると、一柳は先刻寮長に見せたものと同じ笑みを彼に向けた。
「久野様ですね。縁さんがいつもお世話になっております。このたびは久野様にもご迷惑をおかけしたようで、誠に申し訳ありません」
執事に真正面から微笑まれた瞬間、久野は先刻の寮長のように狼狽えた。この執事、何処までも穏やかで柔らかな雰囲気を湛えているのだが、こうして向き合ってみると、妙な迫力というか威圧感がある。主以外には決して懐かない狂犬じみた鋭さが、瞳の奥に宿っているように感じられるのだ。
「あ、いえ、ええと、その、お気遣いなく。こうさ……縁さんには、いつもよくしてもらっていますから。ははは……」
下手なことを言うと喉笛を食いちぎられそうで、久野は思ってもいないことを口にして乾いた笑い声を立てた。すると一柳はにこにこして、そうでしょう、縁さんはたいへんお優しいかたですからね、もし地上に天使が存在するならそれは縁さんをおいてほかにいないでしょう、私も本当によくしていただいております、と久野には真っ赤な嘘を通り越して何かしらのサイエンス・フィクションとしか思えない台詞を並べた。
向坂を褒め倒した一柳は、机に突っ伏して眠る管理人を一瞥してから、再び寮長に顔を向けた。
「――さて、そろそろ本題に入りたいと思うのですが」
蛇に睨まれた蛙と化した寮長は、がくがくと肯いた。一柳は口の端を緩やかに持ち上げると、寮長から目を離さずに続けた。
「問題は、縁さんが縁さんであるということを、小金井様が信じてくださらない点にあるのだとお見受けしましたが、いかがでしょう」
その瞳に凶暴な光が灯っていることは、傍から見ている久野にも一目瞭然だった。可哀想な寮長は、ぶるぶると首を横に振った。
「いえいえいえ、こちらのお嬢様が向坂君であるということは、僕も直感的には理解しています。ただ僕の本能が正しいと感じても、理性の方は困惑しているといいますか、この状況は平々凡々と生きてきた僕の常識を超えておりまして、現実であると一切の妥協なしに認めるのはなかなか難しくてですね……」
「己が眼前にあるものこそが現実なのでございますよ、小金井様」
執事は口の端を更に持ち上げた。まるで悪魔の嘲笑だ。
「目の前の事象を『現実』と命名することにより、人は不気味な他者としての理解不能な外部すなわち世界と折衝を行い、そうすることで他の中の我、我の中の他と折り合いをつけて個を立ち行かせる、これが人世の理にございます。小金井様は小金井様の、私は私の、各々の目に映る事象を『現実』と認めなければ、この世に『現実』などございません。ですから、今目の前にある対象についてそれが現実か否かを云々するのは、誠に結構なご趣味とはいえ、結局のところ形而上的な問いであるとしか言いようがございません。そしてそのような形而上的、哲学的な命題に個人的に取り組むことと、学生の安全かつ健全な寮生活を維持・促進する七花寮寮長としての責務を果たすこととは、公と私それぞれ別々の次元に属する問題でございまして、今の小金井様は七花寮寮長としてここにおられるわけなのですから、ここはいったん私を離れ公の立場から形而下の問題にのみ専念なさるべきかと存じます」
「そうです。それに僕が向坂縁であるということを疑うのであれば、まず先に寮長はご自分が小金井何某であることをどうご自身の『理性』に納得させられるのか、それを伺いたいところですね。あなたは本当に小金井何某なのですか。あなたの自己同一性もとい記憶は、本当に正しいものですか。そしてあなたはあなたの自己同一性を、純粋にあなた自身の自己同一性にのみ基づいて、どうやって他者に証明できますか」
一柳の怒涛の長台詞と向坂の駄目押しに、寮長は白目を剥いた。完全に二人のペースに呑まれてしまっている。相手が論点を故意にずらしていることも論理が滅茶苦茶なことも、最早理解できていない様子だ。久野は寮長を心底憐れんだが、しかし助け舟を出すことはできなかった。これまで向坂単体にすら勝てたためしがないのに、この狂犬執事とセットでは最早勝機はゼロを通り越してマイナスである。それに何より、この美少女が向坂であるということを久野はなんの留保も妥協もなく信じていたし、寮長にもそれを信じてもらわなければ、女の子を寮内に連れ込んだかどでペナルティーが科せられてしまうという、彼個人の事情があった。冤罪は嫌だ、というのが久野の最終的な結論にして絶対的な本音だったため、彼は冬眠中の熊のように目を瞑り水揚げされた牡蠣のように口を閉ざした。
