83 / 100
第83話『削られる名前』怖さ:☆☆☆☆☆
しおりを挟む
学校の壁に刻まれた無数の名前が、一つずつ削られて消えていく。
放課後の校舎で、古い校舎の壁を見ていたときに気づいた。歴代の生徒たちが刻んだであろう名前が、びっしりと壁一面に彫られている。
しかし、その中のいくつかが、削り取られて読めなくなっていた。
「田中○○」「○○美」「山田○○郎」のように、名前の一部だけが残って、あとは削られている。
俺は管理人の松本さんに聞いてみた。
「あの壁の名前、誰が削ったんですか?」
松本さんは首をひねった。
「削ってる?ワシは知らんなあ。生徒がいたずらで彫った名前なんて、いくらでもあるが」
翌日、俺は再び壁を確認した。
昨日より削られた名前が増えていた。明らかに一晩で進行している。
俺は試しに、削られた名前の一つを写真に撮って、職員室で調べてもらった。
「この『田中○○』って、どんな生徒だったかわかりますか?」
担任の先生が古い名簿を調べてくれた。
「田中……田中はたくさんいるからなあ。でも、『田中勇』という生徒が十年前にいたな」
「その生徒、今どうしてるんですか?」
先生の表情が暗くなった。
「確か、卒業後に交通事故で亡くなったと聞いている」
俺の背筋が寒くなった。
他の削られた名前も調べてもらうと、すべて既に亡くなった元生徒の名前だった。
病気、事故、自殺。理由は様々だったが、全員が死んでいた。
そして、削られた名前の持ち主は、みんなの記憶からも薄れていた。
「そういえば田中勇って、どんな子だったっけ?」
「山田次郎? 名前は覚えてるけど、顔を思い出せないな」
名前が削られるにつれて、その人の記憶も一緒に消えていくようだった。
俺は恐怖を感じながらも、毎日壁をチェックし続けた。
一週間後、新しい名前が削られ始めた。
「佐藤○○子」
佐藤の苗字で始まる名前だった。まだ削り始めたばかりで、名前の輪郭は残っている。
俺は急いで調べた。佐藤の苗字で、この学校の卒業生は何人かいた。
そして、そのうちの一人、佐藤悦子さんという人が、三日前に病院で亡くなったことがわかった。
名前が削られるのは、その人が死んだ後からだった。
俺は理解した。死んだ生徒の名前が、自動的に削られていく。そして、その人の記憶も一緒に消されていく。
しかし、なぜそんなことが起きるのかはわからなかった。
ある夜、俺は学校に忍び込んだ。削られる瞬間を見てみたかった。
夜中の二時、校舎は静まり返っていた。
俺は壁の前で待機した。佐藤悦子さんの名前は、まだ半分ほど残っていた。
午前三時頃、異変が起きた。
壁から、微かに削る音が聞こえ始めた。カリカリと石を削るような音だった。
しかし、誰もいない。音だけが響いている。
そして、佐藤悦子さんの名前が、見る見るうちに削られていく。見えない何かが、丁寧に文字を削り取っている。
俺は恐る恐る壁に近づいた。
すると、薄っすらとした人影が見えた。
作業服を着た老人が、ノミとハンマーを使って名前を削っている。半透明で、輪郭がぼやけているが、確かに人の形をしていた。
老人は俺に気づいて振り返った。
「ああ、見つかってしまったか」
老人の声は遠くから聞こえるようだった。
「誰ですか?なぜこんなことを?」
「ワシは、この学校の初代用務員じゃ。もう五十年も前に死んだがな」
老人は作業を続けながら答えた。
「死んだ生徒の名前を消すのが、ワシの仕事じゃ」
「なぜ消すんですか?」
「生きている者と死んだ者を、きちんと分けるためじゃ」
老人の手が止まらない。佐藤悦子さんの名前が、どんどん薄くなっていく。
「死んだ者の名前が残っていると、生きている者が混乱する。だから消すんじゃ」
「でも、記憶まで消えてしまう」
「それでいいんじゃ。死んだ者にいつまでも縛られていては、生きている者が前に進めん」
老人は最後の一文字を削り終えた。佐藤悦子さんの名前が完全に消えた。
「はい、完了じゃ」
老人が振り返ると、俺の方を見て微笑んだ。
「ところで、君の名前は壁にあるかな?」
俺はハッとした。俺も中学時代に、いたずらで名前を刻んだことがあった。
「君が死んだら、ワシが削ってあげるよ」
