1話5分でゾッと出来る話。短編ホラー集。短編怖い話は、そこにある

みにぶた🐽

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第83話『削られる名前』怖さ:☆☆☆☆☆

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 学校の壁に刻まれた無数の名前が、一つずつ削られて消えていく。

 放課後の校舎で、古い校舎の壁を見ていたときに気づいた。歴代の生徒たちが刻んだであろう名前が、びっしりと壁一面に彫られている。

 しかし、その中のいくつかが、削り取られて読めなくなっていた。

 「田中○○」「○○美」「山田○○郎」のように、名前の一部だけが残って、あとは削られている。

 俺は管理人の松本さんに聞いてみた。

 「あの壁の名前、誰が削ったんですか?」

 松本さんは首をひねった。

 「削ってる?ワシは知らんなあ。生徒がいたずらで彫った名前なんて、いくらでもあるが」

 翌日、俺は再び壁を確認した。

 昨日より削られた名前が増えていた。明らかに一晩で進行している。

 俺は試しに、削られた名前の一つを写真に撮って、職員室で調べてもらった。

 「この『田中○○』って、どんな生徒だったかわかりますか?」

 担任の先生が古い名簿を調べてくれた。

 「田中……田中はたくさんいるからなあ。でも、『田中勇』という生徒が十年前にいたな」

 「その生徒、今どうしてるんですか?」

 先生の表情が暗くなった。

 「確か、卒業後に交通事故で亡くなったと聞いている」

 俺の背筋が寒くなった。

 他の削られた名前も調べてもらうと、すべて既に亡くなった元生徒の名前だった。

 病気、事故、自殺。理由は様々だったが、全員が死んでいた。

 そして、削られた名前の持ち主は、みんなの記憶からも薄れていた。

 「そういえば田中勇って、どんな子だったっけ?」
 「山田次郎? 名前は覚えてるけど、顔を思い出せないな」

 名前が削られるにつれて、その人の記憶も一緒に消えていくようだった。

 俺は恐怖を感じながらも、毎日壁をチェックし続けた。

 一週間後、新しい名前が削られ始めた。

 「佐藤○○子」

 佐藤の苗字で始まる名前だった。まだ削り始めたばかりで、名前の輪郭は残っている。

 俺は急いで調べた。佐藤の苗字で、この学校の卒業生は何人かいた。

 そして、そのうちの一人、佐藤悦子さんという人が、三日前に病院で亡くなったことがわかった。

 名前が削られるのは、その人が死んだ後からだった。

 俺は理解した。死んだ生徒の名前が、自動的に削られていく。そして、その人の記憶も一緒に消されていく。

 しかし、なぜそんなことが起きるのかはわからなかった。

 ある夜、俺は学校に忍び込んだ。削られる瞬間を見てみたかった。

 夜中の二時、校舎は静まり返っていた。

 俺は壁の前で待機した。佐藤悦子さんの名前は、まだ半分ほど残っていた。

 午前三時頃、異変が起きた。

 壁から、微かに削る音が聞こえ始めた。カリカリと石を削るような音だった。

 しかし、誰もいない。音だけが響いている。

 そして、佐藤悦子さんの名前が、見る見るうちに削られていく。見えない何かが、丁寧に文字を削り取っている。

 俺は恐る恐る壁に近づいた。

 すると、薄っすらとした人影が見えた。

 作業服を着た老人が、ノミとハンマーを使って名前を削っている。半透明で、輪郭がぼやけているが、確かに人の形をしていた。

 老人は俺に気づいて振り返った。

 「ああ、見つかってしまったか」

 老人の声は遠くから聞こえるようだった。

 「誰ですか?なぜこんなことを?」

 「ワシは、この学校の初代用務員じゃ。もう五十年も前に死んだがな」

 老人は作業を続けながら答えた。

 「死んだ生徒の名前を消すのが、ワシの仕事じゃ」

 「なぜ消すんですか?」

 「生きている者と死んだ者を、きちんと分けるためじゃ」

 老人の手が止まらない。佐藤悦子さんの名前が、どんどん薄くなっていく。

 「死んだ者の名前が残っていると、生きている者が混乱する。だから消すんじゃ」

 「でも、記憶まで消えてしまう」

 「それでいいんじゃ。死んだ者にいつまでも縛られていては、生きている者が前に進めん」

 老人は最後の一文字を削り終えた。佐藤悦子さんの名前が完全に消えた。

 「はい、完了じゃ」

 老人が振り返ると、俺の方を見て微笑んだ。

 「ところで、君の名前は壁にあるかな?」

 俺はハッとした。俺も中学時代に、いたずらで名前を刻んだことがあった。

 「君が死んだら、ワシが削ってあげるよ」

 老人が俺の肩に手を置いた。冷たい手だった。

 「でも、君はまだ若い。死ぬのはずっと先じゃろう」

 老人は安心したように言った。

 「でも、もし君が明日死んだら、明日の夜には削り始める」

 俺は慌てて学校から逃げ出した。

 翌日、俺は自分が刻んだ名前を探した。校舎の裏手の壁に、確かに「雨宮勇人」と刻まれていた。

 俺は慌ててその名前を自分で削り取った。ハンマーとノミを借りて、必死に削った。

 しかし、どんなに削っても、名前は完全には消えなかった。薄くなるだけで、文字の跡は残っている。

 俺が諦めて帰ろうとしたとき、校舎の中から声が聞こえた。

 「無駄じゃよ」

 老人の用務員が窓から顔を出していた。

 「一度刻まれた名前は、生きている者には削れん。ワシにしか削れんのじゃ」

 俺は震え上がった。

 「でも安心しなさい。君が死ぬまでは、ワシは手を出さん」

 老人は微笑んでいた。

 「ただし、君が死んだその夜には、きれいに削ってあげる」

 「記憶も一緒に消えるんですか?」

 「当然じゃ。それがワシの仕事じゃから」

 老人が窓を閉めた。

 俺は毎日、自分の名前をチェックするようになった。まだ削られていない。まだ生きている証拠だった。

 しかし、いつか必ず削られる日が来る。

 俺が死んだとき。

 そして、俺のことを覚えている人は誰もいなくなる。

 俺の名前と一緒に、俺の存在も完全に消去される。

 用務員の老人が、丁寧に削り取ってくれる。

 永遠に忘れ去られるために。
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