「さて、いかがでしょうか」
「どうなんですか」
美少女と執事に詰め寄られ、寮長の黒目が完全に消失しかけた、そのときだった。
「やーん、遅くなっちゃったぁー」
何の前触れもなく食堂の扉が開くと同時に、語尾にピンクのハートマークと花弁が舞っているかのような甘ったるい声が、一同の鼓膜を揺さぶった。四人の男女(管理人は眠っているので除外する)が、一斉に扉の方に顔を向けると、そこにはモデル風のグラマラス美女(にしか見えないクリーチャー)がいた。
「前の車がちんたら走っててぇ、ほんとやんなっちゃうー」
ラメ入りのグロスで光るぷるぷるの唇をつんと尖らせて、モデル風のグラマラス美女(にしか見えないクリーチャー)はマイクロミニのタイトスカートから伸びる形のよい足をスタイリッシュに動かして彼らの元へ歩み寄ると、淡い色のレンズが嵌まった巨大なサングラスを外し、綺麗に巻かれた栗色のロングヘアーを掻き上げた。
「――で? 向坂君はいるの、いないの、どっちなの?」
モデル風以下略の問いに、寮長の黒目は漸く瞳の中心に回帰した。
「え、ええ、その、そこにいる女の子がですね、えーと、僕はその、ええと……あの、もう……もう、無理です……」
そこまで言うと、寮長は床に体育座りして膝に顔を埋めてしまった。もう限界だったらしい。
「女の子?」
モデル風以下略は、つけ睫いらずの自慢の睫でばしばしと瞬きしたあと、漸く向坂と一柳の方へ視線を向けた。すると一柳は一歩前に進み、上品に微笑んだ。
「向坂縁保護者代理の、向坂家執事、一柳でございます。このたびはご迷惑をおかけしたことを深くお詫びいたします」
これに対し、モデル風以下略は口角をきっちり上げて固定するモデル風の笑みを浮かべた。
「まあぁ、ご丁寧にありがとー。私は七葉学園教頭、冷泉庵よ。よろしくね」
何処からどう見ても二十代にしか見えないモデル風グラマラス美女=教頭(実年齢は初老どころか中老を突破しているとの噂だが、彼女の前で年齢の話を口にしたものはその日のうちに粛清されるため、定かではない)は、ばしんとウィンクしてみせたあと、あららぁ、と言って首を傾げた。
「もしかして、そちらのお人形さんみたいなお嬢さんが、コノだかアノだかって子が連れ込んだ女の子なのかしら?」
「コノだかアノだかって、それじゃ指示語ですよ。クノです。久野知之。それから俺は断じて女の子を部屋に連れ込んだりなんかしてません」
誰も突っ込んでくれそうになかったので、仕方なく久野本人が訂正を入れると、教頭はへらへら笑って手にしたサングラスの蔓を大胆に開いた胸元に挿した。
「そうそう、その連体詞みたいな名前の子。へえぇ、でもじゃあこの女の子はいったい誰なのー?」
「五年B組の向坂縁です」
それまで黙って壁を見つめていた向坂が、やはり壁を見つめたまま口を開いた。
「どういうわけか突然女になってしまいましたが、僕が向坂です、教頭先生」
一柳も慇懃な態度であとに倣った。
「はい、こちらが正真正銘、向坂縁本人でございます、教頭先生」
「あはは、うっそぉ」
教頭の反応は、至極常識的なものだった(まず教頭のパーソナリティ自体が非常識だということを括弧にくくる必要があるが)。
「僕も嘘だと思いたいのですが、しかし残念ながらこれが真実です。そこにいる久野が一部始終を目撃していたので、詳細は僕よりもあの男に聞いた方が早いと思いますが」
まさかの丸投げだった。わざわざ対教頭戦闘機として執事を呼んだ意味がわからない。いきなり説明役を押しつけられた久野は、教頭にまじまじと見つめられて(肌の色が浅黒いせいで傍目には全くわからないが)赤くなった。この教頭、見た目だけは二十代の美女、しかも美脚かつ巨乳である。仮に中身が五十をオーバーしていようがなんだろうが――そもそも中身が男である向坂女体化バージョンに欲情した時点で予測可能なことではあるが――、善良な童貞にはあまりに刺激的でありそして魅力的であった。
久野が汗をかきながら、向坂が体調不良を訴えたあたりから警報が鳴って外に出たあたりまでを順を追って説明する横で、向坂は壁を見つめ、一柳は向坂を見つめ、寮長は外界を拒否し、管理人はいびきをかき、教頭はハンドバッグから鏡を取り出し自分の前髪を弄っていた。やがて久野が説明を終えると、教頭は鏡をしまって一つ肯いた。
「なるほどそういうことなのねーわかったわー」
それからフレンチネイルで彩られた指先でちょいちょいと巻き毛の束を直すと、くるんと後ろを向いた。