老人が俺の肩に手を置いた。冷たい手だった。
「でも、君はまだ若い。死ぬのはずっと先じゃろう」
老人は安心したように言った。
「でも、もし君が明日死んだら、明日の夜には削り始める」
俺は慌てて学校から逃げ出した。
翌日、俺は自分が刻んだ名前を探した。校舎の裏手の壁に、確かに「雨宮勇人」と刻まれていた。
俺は慌ててその名前を自分で削り取った。ハンマーとノミを借りて、必死に削った。
しかし、どんなに削っても、名前は完全には消えなかった。薄くなるだけで、文字の跡は残っている。
俺が諦めて帰ろうとしたとき、校舎の中から声が聞こえた。
「無駄じゃよ」
老人の用務員が窓から顔を出していた。
「一度刻まれた名前は、生きている者には削れん。ワシにしか削れんのじゃ」
俺は震え上がった。
「でも安心しなさい。君が死ぬまでは、ワシは手を出さん」
老人は微笑んでいた。
「ただし、君が死んだその夜には、きれいに削ってあげる」
「記憶も一緒に消えるんですか?」
「当然じゃ。それがワシの仕事じゃから」
老人が窓を閉めた。
俺は毎日、自分の名前をチェックするようになった。まだ削られていない。まだ生きている証拠だった。
しかし、いつか必ず削られる日が来る。
俺が死んだとき。
そして、俺のことを覚えている人は誰もいなくなる。
俺の名前と一緒に、俺の存在も完全に消去される。
用務員の老人が、丁寧に削り取ってくれる。
永遠に忘れ去られるために。
放課後の校舎で、古い校舎の壁を見ていたときに気づいた。歴代の生徒たちが刻んだであろう名前が、びっしりと壁一面に彫られている。
しかし、その中のいくつかが、削り取られて読めなくなっていた。
「田中○○」「○○美」「山田○○郎」のように、名前の一部だけが残って、あとは削られている。
俺は管理人の松本さんに聞いてみた。
「あの壁の名前、誰が削ったんですか?」
松本さんは首をひねった。
「削ってる?ワシは知らんなあ。生徒がいたずらで彫った名前なんて、いくらでもあるが」
翌日、俺は再び壁を確認した。
昨日より削られた名前が増えていた。明らかに一晩で進行している。
俺は試しに、削られた名前の一つを写真に撮って、職員室で調べてもらった。
「この『田中○○』って、どんな生徒だったかわかりますか?」
担任の先生が古い名簿を調べてくれた。
「田中……田中はたくさんいるからなあ。でも、『田中勇』という生徒が十年前にいたな」
「その生徒、今どうしてるんですか?」
先生の表情が暗くなった。
「確か、卒業後に交通事故で亡くなったと聞いている」
俺の背筋が寒くなった。
他の削られた名前も調べてもらうと、すべて既に亡くなった元生徒の名前だった。
病気、事故、自殺。理由は様々だったが、全員が死んでいた。
そして、削られた名前の持ち主は、みんなの記憶からも薄れていた。
「そういえば田中勇って、どんな子だったっけ?」
「山田次郎? 名前は覚えてるけど、顔を思い出せないな」
名前が削られるにつれて、その人の記憶も一緒に消えていくようだった。
俺は恐怖を感じながらも、毎日壁をチェックし続けた。
一週間後、新しい名前が削られ始めた。
「佐藤○○子」
佐藤の苗字で始まる名前だった。まだ削り始めたばかりで、名前の輪郭は残っている。
俺は急いで調べた。佐藤の苗字で、この学校の卒業生は何人かいた。
そして、そのうちの一人、佐藤悦子さんという人が、三日前に病院で亡くなったことがわかった。
名前が削られるのは、その人が死んだ後からだった。
俺は理解した。死んだ生徒の名前が、自動的に削られていく。そして、その人の記憶も一緒に消されていく。
しかし、なぜそんなことが起きるのかはわからなかった。
ある夜、俺は学校に忍び込んだ。削られる瞬間を見てみたかった。
夜中の二時、校舎は静まり返っていた。
俺は壁の前で待機した。佐藤悦子さんの名前は、まだ半分ほど残っていた。
午前三時頃、異変が起きた。
壁から、微かに削る音が聞こえ始めた。カリカリと石を削るような音だった。
しかし、誰もいない。音だけが響いている。
そして、佐藤悦子さんの名前が、見る見るうちに削られていく。見えない何かが、丁寧に文字を削り取っている。
俺は恐る恐る壁に近づいた。
