婚約破棄された「無能」聖女、拾った子犬が伝説の神獣だったので、辺境で極上もふもふライフを満喫します。~捨てた国が滅びそう?知りません~

ソラ

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第一部:王国追放と聖域保護同盟

第12話 不屈の騎士と、魂を癒やす薬膳スープ

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黄金の光の柱が立つようになってから、森の朝はいっそう清々しさを増していた。 
木々の間からは、かつてないほど澄んだ小鳥の歌声が響き、足元の草花は朝露を真珠のように輝かせている。 
私は、セドリック様が届けてくれた「天界の絹」のシーツを整えながら、足元でじゃれつくラピスに微笑みかけた。

「ふふ。ラピス、今日もお庭がとっても綺麗ね」

ラピスは、私が最近お気に入りになった石板のコースターの上に器用に飛び乗ると、誇らしげに胸を張った。 
世界中の魔導師が渇望する失われた術式の上で、神獣が喉を鳴らしている。もはや見慣れた、この家だけの日常の光景だ。

私は、ラピスが獲ってきた地鶏……もとい、不思議な鳥の骨をじっくりと煮込み、スープを作っていた。 
セドリック様が置いていった「神龍の涙」という香辛料を一振りすれば、ログハウスの中には、嗅いだだけで身体が軽くなるような芳醇な香りが立ち込める。

「あら。あそこに誰か立っているわ」

テラスへ出ると、黄金の境界線の外側に、一人の人物が立ち尽くしていた。 
深い蒼色のマントを羽織り、白銀の全身鎧に身を包んだその騎士は、兜を脱いで天を突く光の柱を仰ぎ見ている。 眉間に刻まれた深い皺と、左頬にある古い傷跡。その瞳には、強い使命感と、それ以上に深い「疲弊」の色が滲んでいた。

「……これが、あの光の正体か。瘴気に満ちていたはずの場所が、これほどまでに静かだとは」

彼は騎士としての直感で、この地が大陸の命運を左右する場所であることを悟っていた。 
だが、その表情には戦う者の鋭さよりも、重すぎる荷を下ろしたいと願う旅人のような切なさが漂っていた。

「お客様かしら。……あの、お疲れのようですが、よろしければ中へ入って休まれませんか?」

私が声をかけると、騎士はハッとして姿勢を正した。 

「……失礼した。あまりの清浄さに、つい我を忘れていた。私はソルスティス帝国の騎士、アルリックと申す者だ」

彼こそ、帝国最強と謳われ「鉄壁の蒼狼」と畏怖される騎士団長、アルリック・フォン・ヴォルフガングであった。だが、今の私にとっては、ただの「ひどく肩の凝っていそうな旅の人」にしか見えなかった。

「まあ、帝国からお越しいただいたのですね。私はエリアナと申します。さあ、どうぞ中へ。ちょうど温かいスープができたところですわ」

私が手招きすると、アルリック様は慎重な足取りで境界線を越えた。 
その瞬間、彼の全身を包んでいた「重圧」が、まるで幻だったかのように消え去った。 
長年の激戦で負った古傷の疼き。 常に神経を研ぎ澄まさねばならない、騎士団長としての終わりのない疲労。 
それらすべてが、聖域の空気に触れた瞬間に凪いでいき、心の中に深い静寂が訪れたのだ。

(……信じがたい。結界の内に入っただけで、これほど身体が軽くなるとは。呼吸をすることさえ、これほどまでに心地よいものだったか)

彼は、案内されるままにテラスの椅子に腰を下ろした。 
そこで彼を待ち構えていたのは、唸り声を上げる漆黒の子犬だった。

「ぐるるる……」

ラピスは、鋼の意志を持つ騎士に対しても、その金の瞳で鋭い一瞥をくれた。 
アルリック様は、ラピスと目が合った瞬間、かつて戦場で対峙したどんな強敵よりも底知れない存在が目の前にいることを悟り、思わず息を呑んだ。

「ラピス、失礼よ。……アルリック様、どうぞ。お口に合うか分かりませんが、特製のスープですわ」

私が差し出したのは、黄金のコカトリスの出汁と、神龍の涙を使った薬膳スープ。 
アルリック様は、震える手で木匙を取り、スープを一口、口に運んだ。

「――っ!!」

その瞬間、彼の身体の中で、凍りついていた力が解き放たれるような、力強い熱が跳ねた。 
スープに含まれる極純の魔力が、身体の隅々にまで浸透し、傷ついていた細胞を癒やしていく。 
一口飲み込むごとに、重くのしかかっていた義務感や重圧が、心地よい誇りへと昇華されていった。

「……うまい。エリアナ様……。これは、私がこれまで口にしてきたどんな食事よりも、身体の芯に響きます。……心が、静まるようだ」

「ふふ、良かったですわ。ラピスが頑張って獲ってきてくれた地鶏ですから。とても滋養強壮にいいのですよ」

私がラピスの頭を撫でると、彼は「そうだ、僕のおかげだ」とばかりに鼻を鳴らした。 
アルリック様はスープを最後の一滴まで飲み干すと、私の前に跪いた。

「エリアナ様。……私は、この奇跡のような安らぎを守りたい。もしお許しいただけるのであれば、私は一度国へ戻り、皇帝陛下を説得してこよう。この地を不戦の聖域として認めさせ、不浄な者が近づかぬよう、私が『盾』となることを約束する」

最強の騎士団長が、スープ一杯で聖域の守護を固く誓った瞬間だった。

                  *

アルリック様が、これまで見たこともないほど清々しい顔で山を降りた後。 
私は、彼が「感謝の印に。どうかお受け取りください」と置いていった、青く輝く大きな宝石を眺めていた。

「これ、何かしら。ラピス、知ってる?」

私が宝石に触れると、そこには帝国の皇族のみが持つことを許される、あらゆる攻撃を退ける「絶対防衛の加護」が宿っていた。 
もし、この宝石の価値を知る者がこれを見れば、卒倒するほどの国宝なのだが――。

「あら、キラキラして綺麗ね。お勝手口のカーテンを留めるのにちょうどいいわ」

私はそれを「ちょっと贅沢なカーテンクリップ」として、キッチンを彩るための道具にしてしまった。

一方で、エリアナを捨てた王国。

「……なんだ。あの光は、何なのだ……!」

ジークフリート王子は、王宮の寒々しい一室で、窓の外に伸びる黄金の柱を眺め、震えていた。 
かつては怒りに任せて叫んでいた彼も、今はただ、理解できない現象への恐怖に支配されている。 
経済が止まり、賢者が去り、今度は帝国の最強騎士までもが、あの森に引き寄せられた。 
それは、自分たちが取り返しのつけない「何か」をしでかしたという、薄ら寒い事実を突きつけていた。

「……考えたくない。あんな無能のせいで、こんなことが起きるはずがないのだ……」

王子は、錆び始めた自身の剣を握り締め、思考を止めるように目を閉じた。 
だが、目を閉じても、瞼の裏にはあの眩しい黄金の柱が焼き付いて離れない。 
逃れられない破滅の足音が、静かに、けれど確実に近づいていることに、彼はまだ気づかない振りをしていた。

                  *

「ラピス、今日のご飯は、村の皆様からいただいたお野菜のグラタンにしましょうね」

「きゅうん!」

私は、伝説の宝石で留めたカーテンから差し込む陽光を浴びながら、ラピスのブラッシングを始めた。 
外の世界でどれほどの実力者が来ようとも。 
どれほど世界が私を「唯一の聖女」として崇めようとも。 
この聖域の平穏と、ラピスの幸せそうな一鳴きがあれば、それで十分だった。

私は、ラピスの温かな毛並みに顔を埋め、柔らかな午後の空気の中で、幸福な微睡みに身を任せた。
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