「じゃあもう遅いから、私は帰るわねー。明日から授業だから、二人ともすぐ寝るのよー」
「ちょ、マジで信じるんですか教頭先生!」
本来なら信じてもらいたい側に所属するはずの久野だったが、しかしあまりの展開に思わず声が出た。寮長と管理人が完全に無力化してしまった現状では、まともな反応ができるのは彼をおいてほかにいなかったためでもある。すると教頭は振り向いてにっこりした。
「だってその子、向坂君によく似てるじゃなーい? ほら、顔立ちとか全体的なカラーリングとか、あと、絶対に私の方を見ないところとか。執事さんも向坂君だって言うんなら、間違いないと思うけどー?」
ありえねえ、と久野は思った。しかし、ありえねえと感じるのは少なくともこの空間においては少数派らしく、向坂は素気ない口調で、ありがとうございます教頭先生、と言った。
「七葉に冷泉ありと謳われる教頭先生ならきっと信じてくださると、僕も確信していました」
「壁に向かって言われてもあんまり褒められた気はしないけど、とりあえず嬉しいわー。そういえば、お兄さんたちはお元気? 卒業してから一度も会ってないわー」
向坂は壁に視線を留めたまま、僅かに顔を顰めた。
「長兄は何処にいるのかわかりませんが、ほかの二人は生きているはずです」
「縁さん、先日、恩さんからお葉書が届きました。今はブラジルにいらっしゃるそうです。それから満さんも重さんも、お二人ともお元気でございます」
「――だそうです、教頭先生」
「相変わらずお兄さんたちのことが嫌いみたいねぇ。駄目よー仲良くしないと?」
「いやいやいやいやあのちょっといいですか、え、どうすんですかこの状況」
世間話モードに突入した場の空気に耐えられず、久野は再び声を上げた。
「どうするって?」
教頭が不思議そうに瞬きすると、向坂も怪訝そうな顔で久野を見た。
「さっきからお前はいったい何が不満なんだ。全部解決したじゃないか」
「だってどうすんだよこれから先! なに、まさかお前この状態で今の生活を続けるつもりなわけ? ないわ! どう考えても無理だわ! だってここ男子校だぞ? 男子寮だぞ!?」
なんだこの胡乱な男は、という周囲の視線が、容赦なく久野に降り注ぐ。それでも彼は、酸欠になりつつも言いたいことを言い切った。
向坂はうんざりしたような溜め息をつくと、久野から視線を外して壁を見た。
「入学時点で男性であった生徒が、病気や事故に類する出来事により、本人の意思と関係なく身体のみ女性となった場合、七葉学園としてはこの生徒にどのような対応をしますか」
この問いに対し、教頭は胸の下で腕を組み嫣然と笑った。ただでさえ深い谷間が更に強調されて、うっかり愚息が起立しそうになった童貞は、慌てて向坂に倣う形で(もちろん理由は正反対なのだが)壁を見た。
「七葉を甘く見てもらっちゃ困るわぁ。うちはそのへんの貧乏なくせに頭の固い私学とはわけが違うのよー? 向坂縁君は、誇り高き我らが七葉の大事な生徒。あなたのパーフェクトな学校生活並びに寮生活を、私たちが全力でサポートするわ」
久野は危うく意識を手放しかけた。いったいどういうことなのか。もう理解できない。
けれど理解できないのは久野だけであるらしく、向坂と一柳は淡々と礼を口にした。
「ありがとうございます、教頭先生」
「私からもお礼申し上げます。後日主人に、七葉への寄付金の増額を進言しておきます」
「学校が生徒を守るのは当然よー? お礼なんていらないいらない。でも寄付金増額は嬉しいかもー」
「で、でも、校長先生やほかの先生が何て言うか……」
必死になって食い下がった久野に、教頭はうふふと笑って首を横に振った。
「『七葉に冷泉あり』、さっき向坂君から聞いたでしょー? 知らないなら覚えておいてね?」
だが、久野はめげなかった。こうなったら奥の手を出すしかないと、自分の胸にしまい込んでおくつもりだった事実を暴露することにした。あとで向坂に制裁を加えられるかもしれないが、そのときはそのときだ。
「いやあのですね、こいつ、女が生理的に駄目で、自分で自分の身体が見られないんですよ、触れもしないんですよ、着替えも身体を拭くのも全部俺にやらせてたんですよ、日常生活の段階で既に支障きたしまくりなんですよ、無理無理無理無理無理です無理!」
するといい加減教頭も面倒になってきたらしい。胸元に挿したサングラスを指先で摘むと、片手だけで優雅に装着し、これまた優雅に頭を振って髪の形を整えた。