すると、薄っすらとした人影が見えた。
作業服を着た老人が、ノミとハンマーを使って名前を削っている。半透明で、輪郭がぼやけているが、確かに人の形をしていた。
老人は俺に気づいて振り返った。
「ああ、見つかってしまったか」
老人の声は遠くから聞こえるようだった。
「誰ですか?なぜこんなことを?」
「ワシは、この学校の初代用務員じゃ。もう五十年も前に死んだがな」
老人は作業を続けながら答えた。
「死んだ生徒の名前を消すのが、ワシの仕事じゃ」
「なぜ消すんですか?」
「生きている者と死んだ者を、きちんと分けるためじゃ」
老人の手が止まらない。佐藤悦子さんの名前が、どんどん薄くなっていく。
「死んだ者の名前が残っていると、生きている者が混乱する。だから消すんじゃ」
「でも、記憶まで消えてしまう」
「それでいいんじゃ。死んだ者にいつまでも縛られていては、生きている者が前に進めん」
老人は最後の一文字を削り終えた。佐藤悦子さんの名前が完全に消えた。
「はい、完了じゃ」
老人が振り返ると、俺の方を見て微笑んだ。
「ところで、君の名前は壁にあるかな?」
俺はハッとした。俺も中学時代に、いたずらで名前を刻んだことがあった。
「君が死んだら、ワシが削ってあげるよ」
老人が俺の肩に手を置いた。冷たい手だった。
「でも、君はまだ若い。死ぬのはずっと先じゃろう」
老人は安心したように言った。
「でも、もし君が明日死んだら、明日の夜には削り始める」
俺は慌てて学校から逃げ出した。
翌日、俺は自分が刻んだ名前を探した。校舎の裏手の壁に、確かに「雨宮勇人」と刻まれていた。
俺は慌ててその名前を自分で削り取った。ハンマーとノミを借りて、必死に削った。
しかし、どんなに削っても、名前は完全には消えなかった。薄くなるだけで、文字の跡は残っている。
俺が諦めて帰ろうとしたとき、校舎の中から声が聞こえた。
「無駄じゃよ」
老人の用務員が窓から顔を出していた。
「一度刻まれた名前は、生きている者には削れん。ワシにしか削れんのじゃ」
俺は震え上がった。
「でも安心しなさい。君が死ぬまでは、ワシは手を出さん」
老人は微笑んでいた。
「ただし、君が死んだその夜には、きれいに削ってあげる」
「記憶も一緒に消えるんですか?」
「当然じゃ。それがワシの仕事じゃから」
老人が窓を閉めた。
俺は毎日、自分の名前をチェックするようになった。まだ削られていない。まだ生きている証拠だった。
しかし、いつか必ず削られる日が来る。
俺が死んだとき。
そして、俺のことを覚えている人は誰もいなくなる。
俺の名前と一緒に、俺の存在も完全に消去される。
用務員の老人が、丁寧に削り取ってくれる。
永遠に忘れ去られるために。
0
あなたにおすすめの小説
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
意味がわかると怖い話
邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き
基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。
※完結としますが、追加次第随時更新※
YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*)
お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕
https://youtube.com/@yuachanRio
静かに壊れていく日常
井浦
ホラー
──違和感から始まる十二の恐怖──
いつも通りの朝。
いつも通りの夜。
けれど、ほんの少しだけ、何かがおかしい。
鳴るはずのないインターホン。
いつもと違う帰り道。
知らない誰かの声。
そんな「違和感」に気づいたとき、もう“元の日常”には戻れない。
現実と幻想の境界が曖昧になる、全十二話の短編集。
一話完結で読める、静かな恐怖をあなたへ。
※表紙は生成AIで作成しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる