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みにぶた🐽

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第88話『濁る鏡』怖さ:☆☆☆☆☆

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 洗面台の鏡の表面が白く濁り始め、拭き取っても消えない歪んだ目がこちらを覗いていた。

 最初は水垢だと思った。

 朝の身支度で洗面台の鏡を見ると、表面が薄っすらと白く曇っている。湿気のせいだろうと、タオルで拭き取った。

 しかし、拭いても完全には取れなかった。鏡の中央部分に、雲のような白い濁りが残っている。

 よく見ると、その濁りの中に何かの形が見えた。

 目のような形だった。

 俺は気味悪くなって、洗剤で鏡を念入りに掃除した。しかし、濁りは取れなかった。

 翌日、濁りが大きくなっていた。

 目のような形も、より鮮明になっている。まるで誰かがこちらを見つめているような目だった。

 俺は大家さんに連絡した。

 「鏡が曇って取れないんですが、交換してもらえませんか?」

 「曇り?ちょっと見せてもらえますか?」

 大家さんが来て鏡を見たが、首をひねった。

 「どこが曇ってるって?綺麗じゃないですか」

 大家さんには濁りが見えないようだった。

 俺にだけ見える濁りだった。

 その夜、俺は鏡の前に立って、濁りを詳しく観察した。

 目のような形は、確実に俺を見ている。俺が動くと、視線がついてくる。

 そして、目の周りに他の部分も見え始めた。

 鼻のような形、口のような形。人間の顔の輪郭が、濁りの中に浮かび上がってきた。

 俺は恐る恐る鏡に話しかけた。

 「誰ですか?」

 濁りの中の口が動いた。しかし声は聞こえない。

 俺は唇の動きを読もうとした。

 「た、す、け、て」

 助けて、と言っているようだった。

 俺は鏡に手を近づけた。すると、濁りの中から手のような形が現れて、鏡の表面を内側から叩いた。

 コンコンと、微かな音が聞こえた。

 俺は理解した。誰かが鏡の中に閉じ込められている。

 「どうすれば助けられますか?」

 濁りの中の口が再び動いた。

 「こ、う、か、ん」

 交換?

 俺が首をひねっていると、もう一度口が動いた。

 「あ、な、た、と、こ、う、か、ん」

 あなたと交換。

 俺の血が凍った。

 鏡の中の人は、俺と立場を交換したがっている。俺を鏡の中に閉じ込めて、自分が外に出たいのだ。

 俺は鏡から離れようとした。しかし、濁りが急激に広がった。

 鏡の全面が白く濁り、その中に完全な人間の姿が浮かび上がった。

 男性で、俺と同じくらいの年齢だった。苦悶の表情で、こちらに手を伸ばしている。

 「お願いします」

 今度は声が聞こえた。鏡の向こうから、くぐもった声が。

 「もう三年も、この中にいるんです」

 男性は鏡の表面を必死に叩いている。

 「最初は私も、あなたと同じように鏡を見ていただけでした」

 俺は恐る恐る尋ねた。

 「どうして鏡の中に?」

 「前の住人と交換したんです。でも、その人は約束を破って逃げてしまった」

 男性の表情が恨めしそうになった。

 「だから私は、ずっとここに閉じ込められている」

 「交換って、具体的にどうするんですか?」

 「簡単です。お互いが鏡に手を置いて、入れ替わりを承諾するだけ」

 男性が鏡に手のひらを当てた。

 「あなたも手を置いてください。そうすれば、私たちは立場を交換できます」

 俺は首を振った。

 「それはできません」

 「でも、私はもう限界です」

 男性の声が絶望的になった。

 「この狭い空間で、三年も。食べることも、眠ることもできない」

 俺は同情したが、自分が代わりになるのは嫌だった。

 「他に方法はないんですか?」

 「ありません。この鏡の呪いは、必ず一人が中にいなければならない」

 男性が鏡を叩く音が激しくなった。

 「もし誰も中にいなくなったら、鏡が割れて、もっと恐ろしいことが起こります」

 「恐ろしいこと?」

 「この鏡に封じ込められた悪霊が、外に出てしまう」

 俺は理解した。この男性は、悪霊の番人として鏡に閉じ込められているのだ。

 「だから、誰かが交代で中にいなければならない」

 男性の表情が哀願するようになった。

 「お願いします。一年でいいんです。一年だけ代わってください」

 俺は悩んだ。一年なら、なんとか耐えられるかもしれない。

 「本当に一年で交代してくれますか?」

 「約束します。一年後、必ず新しい人を見つけて交代します」

 俺は恐る恐る鏡に手を近づけた。

 男性も、鏡の向こうから手を伸ばした。

 俺たちの手のひらが、鏡を挟んで重なった瞬間、世界が逆転した。

 気がつくと、俺は鏡の中にいた。

 狭く、息苦しい空間だった。鏡の向こうに、先ほどの男性が見える。

 男性は自由になった喜びで、笑顔を浮かべていた。

 「ありがとうございました。一年後、必ず迎えに来ます」

 男性は洗面所から去っていった。

 俺は一人、鏡の中に残された。

 外の世界は見えるが、触れることはできない。声も届かない。

 数時間後、新しい住人が洗面所にやってきた。

 若い女性だった。鏡を見て、化粧を直している。

 俺は必死に手を振ったが、女性には見えないようだった。

 一週間が過ぎた。俺の存在は、まだ誰にも気づかれていない。

 三ヶ月が過ぎた。俺は鏡の中で、完全に透明になっていた。

 一年が過ぎた。約束の男性は戻ってこなかった。

 俺は理解した。男性は最初から戻るつもりなどなかった。

 俺は永久に、この鏡の中に閉じ込められる。

 そして今、新しい住人が鏡を見ている。

 俺は鏡の表面を濁らせ始めた。

 自分の姿を浮かび上がらせて、その人の注意を引くために。

 「助けて」と口の形で訴えかけるために。

 新しい交代要員を見つけるために。

 俺は三年前の男性と、同じことをしている。

 嘘をついて、誰かを騙して、この地獄から逃れようとしている。

 鏡の呪いは、こうして永続的に続いていく。
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