「ソノだかドノだかって子が引き続き面倒見ればいいんじゃないの? 一日それで何とかなったんでしょ?」
「いい加減こそあどから離れてくださいよ、ていうか、俺ですか!? なんでよ! 嫌だよ!」
久野は全力で拒否した。こればかりは譲るわけにはいかなかった。一年前に実家を出てやっと獲得した、些細な不満(原因は主に向坂である)はあるもののしかし穏やかで和やかなこの愛おしい寮生活を、今ここでぶち壊しにされるわけにはいかない。
だが、向坂・一柳・教頭という、明らかに格の違う三人に単独で勝負を挑んだという時点で、久野の敗北は決まっていた。
「――久野。考えてみると、僕がこんな姿になったのはお前のせいだから、お前にはその責任を取って僕の面倒を見る義務がある」
向坂の口から飛び出してきたのは、これ以上ないほど凄まじい言いがかりだった。あまりのことに久野が唖然としていると、教頭が、あららぁ、それはどういうことー、と例の調子で質問した。それに対し向坂は、やはり例の調子で壁を見つめて答えた。
「僕が熱を出したとき、この男に妙な薬を与えられたんです。原因はあれですね。間違いない」
凄まじいうえにろくでもない言いがかりだった。久野は膝から崩れ落ちそうになった。
「はああああ? お前自分でこの件を科学的論理的現実的に説明するのは不可能だっつってただろ! それがなんだ、解熱剤のせいだと? ふざっけんな!」
向坂は灰色の瞳を半ば閉じて、哀れな少年に極寒の視線を投げかけた。
「じゃああの薬が原因じゃないと証明できるのか」
「で、できるわけないだろ! そもそも女体化自体説明不可能なんだから!」
久野の絶叫に対し、向坂はうるさそうに、やれやれ、と首を振った。そして一言、諦めるんだな、と言った。すると一柳が肯いた。続いて教頭も肯いた。そしてそして――なんとこれで本当に全てが解決してしまった。
月曜日。始業式を金曜日に終えたばかりの七葉学園の体育館で、緊急の全校朝会が開かれた。
「皆さん、おはようございます。前置きは省略して、今日は大事なお知らせがあります」
壇上でやや強張った表情を浮かべる校長に、視線を向ける者は一人もいなかった。誰もが校長の横にいる人間を、宇宙人かツチノコにでも遭遇したかのような目つきで凝視している。
「ええと、五年B組の向坂縁さんが、このたび突然、身体のみが女性になってしまいまして、今後は皆さんに、色々と配慮をお願いすることになりますが、どうかその、ええと、はい、あー……いや……ほんと……どうしたもんかなぁ……」
すると虚空を見つめる校長に代わり、向坂が口を開いた。
「生徒諸君並びに教職員の皆様にはご迷惑をおかけすることになりますが、何卒ご理解とご協力をよろしくお願い申し上げます」
深々と頭を下げる向坂は、今朝学校側が用意したばかりの小さなサイズの制服を身にまとっていた。このあと、向坂の制服について一騒動持ち上がるはめになることを、今は誰も――少なくとも壇上の美少女に熱い視線を注ぐ一人の生徒を除いては――知らない。
かくして、久野と向坂とその周辺の人々の、約一年間のケイオティックなどたばた劇が、幕を開けたのである。
門を開けたり寮の玄関の電気をつけたりスリッパを用意したり急須と湯呑みの準備をしたりと、恐らくは緊張から全く落ち着きのない寮長と、完全に泥酔して眠り込んでしまった管理人と、無駄のない充実した睡眠によって至極ご機嫌麗しい美少女と、顔面が四十路のヤクザにまで成長を遂げた哀れな男子高生の待つ食堂の扉を軽く叩く、いやに格式の高いノック音が響いたとき、美少女が立ち上がった。
「到着したようです。――どうぞ」
すると、常ならばどう扱おうとも微かに軋むはずの扉が、音もなく開いた。
「失礼いたします。夜分遅くに申し訳ありません。向坂家執事の一柳藤助と申します」
入ってきたのは中年の男だった。恐らく五十代の初め頃だろう。身長は高くもなく低くもなく、やや痩せ型だろうか。上品な薄味の顔立ちで、鋼鉄のような艶のある豊かなグレーの髪を後ろへ撫でつけ、ごく一般的な形状の黒いスーツに、これまたごく一般的な形状の銀と灰の縞模様のネクタイを合わせている。執事だと言われてもぴんとこないが、かといって会社勤めをしているようにも見えない、不思議な雰囲気の男だ。
「寮長の小金井様ですね。いつもお世話になっております」
男は穏やかな口調でそう言うと微笑み、寮長に深く頭を下げた。すると寮長はどういうわけかひどく狼狽し、椅子をがたがた言わせながら立ち上がると、いえこちらこそいつもお世話になっておりまして、と訳のわからない返事をした。
ひととおり大人の挨拶が終わると、一柳はぱたぱたと足音を立てて近寄ってくる美少女に目を留めた。そして〇・五秒ほど真顔でその姿を見つめてから、何処か悲しげな、しかし慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「――不安だったでしょう、縁さん」
一柳の言葉に、向坂はほっとした表情を浮かべた。それから歯医者のあとで親に褒められた子供のような、ひどくあどけない調子で、平気です、と言った。
もちろん、全く平気ではないところを目撃し続けてきた久野にとって、その発言はお前見栄張ってんじゃねえよ以外の何ものでもなかった。しかし向坂と一柳が妙に和やかで親密な空気を醸し出している様子を目にしてしまうと、水を差してはいけないような気がした。彼が口を噤んでその場に座っていると、やがて一柳は久野に視線を移した。それに気づいた向坂は、一転して非常に事務的な口調になった。
「あれは久野です」
That is a pen的な紹介だった。無機物について言及するかのような、中一英語教科書の英文和訳並みの平易すぎる表現に、久野が地味に傷ついていると、一柳は先刻寮長に見せたものと同じ笑みを彼に向けた。
「久野様ですね。縁さんがいつもお世話になっております。このたびは久野様にもご迷惑をおかけしたようで、誠に申し訳ありません」
執事に真正面から微笑まれた瞬間、久野は先刻の寮長のように狼狽えた。この執事、何処までも穏やかで柔らかな雰囲気を湛えているのだが、こうして向き合ってみると、妙な迫力というか威圧感がある。主以外には決して懐かない狂犬じみた鋭さが、瞳の奥に宿っているように感じられるのだ。
「あ、いえ、ええと、その、お気遣いなく。こうさ……縁さんには、いつもよくしてもらっていますから。ははは……」
下手なことを言うと喉笛を食いちぎられそうで、久野は思ってもいないことを口にして乾いた笑い声を立てた。すると一柳はにこにこして、そうでしょう、縁さんはたいへんお優しいかたですからね、もし地上に天使が存在するならそれは縁さんをおいてほかにいないでしょう、私も本当によくしていただいております、と久野には真っ赤な嘘を通り越して何かしらのサイエンス・フィクションとしか思えない台詞を並べた。
向坂を褒め倒した一柳は、机に突っ伏して眠る管理人を一瞥してから、再び寮長に顔を向けた。
「――さて、そろそろ本題に入りたいと思うのですが」
蛇に睨まれた蛙と化した寮長は、がくがくと肯いた。一柳は口の端を緩やかに持ち上げると、寮長から目を離さずに続けた。
「問題は、縁さんが縁さんであるということを、小金井様が信じてくださらない点にあるのだとお見受けしましたが、いかがでしょう」
その瞳に凶暴な光が灯っていることは、傍から見ている久野にも一目瞭然だった。可哀想な寮長は、ぶるぶると首を横に振った。
「いえいえいえ、こちらのお嬢様が向坂君であるということは、僕も直感的には理解しています。ただ僕の本能が正しいと感じても、理性の方は困惑しているといいますか、この状況は平々凡々と生きてきた僕の常識を超えておりまして、現実であると一切の妥協なしに認めるのはなかなか難しくてですね……」
「己が眼前にあるものこそが現実なのでございますよ、小金井様」
執事は口の端を更に持ち上げた。まるで悪魔の嘲笑だ。
「目の前の事象を『現実』と命名することにより、人は不気味な他者としての理解不能な外部すなわち世界と折衝を行い、そうすることで他の中の我、我の中の他と折り合いをつけて個を立ち行かせる、これが人世の理にございます。小金井様は小金井様の、私は私の、各々の目に映る事象を『現実』と認めなければ、この世に『現実』などございません。ですから、今目の前にある対象についてそれが現実か否かを云々するのは、誠に結構なご趣味とはいえ、結局のところ形而上的な問いであるとしか言いようがございません。そしてそのような形而上的、哲学的な命題に個人的に取り組むことと、学生の安全かつ健全な寮生活を維持・促進する七花寮寮長としての責務を果たすこととは、公と私それぞれ別々の次元に属する問題でございまして、今の小金井様は七花寮寮長としてここにおられるわけなのですから、ここはいったん私を離れ公の立場から形而下の問題にのみ専念なさるべきかと存じます」
「そうです。それに僕が向坂縁であるということを疑うのであれば、まず先に寮長はご自分が小金井何某であることをどうご自身の『理性』に納得させられるのか、それを伺いたいところですね。あなたは本当に小金井何某なのですか。あなたの自己同一性もとい記憶は、本当に正しいものですか。そしてあなたはあなたの自己同一性を、純粋にあなた自身の自己同一性にのみ基づいて、どうやって他者に証明できますか」
一柳の怒涛の長台詞と向坂の駄目押しに、寮長は白目を剥いた。完全に二人のペースに呑まれてしまっている。相手が論点を故意にずらしていることも論理が滅茶苦茶なことも、最早理解できていない様子だ。久野は寮長を心底憐れんだが、しかし助け舟を出すことはできなかった。これまで向坂単体にすら勝てたためしがないのに、この狂犬執事とセットでは最早勝機はゼロを通り越してマイナスである。それに何より、この美少女が向坂であるということを久野はなんの留保も妥協もなく信じていたし、寮長にもそれを信じてもらわなければ、女の子を寮内に連れ込んだかどでペナルティーが科せられてしまうという、彼個人の事情があった。冤罪は嫌だ、というのが久野の最終的な結論にして絶対的な本音だったため、彼は冬眠中の熊のように目を瞑り水揚げされた牡蠣のように口を閉ざした。
「さて、いかがでしょうか」
「どうなんですか」
美少女と執事に詰め寄られ、寮長の黒目が完全に消失しかけた、そのときだった。
「やーん、遅くなっちゃったぁー」
何の前触れもなく食堂の扉が開くと同時に、語尾にピンクのハートマークと花弁が舞っているかのような甘ったるい声が、一同の鼓膜を揺さぶった。四人の男女(管理人は眠っているので除外する)が、一斉に扉の方に顔を向けると、そこにはモデル風のグラマラス美女(にしか見えないクリーチャー)がいた。
「前の車がちんたら走っててぇ、ほんとやんなっちゃうー」
ラメ入りのグロスで光るぷるぷるの唇をつんと尖らせて、モデル風のグラマラス美女(にしか見えないクリーチャー)はマイクロミニのタイトスカートから伸びる形のよい足をスタイリッシュに動かして彼らの元へ歩み寄ると、淡い色のレンズが嵌まった巨大なサングラスを外し、綺麗に巻かれた栗色のロングヘアーを掻き上げた。
「――で? 向坂君はいるの、いないの、どっちなの?」
モデル風以下略の問いに、寮長の黒目は漸く瞳の中心に回帰した。
「え、ええ、その、そこにいる女の子がですね、えーと、僕はその、ええと……あの、もう……もう、無理です……」
そこまで言うと、寮長は床に体育座りして膝に顔を埋めてしまった。もう限界だったらしい。
「女の子?」
モデル風以下略は、つけ睫いらずの自慢の睫でばしばしと瞬きしたあと、漸く向坂と一柳の方へ視線を向けた。すると一柳は一歩前に進み、上品に微笑んだ。
「向坂縁保護者代理の、向坂家執事、一柳でございます。このたびはご迷惑をおかけしたことを深くお詫びいたします」
これに対し、モデル風以下略は口角をきっちり上げて固定するモデル風の笑みを浮かべた。
「まあぁ、ご丁寧にありがとー。私は七葉学園教頭、冷泉庵よ。よろしくね」
何処からどう見ても二十代にしか見えないモデル風グラマラス美女=教頭(実年齢は初老どころか中老を突破しているとの噂だが、彼女の前で年齢の話を口にしたものはその日のうちに粛清されるため、定かではない)は、ばしんとウィンクしてみせたあと、あららぁ、と言って首を傾げた。
「もしかして、そちらのお人形さんみたいなお嬢さんが、コノだかアノだかって子が連れ込んだ女の子なのかしら?」
「コノだかアノだかって、それじゃ指示語ですよ。クノです。久野知之。それから俺は断じて女の子を部屋に連れ込んだりなんかしてません」
誰も突っ込んでくれそうになかったので、仕方なく久野本人が訂正を入れると、教頭はへらへら笑って手にしたサングラスの蔓を大胆に開いた胸元に挿した。
「そうそう、その連体詞みたいな名前の子。へえぇ、でもじゃあこの女の子はいったい誰なのー?」
「五年B組の向坂縁です」
それまで黙って壁を見つめていた向坂が、やはり壁を見つめたまま口を開いた。
「どういうわけか突然女になってしまいましたが、僕が向坂です、教頭先生」
一柳も慇懃な態度であとに倣った。
「はい、こちらが正真正銘、向坂縁本人でございます、教頭先生」
「あはは、うっそぉ」
教頭の反応は、至極常識的なものだった(まず教頭のパーソナリティ自体が非常識だということを括弧にくくる必要があるが)。
「僕も嘘だと思いたいのですが、しかし残念ながらこれが真実です。そこにいる久野が一部始終を目撃していたので、詳細は僕よりもあの男に聞いた方が早いと思いますが」
まさかの丸投げだった。わざわざ対教頭戦闘機として執事を呼んだ意味がわからない。いきなり説明役を押しつけられた久野は、教頭にまじまじと見つめられて(肌の色が浅黒いせいで傍目には全くわからないが)赤くなった。この教頭、見た目だけは二十代の美女、しかも美脚かつ巨乳である。仮に中身が五十をオーバーしていようがなんだろうが――そもそも中身が男である向坂女体化バージョンに欲情した時点で予測可能なことではあるが――、善良な童貞にはあまりに刺激的でありそして魅力的であった。
久野が汗をかきながら、向坂が体調不良を訴えたあたりから警報が鳴って外に出たあたりまでを順を追って説明する横で、向坂は壁を見つめ、一柳は向坂を見つめ、寮長は外界を拒否し、管理人はいびきをかき、教頭はハンドバッグから鏡を取り出し自分の前髪を弄っていた。やがて久野が説明を終えると、教頭は鏡をしまって一つ肯いた。
「なるほどそういうことなのねーわかったわー」
それからフレンチネイルで彩られた指先でちょいちょいと巻き毛の束を直すと、くるんと後ろを向いた。
「じゃあもう遅いから、私は帰るわねー。明日から授業だから、二人ともすぐ寝るのよー」
「ちょ、マジで信じるんですか教頭先生!」
本来なら信じてもらいたい側に所属するはずの久野だったが、しかしあまりの展開に思わず声が出た。寮長と管理人が完全に無力化してしまった現状では、まともな反応ができるのは彼をおいてほかにいなかったためでもある。すると教頭は振り向いてにっこりした。
「だってその子、向坂君によく似てるじゃなーい? ほら、顔立ちとか全体的なカラーリングとか、あと、絶対に私の方を見ないところとか。執事さんも向坂君だって言うんなら、間違いないと思うけどー?」
ありえねえ、と久野は思った。しかし、ありえねえと感じるのは少なくともこの空間においては少数派らしく、向坂は素気ない口調で、ありがとうございます教頭先生、と言った。
「七葉に冷泉ありと謳われる教頭先生ならきっと信じてくださると、僕も確信していました」
「壁に向かって言われてもあんまり褒められた気はしないけど、とりあえず嬉しいわー。そういえば、お兄さんたちはお元気? 卒業してから一度も会ってないわー」
向坂は壁に視線を留めたまま、僅かに顔を顰めた。
「長兄は何処にいるのかわかりませんが、ほかの二人は生きているはずです」
「縁さん、先日、恩さんからお葉書が届きました。今はブラジルにいらっしゃるそうです。それから満さんも重さんも、お二人ともお元気でございます」
「――だそうです、教頭先生」
「相変わらずお兄さんたちのことが嫌いみたいねぇ。駄目よー仲良くしないと?」
「いやいやいやいやあのちょっといいですか、え、どうすんですかこの状況」
世間話モードに突入した場の空気に耐えられず、久野は再び声を上げた。
「どうするって?」
教頭が不思議そうに瞬きすると、向坂も怪訝そうな顔で久野を見た。
「さっきからお前はいったい何が不満なんだ。全部解決したじゃないか」
「だってどうすんだよこれから先! なに、まさかお前この状態で今の生活を続けるつもりなわけ? ないわ! どう考えても無理だわ! だってここ男子校だぞ? 男子寮だぞ!?」
なんだこの胡乱な男は、という周囲の視線が、容赦なく久野に降り注ぐ。それでも彼は、酸欠になりつつも言いたいことを言い切った。
向坂はうんざりしたような溜め息をつくと、久野から視線を外して壁を見た。
「入学時点で男性であった生徒が、病気や事故に類する出来事により、本人の意思と関係なく身体のみ女性となった場合、七葉学園としてはこの生徒にどのような対応をしますか」
この問いに対し、教頭は胸の下で腕を組み嫣然と笑った。ただでさえ深い谷間が更に強調されて、うっかり愚息が起立しそうになった童貞は、慌てて向坂に倣う形で(もちろん理由は正反対なのだが)壁を見た。
「七葉を甘く見てもらっちゃ困るわぁ。うちはそのへんの貧乏なくせに頭の固い私学とはわけが違うのよー? 向坂縁君は、誇り高き我らが七葉の大事な生徒。あなたのパーフェクトな学校生活並びに寮生活を、私たちが全力でサポートするわ」
久野は危うく意識を手放しかけた。いったいどういうことなのか。もう理解できない。
けれど理解できないのは久野だけであるらしく、向坂と一柳は淡々と礼を口にした。
「ありがとうございます、教頭先生」
「私からもお礼申し上げます。後日主人に、七葉への寄付金の増額を進言しておきます」
「学校が生徒を守るのは当然よー? お礼なんていらないいらない。でも寄付金増額は嬉しいかもー」
「で、でも、校長先生やほかの先生が何て言うか……」
必死になって食い下がった久野に、教頭はうふふと笑って首を横に振った。
「『七葉に冷泉あり』、さっき向坂君から聞いたでしょー? 知らないなら覚えておいてね?」
だが、久野はめげなかった。こうなったら奥の手を出すしかないと、自分の胸にしまい込んでおくつもりだった事実を暴露することにした。あとで向坂に制裁を加えられるかもしれないが、そのときはそのときだ。
「いやあのですね、こいつ、女が生理的に駄目で、自分で自分の身体が見られないんですよ、触れもしないんですよ、着替えも身体を拭くのも全部俺にやらせてたんですよ、日常生活の段階で既に支障きたしまくりなんですよ、無理無理無理無理無理です無理!」
するといい加減教頭も面倒になってきたらしい。胸元に挿したサングラスを指先で摘むと、片手だけで優雅に装着し、これまた優雅に頭を振って髪の形を整えた。
「ソノだかドノだかって子が引き続き面倒見ればいいんじゃないの? 一日それで何とかなったんでしょ?」
「いい加減こそあどから離れてくださいよ、ていうか、俺ですか!? なんでよ! 嫌だよ!」
久野は全力で拒否した。こればかりは譲るわけにはいかなかった。一年前に実家を出てやっと獲得した、些細な不満(原因は主に向坂である)はあるもののしかし穏やかで和やかなこの愛おしい寮生活を、今ここでぶち壊しにされるわけにはいかない。
だが、向坂・一柳・教頭という、明らかに格の違う三人に単独で勝負を挑んだという時点で、久野の敗北は決まっていた。
「――久野。考えてみると、僕がこんな姿になったのはお前のせいだから、お前にはその責任を取って僕の面倒を見る義務がある」
向坂の口から飛び出してきたのは、これ以上ないほど凄まじい言いがかりだった。あまりのことに久野が唖然としていると、教頭が、あららぁ、それはどういうことー、と例の調子で質問した。それに対し向坂は、やはり例の調子で壁を見つめて答えた。
「僕が熱を出したとき、この男に妙な薬を与えられたんです。原因はあれですね。間違いない」
凄まじいうえにろくでもない言いがかりだった。久野は膝から崩れ落ちそうになった。
「はああああ? お前自分でこの件を科学的論理的現実的に説明するのは不可能だっつってただろ! それがなんだ、解熱剤のせいだと? ふざっけんな!」
向坂は灰色の瞳を半ば閉じて、哀れな少年に極寒の視線を投げかけた。
「じゃああの薬が原因じゃないと証明できるのか」
「で、できるわけないだろ! そもそも女体化自体説明不可能なんだから!」
久野の絶叫に対し、向坂はうるさそうに、やれやれ、と首を振った。そして一言、諦めるんだな、と言った。すると一柳が肯いた。続いて教頭も肯いた。そしてそして――なんとこれで本当に全てが解決してしまった。
月曜日。始業式を金曜日に終えたばかりの七葉学園の体育館で、緊急の全校朝会が開かれた。
「皆さん、おはようございます。前置きは省略して、今日は大事なお知らせがあります」
壇上でやや強張った表情を浮かべる校長に、視線を向ける者は一人もいなかった。誰もが校長の横にいる人間を、宇宙人かツチノコにでも遭遇したかのような目つきで凝視している。
「ええと、五年B組の向坂縁さんが、このたび突然、身体のみが女性になってしまいまして、今後は皆さんに、色々と配慮をお願いすることになりますが、どうかその、ええと、はい、あー……いや……ほんと……どうしたもんかなぁ……」
すると虚空を見つめる校長に代わり、向坂が口を開いた。
「生徒諸君並びに教職員の皆様にはご迷惑をおかけすることになりますが、何卒ご理解とご協力をよろしくお願い申し上げます」
深々と頭を下げる向坂は、今朝学校側が用意したばかりの小さなサイズの制服を身にまとっていた。このあと、向坂の制服について一騒動持ち上がるはめになることを、今は誰も――少なくとも壇上の美少女に熱い視線を注ぐ一人の生徒を除いては――知らない。
かくして、久野と向坂とその周辺の人々の、約一年間のケイオティックなどたばた劇が、幕を開けたのである。
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